病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!

松原硝子

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3章

<10話>

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「今日も、ですか?」
見上げる先には怖い目をしたレイがいる。
「何か問題でも?」
「問題っていうか……えーと……」
問題しかない。ハワード邸にレイとアシュリーを連れていって以来、二人が頻繁についてくるようになってしまったのだ。
レイはルークに興味を持ってしまったのだろうか。
(冗談じゃない! こっちはルークとアンタが親しくならないように頑張ってるんだぞ!)
答えに窮して話題を変えてみる。
「あ、あの! 今日は訪問日ではなかったですよね?」
「……そうだが。訪問日以外に俺が来てはまずいのか」
「い、いえ! 滅相もありません! でも、アシュリー兄様はレイ様と二人で過ごしたいかもしれないなあ、なんて」
きっとそうだろう、そうに違いないと思い推しに視線を投げかける。
だがアシュリーは寂しそうな表情で小首を傾げた。
「僕もルイスとレイとルークと一緒に遊びたいのだけど……だめかな」
「ぐっ!!」
そんな目と仕草で言われたら、断れるわけがないだろう。
「わ、わかりました。一緒に行きましょう! でも、ルークは僕の友達ですからね。お二人はあんまり仲良くしないでくださいねっ!」
つれていくのはいいが、これだけは念押ししておかないと。
「……わかっている。別にアイツと仲良しごっこなんてする気はない」
じゃあなんでついてくるんだよとレイに言い返したかったが、我慢して馬車に乗りこんだ。

ハワード邸につくと、玄関ホールでルークが待っていた。
馬車が停車すると同時に、飛び降りてルークのもとへ駆けよる。
「ルーク! どうしたの!?」
「昨日、ちょっとな」
ルークは松葉杖をついていたのだ。
右足はひざ下まで包帯が巻かれ、ギプスのようなもので固定されている。
「何があったの!?」
だがルークは曖昧に笑うだけだ。まさか、また夫人や義兄たちから嫌がらせでも受けたのだろうか。
横からチャンドラーさんが口を開く。
「ルーク様は昨日、フラットピーチの実を収穫しようと木に登られて落下してしまったのです」
「おい、言うなよ」
ルークが眉を顰める。
フラットピーチとは、ルークのルートで出てくる平たい円形をした桃だ。
ゲームのスチルでしか見たことがなかったのだが、とても美味そうでいつか食べてみたいと気になっていた。
だがこの桃は庶民たちの食べ物で貴族が口にすることはめったにない。
「ルーク様は旦那様と奥様に頼んで、ハワード家の果樹園の隅にフラットピーチの樹を1本、移植されたのですよ。ルイス様に食べさせるんだと、それはそれは張り切られて……」
「言うなって!」
ルークが声を荒げた。耳まで真っ赤になっている。
「僕のため?」
そういえば以前、ルークからフラットピーチの話を聞いたときに「食べてみたい!」と食いついた覚えがある。
「べ、別にそれだけじゃねーよ。俺も食いたかったし」
ルークはそっぽを向いてボソボソと喋る。でも本当は俺のためだ。それがわからないほど鈍感じゃない。
男同士の友情って、やっぱり最高だ。胸が熱くなる。
「それでもすごく嬉しいよ!! ありがとう!!」
「うおっ」
松葉杖なのを忘れてルークに抱きついてしまった。
バランスを崩しそうになったルークをチャンドラーさんが支える。
「わ、ごめん! 僕ってばついうっかり」
慌てて離れると、ルークが吹き出す。
「あぶねーなあ。今のでケガが悪化したらどうすんだよ」
「そうなったら僕が毎日お世話するよ。しっかり看病するからね!!」
真剣に伝えたのに、ルークはなぜかさらに真っ赤になった。
どうしたんだと声をかけようとしたとき、ふわりといい香りが俺を包む。
振り返るとぴったり背後にくっつくようにして推しが立っていた。
そのすぐ横ではレイが腕組みをしている。
「ありがとうルーク。ケガが悪化したら僕も毎日看病させてもらうからね、ルイスと二人で」
「俺も看病してやろうか。なんならうちのお抱えの医者を派遣してやってもいいぞ」
ルークは肩を竦める。
「いや、別にいらねーし。俺はルイスだけでいいんだけど」
「うん! アシュリー兄様とレイ様がいなくても、僕一人でルークの看病ぐらいできますから!」
なんてったって前世は医者だし。それにルークと二人をこれ以上、親しくさせてなるものか。
だが二人は真っ青な顔になり、石のように固まってしまった。
よほどルークの看病がしたかったのだろうか。
だが攻略対象のレイはともかく、推しまでルークの看病をしたいなんておかしい。
そこで俺はあることを閃いた。
(まさか、推しまでルークが気になってるとか!?)
盲点だった。アシュリーはレイのことだけを一途に想っていたから。
その想いが暴走して、凄まじいまでの悪役令息になってしまったのだ。
(いや……よく考えたらありえなくはないよな)
推しのバッドエンドを回避するために突っ走ってきたが、俺の行動で明らかにゲームとは違う未来に進んでいる。
ということは、登場キャラクターたちと推しの関係性だって変わる可能性は十分にあるのだ。
なぜ今まで気がつかなかったのだろう。
レイとアシュリーがルークを好きになったら、今度は彼を取り合ってアシュリーが悪役令息化してしまうかもしれない。
(クソ、大誤算だ!)
今さら悔やんでも仕方ない。今からでもレイとアシュリーがルークに惚れる芽を潰していかなければ。
「どうした、一人でブツブツ言って」
ルークの言葉にハッと我に返る。
「ごめん、ちょっと考えごとしてて。それより、今日はお部屋で遊ぼうよ。ケガが悪化したら大変だよ」
「大丈夫だよ、これぐらい」
ルークは松葉杖をくるくる回して見せる。
「おい、危ないだろ。やめておけ」
レイが呆れ顔で注意をした。
「僕も松葉杖を振り回すのはどうかと思うな。ルイス、危ないからこっちにおいで」
アシュリーが俺の肩を抱き寄せて、ルークから距離を取る。
ルークは肩を竦めた。
「わかったよ。部屋、行こうぜ」
チャンドラーさんに付き添われたルークの後をレイ、そして手を繋いだアシュリーと俺が付いていく。
「……油断も隙もないな」
聞いたこともないような低い声の呟きが聞こえた気がした。
「アシュリー兄様? 今何かおっしゃいました?」
驚いて隣を歩く推しを見上げる。
「……ううん。気のせいじゃないかな」
すみれ色の美しい目が細められた。
(そうだよな、推しがあんな風にしゃべるわけないし)
「そうですね、すみません」
「いいよ。でも空耳が聞こえるなんて、ルイスは少し疲れているのかもしれないね。今日は早めに家に帰ろうか」
「はい! アシュリー兄様」
たしかにずっと気を張っていたし疲れが溜まっているのかもしれない。
(それにしても俺なんかの体調まで気遣ってくれる推し、最高の兄すぎる! 弟になれてよかった! 家族万歳!!)
自分に向けられた推しの優しさに感動して胸がいっぱいになった俺は、この上ない幸せを感じていた。

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