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3章

<6話>

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「ア、アシュリー様!? お、弟とおっしゃるのは……」
「あなたが扇子で叩こうとしていた少年のことですよ、ハワード侯爵夫人」
答えたのはレイだ。俺とルークを自分たちの前に立たせて、夫人を見据える。
「レ、レイ様まで……も、申し訳ございませんっ!! わたくし、存じ上げずに……」
レイは冷たく笑う。
「アシュリーの弟はわたしの義弟ですからね」
夫人はさっきまでとは別人のような顔で俺の前に跪いた。
「大変申し訳ございません! ご無礼、お許しください」
俺が動く前に、アシュリーが夫人に声をかける。
「ハワード侯爵夫人、どうかお立ちください。皆が見ています」
夫人はハッとして慌てて立ち上がった。
「も、申し訳ございません……」
「謝罪は詳細をお聞きしてからにしましょうか」
アシュリーの声は静かだが、怒りに満ちているように思える。
夫人は目を泳がせていたが、やがてルークを睨みつけて指差した。
「あ、あの子がいけないんです! 申し訳ございません、我が家の恥さらしで……本当はこの素晴らしいパーティーに連れて行くことも、わたくしは反対していたのです。この子が適当な嘘を吐いて弟君をたぶらかしたのに違いないわ!」
そう言って今度は扇子をルークに向かって振り上げた。
「やめてくだーー」
咄嗟にかばおうとするが、ルークより身体の小さい俺では防げそうにない。
だが、ルークに扇子が当たることはなかった。
「僕の誕生日パーティーの場で、そのような行動は謹んでいただけますか?」
アシュリーが夫人の扇子を片手でしっかりと掴んでいる。
穏やかな声と微笑みだが、目の奥には静かな怒りが燃えていた。
「アシュリーの言う通りです。何があったのかルイスに説明してもらいましょう」
レイが俺にだけわかるように一瞬だけニヤリと笑うと、気品のある表情で周囲を見回す。いつの間にか俺たちを囲むように小さな人だかりができていた。
「僕、お手洗いに行きたくなってしまって、大広間を抜け出したんです。そうしたら、近くの部屋から声が聞こえて。扉を開けたら、その子たちがルイスに飲み物をかけたりしていじめていました。声をかけたら逃げていったので、ルークを自分の部屋に連れていって、着替えてもらったんです。そのまま濡れた服を着ていたら、きっとひどい風邪を引いていたと思います」
その途端、周囲がざわついて非難の声が上がる。
「まあ、なんて意地の悪い子たちなのかしら」
「ハワード侯爵はどういう教育をされているんだ」
「今日はアシュリー様の晴れの日だというのに」
夫人はそれらの声を遮るように真っ青になって叫んだ。
「そ、そんな……ル、ルイス様はきっと遊んでいるのを見て勘違いなさったのでは? うちの子どもたちは少々元気がよすぎることがございまして……」
(なんだこのクソババア。ふざけんな!)
「僕、嘘なんてついてない! 勘違いもしてないよ」
心の中で悪態を吐きながら必死に叫ぶと、アシュリーが俺を見る。
厳しい目元がふっと緩み、唇が「大丈夫だから」と動く。
俺が頷くと、アシュリーは再び夫人に向き直った。
「そうですね。たしかに弟はまだ小さいですし、勘違いすることもあるかもしれません」
夫人はホッとした顔になると、猫撫で声を出す。
「そうですわ。ルイス様はまだお小さいですもの。物事をよく理解できないことも多いでしょう。それにルークはうちの子どもたちの中でも特にやんちゃで、わたくしも手を焼いているのです。ほほほ」
「ではその時の様子を確認してみましょうか」
「な、なんですって!?」
夫人は再び青褪めた。
「だいぶ昔の事ですが、我が家に盗賊が侵入した事件があったんです。それ以来、我が家の各部屋には記録花が生けられているんですよ」
記録花とは、ムービーカメラのようなものだ。花が咲いている間は、置かれた空間の様子を記録することができる魔法花のひとつである。とても高価な花だが、クロフォード邸ではあちこちに置いてある。
アシュリーの指示で、例の部屋の記録花が持ち込まれる。
「それでは見てみましょうか」
花芯がぼうっと光を放ち、プロジェクターのように床に動画が映し出される。
記録されていたのは、誰が見てもルークがいじめを受けている様子だった。
「どうでしょう、夫人。これでも弟が勘違いをしていたと?」
夫人はがっくりと項垂れた。
「いいえ……アシュリー様……誠に、申し訳ございません」
「ところでルイス、ルークはきみの友達なのかい?」
レイの言葉に俺は大きく首を縦に振る。
「はい! 今日知り合ったばかりですが、とても仲良くなりました」
「そうか。ではこれよりルークに危害を加えることはわたしの義弟の大切な友人に仇をなすことーーひいてはわたしへの侮辱とみなすことになる」
その言葉に夫人と子どもたちの顔は紙のように白くなり、何度も頭を下げて謝罪の言葉を繰り返している。
アシュリーとレイは俺とルークのほうに視線を向けると、こっそり悪戯っぽくウインクをしてみせる。
(待って。アシュリーのウインクとかレアすぎだろ!! しかも顔面凶器の二人のWウインクとか!! どんなご褒美だよ!!)
胸熱すぎて興奮がおさまらない俺は、その夜なかなか寝付くことができなかった。
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