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3章
<5話>
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「やべ、そろそろ時間じゃないか?」
ルークの少し慌てた声で時計に目をやる。パーティーの終了予定時刻まであと15分ほどだ。
「本当だ! そろそろ戻ろう」
俺たちはブーツを履き直す。
「シャツはまだ湿ってるから置いてきなよ。その上にジャケット羽織っちゃえば大丈夫だよ」
俺たちは急ぎ足で大広間に向かう。宴も終盤だからだろうか、廊下でも談笑している人たちの姿がちらほら見えた。
「これなら戻りやすいね」
「ああ、次に扉が開いたらさりげなく中に入ろうぜ」
様子を窺っていると、数人の夫人たちが広間から出てきた。俺たちは入れ替わるようにして扉の中に体を滑りこませた。
俺たちが戻ったのを見計らうように、タイミングよく父上の挨拶が始まる。
「本日は我が息子のためにお集まりくださりありがとうございました。これからも我がクロフォード家、そしてアシュリーをよろしくお願いします」
父の隣には見る人すべてを魅了するような笑顔の推しが立っている。
「ルイスの兄ちゃん、めっちゃ綺麗よな」
拍手をしながらルークが感嘆の声を漏らす。
「うん! アシュリー兄さまよりも綺麗な人なんて見たことないよ。それにね、見た目だけじゃなくて心綺麗なんだよ。優しいくて思いやりがあって気遣いも素晴らしくて本当に素晴らしい人なんだ」
「すげーしゃべるじゃん」
ルークは熱弁をふるう俺を見てくすりと笑った。
(しまった。推しを褒められたことが嬉しくてついマシンガントークしちゃったよ)
今日あったばかりの人に対するオタクムーブが恥ずかしくなって、じわじわと頬が熱を持つ。
「でもいいな、俺はアイツらに対してそんな感情持てねーもん」
ルークが視線を前方に向けて呟く。その視線の先には、ハワード一家の姿があった。
(そうだよな。ハワード家でのルークの扱いは家族じゃないもんな)
謝るも違うが、デリカシーに欠けた発言をしてしまった自分を恥じる。黙った俺に気付いたルークが何か言いかけたとき、ハワード家の一団がこっちに向かってきた。
「ルーク! 何をしているの! 公爵様のご子息のパーティーなのよ! 一人でどこかに行ってしまうなんて。一体何をしていたの」
細くて高い声で夫人らしき女性がルークを叱責する。
「あーちょっと、まあ。いろいろ」
兄たちに頭から飲み物をかけられて、ずぶぬれになったなんて言えるわけがない。うまいごまかしの言葉が見つからないのか、ルークは言いよどむ。
「何? はっきりお言いなさい。あら」
夫人はルークのシャツに目を留め、眉根を寄せる。
「そのシャツ、家を出る時に着ていたものじゃないわね? あなたに着せていたものよりずっと上等な生地だわ。一体どうしたの? まさか公爵様のお屋敷で盗みでも働いたんじゃないでしょうね? ああ、だから嫌だったのよ。底辺貴族の女が産んだ、あなたみたいな卑しい子を連れてくるのは」
夫人はため息とともに悲し気に言葉を吐きだす。まるで自分がとても可哀想だとでも言いたげな口調に、一瞬で自分の体内の温度が上昇したのを感じる。
「お言葉ですが、ハワード夫人」
ルークが焦ったような声で、やめとけと囁いたが、無視した。怒りで声が震えそうになるのを抑え、顔には無理矢理、上流貴族らしい笑顔を貼り付ける。
「彼はそこにいらっしゃるご子息たちに、頭から飲み物をかけられていたんですよ。それも別室に許しもなしに侵入して。濡れそぼったシャツをずっと身に着けていたら身体に障ります。何の証拠もないのに家族をそんな風におっしゃるのはいかがなものでしょう」
夫人はゆっくりと目線を俺へと向けた。
「あら? なあに、あなたは。見たことがないけれど、どこの家の子からしら」
今はシャツ一枚の姿で、ジャケットは右手に持っている。そのため夫人は俺がどこの家の子どもなのか、わからなかったようだ。
「わかったような口を聞くのね。ルークのお友達なの? だとしたら、あんな辺境の貴族もご招待なさっているのね。さすがクロフォード家だわ」
「どういう意味です?」
「ルークには王都近辺に友達がいるわけないもの。だとしたら、あなたもこの子の故郷か、その辺の出身でしょ」
黙っていると、夫人は侮蔑の色を浮かべた微笑で俺とルークを交互に眺めた。
「こうしてみると雰囲気も似ている気がするわね。貧乏男爵の子どもたち同士、通じる者があるのかしら」
ふと見ると、夫人の背後に固まっている子どもたちが真っ青になっている。彼らは俺が誰だか知っているのだから、当然だろう。
「か、母様。もうそのくらいにした方がいいよ」
一番身体の大きい子どもが母親に声をかける。だが夫人は息子の髪を優しく撫でて、首を横に振った。
「いいえ、ダメよ。一度話せば理解できる人間と、そうでない者たちがいるの。この子たちは後者だわ。しっかり自分たちの立場を思い知らせてあげないと」
そう言って夫人は再び俺に向き直る。
「あなた、この子たちがルークに飲み物をかけたと言っていたわね。それにこの私に意見も。ルークをかばうためでしょうが、見え透いた嘘はおやめなさい。さ、あなたのご両親は? ご自分のお子がどんなに小賢しくて生意気か教えてあげなくちゃ」
(絵に描いたようなヴィランタイプって、初めて見たな)
ハワード侯爵夫人は、ルークのルートではアシュリーと同等と言っていいほどの悪役だ。夫人とアシュリーが手を組んで、ルークを闇市の奴隷商人に売り渡そうとしていたことを思い出す。
だが軽蔑が顔に出てしまったようで、夫人が怒りを含んだ目でこっちを睨みつけた。
「まあ。なんて嫌な目で人を見るのかしら。無礼にもほどがあるわ。その目をやめなさい」
「お断りします。どんな目をしようが僕の勝手です」
その一言で、夫人の顔にさっと赤みがさした。細い身体が小刻みに震え出す。
「なんて生意気な子どもなの。礼儀と身分をわきまえなさい!」
夫人は手にしていた扇子を畳み、俺の頭に向けて振りかざした。
別に叩かれてもたいして痛いもんでもないだろうと思いつつ、反射的に目をぎゅっと閉じたその瞬間。
「失礼。僕の弟が何か?」
凛と響く美しい声。
目を開くと、俺とルークをかばうようにしてアシュリーとレイが目の前に立っていた。
ルークの少し慌てた声で時計に目をやる。パーティーの終了予定時刻まであと15分ほどだ。
「本当だ! そろそろ戻ろう」
俺たちはブーツを履き直す。
「シャツはまだ湿ってるから置いてきなよ。その上にジャケット羽織っちゃえば大丈夫だよ」
俺たちは急ぎ足で大広間に向かう。宴も終盤だからだろうか、廊下でも談笑している人たちの姿がちらほら見えた。
「これなら戻りやすいね」
「ああ、次に扉が開いたらさりげなく中に入ろうぜ」
様子を窺っていると、数人の夫人たちが広間から出てきた。俺たちは入れ替わるようにして扉の中に体を滑りこませた。
俺たちが戻ったのを見計らうように、タイミングよく父上の挨拶が始まる。
「本日は我が息子のためにお集まりくださりありがとうございました。これからも我がクロフォード家、そしてアシュリーをよろしくお願いします」
父の隣には見る人すべてを魅了するような笑顔の推しが立っている。
「ルイスの兄ちゃん、めっちゃ綺麗よな」
拍手をしながらルークが感嘆の声を漏らす。
「うん! アシュリー兄さまよりも綺麗な人なんて見たことないよ。それにね、見た目だけじゃなくて心綺麗なんだよ。優しいくて思いやりがあって気遣いも素晴らしくて本当に素晴らしい人なんだ」
「すげーしゃべるじゃん」
ルークは熱弁をふるう俺を見てくすりと笑った。
(しまった。推しを褒められたことが嬉しくてついマシンガントークしちゃったよ)
今日あったばかりの人に対するオタクムーブが恥ずかしくなって、じわじわと頬が熱を持つ。
「でもいいな、俺はアイツらに対してそんな感情持てねーもん」
ルークが視線を前方に向けて呟く。その視線の先には、ハワード一家の姿があった。
(そうだよな。ハワード家でのルークの扱いは家族じゃないもんな)
謝るも違うが、デリカシーに欠けた発言をしてしまった自分を恥じる。黙った俺に気付いたルークが何か言いかけたとき、ハワード家の一団がこっちに向かってきた。
「ルーク! 何をしているの! 公爵様のご子息のパーティーなのよ! 一人でどこかに行ってしまうなんて。一体何をしていたの」
細くて高い声で夫人らしき女性がルークを叱責する。
「あーちょっと、まあ。いろいろ」
兄たちに頭から飲み物をかけられて、ずぶぬれになったなんて言えるわけがない。うまいごまかしの言葉が見つからないのか、ルークは言いよどむ。
「何? はっきりお言いなさい。あら」
夫人はルークのシャツに目を留め、眉根を寄せる。
「そのシャツ、家を出る時に着ていたものじゃないわね? あなたに着せていたものよりずっと上等な生地だわ。一体どうしたの? まさか公爵様のお屋敷で盗みでも働いたんじゃないでしょうね? ああ、だから嫌だったのよ。底辺貴族の女が産んだ、あなたみたいな卑しい子を連れてくるのは」
夫人はため息とともに悲し気に言葉を吐きだす。まるで自分がとても可哀想だとでも言いたげな口調に、一瞬で自分の体内の温度が上昇したのを感じる。
「お言葉ですが、ハワード夫人」
ルークが焦ったような声で、やめとけと囁いたが、無視した。怒りで声が震えそうになるのを抑え、顔には無理矢理、上流貴族らしい笑顔を貼り付ける。
「彼はそこにいらっしゃるご子息たちに、頭から飲み物をかけられていたんですよ。それも別室に許しもなしに侵入して。濡れそぼったシャツをずっと身に着けていたら身体に障ります。何の証拠もないのに家族をそんな風におっしゃるのはいかがなものでしょう」
夫人はゆっくりと目線を俺へと向けた。
「あら? なあに、あなたは。見たことがないけれど、どこの家の子からしら」
今はシャツ一枚の姿で、ジャケットは右手に持っている。そのため夫人は俺がどこの家の子どもなのか、わからなかったようだ。
「わかったような口を聞くのね。ルークのお友達なの? だとしたら、あんな辺境の貴族もご招待なさっているのね。さすがクロフォード家だわ」
「どういう意味です?」
「ルークには王都近辺に友達がいるわけないもの。だとしたら、あなたもこの子の故郷か、その辺の出身でしょ」
黙っていると、夫人は侮蔑の色を浮かべた微笑で俺とルークを交互に眺めた。
「こうしてみると雰囲気も似ている気がするわね。貧乏男爵の子どもたち同士、通じる者があるのかしら」
ふと見ると、夫人の背後に固まっている子どもたちが真っ青になっている。彼らは俺が誰だか知っているのだから、当然だろう。
「か、母様。もうそのくらいにした方がいいよ」
一番身体の大きい子どもが母親に声をかける。だが夫人は息子の髪を優しく撫でて、首を横に振った。
「いいえ、ダメよ。一度話せば理解できる人間と、そうでない者たちがいるの。この子たちは後者だわ。しっかり自分たちの立場を思い知らせてあげないと」
そう言って夫人は再び俺に向き直る。
「あなた、この子たちがルークに飲み物をかけたと言っていたわね。それにこの私に意見も。ルークをかばうためでしょうが、見え透いた嘘はおやめなさい。さ、あなたのご両親は? ご自分のお子がどんなに小賢しくて生意気か教えてあげなくちゃ」
(絵に描いたようなヴィランタイプって、初めて見たな)
ハワード侯爵夫人は、ルークのルートではアシュリーと同等と言っていいほどの悪役だ。夫人とアシュリーが手を組んで、ルークを闇市の奴隷商人に売り渡そうとしていたことを思い出す。
だが軽蔑が顔に出てしまったようで、夫人が怒りを含んだ目でこっちを睨みつけた。
「まあ。なんて嫌な目で人を見るのかしら。無礼にもほどがあるわ。その目をやめなさい」
「お断りします。どんな目をしようが僕の勝手です」
その一言で、夫人の顔にさっと赤みがさした。細い身体が小刻みに震え出す。
「なんて生意気な子どもなの。礼儀と身分をわきまえなさい!」
夫人は手にしていた扇子を畳み、俺の頭に向けて振りかざした。
別に叩かれてもたいして痛いもんでもないだろうと思いつつ、反射的に目をぎゅっと閉じたその瞬間。
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