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3章

<4話>

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先に動いたのは少年だった。
立がって俺の前まで歩いてくると、軽く頭を下げた。
「悪ぃ。助かった……じゃなくて、助けてくださってありがとな……います」
兄弟たちともレイとも違う、庶民的な砕けた話し方は貴族の子どもとは思えない。
だが彼の胸にも、取れかかってはいたが侯爵家のリボンとハワード家の紋章が付いている。
(それにしても間近で見たら思ったより濡れてるな)
「そのまま会場に戻ったら騒がれるかもしれない。いったん僕の部屋にきて」
「え?」
「きみ、相当濡れてるからね。明らかに何かありましたって出で立ちで大広間に戻ったら、悪目立ちするだろ」
「あ、そっか……ですね。わ……すみません」
「あのさ。もしかして敬語、苦手なの?」
俺の質問に、少年は気まずそうに頷いた。
「あー……。はい」
「そっか。じゃあ無理しなくていいから、普通に話してよ」
「いいのか!? ありがとう、助かる」
少年はホッとしたように笑った。それまではずっと強張った表情だったこともあって気がつかなかったが、笑った顔は少しやんちゃな感じがして可愛い。
猫を思わせる少し釣り目の大きな金色の瞳と薄紫の短めの髪で、よく見ると顔立ちはかなり整っている。推しやレイとは別方向のイケメンだ。
というか、彼はどこかで見たことがある気がしてならない。
「ところできみ、なんて名前なの?」
「俺はルーク。ルーク・アイリッシュ……じゃない、ハワード。ルーク・ハワードだよ」
その瞬間、体中に電流が流れたみたいな衝撃が走った。
なぜこんな大事なことを忘れていたのだろう。平和ボケもいいとこだ。自分が嫌になってしまう。
ルーク・ハワード。彼はゲームの主人公キャラクターの一人なのだ。
動揺を隠しつつ、俺はルークを自室へと案内した。
「アシュリー兄さまみたいに火の魔法が使えたらすぐに乾かせるんだけど、僕は火属性じゃないんだよね、ごめん。とりあえずこれに着替えてよ」
クローゼットの中からサイズが大きすぎて着ていない、父上の土産のシャツを取り出す。
「サンキュ」
ルークは素直に受け取ると、着ていたシャツとジャケットを勢いよく脱ぎ捨てた。
たしか年齢はアシュリーやレイと同じはずだが、身体は二人よりも少し逞しい。腹筋はバキバキに割れているし、胸筋もしっかりしている。
バランスよく筋肉がついているためか、ガチム体型ではなく例えるなら水泳選手のような身体つきだ。
(うらやましい……俺もあんなスタイルになりたい)
あとでどんなトレーニングをしているのか聞いてみよう。
着替え終わったルークに声をかける。
「すぐに戻るわけにもいかないから、少しここで休みなよ」
「いいのか? 招待してもらって申し訳ないけど、俺、パーティーとか苦手だから助かる」
「いいよ、気にしないで」
ゲーム内のストーリーでは、兄弟にいじめられているルークを助けるのはレイの役目である。この出来事がきっかけとなり、レイとルークは急速に仲を深めていくことになる。
(偶然とはいえ、見つけたのが俺でよかったよ)
俺は胸をなでおろした。
最初のうちこそぎくしゃくしていたものの、アシュリーと推しの関係は非常に良好である。
それは今日の二人を見ても明らかだ。
おそらくレイはアシュリーに好意を持っているし、アシュリーもそうだと思う。
このままいけば二人は似合いの夫婦になることは想像に難くない。
だが、ルークがレイと関わるようなことがあれば、事態は一変してしまうかもしれないのだ。
ハワード侯爵家はヴァイオレット家やクロフォード家と違い、ごく一般的な侯爵家だし、今日を逃せばこうして接触を持つことはまず、考えにくい。
つまり、あと数時間やりすごせば、レイとルークが出会うイベントの発生は防ぐことができるはずなのだ。
(推しの幸せな人生を守るためだったら、できることはなんだってやってやる!)
本当は今すぐにでも大広間に戻って、推しの晴れ姿を目に焼き付けたいが、今は緊急事態である。ルークを引き留めておかなければならない。
「ルークと一緒にいたのは、兄弟……だよね」
俺の問いかけにルークは苦笑した。
「ああ、まあ一応は。血のつながりはあるけど、お互いに兄弟とは思ってない」
「そうなの?」
ルークはきっぱりと頷いて、意思の強そうな黄金色の瞳でこっちを見る。
「俺、貴族っぽくないだろ。敬語もろくに話せねえし」
「うん。ていっても僕、兄さまたちとレイ様ぐらいしか貴族の子どもとまともに話したことないんだけどね」
「俺も兄貴……っつーか、アイツら以外は知らんけどさ。でも今日も会場にたくさん子どもがいたけど、やっぱなじめねーなって思った。俺、少し前まで国のはずれのド田舎に住んでたからさ」
ハワード家の子どもたちの中で、ルークだけ母親が違う。ルークの母親は、もともとハワード家の使用人として働いていたアイリッシュ男爵家の娘なのだ。
美しく人目を引くその娘に侯爵が手を出したのだ。妊娠が発覚して二人の関係を知った夫人は激怒し、娘は男爵家に帰された。
そうして生まれたのがルークなのである。
アイリッシュ男爵家は裕福な家柄ではなかったが、領民たちからも慕われて慎ましいながらも愛に溢れる幸せな家庭だった。
だがルークは強い風の魔力を持って生まれてしまう。強い魔力を持つ子どもは、貴族の権力拡大や地位の向上の道具としてとても重要で、そのためルークは父親のハワード侯爵に目をつけられるのだ。
ルークの祖父母も母親も、彼の引き渡しを断っていたのだがハワード家が仕掛けた陰謀のせいでルークを手放すことを余儀なくされてしまうのである。
家族を守るためにハワード家へ行くことを決めたルークだが、侯爵家では彼の魔力や容姿に嫉妬した兄弟たちから毎日のようにいじめや嫌がらせを受けるのだ。
だが愛されて育ち、きちんとした教育を受けてきたルークはそんなことで折れるメンタルの持ち主ではない。
明るく、強い彼は異母兄弟たちに何をされてもめずに真っすぐ生きているのだ。
ザ主人公キャラという彼の性格と陽キャパワーが眩しすぎて感情移入できなかったことを思い出す。
もちろん彼はそんな深いところまで話すわけではなく、自分の生まれ育った場所がどれだけいいところや、高位貴族の暮らしの窮屈さをボヤいていた。
「今日も公爵サマのご子息のパーティーだからって、すんげー重いジャケット着せられて……って悪い、招待してもらったのに」
「全然いいよ。兄さまのパーティーは素晴らしいんだけど、僕も自分の服は窮屈だなって思うから。特にこれね」
俺は足元を指差す。パーティーでは子どもでも、ひざ下まであるヒールブーツを履くのがマナーだ。だがほぼ立っている状態のパーティーや行事では脚がむくんできつくなるし、高めのヒールもとても疲れる。さらに足も蒸れるし、いいところが一つもないのだ。
ルークは驚いたように目を見開いて、わは、と嬉しそうに笑った。
「うわそれめっちゃわかる! 俺もブーツ苦手! もう今、脱ぎてえもん」
「え!? まじで言ってる!?……脱ごうぜ」
ルークのノリのいい反応が楽しい。俺たちはいっせいにブーツを脱ぎ捨ててソファに脚を上げた。
「うわー! 行儀悪いけど最高!!」
「脚が楽だわー。マジでこのブーツいらねえー」
口々に叫びながら、開放感に溢れて俺たちはどんどん打ち解けていく。
公式でも人たらし認定されていたルークの力だろうか、俺は自分に課した役割も忘れてルークとの時間をしっかり楽しんでしまったのだった。
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