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2章
<6話>
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「アイツとは仲が良いのか?」
しばらくは互いに無言で歩いていたのだが、突然レイの声が降ってくる。
「アイツ、とは」
「アシュリーのことだ」
「はい! とても!」
「……意外だな。アイツに虐められでもしているんじゃないかと思っていたが。身内には優しい奴なのか」
その一言で、レイがアシュリーのことをどれだけ誤解しているのかがとわかった。
これはまたとない機会かもしれない。
「お言葉ですがレイ様。兄は身内だけではなく、使用人や動物、植物に至るまですべての生きとし生けるものに慈悲深い心を持っています。特に植物が大好きで緑のゆびを持っているんじゃないかと屋敷の皆が言っているぐらいです。魔力属性は火なのに魔力を使わず栽培が難しい花も上手に育てるんですよ素晴らしすぎる才能ですよね。その上毎日部屋におしかける僕に嫌な顔ひとつせず遊んで下さいますし最近はお菓子作りでもパティシエ並みの能力を発揮しておりますし要するに最高の兄なんです」
「……」
(しまった! つい推しに対する愛が爆発してしゃべりすぎた!)
恐る恐るレイの顔を見上げると、目を丸くしてぽかんとした表情になっている。
「そんなにアシュリーのことが好きなのか」
「はい! 大好きです!」
「嘘は言っていないようだし、アイツは身内には優しいんだな。俺と会うときはいつもしかめっ面で何もしゃべらないんだぞ」
レイの声はなんとなく拗ねているようにも寂しがっているようにも思えた。
「兄は幼い頃からレイ様の婚約者として、そしてクロフォード家の名に恥じぬようにさまざまな努力と訓練を重ねられてきました。ですから、自分の弱いところを見せるのが苦手なんです」
「どういう意味だ」
「レイ様、兄は真夏にお会いするときも長袖で露出の極力少ない服装だったことにお気づきでしたか?」
「ん? そういや、そんな気もするな。暗い色の服ばかりだったのは憶えている。だがそれがどうしたんだ?」
「兄はずっと原因不明の皮膚の病に悩まされていたんです。この1年ですっかり改善して、今ではほぼ完治した状態なのですが。皮膚にいくつもの小さな円形の赤い盛り上がった湿疹ができて、さらに銀白色のうろこ状のかさぶたが発生する病気でした。その上、少し体温が上がったり、心理的にストレスがかかると、それが刺激になって強烈にかゆくなってしまうんです。兄はその状態をレイ様にお見せしたくなかったんだと思います」
「そう、だったのか」
レイの声には明らかに驚きの色が滲んでいた。
「はい。その上ずっと病気にはあまりよくない間違った食生活を送っていたせいで、病気以外にも胃腸などもずっと悪い状態が続いていました。いつも体調が悪かったんです」
「それならそうと言ってくれればよかったのに」
「そうですね、僕もそう思います。ですがもしレイ様が兄の立場だったら、どうされますか」
レイは少し考えた後、首を振った。
「言わないだろうな……俺もそういう風には育てられていないから」
そういう風に育てられていない、というのは思っていることを正直に話したり、感じるままに素直に気持ちを表現したりすることを許されない環境だったということなのだろう。
アシュリーの場合は両親に強制されていたわけではなく、生来の生真面目さと責任感がそうさせていたのだと思うけれど。
でもレイは、きっとそうじゃない。
(ゲームでも、幼少期から当主になるために受けて厳しく育てられたってプロフィールに書いてあったもんな)
そう思うとクソ婚約者のことが少しだけ可哀想な気がしてくる。
レイが急に立ち止まったので、俺も歩みを止めて彼を見上げた。
「貴族の、特に俺たちみたいな立場の人間は政治的な意味を持つ結婚以外、許されない。それが当たり前だ。だから、婚約者なんてどうでもよかった。だからおまえの兄貴にも毛ほどの関心もなかったよ。冷たくて感じ悪い奴だなとは思ってたけど……それ以上に知ろうとも思わなかったし、知る必要があるとも思ってなかった。でも俺がもう少しアイツのことをちゃんと見ていたら、もう少しいろんなことに気づけていたのかもしれないな」
「レイ様……」
突然、レイは両手で髪の毛をわしゃわしゃとかきまぜるように撫ではじめた。
「ちょっ……! レイ様、おやめください! 髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまいます!」
必死で抵抗したが8歳と13歳の体格差は大きい。俺はしばらくされるがままに撫でられるしかなかった。
しばらくしてレイはパッと手を離すと俺の手首を掴んだ。
「ほら行くぞ。もう少しで会場だ」
「は、はいっ!」
強引な態度とは裏腹に、手首を掴む力も歩みも俺を気遣ってくれているのがわかる。
すぐに会場が見えてきて、同時に子どもたちの楽しそうな声も聞こえてくる。
(うっ、またあの子ども集団に入らないといけないのか)
げんなりしていると、レイが手を離し、頭をポンと撫でた。
「ここから先は一人で行け。今度は逃げねえでしっかりやってこい」
そう言うとレイはまた足早に庭の奥へと戻っていく。
俺その背中に向かって大声を出した。
「送ってくださりありがとうございました!」
金色の髪が揺れ、サファイヤブルーの目をこちらを振り向いた。
「次におまえの家を訪問するのは来月だが、兄貴と一緒にまたおまえも同席しろ。いいな?」
それだけ言うと、レイは再び歩き出す。
(よくわからんが……とりあえずアシュリーの良さは少しわかってくれたってことなんだろうか)
どんどん遠ざかっていく後ろ姿を見送りながら、俺はぼんやりとそんなことを思った。
しばらくは互いに無言で歩いていたのだが、突然レイの声が降ってくる。
「アイツ、とは」
「アシュリーのことだ」
「はい! とても!」
「……意外だな。アイツに虐められでもしているんじゃないかと思っていたが。身内には優しい奴なのか」
その一言で、レイがアシュリーのことをどれだけ誤解しているのかがとわかった。
これはまたとない機会かもしれない。
「お言葉ですがレイ様。兄は身内だけではなく、使用人や動物、植物に至るまですべての生きとし生けるものに慈悲深い心を持っています。特に植物が大好きで緑のゆびを持っているんじゃないかと屋敷の皆が言っているぐらいです。魔力属性は火なのに魔力を使わず栽培が難しい花も上手に育てるんですよ素晴らしすぎる才能ですよね。その上毎日部屋におしかける僕に嫌な顔ひとつせず遊んで下さいますし最近はお菓子作りでもパティシエ並みの能力を発揮しておりますし要するに最高の兄なんです」
「……」
(しまった! つい推しに対する愛が爆発してしゃべりすぎた!)
恐る恐るレイの顔を見上げると、目を丸くしてぽかんとした表情になっている。
「そんなにアシュリーのことが好きなのか」
「はい! 大好きです!」
「嘘は言っていないようだし、アイツは身内には優しいんだな。俺と会うときはいつもしかめっ面で何もしゃべらないんだぞ」
レイの声はなんとなく拗ねているようにも寂しがっているようにも思えた。
「兄は幼い頃からレイ様の婚約者として、そしてクロフォード家の名に恥じぬようにさまざまな努力と訓練を重ねられてきました。ですから、自分の弱いところを見せるのが苦手なんです」
「どういう意味だ」
「レイ様、兄は真夏にお会いするときも長袖で露出の極力少ない服装だったことにお気づきでしたか?」
「ん? そういや、そんな気もするな。暗い色の服ばかりだったのは憶えている。だがそれがどうしたんだ?」
「兄はずっと原因不明の皮膚の病に悩まされていたんです。この1年ですっかり改善して、今ではほぼ完治した状態なのですが。皮膚にいくつもの小さな円形の赤い盛り上がった湿疹ができて、さらに銀白色のうろこ状のかさぶたが発生する病気でした。その上、少し体温が上がったり、心理的にストレスがかかると、それが刺激になって強烈にかゆくなってしまうんです。兄はその状態をレイ様にお見せしたくなかったんだと思います」
「そう、だったのか」
レイの声には明らかに驚きの色が滲んでいた。
「はい。その上ずっと病気にはあまりよくない間違った食生活を送っていたせいで、病気以外にも胃腸などもずっと悪い状態が続いていました。いつも体調が悪かったんです」
「それならそうと言ってくれればよかったのに」
「そうですね、僕もそう思います。ですがもしレイ様が兄の立場だったら、どうされますか」
レイは少し考えた後、首を振った。
「言わないだろうな……俺もそういう風には育てられていないから」
そういう風に育てられていない、というのは思っていることを正直に話したり、感じるままに素直に気持ちを表現したりすることを許されない環境だったということなのだろう。
アシュリーの場合は両親に強制されていたわけではなく、生来の生真面目さと責任感がそうさせていたのだと思うけれど。
でもレイは、きっとそうじゃない。
(ゲームでも、幼少期から当主になるために受けて厳しく育てられたってプロフィールに書いてあったもんな)
そう思うとクソ婚約者のことが少しだけ可哀想な気がしてくる。
レイが急に立ち止まったので、俺も歩みを止めて彼を見上げた。
「貴族の、特に俺たちみたいな立場の人間は政治的な意味を持つ結婚以外、許されない。それが当たり前だ。だから、婚約者なんてどうでもよかった。だからおまえの兄貴にも毛ほどの関心もなかったよ。冷たくて感じ悪い奴だなとは思ってたけど……それ以上に知ろうとも思わなかったし、知る必要があるとも思ってなかった。でも俺がもう少しアイツのことをちゃんと見ていたら、もう少しいろんなことに気づけていたのかもしれないな」
「レイ様……」
突然、レイは両手で髪の毛をわしゃわしゃとかきまぜるように撫ではじめた。
「ちょっ……! レイ様、おやめください! 髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまいます!」
必死で抵抗したが8歳と13歳の体格差は大きい。俺はしばらくされるがままに撫でられるしかなかった。
しばらくしてレイはパッと手を離すと俺の手首を掴んだ。
「ほら行くぞ。もう少しで会場だ」
「は、はいっ!」
強引な態度とは裏腹に、手首を掴む力も歩みも俺を気遣ってくれているのがわかる。
すぐに会場が見えてきて、同時に子どもたちの楽しそうな声も聞こえてくる。
(うっ、またあの子ども集団に入らないといけないのか)
げんなりしていると、レイが手を離し、頭をポンと撫でた。
「ここから先は一人で行け。今度は逃げねえでしっかりやってこい」
そう言うとレイはまた足早に庭の奥へと戻っていく。
俺その背中に向かって大声を出した。
「送ってくださりありがとうございました!」
金色の髪が揺れ、サファイヤブルーの目をこちらを振り向いた。
「次におまえの家を訪問するのは来月だが、兄貴と一緒にまたおまえも同席しろ。いいな?」
それだけ言うと、レイは再び歩き出す。
(よくわからんが……とりあえずアシュリーの良さは少しわかってくれたってことなんだろうか)
どんどん遠ざかっていく後ろ姿を見送りながら、俺はぼんやりとそんなことを思った。
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