病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!

松原硝子

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1章

16話

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「う……ん」
ゆっくりと目を開くと、視界には見慣れた天蓋の布地が広がった。
どうやらここは俺の部屋のようだ。
上体を起こしてぼんやりと昨日のことを思い返す。
「シャーベットリリーはっ!?」
ガラガラ声で叫び、慌ててベッド這い出ると、サイドテーブルに麻袋が置いてあった。
中を開けると、大丈夫だと言いたげにキラキラと薄青い輝きを放っている。
「よかった……」
ホッと息を吐くと同時に扉が開き、ローラと目が合う。
「ルイス様! お目覚めになられたのですね!! 皆様にお知らせしなくては」
俺が返事をする間もなく、ローラは部屋に備え付けられたベルを鳴らす。
このベルは使用人たちが手にはめている腕時計のようなものに繋がっており、誰の部屋で鳴ったものかが文字盤に表示されるようになっているのだ。
すると間もなくバタバタというたくさんの足音とともに家族が飛び込んできた。
父上、母上、そしてジェシーに加えてアシュリーの姿も見える。
「ルイス!!」
駆け寄ってきた母上は目に涙を滲ませいた。
「皆、どんなに心配したことか……でも良かった。目が覚めて」
その横ではやはり涙ぐんでいる父上が大きく頷いている。
「ルイス! 具合が悪かったり痛いところはないか!? 怖かったろう、あんなにたくさんの魔獣に囲まれて」
ジェシーが大声で話しかけてくる。
「はい、大丈夫です」
「そうか! 俺たちが見つけたとき、魔力切れを起こす寸前だったんだ。3日も眠っていて目を覚まさないから心配したぞ!」
ジェシーはホッとした顔で俺の頭を優しく撫でる。
「3日も眠っていたんですか?!」
まさかそんなに日が経っているとは思わなかった。
俺はあらためて両親や兄たちを見回し、頭を下げた。
「本当にごめんなさい。夜中に家を抜け出したりして」
「いったいどうしてなの?」
母上が首を傾げて顔を覗き込んでくる。
「それは……」
アシュリーの病気を治すためだなんて言ったら、推しに迷惑がかかってしまうかもしれない。本当のことを話すべきかどうか迷い、言い淀んでしまう。
その時、アシュリーが静かに口を開いた。
「僕のせいです」
「違います! そんなことないです!!」
慌てて叫ぶとアシュリーが俺の目を真っすぐ見据える。すみれ色の瞳は悲しみの色で溢れていて、言葉を失う。
「どういうことだ、アシュリー。話してみなさい」
「はい、父上。あの夜、ルイスの部屋で魔法薬草学辞典を見つけました。これです」
そう言ってベッドの端に俺が読んでいた本を置いた。
「シャーベットリリーのページに栞が挟まっていたんです。森でルイスを見つけた時、持っていた麻袋の中にはシャーベットリリーが入っていました」
「何!?」
父が驚きの声を上げる。
「僕はルイスにシャーベットリリーの話をしていません。おそらく誰かが話しているのを聞いてしまったんでしょう。あの日、雨が降る前は綺麗な満月が見えていました。だからきっとルイスはシャーベットリリーを採取するために出かけたんだと思ったんです……僕のために。だから、僕のせいです」
アシュリーは両親に向かって深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。僕がルイスと関わらなければ危険な目に遭わせることもなかったはずです。だから、ルイスのことは怒らないでやってください。これからはもうルイスと会うのも控えて、今までのように離れで――」
「い、嫌です!!」
気づいたときにはアシュリーの言葉を遮って力いっぱい叫んでいた。
「アシュリー兄さまとせっかく仲良くなれたのに……!! 僕は嫌です!! 本当は兄さまが一人で離れでお暮しになっているのも嫌です!! もうお会いできないというのなら、いっさい食事はとりませんしこの部屋から出ませんからっ!!」
「ダメだよルイス。言うこと聞きなさ――」
「私はルイスの意見に賛成だな」
「父上……!?」
アシュリーは目を見開いて父上の方を振り返る。
「確かにルイスのしたことは危険だ。だが家族のために命懸けで行動したことは素晴らしいし、もし私がルイスの立場でも同じ行動をしたはずだ。アシュリー、もしおまえならどうする?」
「……僕も、きっと同じことをします」
アシュリーは小さな声で呟く。
「ルイスのことは大切だよ。だが同じくらいおまえのことも大事なんだ」
「俺もだ!!」
ジェシーが叫ぶ。
「もちろん私も同じですわ」
母上もにっこりと微笑む。
見上げたアシュリーの目は少し潤んでいるように見える。
父上は優しい表情で言葉をつづけた。
「アシュリー、おまえはまだ子どもだ。家族に気を使う必要なんてないんだよ。おまえはたち子どもはただ、父と母に愛されてさえいればいい。意思を尊重して離れに住むことを承諾したが、それがよくなかったのかもしれないね。すぐにでも戻ってきなさい」
「でも……僕はいずれはヴァイオレット家に嫁ぐ身です。クロフォードの家紋に恥を塗らない、立派な人間にならないと、いけないんです」
「…そんなことを考えていたのか」
父上は大きなため息を吐く。
「ヴァイオレット家との婚約はおまえが生まれる前に父上―亡くなったおじい様が決めたものだ。あちらの前当主もすでに亡くなられているし、気が進まないならいつでも解消していい。だから、そんなことのために我慢なんてしなくていいんだ」
そう言って父上はアシュリーをぎゅっと抱きしめた。
「父上?!」
突然抱きしめられて赤くなって涙目になってる推し、100点。可愛すぎる。眼福。
もう我慢できない。
「僕も戻ってきてほしいです!」
叫びながらベッドから飛び降りると、父上とアシュリーの2人にぎゅっと抱きつく。
「俺もアシュリーとルイスが大好きだぞ!!」
今度は一番外側からジェシーが雄叫びを上げて強く抱きしめてくる。
「ちょ、ちょっとジェシー……ち、力を……加減しなさい」
父が苦しそうに言葉を絞りだす。けれどジェシーはひたすら弟たちが大好きだと叫びながら腕の力を強めてくる。
「あ、兄上っ! 力が強すぎです……潰れる……」
アシュリーも声を上げるが、ジェシーの耳には入っていないようだ。
俺はまだまだ背が低いのでジェシーの怪力被害から免れることができているため、頭上で繰り広げられる3人のやりとりがおもしろくて笑ってしまう。
そのうち俺たちを側で眺めていた母上も笑い出し、やがて父上もジェシーもアシュリーも声を上げて笑い始めた。
ゲームのスチルではヴィランらしい悪い笑顔しか見たことがなかったので、屈託のない推しの笑顔に萌え殺されそうになる。
(守りたい、この笑顔……!)
俺は改めて、推しの幸せな人生のために全力を尽くす決意をしたのだった。


そうしてアシュリーは翌日から本邸へ戻り、皆と一緒に暮らしはじめた。
シャーベットリリーはクラウス医師の手によって薬茶となり、毎日飲み続けた結果、今ではアシュリーの湿疹は綺麗に跡形もなくなっている。
まだ体力は少し心許ないけれど、以前が夢だったのじゃないかと感じられるほど、明るくて元気になってくれた。
19歳になったジェシーは希望どおり王立騎士団へ入団し、さらに体も声も大きくなった気がする。
普段は王宮の付近にある騎士団用の建物で生活をしており、週末だけ実家に帰ってくるのだが、ジェシーから聞く騎士団や社会情勢、隣国についての話はとても興味深く、俺もアシュリーも毎週の帰宅を楽しみにしていた。
話を聞かせてくれ剣の稽古もつけてくれるお礼に、アシュリーと俺は筋肉にいい料理を作ったりしている。
ジェシーはリアクションが大きいので、毎回大袈裟に喜んでくれるのだ。
食べっぷりも気持ちよくて、それを見るのも面白かった。
両親も俺たち3人を平等に愛し、可愛がってくれる。

だが、あまりに平穏で幸せな毎日に浸りきっていた俺は、この時とても大切なことを忘れかけていたのだ……。

ー2章へ続くー
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