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1章
15話
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「うう……やばい。寒すぎる」
降りやまない雨の中、雨除けの下で小刻みに震える体を自分で抱きしめる。
魔力残量がほぼない状態で魔力を使い続けると、最悪の場合は命を落としてしまうこともあるという。
しかも俺の持つ魔力は風・木・土ときている。火の魔力があれば焚火を起こしたりして暖を取ることもできたが、残念ながらそういうわけにもいかない。
そんなわけで今できることは大人しく雨が止み、魔力量が回復するのを待つことだけなのだ。
(雨はまだいいとして、これで魔獣でも出てきたらマジに詰みだよな)
遠くの方で魔獣なのかただの獣なのか、遠吠えのようなものが聞こえる。
魔力が使えない限り、今の俺はただの無力な子どもだ。だがせっかくシャーベットリリーを採取することができたのだから、このまま死ぬわけにはいかない。
少しでも温まろうと、かじかむ両手に息を吹きかけてみた。
だがもう吐く息すら冷たくなっている。
(雨がやんだとしても魔力が回復するまではあと半日以上はかかりそうだな)
朝になれば屋敷を抜け出したこともバレてしまうだろう。
(しくじった。もっとしっかり計画を立てればよかった)
後悔してももう遅い。目閉じて木の幹に背中をもたせかけたその時。
鋭い視線と禍々しい気配を感じた。
(なんだ?)
目を開けて注意深く辺りを見回すと、数メートル先の暗闇の間からいくつもの緑色の不気味な瞳がこちらを見ている。
(あれは……まさかフォレストグリム!?)
フォレストグリムとは深い森林の中に棲む魔獣で、好物は人間の魂だ。弱点は日の光と炎なのだが、あいにく今はそのどちらもない。
グリムたちはこっちの様子を窺いながら少しずつ近づいてくる。同時に獣らしい唸り声のようなものも聞こえてきて、背筋に寒気が走った。
(まずいぞ。このままじゃ食われちまう)
たしかこいつらは高い所には登れない。木登ればなんとなるかもしれないが、もはやそんな体力すら残っていない。
(諦めるな。本気で考えればきっとなにか策はあるはずだ。考えろ、考えろ……)
集中しようと努力しても、少しずつ漂ってくるグリムの息遣いや獣の臭いに心臓が早鐘を打ち始めて考えがどうしてもまとまらない。
(どうしよう、このままじゃ殺られる……!)
反射的にぎゅっと目を閉じた瞬間、突然ものすごい轟音が響く。
驚いて目を開けると視界に2つの背中が広がっていた。
振り向かなくても誰のものなのか俺にはわかる。
(アシュリー!? ……それにジェシーも)
二人はグリムたちの前に炎で壁を作りだす。
辺りは一気に明るくなり、光と炎が苦手なグリムたちはこれ以上近寄れずに後退を始めている。
「ルイスがいたぞ!! 皆こっちへ集合してくれ! フォレストグリムが集団で現れた!!」
ジェシーが雨に負けない大声で叫び、右手を上空に向けて伸ばした。
指先から出た細いいくつもの光は上空でドォンと音を立て、さまざまな色の光となって四方八方に飛び散る。
それはまるで花火のようだった。
「ジェシー様! アシュリー様!!」
すぐにたくさんの公爵家の私設騎士たちが姿を見せる。
「ここはわたくしどもにお任せください。お二人はルイス様を!」
剣のぶつかると音やグリムの咆哮が響く中、アシュリーとジェシーが駆け寄ってきた。
「ルイス!! 大丈夫か!?」
大声はジェシーではなくアシュリーのものだ。
(推しのでかい声、初めて聞いた……)
そんなことを思いながら、俺は首を縦に振る。声を出して返事をしたかったのだが、寒さのあまり声が出ない。
「ケガは? 転んだり魔獣に襲われたりはしていない?」
「……て、ない。だい、じょぶ……で、す」
なんとか絞りだした声は掠れてほとんど音になっていない。
アシュリーは両眉を下げ、ほとんど泣きそうな顔で小さく呟いた。
「良かった……っ!」
次の瞬間ふんわりとしたアイリスの香りに包まれ、冷たくなっていた体に少しずつアシュリーの体温が移ってくる。
(お、推しに抱きしめられてる……だとッ!?)
衝撃でアシュリーに抱きしめられていると気づくのに時間がかかってしまった。
同時に圧倒的な安心感に包まれ、瞼がどんどん重くなっていく。
(だめだ俺、寝るな! せっかく推しと触れ合っているのに!)
だが心の中でいくら叫んでも小さな子どもの体には限界がある。
あたたかさと安心感には勝てずに俺は意識を手放した。
降りやまない雨の中、雨除けの下で小刻みに震える体を自分で抱きしめる。
魔力残量がほぼない状態で魔力を使い続けると、最悪の場合は命を落としてしまうこともあるという。
しかも俺の持つ魔力は風・木・土ときている。火の魔力があれば焚火を起こしたりして暖を取ることもできたが、残念ながらそういうわけにもいかない。
そんなわけで今できることは大人しく雨が止み、魔力量が回復するのを待つことだけなのだ。
(雨はまだいいとして、これで魔獣でも出てきたらマジに詰みだよな)
遠くの方で魔獣なのかただの獣なのか、遠吠えのようなものが聞こえる。
魔力が使えない限り、今の俺はただの無力な子どもだ。だがせっかくシャーベットリリーを採取することができたのだから、このまま死ぬわけにはいかない。
少しでも温まろうと、かじかむ両手に息を吹きかけてみた。
だがもう吐く息すら冷たくなっている。
(雨がやんだとしても魔力が回復するまではあと半日以上はかかりそうだな)
朝になれば屋敷を抜け出したこともバレてしまうだろう。
(しくじった。もっとしっかり計画を立てればよかった)
後悔してももう遅い。目閉じて木の幹に背中をもたせかけたその時。
鋭い視線と禍々しい気配を感じた。
(なんだ?)
目を開けて注意深く辺りを見回すと、数メートル先の暗闇の間からいくつもの緑色の不気味な瞳がこちらを見ている。
(あれは……まさかフォレストグリム!?)
フォレストグリムとは深い森林の中に棲む魔獣で、好物は人間の魂だ。弱点は日の光と炎なのだが、あいにく今はそのどちらもない。
グリムたちはこっちの様子を窺いながら少しずつ近づいてくる。同時に獣らしい唸り声のようなものも聞こえてきて、背筋に寒気が走った。
(まずいぞ。このままじゃ食われちまう)
たしかこいつらは高い所には登れない。木登ればなんとなるかもしれないが、もはやそんな体力すら残っていない。
(諦めるな。本気で考えればきっとなにか策はあるはずだ。考えろ、考えろ……)
集中しようと努力しても、少しずつ漂ってくるグリムの息遣いや獣の臭いに心臓が早鐘を打ち始めて考えがどうしてもまとまらない。
(どうしよう、このままじゃ殺られる……!)
反射的にぎゅっと目を閉じた瞬間、突然ものすごい轟音が響く。
驚いて目を開けると視界に2つの背中が広がっていた。
振り向かなくても誰のものなのか俺にはわかる。
(アシュリー!? ……それにジェシーも)
二人はグリムたちの前に炎で壁を作りだす。
辺りは一気に明るくなり、光と炎が苦手なグリムたちはこれ以上近寄れずに後退を始めている。
「ルイスがいたぞ!! 皆こっちへ集合してくれ! フォレストグリムが集団で現れた!!」
ジェシーが雨に負けない大声で叫び、右手を上空に向けて伸ばした。
指先から出た細いいくつもの光は上空でドォンと音を立て、さまざまな色の光となって四方八方に飛び散る。
それはまるで花火のようだった。
「ジェシー様! アシュリー様!!」
すぐにたくさんの公爵家の私設騎士たちが姿を見せる。
「ここはわたくしどもにお任せください。お二人はルイス様を!」
剣のぶつかると音やグリムの咆哮が響く中、アシュリーとジェシーが駆け寄ってきた。
「ルイス!! 大丈夫か!?」
大声はジェシーではなくアシュリーのものだ。
(推しのでかい声、初めて聞いた……)
そんなことを思いながら、俺は首を縦に振る。声を出して返事をしたかったのだが、寒さのあまり声が出ない。
「ケガは? 転んだり魔獣に襲われたりはしていない?」
「……て、ない。だい、じょぶ……で、す」
なんとか絞りだした声は掠れてほとんど音になっていない。
アシュリーは両眉を下げ、ほとんど泣きそうな顔で小さく呟いた。
「良かった……っ!」
次の瞬間ふんわりとしたアイリスの香りに包まれ、冷たくなっていた体に少しずつアシュリーの体温が移ってくる。
(お、推しに抱きしめられてる……だとッ!?)
衝撃でアシュリーに抱きしめられていると気づくのに時間がかかってしまった。
同時に圧倒的な安心感に包まれ、瞼がどんどん重くなっていく。
(だめだ俺、寝るな! せっかく推しと触れ合っているのに!)
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