病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!

松原硝子

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1章

12話

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そうして1週間後の満月の夜。
俺は予定通り皆が寝静まった頃を見計らって屋敷を抜け出した。
風の魔力があれば空を飛ぶことができる。
密かに一人で練習をしていたおかげで、部屋の窓から難なく飛び立つことができた。
満月の月はいつもより大きくも眩しい。
だが少し雲が多いのが気になった。
もしかすると明日は雨になるのかもしれない。
(天気は今夜だけ保ってくれれば問題ないから大丈夫そうだな)
月と星の光に照らされながら、アンブルサイドの森を目指して空を翔けた。


自分に出せる最速のスピードで飛んだこともあり、あっという間にアンブルサイドの森へたどり着く。
うっそうとした広大な夜の森は真っ黒で、今にも魔獣が飛び出してくるような気がしてならない。
(花を摘んだらさっさと退散した方が良さそうだな)
俺は上空からシャーベットリリーの探索を開始することにした。
「あった! あれじゃないか?」
探索を開始して1時間が過ぎたころ、それらしいものを見つけて興奮のあまり独り言が大きくなる。
よく見えるところまで降りていくと魔法薬草百科事典に描かれていたイラストとそっくりな、薄いアクアマリン色の百合が月の光を浴びて美しい花を咲かせている。
「うわ、思っていたよりずっと綺麗だ」
繊細な砂糖菓子で作られたような可憐さに息を呑む。
この花を摘み取ってしまう行為に心が痛んだ。
だが、これも推しの病を治すため。
(花の命をムダにしないように絶対に病気を治そう)
気持ちを込めてシャーベットリリーを手折り、魔法のかかった麻袋に詰めていく。
袋がいっぱいになる頃、ふと周囲に異変を感じた。
上空を見上げると月に雲がかかり始めている。
月の周囲をうろついていた濃い灰色の雲はあっという間に増殖して、美しい夜空はあっという間に曇天へと様変わりした。
残っていたシャーベットリリーに目をやると、すでに萎んでしまっている。
(咲いているうちに採取できてよかった……!)
だがすぐにポツポツと雨粒が落ちてくる気配がし、ホッと胸をなでおろしたのも束の間となってしまった。
あっという間に雨足はどんどん強くなる。
慌てて大きな木の下に入り込み、木の魔力で小さな屋根のようなものを作り出してその下に座り込んだ。
(早く帰らないとまずいな)
だがこの豪雨の中を飛ぶのは難しい。
もし飛ぶのであれば雨除けが必要だ。
木の魔力を使って傘を作り出すことはできるだろうが、その後に家へ戻るまで飛び続ける魔力が残っているかは正直、微妙な気がする。
ただでさえ激しい雨の中を飛ぶのは大変だろうし、魔力の消費量が半端じゃない。
いくら魔力が強くても1日に体内に貯めておくことができる魔力の量は年齢や体格によって異なる。
まだ10歳ということもあり、俺の魔力貯蓄量はそう多くない。
万が一、途中で魔力切れを起こしてしまったら。
上空の高さによっては死んでしまう可能性もあるのだ。
(そういえば俺、魔力あとどれくらい残ってるんだろう)
右手を伸ばして空中にかざし、呪文を唱えると、手のすぐ上の空中にハート型のメーターのようなものが現れた。
「えーと、今の魔力残量は……5ッ!?」
予想以上に少ない表示に大声で叫んでしまう。
これでは帰るどころか飛ぶことができるかどうかも怪しい。
(こりゃ朝になっても帰れないな。見つかったら大騒ぎになるだろうなあ。失敗した……)
おさまるどころかどんどん激しく雨の降る真っ黒な空を見上げて、俺は重いため息を吐いた。

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