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#55
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それでも金成の手は、さわさわと俺の胸から腹を縦横無尽に撫でまわしている。
「おい。話に集中できなくなる……」
「ん……」
なだめると不満そうではあったが動きを止める。それから両手を俺の下腹に回して、クロスさせた。
「俺、父親のこと覚えてるんだ」
先に口火を切ったのは金成だった。その声は沈んでいる。
「そうか……それにしても、まさか俺の番がお前の親父さんだったなんてな」
「……本当にそうなのかな」
「え?」
思わず振り返ると、金成が片手で優しく俺の顎を掴むと顔を前に戻す。
「話し終わるまで、こっち振り返るの禁止。……キスしたくなっちゃうから」
胸がぎゅんっと鳴った気がする。大好きな恋人からこんな可愛いことを言われたら、振り返りたくて堪らなくなるじゃないか。
そんな心の葛藤を知ってから知らずか、金成は肩に顎を乗せて話を続けた。
「昨日の話だと俺の父親はスケアリーなわけだよね。アルティメットじゃないのにシュプリームと番になれるって、おかしい気がする」
「まあ、たしかに…ただ実際、頸を噛まれた後は普通に番としてお互いに機能してたからな」
俺はため息を吐いて続けた。
「スケアリー見つかったらすぐに抹殺されるから、生態について詳しいことも分かってないし。もしかしたらシュプリームと番になれる能力も持ってんのかもしれないし。お前も、インフェリアじゃない事ははっきりしたけど、それ以外はまだよくわか……」
「飛鳥」
突然、背後から強めに名前を呼ばれる。
「なんだよ、いま俺話してるじゃん」
「消えてる」
「何の話よ」
「後ろ…なくなってる」
「だから何が…」
あすかは無言で俺の右手を掴むと、首の後ろに持っていく。
「は…? 嘘だろ…」
俺は何度も首の後ろを撫でさする。けれど何度触れても結果は同じだった。
そこにあるはずの噛み跡が、跡形もなく消えていた。振り返った俺は再び息が止まりそうになるほど驚いた。
「おまえ、その眼…どうしたんだよ」
動揺で声が震える。金成の表情も強張っている。
「俺……どうかした?」
「……痛みとかもないのか?」
「うん。ない」
「じゃ言うけど。お前の眼……色変わってる」
言うが早いか、金成は俺を膝から下ろすとバスルームの方へ駆けていく。戻ってきた金成はなんとも形容し難い、複雑な表情になっていた。
その目は何度見てもやはりルビーのようは紅に染まっている。
「…赤いよね」
「うん…赤、だな」
俺たちはそれきり互いに黙り込んでしまった。赤く変化した金成の目。消えた俺の噛み跡。いったい何が起きているんだろう。
なんだか空恐ろしくなって身震いをすると、大きな温もりに包まれた。金成が俺のことを正面から抱きしめて囁く。
「大丈夫。何があっても、飛鳥のことは俺が守るから」
「うん…」
逞しくなった胸板に、自然と頬を寄せてしまう。少し高いだけだった目線は、たった数日のうちに背伸びをしないと合わないほどになった。
今までは俺が金成を守らなければいけないと思っていたのに。引き締まった強い腕に囲まれているだけで、何があっても大丈夫という気にさせてくれた。
小さく笑う声が聞こえ、俺は視線を上げる。赤く煌めく目が優しい光を湛えて俺のことを見ていた。
「……なに笑ってんだよ」
「可愛い。それに嬉しい。初めて俺に、自分から素直に甘えてくれた」
片方の手が背骨に沿ってゆっくりと上へあがってくる。ストレートな恋人の言葉に恥ずかしさを覚えて俯いた顔を、その手がそっと掬い上げた。
「だめ。こっち見て」
視線を合わせているだけなのに、顔の温度がどんどん上昇していく。
「あ…」
昨日までの激しい時間のせいで、紅く少しぽってりした艶やかな恋人の唇。美しく白い肌と相まって、雪原に落ちた椿の花のようだ。
吸い寄せられるように首を伸ばすと、金成も少し俯いて、俺の顔に陰を作る。まつ毛が触れ合うほど近づいたその時。
強大なプレッシャーとビリビリ空気が震えるほどの緊張感が部屋中に漂った。
金成は勢いよく身体を離すと、俺のを自分の背中に隠すようにして立つ。
キッチンの近く、ダイニングテーブルのすぐ近くの空間が歪む。それと同時に、一人の男が現れた。締め切った部屋の中、風もないのに白いシャツと銀糸の髪が靡いている。
「飛鳥? 何してるの?」
歌うような優しく穏やかな声が響く。けれどその声の主の眼は見開かれ、瞳孔も開き切っている。彼の立っている床は円形に軽くへこみ、少しひび割れていた。
「おい。話に集中できなくなる……」
「ん……」
なだめると不満そうではあったが動きを止める。それから両手を俺の下腹に回して、クロスさせた。
「俺、父親のこと覚えてるんだ」
先に口火を切ったのは金成だった。その声は沈んでいる。
「そうか……それにしても、まさか俺の番がお前の親父さんだったなんてな」
「……本当にそうなのかな」
「え?」
思わず振り返ると、金成が片手で優しく俺の顎を掴むと顔を前に戻す。
「話し終わるまで、こっち振り返るの禁止。……キスしたくなっちゃうから」
胸がぎゅんっと鳴った気がする。大好きな恋人からこんな可愛いことを言われたら、振り返りたくて堪らなくなるじゃないか。
そんな心の葛藤を知ってから知らずか、金成は肩に顎を乗せて話を続けた。
「昨日の話だと俺の父親はスケアリーなわけだよね。アルティメットじゃないのにシュプリームと番になれるって、おかしい気がする」
「まあ、たしかに…ただ実際、頸を噛まれた後は普通に番としてお互いに機能してたからな」
俺はため息を吐いて続けた。
「スケアリー見つかったらすぐに抹殺されるから、生態について詳しいことも分かってないし。もしかしたらシュプリームと番になれる能力も持ってんのかもしれないし。お前も、インフェリアじゃない事ははっきりしたけど、それ以外はまだよくわか……」
「飛鳥」
突然、背後から強めに名前を呼ばれる。
「なんだよ、いま俺話してるじゃん」
「消えてる」
「何の話よ」
「後ろ…なくなってる」
「だから何が…」
あすかは無言で俺の右手を掴むと、首の後ろに持っていく。
「は…? 嘘だろ…」
俺は何度も首の後ろを撫でさする。けれど何度触れても結果は同じだった。
そこにあるはずの噛み跡が、跡形もなく消えていた。振り返った俺は再び息が止まりそうになるほど驚いた。
「おまえ、その眼…どうしたんだよ」
動揺で声が震える。金成の表情も強張っている。
「俺……どうかした?」
「……痛みとかもないのか?」
「うん。ない」
「じゃ言うけど。お前の眼……色変わってる」
言うが早いか、金成は俺を膝から下ろすとバスルームの方へ駆けていく。戻ってきた金成はなんとも形容し難い、複雑な表情になっていた。
その目は何度見てもやはりルビーのようは紅に染まっている。
「…赤いよね」
「うん…赤、だな」
俺たちはそれきり互いに黙り込んでしまった。赤く変化した金成の目。消えた俺の噛み跡。いったい何が起きているんだろう。
なんだか空恐ろしくなって身震いをすると、大きな温もりに包まれた。金成が俺のことを正面から抱きしめて囁く。
「大丈夫。何があっても、飛鳥のことは俺が守るから」
「うん…」
逞しくなった胸板に、自然と頬を寄せてしまう。少し高いだけだった目線は、たった数日のうちに背伸びをしないと合わないほどになった。
今までは俺が金成を守らなければいけないと思っていたのに。引き締まった強い腕に囲まれているだけで、何があっても大丈夫という気にさせてくれた。
小さく笑う声が聞こえ、俺は視線を上げる。赤く煌めく目が優しい光を湛えて俺のことを見ていた。
「……なに笑ってんだよ」
「可愛い。それに嬉しい。初めて俺に、自分から素直に甘えてくれた」
片方の手が背骨に沿ってゆっくりと上へあがってくる。ストレートな恋人の言葉に恥ずかしさを覚えて俯いた顔を、その手がそっと掬い上げた。
「だめ。こっち見て」
視線を合わせているだけなのに、顔の温度がどんどん上昇していく。
「あ…」
昨日までの激しい時間のせいで、紅く少しぽってりした艶やかな恋人の唇。美しく白い肌と相まって、雪原に落ちた椿の花のようだ。
吸い寄せられるように首を伸ばすと、金成も少し俯いて、俺の顔に陰を作る。まつ毛が触れ合うほど近づいたその時。
強大なプレッシャーとビリビリ空気が震えるほどの緊張感が部屋中に漂った。
金成は勢いよく身体を離すと、俺のを自分の背中に隠すようにして立つ。
キッチンの近く、ダイニングテーブルのすぐ近くの空間が歪む。それと同時に、一人の男が現れた。締め切った部屋の中、風もないのに白いシャツと銀糸の髪が靡いている。
「飛鳥? 何してるの?」
歌うような優しく穏やかな声が響く。けれどその声の主の眼は見開かれ、瞳孔も開き切っている。彼の立っている床は円形に軽くへこみ、少しひび割れていた。
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