もふけもわふーらいふ!

夜狐紺

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第一章 お屋敷編

第十九話 水神様と消防団

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「「「ごちそうさま」」」
 食べ終わった後も団欒の時間はしばらく続いた。
「じゃ、そろそろ片付けようかな」
 それからちよさんとよもぎさんが立ち上がって、空になった大皿をまとめて、お茶の間から出て行った。それに続いて他の人も、自分の食器を片付け始める。慌てて俺も食器を重ねて、その後に続いた。
 自分が使った食器は、ちゃんと台所まで持っていくのがルールらしく、流しには七人分の食器が高く積まれていた。
 だけど、先に向かったはずのちよさんと蓬さんの姿が見当たらない。 
 どこにいるんだろう? と思っていると、勝手口の向こうから二人の声が聞こえてきた。
 裏庭に出てみれば、風がそっと頬を撫でる。爽やかで涼しい。
「そろそろ満杯ですね」
「そうだね。それじゃ、運ぼうか」
 見れば蓬さんとちよさんは、大きな桶を持ち上げようとしていた。
「手伝います」
 その桶には井戸から汲んだ水がなみなみと入っていて、二人だけで運ぶには見るからに重そうだ。
 きっと皿洗いに使うんだろう。そばに寄ってかがんで、俺も桶に手を掛ける。
「ありがとう、助かるよ。いっせーの、せっ」
 蓬さんの掛け声とともに、桶は持ち上がる。ずしっと両手にかかる重力。これは、さっきのバケツよりも、ずっと重いぞ……。
「あはは、頑張れ景君!」
 だけど蓬さんもちよさんも、軽々と運んでいる様に見える。多分、二人の力が強いというよりも、俺の体が運動不足でなまっているだけだな……。鍛えなければ。
 やっとのことで台所に運び終えると、今度は流しに置いていた食器を桶の中に入れていく。一気に洗った方がずっと効率的だからだろう。
「じゃ、洗い始めよっか」
 そして桶のそばにしゃがんだ蓬さんは、一枚の大きなお皿を手に取った。
「あれ、洗剤は使わないんですか?」
 蓬さんが洗おうとしていたのは天ぷらに使われた大皿で、全体についた黄色い油汚れが見るからに厄介そうだ。台所には洗剤が入っていそうな小さな箱がちゃんと置いてあるのに、何も使わないとなると、綺麗にするのはかなり大変そうだけど……。
「ふふ、それはだね、景君」
 すると蓬さんは顔を上げて、俺を手招きする。ちょっと何かを企んでいる様な、不敵な笑みを蓬さんは浮かべていて、混乱する。桶のそばにしゃがむと、天ぷらの大皿を渡された。
「まあ騙されたと思って、この皿を撫でてみて」
「は、はい。分かりました」
 表面を撫でるだけでいいんだよな……。その言葉の通りに、大皿を指先で触ってみた。
「あれ?」
 ただ軽く、さっと撫でただけのはずなのに、染みついた黄色い油汚れが、消えた……?
 見間違いじゃない、よな。戸惑いながら、手の平全体で皿をこすってみると、あっという間に皿全体の汚れが全て落ちてしまう。
 洗剤はどころか、スポンジとかだって少しも使って無いはずなのに、どうして?
「私たちも始めようか」
 蓬さんが別の大皿をこすると、同じように汚れはするりと取れる。ちよさんがやっても当然同じ。一回軽く撫でただけで、皿はきらきらと輝きを取り戻した。
「あの、これは……」
 何も使っていないのにこんなに早く洗えるなんて、一体どんな方法で……。
「この辺りの井戸は全て、守り神の水神様の力が宿っていてね」
 凄まじい速さで皿を綺麗にしながら、蓬さんは誇らしげに答える。
 水神様。蓬さんの口調からして多分、御珠様のことじゃないだろう。
「水を満杯にして汲むと、こんな風に不思議なことが起こるんだよ」
「つ、つまり、水が輝いていたのも、水神様の力ですか?」
 掃除をする前、バケツに水を汲んだ時。満杯にした井戸の桶の水は、確かにきらきらと自ら光を発して天に昇っていて、それは見とれてしまうぐらいに幻想的で……。
「びっくりしたでしょ? 移し替えると消えちゃうから、ちょっと勿体無いよね」
 あれも、水神様の力。……見間違えじゃなかったのか。
「勿論、普通に使っても大丈夫な水だから、安心してね」
 話ながらでも蓬さんが洗うスピードは落ちず、惚れ惚れするぐらいに早い。
 ――守り神の、水神様。
 今まで神様とかは、あんまり信じるタイプじゃなかったはずなのに。何の抵抗もなく、すっと受け入れる自分がいる。
 きっと、こっちの世界では、本当にいるんだろうな……神様。
 いや、元の世界でも本当は、いたのかもしれない。……ただ、ずっと気付けなかっただけで。
 心が温かくなるような、だけど少しだけ切ないような気持ちで、皿を磨いていく。
「よし、こんなもんで良いかな!」
 一回撫でるだけでするりと汚れは落ちるから、あんなに多かった皿も、三人でやればあっという間に全て洗い終えてしまった。正直二分もかからなかった。
「おお……!」
 水から取り出した皿は、まるで新品のようにきらきらと輝いている。感動しながらタオルで軽く拭いて、戸棚にしまっていく。
「桶を片付けよっか」
 桶を再び三人で裏庭に運び出んで、中の水を石造りの溝に流して、建物の壁に再び立てかけて、皿洗いはあっさりと終わった。

「思ってもいませんでした。井戸の水にあんな力が有るなんて……」
「ふふ、あっという間だっただろう?」
 台所から自分の部屋に戻る途中、歩きながら蓬さんとそんな話をしていると。
「あれは……」 
 窓の外、遠くに誰かの人影を発見する。軽い防具を付けて笠をかぶった、木刀を腰に差した背の高いシルエット。十徹さんだ。こんな夜に、どこへ出かけるんだろう? 
「ああ。十徹君は剣の修行の為に、近所の道場に通っているんだよ」
 外の様子に気付いた蓬さんが、すぐに教えてくれる。
「なるほど」
 十徹さん、見るからに鍛えてそうだもんな。多分、腕前も物凄いのだろう。
 鉄すらも一刀両断する居合いの達人の姿を想像する。
「それか、消防団の防犯の見回りかな」
「見回り、ですか」
 マッチ一本火事の元とか、そんな感じだろうか。
「でもまあ、この街はのんびりしているから、物騒な事件は全く起こらないけどね。たまに泥棒が出ても、泣きながらすぐに自首してくるし……どうしてだろうね?」
「………」
 俺はひっそりとした外の暗闇の中で、木刀を持った十徹さんに睨まれた場面を想像する。
 うん。仮に俺が泥棒だったら、絶対に気を失うか、泣いて土下座をするな……。
「ま、平和が一番ってことだね!」
 蓬さんは明るく笑って、再び歩き出した。
「お風呂の時間までは、部屋でのんびりしていてね!」
「分かりました!」
 自分の部屋、水無月の間の前で蓬さんと別れて、俺は畳の上に寝っ転がる。
 折角空いた時間ができたのだ。することは決まっていた。
 俺はすぐに体を起こして、部屋の中に置いてある、ある物の前に立つ。
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