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Ⅲ
6.インザルーム
しおりを挟む次に目を開けると、そこに彰永の顔があり、あーいつもの夢だってわかった。
夢だから、何してもいいんだ。
手を伸ばしてもいいし、キスしてもいい。彰永も都合よく俺の胸を触ってくれる。
「はぁ……んっ」
喉がつかえてうまく息継ぎできない。
顎を引いて逃げるのに、また顔が被さってきて、ぬめぬめと濡れた舌が入ってくる。
俺は喉がとても乾いていたから、ちゅっ、ちゅっ、とミルクを飲む赤ちゃんみたいに、吸ってしまう。顎まで唾液が垂れてくるから、恥ずかしい。
「ああ……あっ」
声を出すと目が覚めちゃうから、嫌だ。息をがんばって殺そうとする。
「んん?」
喉の奥で、彰永が不思議そうな声を漏らす。服の上から乳首をかりかりと弄られている。夢なのに、やだ、今日、すごい。変だ、俺。
「ふぁあ、あ」
こんなの、声が出るに決まっている。ピンと勃起した乳首を、ゆっくりつねってくれる。
気持ちいい、すごい。気持ちいい。
「ああ、嫌ぁ、ああ」
イけないのに、こんなんなったら、もう、だめだ、仕事できなくなる、起きねば。
どうにかこの淫夢から抜け出したくて身をよじった時、のしっと腕に何か乗った。
重くて、ふわふわして、もっちりしている。
「あらら、乗っちゃダメだよー」
妙にのんきな声を上げた彰永が、その何かを俺からどけてくれた。
俺はさすがにおかしいと気づいて再び目を開けた。彰永が毛足の長い、やけにブサイクな顔の猫を持ち上げている。
「おはよー、卯月」
「…………は?」
かすれた声を上げた瞬間、猛烈な頭痛が、右上から左下まで稲妻みたいに走っていく。
声も出せずに固まっている俺に、彰永は、「はい、コップ」と、手に握らせてくれた。お次は「はい、お水」と来て、ペットボトル入りの水を、景気よくコップの縁ギリッギリまで注いでくれる。なんならもうこぼれて、手が濡れる。
夢じゃない。
こんなにコップいっぱい注がれたら口まで持っていけない。
両手を完全にふさがれる形になった俺は、「ここはどこですか?」と震える声で尋ねた。
彰永は真面目くさった顔で答えた。
「ここは地球です」
「地球の、どちら……?」
「俺んちだよ」
「ごぼおおおお」
地響きのような呻き声とともに水を盛大にこぼした俺に、彰永はタオルを貸してくれた。
「びっくりしたよ。昨日は飲み会だったの?」
「は、はい……」
「俺、てっきり卯月がまた宇宙人にさらわれたのかと思ってさあ。もう凄い勢いで駆け付けたんだから」
状況的には似たようなものだ。新人の小野を利用して店長と宮古がグルになって、俺をハメたということらしい。
売上げ回復のためだか、お見合いババアのつもりだか知らんが、どんな状況かも知らんやつらが勝手に舞台を整えるなと思う。
そりゃ会いたかったが。会って解決できる問題だったら、こんな変なことになってない。
コップの中の水はすでに半分ほどに減り、俺の歪んだ表情を映している。俺はがぶがぶと飲み干した。
「邪魔したな。帰るわ」
「えっ、もう?」
「俺、忙しいって言っただろ」
「だって、卯月は今日はお休みだからねって、店長さんが言ってたよ」
「……お、おまえ。店長と会話したのか?」
「なに言ってるの。卯月だって一緒にいたじゃないか」
眩暈がする。
なんか朦朧としてはいるが、確かに断片的な記憶がある。いやいや、そんなわけあるか。どうせただの夢に決まっている。
「卯月が人前であんなにキスしてほしがるの、初めてだったから、本当に仕事が大変だったんだなーって」
「わかった。わかったから、もう黙れ」
え、店長の前で、そんなことを。だって、宮古もいたんじゃないの。小野は起きてないよな。お姫様抱っこで店を出たのは夢だよな。
クソッ、昨日の俺をなんとかして八つ裂きにできないものだろうか。
「……大体ッ、なんで俺を、おまえの実家に連れて帰ってくるんだよっ」
「え? 卯月の家って遠いし、鍵とか……」
「そんなモン、窓でも割って放り込んどけよ。おまえ、おまえ、ここ、実家……」
実家。
今日、何曜日だ。
日曜日だ。
サーッと顔が蒼褪めた俺の肩を、「わーっ」と言って、彰永がさする。
「どうしたの、気持ち悪い? 洗面器あるよ」
「おまえ、今日、家族は」
彰永にしてはやけに気が利くとは思った。ペットボトルの水にしても、新聞紙を敷いた洗面器にしても。
なんか、気づいたら着替えさせられているこのパジャマも、彰永のサイズじゃない。
「今日はねこちゃん以外、みんなお出かけ」
「昨日、は?」
「昨日はいた。だって、土曜の真夜中だよ。そりゃいるよ」
土曜の真夜中に、酔い潰れて担ぎ込まれてくる息子の高校の同級生、迷惑すぎる。
頭を抱えてうずくまる俺に、彰永がなんか勘違いした風に背中をさすってくる。
「卯月がずっとぐったりしてて、家族みんなで心配したんだよ。お父さんがコンビニに水とか買いに行って、お母さんが洗面器を用意して。寝るとこだって、ベッド一個しかないから、兄貴が使ってない布団を出してくれて」
「……弟は?」
「荒ぶるねこちゃんズを取り押さえていた」
ほのぼの機戸ファミリー。全家族同居。
仰向けにばったりと倒れ、深呼吸する。
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