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6.インザルーム

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 次に目を開けると、そこに彰永の顔があり、あーいつもの夢だってわかった。

 夢だから、何してもいいんだ。

 手を伸ばしてもいいし、キスしてもいい。彰永も都合よく俺の胸を触ってくれる。

「はぁ……んっ」

 喉がつかえてうまく息継ぎできない。

 顎を引いて逃げるのに、また顔が被さってきて、ぬめぬめと濡れた舌が入ってくる。

 俺は喉がとても乾いていたから、ちゅっ、ちゅっ、とミルクを飲む赤ちゃんみたいに、吸ってしまう。顎まで唾液が垂れてくるから、恥ずかしい。

「ああ……あっ」

 声を出すと目が覚めちゃうから、嫌だ。息をがんばって殺そうとする。

「んん?」

 喉の奥で、彰永が不思議そうな声を漏らす。服の上から乳首をかりかりと弄られている。夢なのに、やだ、今日、すごい。変だ、俺。

「ふぁあ、あ」

 こんなの、声が出るに決まっている。ピンと勃起した乳首を、ゆっくりつねってくれる。
 気持ちいい、すごい。気持ちいい。

「ああ、嫌ぁ、ああ」

 イけないのに、こんなんなったら、もう、だめだ、仕事できなくなる、起きねば。
 どうにかこの淫夢から抜け出したくて身をよじった時、のしっと腕に何か乗った。
 重くて、ふわふわして、もっちりしている。

「あらら、乗っちゃダメだよー」

 妙にのんきな声を上げた彰永が、その何かを俺からどけてくれた。

 俺はさすがにおかしいと気づいて再び目を開けた。彰永が毛足の長い、やけにブサイクな顔の猫を持ち上げている。

「おはよー、卯月」
「…………は?」

 かすれた声を上げた瞬間、猛烈な頭痛が、右上から左下まで稲妻みたいに走っていく。
 声も出せずに固まっている俺に、彰永は、「はい、コップ」と、手に握らせてくれた。お次は「はい、お水」と来て、ペットボトル入りの水を、景気よくコップの縁ギリッギリまで注いでくれる。なんならもうこぼれて、手が濡れる。

 夢じゃない。

 こんなにコップいっぱい注がれたら口まで持っていけない。

 両手を完全にふさがれる形になった俺は、「ここはどこですか?」と震える声で尋ねた。

 彰永は真面目くさった顔で答えた。

「ここは地球です」
「地球の、どちら……?」
「俺んちだよ」
「ごぼおおおお」

 地響きのような呻き声とともに水を盛大にこぼした俺に、彰永はタオルを貸してくれた。

「びっくりしたよ。昨日は飲み会だったの?」
「は、はい……」
「俺、てっきり卯月がまた宇宙人にさらわれたのかと思ってさあ。もう凄い勢いで駆け付けたんだから」

 状況的には似たようなものだ。新人の小野を利用して店長と宮古がグルになって、俺をハメたということらしい。
売上げ回復のためだか、お見合いババアのつもりだか知らんが、どんな状況かも知らんやつらが勝手に舞台を整えるなと思う。

 そりゃ会いたかったが。会って解決できる問題だったら、こんな変なことになってない。
コップの中の水はすでに半分ほどに減り、俺の歪んだ表情を映している。俺はがぶがぶと飲み干した。

「邪魔したな。帰るわ」
「えっ、もう?」
「俺、忙しいって言っただろ」
「だって、卯月は今日はお休みだからねって、店長さんが言ってたよ」
「……お、おまえ。店長と会話したのか?」
「なに言ってるの。卯月だって一緒にいたじゃないか」

 眩暈がする。
 なんか朦朧としてはいるが、確かに断片的な記憶がある。いやいや、そんなわけあるか。どうせただの夢に決まっている。

「卯月が人前であんなにキスしてほしがるの、初めてだったから、本当に仕事が大変だったんだなーって」
「わかった。わかったから、もう黙れ」

 え、店長の前で、そんなことを。だって、宮古もいたんじゃないの。小野は起きてないよな。お姫様抱っこで店を出たのは夢だよな。

 クソッ、昨日の俺をなんとかして八つ裂きにできないものだろうか。

「……大体ッ、なんで俺を、おまえの実家に連れて帰ってくるんだよっ」
「え? 卯月の家って遠いし、鍵とか……」
「そんなモン、窓でも割って放り込んどけよ。おまえ、おまえ、ここ、実家……」

 実家。

 今日、何曜日だ。

 日曜日だ。

 サーッと顔が蒼褪めた俺の肩を、「わーっ」と言って、彰永がさする。

「どうしたの、気持ち悪い? 洗面器あるよ」
「おまえ、今日、家族は」

 彰永にしてはやけに気が利くとは思った。ペットボトルの水にしても、新聞紙を敷いた洗面器にしても。
なんか、気づいたら着替えさせられているこのパジャマも、彰永のサイズじゃない。

「今日はねこちゃん以外、みんなお出かけ」
「昨日、は?」
「昨日はいた。だって、土曜の真夜中だよ。そりゃいるよ」

 土曜の真夜中に、酔い潰れて担ぎ込まれてくる息子の高校の同級生、迷惑すぎる。
 頭を抱えてうずくまる俺に、彰永がなんか勘違いした風に背中をさすってくる。

「卯月がずっとぐったりしてて、家族みんなで心配したんだよ。お父さんがコンビニに水とか買いに行って、お母さんが洗面器を用意して。寝るとこだって、ベッド一個しかないから、兄貴が使ってない布団を出してくれて」
「……弟は?」
「荒ぶるねこちゃんズを取り押さえていた」

 ほのぼの機戸ファミリー。全家族同居。

 仰向けにばったりと倒れ、深呼吸する。
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