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Ⅲ
3.三 次 会
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一軒目、二軒目と来て他のスタッフはもうご機嫌で帰って行ったというのに、俺はまだ帰らせてもらえなかった。
原因は小野だ。
飲むのが好きと言ったのは嘘では無かったようで、普段とは桁違いに陽気になっていく。
遅めの夕食を兼ねた、一軒目のイタリアンバルで、気持ち良く酔ったくらいで帰すべきだったのだ。そこへ宮古が近くにおしゃれなバーがあるよとか言い出す。
彰永もそうだったが、田舎の大学生だ。
おしゃれなバー。
居酒屋の飲み放題でしか飲んだことのない小野には魅力的な響きだったらしい。うちの店長は酒が薄いとか言って飲み放題を憎んでいるので、この時点で小野はちゃんと電車に乗って帰れるのかというレベルで酔っている。
路線が同じだという宮古に、当然おまえが送ってやるつもりなんだよな、な、と聞いてみると一笑に付された。
『なーんであたしがそんなことすると思うの。酔っ払いは倒れたらそこに捨ててく主義よ』
さすが。海外に出張で呼ばれるようなヤツは覚悟の決め方が違う。
仕方ないからストッパー役でついて行くと、案の定、見た目がかわいーくて度数の強ーいカクテルを飲まされそうになっていて、おい何考えてんだよと割って入ると、じゃあ卯月が責任をとって飲めという話になぜかなる。
小野の大学の遠い先輩であるところの彰永は酔った勢いで駅前の植え込みで朝を迎えたことがある。かわいそうに、その時は風邪をひいてしまった。ダメだろう。自己責任とか言って俺が俺にできることをしないなんて、犯罪の幇助にあたる。
ようやっと会計を済ませて、店長の掛け声で一本締めがあり、お開きとなった。
もう両親に連絡して迎えに来てもらわないとダメだ、早く、急げ、と笑いの止まらない小野に説得を試みる俺の肩を、店長が叩いた。
そして、恐怖の三軒目に俺はいる。
聞けば店長と宮古が飲み勝負によく使う店だと言う。そんなもんウワバミどもで勝手にやれという話なのだが、すっかり店長の手管に落ちた小野は諸手を挙げてついて来た。
料亭とまでは言わないが旅館じみた雰囲気のある店だった。畳張りの個室に着くなり、小野がキャッキャと写真を撮るくらいだ。
コイツを酒豪の店長が隣りにはべらせて、銘酒の飲み比べみたいなことをやらせ始める。
良いお酒だよ、とてもおいしいよ、今しか飲めないよ、と言われるとミーハーちゃんな小野は逆らえない。でも、徳利を空けられるわけがないので、余りが俺に回ってくる。
グラスが空いたと見ると宮古へ目配せし、宮古がタッチパネルから注文、また酒が来る、小野がはしゃぐ、俺が飲む。
すっかり酔ってしまった俺は、根負けした。
「もうッ、なんだよ、人をハメやがって!」
「なんだって~。人聞きの悪い~」
ちゃっかり飲む量をセーブしている宮古は、ニヤニヤしながら貝の佃煮をつまんでいる。
「誰も卯月に飲めなんて強要してない。自分から飲ませてくださいって頼んでんじゃん」
「放っておけるわけないだろ、こんな」
無敵状態の小野は、店長が怖くないらしい。しなだれかかるようにして甘えている。
「だからぁテンチョーがすごくってぇ」
「ふぅん。何が?」
「ほわいとでーのぉ、かず?」
「商品の発注数?」
「そお! ぴったり!」
「なるほどね」
「えらいえらい~」
素面も同然の店長の頭をよしよしと撫でているのを見て、俺はゾッとした。
口では無礼講と言いつつ、店長はこういうネタも仕事に使う。今後、小野が何か大きなミスでもやらかした日には冷め切った目で『えらいえらい~』と呟いてみせるのだろう。
などと見ている俺も決して他人事ではない。
仕事の飲みだからと気を張って持ち堪えているが、彰永を家に呼ばなくなってからは、酒を飲むことが久しくなかった。
久しぶりのアルコールがやけに頭に回ってしまって、体の感覚がやけに遠い。
「う……」
このタイミングで、また次の酒が来る。
条件反射で取って俺はこくこくと飲んだ。
まずい、眠い。
最近あまりメシを食えていないせいもある。もともと小食だったのだが、食欲が本当に沸かなくて困っていた。
やっぱり週イチでめちゃくちゃ食うヤツが家に来ていると多少なりとも付き合いで食うことになるから、胃が少し大きくなっていたんだろう。逆に食べないとなれば、胃も縮むから、ますます入らなくなる。
今日の飲み会でも何を食ったかって、ブルスケッタをつまんだくらいしか思い出せない。
前に、彰永に作ってあげたことがあって。
もっと作っておけばよかったってくらいにぱくぱく食うから、嬉しかった。
ふにゃ、と口を押さえて笑う。
グラスを手にした宮古が「おお」と言う。
「店長、落ちましたぜ。コイツ」
「意外と粘ったな」
「落ちて……にゃい……」
「うーん、呂律が回ってにゃいにゃあ」
「卯月。何飲む?」
なんか視界が低いと思ったら、テーブルに顔を伏せてしまっていた。
ふー、と息をついて、胸を反らす。
両手を後ろについて座敷に足を伸ばすと、店長の膝枕で小野がくーくー寝ていた。
「卯月。酒」
「や……もぉ……」
ふるふると首を振っても、お品書きを突き出されると受け取ってしまう。字がいっぱいで、なんて書いてあるのか、よくわからん。
「う……?」
原因は小野だ。
飲むのが好きと言ったのは嘘では無かったようで、普段とは桁違いに陽気になっていく。
遅めの夕食を兼ねた、一軒目のイタリアンバルで、気持ち良く酔ったくらいで帰すべきだったのだ。そこへ宮古が近くにおしゃれなバーがあるよとか言い出す。
彰永もそうだったが、田舎の大学生だ。
おしゃれなバー。
居酒屋の飲み放題でしか飲んだことのない小野には魅力的な響きだったらしい。うちの店長は酒が薄いとか言って飲み放題を憎んでいるので、この時点で小野はちゃんと電車に乗って帰れるのかというレベルで酔っている。
路線が同じだという宮古に、当然おまえが送ってやるつもりなんだよな、な、と聞いてみると一笑に付された。
『なーんであたしがそんなことすると思うの。酔っ払いは倒れたらそこに捨ててく主義よ』
さすが。海外に出張で呼ばれるようなヤツは覚悟の決め方が違う。
仕方ないからストッパー役でついて行くと、案の定、見た目がかわいーくて度数の強ーいカクテルを飲まされそうになっていて、おい何考えてんだよと割って入ると、じゃあ卯月が責任をとって飲めという話になぜかなる。
小野の大学の遠い先輩であるところの彰永は酔った勢いで駅前の植え込みで朝を迎えたことがある。かわいそうに、その時は風邪をひいてしまった。ダメだろう。自己責任とか言って俺が俺にできることをしないなんて、犯罪の幇助にあたる。
ようやっと会計を済ませて、店長の掛け声で一本締めがあり、お開きとなった。
もう両親に連絡して迎えに来てもらわないとダメだ、早く、急げ、と笑いの止まらない小野に説得を試みる俺の肩を、店長が叩いた。
そして、恐怖の三軒目に俺はいる。
聞けば店長と宮古が飲み勝負によく使う店だと言う。そんなもんウワバミどもで勝手にやれという話なのだが、すっかり店長の手管に落ちた小野は諸手を挙げてついて来た。
料亭とまでは言わないが旅館じみた雰囲気のある店だった。畳張りの個室に着くなり、小野がキャッキャと写真を撮るくらいだ。
コイツを酒豪の店長が隣りにはべらせて、銘酒の飲み比べみたいなことをやらせ始める。
良いお酒だよ、とてもおいしいよ、今しか飲めないよ、と言われるとミーハーちゃんな小野は逆らえない。でも、徳利を空けられるわけがないので、余りが俺に回ってくる。
グラスが空いたと見ると宮古へ目配せし、宮古がタッチパネルから注文、また酒が来る、小野がはしゃぐ、俺が飲む。
すっかり酔ってしまった俺は、根負けした。
「もうッ、なんだよ、人をハメやがって!」
「なんだって~。人聞きの悪い~」
ちゃっかり飲む量をセーブしている宮古は、ニヤニヤしながら貝の佃煮をつまんでいる。
「誰も卯月に飲めなんて強要してない。自分から飲ませてくださいって頼んでんじゃん」
「放っておけるわけないだろ、こんな」
無敵状態の小野は、店長が怖くないらしい。しなだれかかるようにして甘えている。
「だからぁテンチョーがすごくってぇ」
「ふぅん。何が?」
「ほわいとでーのぉ、かず?」
「商品の発注数?」
「そお! ぴったり!」
「なるほどね」
「えらいえらい~」
素面も同然の店長の頭をよしよしと撫でているのを見て、俺はゾッとした。
口では無礼講と言いつつ、店長はこういうネタも仕事に使う。今後、小野が何か大きなミスでもやらかした日には冷め切った目で『えらいえらい~』と呟いてみせるのだろう。
などと見ている俺も決して他人事ではない。
仕事の飲みだからと気を張って持ち堪えているが、彰永を家に呼ばなくなってからは、酒を飲むことが久しくなかった。
久しぶりのアルコールがやけに頭に回ってしまって、体の感覚がやけに遠い。
「う……」
このタイミングで、また次の酒が来る。
条件反射で取って俺はこくこくと飲んだ。
まずい、眠い。
最近あまりメシを食えていないせいもある。もともと小食だったのだが、食欲が本当に沸かなくて困っていた。
やっぱり週イチでめちゃくちゃ食うヤツが家に来ていると多少なりとも付き合いで食うことになるから、胃が少し大きくなっていたんだろう。逆に食べないとなれば、胃も縮むから、ますます入らなくなる。
今日の飲み会でも何を食ったかって、ブルスケッタをつまんだくらいしか思い出せない。
前に、彰永に作ってあげたことがあって。
もっと作っておけばよかったってくらいにぱくぱく食うから、嬉しかった。
ふにゃ、と口を押さえて笑う。
グラスを手にした宮古が「おお」と言う。
「店長、落ちましたぜ。コイツ」
「意外と粘ったな」
「落ちて……にゃい……」
「うーん、呂律が回ってにゃいにゃあ」
「卯月。何飲む?」
なんか視界が低いと思ったら、テーブルに顔を伏せてしまっていた。
ふー、と息をついて、胸を反らす。
両手を後ろについて座敷に足を伸ばすと、店長の膝枕で小野がくーくー寝ていた。
「卯月。酒」
「や……もぉ……」
ふるふると首を振っても、お品書きを突き出されると受け取ってしまう。字がいっぱいで、なんて書いてあるのか、よくわからん。
「う……?」
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