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1.鏡餅みたいな後輩
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高校の時の後輩から告白された。
男の。
向こうの誕生日だったのだ。
俺が二十二歳なのだから、あっちは二十歳になったのだろう。
卒業してからもなんだかんだと連絡が来るので、それなりに付き合いはあった。
とはいえ誕生日までは把握していない。
「騙し討ちじゃねえか!」
ハンドルを握ったまま叫ぶと「えへへ」と後輩の白須は照れ笑いを浮かべた。
「えへへじゃねえよ、バカか。なんも用意してないんだけど」
メシに誘われた時には、てっきり車を出さないといけないような所に行きたいんだろうと思ったのだ。
白須はインドア派のくせに情報通で、秘境の湧水で茹でてる蕎麦屋だの、ソフトクリームが異様に美味い道の駅だのに詳しい。
丸っこい体格をしていて背が低い。
明るいオレンジ色に染めた髪も相まって、なんだか鏡餅みたいだ。
「気を遣わせると思ったから言わなかったんじゃないですか」
「じゃあ最後まで黙っててくれよ」
「ひどいなあ」
「ひどくねえよ。先に断っておくけど、あんまり高いメシは無理だからな」
こっちは卒業してからずっと地元の酒造会社でルート営業の仕事をしている。
酒も運転も好きなのだから天職だが、給料は心もとない。
「別に奢ってくれなくていいですよ」
「奨学金で勉強してるヤツがなに言ってんだ」
「それは関係なくないすか」
「大いにあるね」
強めに言うと、萎縮した鏡餅は助手席でなんだか小さくなってしまった。
白須は俺と違って頭が良い。
高校の時から特待生とかいうのをしていて、ストレートで進学した県立大学では法律の勉強をしているのだという。
「……まあ、おめでとさん」
ちょっと言いすぎた気がして、とりあえず祝いの言葉を述べると、白須はちょっと笑った。
二十歳ねえ、と俺は思う。こいつももう酒が飲めるのか。
多少こまっしゃくれただけで、十五歳でも通用しそうに見える。
とりあえず大通りを流しながら、俺はメシ屋の提案をする。
「焼き肉」
「いいです」
「寿司」
「だから無理せんでいいって」
「ステーキ?」
「先輩はなに食べたいんですか」
「おまえこそ行きたいとこねえのかよ」
今日に限って、という意味を込めて尋ねると、白須は紺のダウンジャケットに首を埋めるようにして何か言った。
「なに?」
「先輩の部屋」
「は?」
「矢倉先輩の部屋、行ったらダメですか」
申し遅れました。俺は矢倉と言う。
二度目に聞き返したのは、別に聞こえなかったからじゃない。
赤信号で、ちょうど一時停止している所だった。
俺はなにか、嫌な予感がしていた。
思えば待ち合わせた時から、こいつの今日の態度は変だ。
妙に落ち着かないし、機嫌が悪そうな感じで、なのにチラチラとこちらの表情をうかがってくる。
「・・・・・・なんだよ。なんか相談でもあんの?」
「相談、とかでは別に」
「おまえがそう言う時は、だいたいトラブルなんだよな」
こちとら五年の付き合いだ。
白須は別にトラブルメーカーではないが、絡まれやすいヤツではある。
知り合ったのも元をたどれば、性質の悪い三年生(つまり、俺の同級生)に因縁を付けられているところへ、俺が偶然通りがかったのが切っ掛けだ。
まあ、輩がちょっかいをかけたくなる気持ちも、なんとなくわかる。
鈍くさいくせに口が達者な白須は、たまに相手を見下すような言葉を吐くことがあるのだ。
俺もカチンと来ることがあるので、つどキレているが、なんと本人にはまるで悪気がないらしい。
叱られればしょんぼりして謝って来るのだから素直な性格ではある。
「どうせまた変態女につきまとわれてるんじゃねえの」
「や……別に、そういうんじゃないです。ホントに」
「じゃあ痴漢か」
「…………違うって」
思い出したくないのだろう。白須はうつむいたまま呟く。
変態からも絡まれやすい。
言っちゃ悪いが、これもまあ、なんとなくわかる。
見て男だということは確実にわかるのだが、なんというか肉付きの良さが、絶妙に煽情的な雰囲気を醸し出しているのだ。
ムチムチというかプリプリというか。
色も餅みたいに白いし、つい触ってみたくなるのだろう。
無論、ついで許されることではない。
俺は駅員と協力して犯人を捕まえたこともある。
白須にとっては恥の上塗り以外のなにものでもないので、警察からの感謝状は辞退したけれど。
思えば気の毒なヤツだ。
俺はたった一年一緒だった高校生活を振り返りながら、白須に同情してしまった。
裕福ではない家庭で一生懸命に勉強しているだけなのに、絡まれたりエロい目で見られたり、いつも散々な目に合っている。
大学に進学できたと思っても、俺のようなうだつが上がらない先輩に頼らざるを得ない状況に追い込まれているらしい。
それも、誕生日に。
一体どんなトラブルに巻き込まれていることやら。
「わかった、俺んち行くか」
「……いいんですか」
「はいはい。誕生日くらい言うこと聞いてやりますよ。安心なさい」
「ほんとに?」
「いや……マジでなんにも無いけどな。なんなら冷蔵庫が空かもしれん」
「俺が……」
白須の白い喉が妙なかすれ方をする。
横目で見ると、泣きそうな表情を浮かべていた。
「俺が抱いてほしいって言っても、聞いてくれるんですか」
男の。
向こうの誕生日だったのだ。
俺が二十二歳なのだから、あっちは二十歳になったのだろう。
卒業してからもなんだかんだと連絡が来るので、それなりに付き合いはあった。
とはいえ誕生日までは把握していない。
「騙し討ちじゃねえか!」
ハンドルを握ったまま叫ぶと「えへへ」と後輩の白須は照れ笑いを浮かべた。
「えへへじゃねえよ、バカか。なんも用意してないんだけど」
メシに誘われた時には、てっきり車を出さないといけないような所に行きたいんだろうと思ったのだ。
白須はインドア派のくせに情報通で、秘境の湧水で茹でてる蕎麦屋だの、ソフトクリームが異様に美味い道の駅だのに詳しい。
丸っこい体格をしていて背が低い。
明るいオレンジ色に染めた髪も相まって、なんだか鏡餅みたいだ。
「気を遣わせると思ったから言わなかったんじゃないですか」
「じゃあ最後まで黙っててくれよ」
「ひどいなあ」
「ひどくねえよ。先に断っておくけど、あんまり高いメシは無理だからな」
こっちは卒業してからずっと地元の酒造会社でルート営業の仕事をしている。
酒も運転も好きなのだから天職だが、給料は心もとない。
「別に奢ってくれなくていいですよ」
「奨学金で勉強してるヤツがなに言ってんだ」
「それは関係なくないすか」
「大いにあるね」
強めに言うと、萎縮した鏡餅は助手席でなんだか小さくなってしまった。
白須は俺と違って頭が良い。
高校の時から特待生とかいうのをしていて、ストレートで進学した県立大学では法律の勉強をしているのだという。
「……まあ、おめでとさん」
ちょっと言いすぎた気がして、とりあえず祝いの言葉を述べると、白須はちょっと笑った。
二十歳ねえ、と俺は思う。こいつももう酒が飲めるのか。
多少こまっしゃくれただけで、十五歳でも通用しそうに見える。
とりあえず大通りを流しながら、俺はメシ屋の提案をする。
「焼き肉」
「いいです」
「寿司」
「だから無理せんでいいって」
「ステーキ?」
「先輩はなに食べたいんですか」
「おまえこそ行きたいとこねえのかよ」
今日に限って、という意味を込めて尋ねると、白須は紺のダウンジャケットに首を埋めるようにして何か言った。
「なに?」
「先輩の部屋」
「は?」
「矢倉先輩の部屋、行ったらダメですか」
申し遅れました。俺は矢倉と言う。
二度目に聞き返したのは、別に聞こえなかったからじゃない。
赤信号で、ちょうど一時停止している所だった。
俺はなにか、嫌な予感がしていた。
思えば待ち合わせた時から、こいつの今日の態度は変だ。
妙に落ち着かないし、機嫌が悪そうな感じで、なのにチラチラとこちらの表情をうかがってくる。
「・・・・・・なんだよ。なんか相談でもあんの?」
「相談、とかでは別に」
「おまえがそう言う時は、だいたいトラブルなんだよな」
こちとら五年の付き合いだ。
白須は別にトラブルメーカーではないが、絡まれやすいヤツではある。
知り合ったのも元をたどれば、性質の悪い三年生(つまり、俺の同級生)に因縁を付けられているところへ、俺が偶然通りがかったのが切っ掛けだ。
まあ、輩がちょっかいをかけたくなる気持ちも、なんとなくわかる。
鈍くさいくせに口が達者な白須は、たまに相手を見下すような言葉を吐くことがあるのだ。
俺もカチンと来ることがあるので、つどキレているが、なんと本人にはまるで悪気がないらしい。
叱られればしょんぼりして謝って来るのだから素直な性格ではある。
「どうせまた変態女につきまとわれてるんじゃねえの」
「や……別に、そういうんじゃないです。ホントに」
「じゃあ痴漢か」
「…………違うって」
思い出したくないのだろう。白須はうつむいたまま呟く。
変態からも絡まれやすい。
言っちゃ悪いが、これもまあ、なんとなくわかる。
見て男だということは確実にわかるのだが、なんというか肉付きの良さが、絶妙に煽情的な雰囲気を醸し出しているのだ。
ムチムチというかプリプリというか。
色も餅みたいに白いし、つい触ってみたくなるのだろう。
無論、ついで許されることではない。
俺は駅員と協力して犯人を捕まえたこともある。
白須にとっては恥の上塗り以外のなにものでもないので、警察からの感謝状は辞退したけれど。
思えば気の毒なヤツだ。
俺はたった一年一緒だった高校生活を振り返りながら、白須に同情してしまった。
裕福ではない家庭で一生懸命に勉強しているだけなのに、絡まれたりエロい目で見られたり、いつも散々な目に合っている。
大学に進学できたと思っても、俺のようなうだつが上がらない先輩に頼らざるを得ない状況に追い込まれているらしい。
それも、誕生日に。
一体どんなトラブルに巻き込まれていることやら。
「わかった、俺んち行くか」
「……いいんですか」
「はいはい。誕生日くらい言うこと聞いてやりますよ。安心なさい」
「ほんとに?」
「いや……マジでなんにも無いけどな。なんなら冷蔵庫が空かもしれん」
「俺が……」
白須の白い喉が妙なかすれ方をする。
横目で見ると、泣きそうな表情を浮かべていた。
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