忌み子と騎士のいるところ

春Q

文字の大きさ
上 下
135 / 145
新章Ⅰ「忌み子と騎士のゆくところ」

41.光

しおりを挟む
「おお、ジェイル! ルカもいるな」

 揉み屋の前でひょいと馬を降りたベアシュに、ルカとジェイルは目を疑った。漆黒の兜を親衛隊へ預け「息災だったか」と尋ねる。その様子は幼いながら堂々としていた。父・テイスティスから受け継いだ焦げ茶色の髪は、汗に濡れてなおぴょんぴょんと奔放に跳ねている。

「な……なぜ、ベアシュ様がここに?」

 ルカの問いかけに、ベアシュは得意げに胸を反らした。 

「オリノコからここにいると聞いた! なあルカ、すごいだろう。おれはもう一人で馬に乗れるんだ」

「えっ……。あぁ、さすがです、ベアシュ様……」

「……ギルダの指図か?」

 ジェイルは、ベアシュよりもむしろ親衛隊の一人に尋ねた。だが幼い次期領主はジェイルの視界に割り込んで「ちがう! 母上じゃない」と声を張り上げた。胸に手を当てる彼はとても誇らしげだった。

「俺は女王陛下の命を受けて今ここにいるのだ……!」

 その時、ラウム領水上邸の堀は凪いでいた。

 鏡面のように静まった堀を横目に、女王ナタリアはゆったりと長椅子にもたれている。

 王位継承を経て、初めての行幸である。

「悪くない眺めね」

 耳にかけた長い銀髪がさらりと頬を滑る。女王の声は涼やかだが力があった。もてなしの茶に唇をつけ、ほぅっとため息をつく。宗教画から抜け出たように美しいナタリアの前で、ベルマインは脂汗を垂らしていた。

 それもそのはず、車椅子に座す彼は今、純白の近衛騎士に取り囲まれていた。みな武装し、女王の命が下れば即座にベルマインの首を落とす心構えでいる。下を向いてぶるぶると震えるベルマインに、ナタリアはおっとりと「何も言わないのかしら?」と首をかしげた。

「私はおまえに話しかけているのよ。ベルマイン」

 ナタリアの青い瞳がすぅっと細まる。ベルマインは膝に置いた手を握りしめ「女王陛下におかれましてはご機嫌うるわしく」と早口に挨拶した。

「ええ、それはもう……女であるわたくしが、このように強大な権力を振るう機会に恵まれたのです。とても楽しいわ。本当に」

「……玉座は、女子供の玩具ではない」

 ベルマインの言葉を聞き、騎士たちの腕に力がこもる。しかし場を支配しているのはナタリアだった。彼女は扇子で口を覆って哄笑した。

「おまえが道化の真似事なんてするのだもの。わたくしが童心に帰るのも自然なことだわ。……なにかしら? わたくしの赦しもなく領地を分けるとか通行を制限するとか、あなたのほうこそ聞き分けのない子供のようね」

「は。……では、ほかにどうすれば良かったと? まさか女神の神器を取り戻せばなんとかなると、本気で思っ……」

 扇子を畳んで立ち上がる女王を前に、ベルマインは口を閉じた。

 ナタリアの口元から笑みは消え、青い眼光は鋭くなっていた。

「分を弁えよ。痴れ者が」

「…………!」

「わたくしの片割れがここに来たわね」

 ベルマインは女王を見上げることしかできない。彼の落ちくぼんだ目は、ナタリアにルカを幻視していた。

「わたくしが光ならあの子は影です。民に忌み嫌われた忌み子が、その身を賭して大義を成そうとしている。それを笑うおまえの口は呪われています。手と足はすでに腐り落ちているようね。目はどうかしら。節穴ならばもう二度と見えずともかまわないと思っているのだけど」

 ベルマインの目の中で、ナタリアの立ち姿が大きく揺らぎ、銀髪に青い瞳を持つ少年に重なる。それが彼の知る双子のうちのどちらなのか、ベルマインにはわからなかった。結局のところ彼の目の前に立っているのは、勇敢で賢い兄王子リカルダスでも、思慮深く優しい弟王子アドルファスでもなかった。王家の血を色濃く受け継いだ女王、ナタリアの前でベルマインは顔を伏せた。

「領地間の封鎖を解こう。アドルファスからも手を退く」

「……あら、そう。それで?」

 何か言うことはないのかといわんばかりに顎を反らすナタリアに、ベルマインは屈服した。

「すべてを、女王陛下の望み通りに」

◇◇◇

 ベアシュの要領を得ない説明に騎士たちが注釈を加え、ルカとジェイルはようやく状況を把握した。ベルマインの動向を察した女王がついに事態の収拾に乗り出した、ということらしい。コパや元老院を押さえ、名実ともに聖都の政治を掌握したナタリアは、ルカとジェイルを正式な使者として帝国へ送る手はずを整えた。そのために遣わされた使者が――当初はギルダが発つ予定だったのだが――ベアシュ、ということらしい。

「父上も、かつてはジェイルをお供に各地を回ったのだろう? おれは跡取りなのだから今まで以上に見聞を広めなければならない!」

 楽しそうなベアシュとは対照的に、彼の親衛隊はげっそりとやつれていた。イグナス領とダイバ領の境には高い山がある。自由奔放なベアシュと共に山を越えるのは苦労だっただろう。

「ダイバの大風もおれには恐れをなしたみたいだ! オリノコも聞いていたより物分かりのいい男だったし」

「……ベアシュ、あいつは物分かりがいいように見せかけているだけだ。油断しないほうがいい」

「えっ。そう? そうなのか……」

 ジェイルに注意されると素直に聞く。くすっと笑うルカに、ベアシュは照れ臭そうに体をぶつけてきた。甘えられる相手をちゃんとよくわかっている態度だった。ルカは嬉しかった。かつては自分を『気持ち悪い』と言ったベアシュが、今はテイスティスによく似た豪胆さでルカの存在を許している。それが懐かしくて、愛おしかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...