忌み子と騎士のいるところ

春Q

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新章Ⅰ「忌み子と騎士のゆくところ」

37.Preparation☆

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 ふたりは二階にいた。空の木箱が残された部屋で、濡れた服を下敷きに絡まりあう。騎士たちの集まる広々とした一階と違い、ここは火を焚くことができない。ランプひとつを光源に互いを確かめ合うふたりは、けれど少しも寒くはなかった。

 ジェイルはルカの全身に施されたに真剣に腹を立てていた。汗で溶けたところを乾いた布で拭き取って、仕上げのように唇を落とす。戦闘で酷使した体に鞭打ってでも、彼はそれをした。

「……ルカ、こんなところまであの女に見せてやったのか」

「あっ……あ!」

 片膝の裏に手を入れて内腿を拭き取る。ルカは恥ずかしさに悶えた。白い肌を、ランプの灯がくまなく照らす。両手で顔を隠しても、ジェイルが腿のきわを吸うのはわかった。彼の乾ききらない髪の毛がふくらはぎに触れていた。

「ご、ごめんなさ……あぁっ」

「謝るのは後ろ暗いところがあるからだろう」

「ふぁあっ、ちがうっちがうぅっ」

「何が違う」

 内腿から腰へ、やがて尻たぶの奥まで、手と唇は巡る。ジェイルは拭き取っては吸いついてルカの素肌を暴いた。

「おまえは俺の手を逃れてあの女を看取った。俺が駆け付けた時にも小屋に二人きりで、妙にいい匂いをさせてただろうが。……俺がいなくても、意外と楽しくやってたってわけか? あぁ?」

 胸に湧く悲しみが、羞恥心を覆い隠した。ルカは足の間にいるジェイルの額を手で触った。

「……なぜ、そんな意地悪を言うのですか」

「……………」

 ジェイルが無言で身を起こす。ルカはその肩にすがり「あなたは誤解しています」と言った。

「これをされた時、私は鎖で縛られていました。解放してくれるよう頼んだらいっそう拘束が厳しくなり、抵抗できなかった。そ、それは私のひ弱さが招いたことです。だから、申し訳なく思います……ごめんなさい」

 声が上ずってしまう。ジェイルは騎士だった。領地を守るために緑の民を何人も殺している。

 ルカはゆっくりとジェイルから体を離した。

「……あなたにとって、私の血の半分は汚らわしいですか」

「……!」

「そういう者たちに囚われていた私の言葉は信じられませんか。だから、遠ざけようとして……」

 ジェイルは、ルカにみなまで言わせなかった。ほとんど掴みかかる勢いでルカを腕の中におさめ「おまえの血がどうとか、考えたこともない」と吐き出す。

 彼の胸に額を預けると、ルカの目には涙が盛り上がった。雫は雨のようにぼたぼたと落ちる。ジェイルは「他には」とルカを問い詰めた。「あいつらに鎖でつながれたんだろう。髪を切られて、わけわかんねえ恰好させられて」と言う。「俺がちんたらしてる間、傷つかないおまえが、たった一人で……」

 ルカの背中を掻き抱くジェイルは、自分に対してひどく腹を立てていた。

「楽しんでたわけじゃないなら、じゃあいったいどんな目にあわされたんだよ。答えろよ……!」

 その言葉は塩水のように染みた。ルカは涙を目蓋でぎゅっとしぼった。顔を上げてジェイルの胸に唇をつける。伸びあがり、膝立ちになって見た彼は、ほかのどんなひとよりも美しく、愛おしかった。

「……あなたが恐れているようなことは、何もなかった」

 唸るジェイルの唇を、ルカは唇でほどいた。手を置いた彼の肩はひどく緊張している。

「あなたが駆け付けてくれたからです。なにより、女神様が私の清さをお守りくださいました」

「……は?」

「今、私の男性器は性的に機能しません」

 ルカはジェイルが喜んでくれると思って、笑ってそう言った。

「初めてバミユールに暴かれた時から、そうです。オリノコ様に揉み屋に連れて行かれ、揉み師の方に誘われた時ももちろん何もありませんでした。それゆえ私は今こうして恥じることなくジェイル様の前に……」

 ジェイルの肩がわなわなと震え出すのを感じ、ルカは口をつぐんだ。

「おい。今、なんつった」

 近くに雷が落ちたようだ。轟音がとどろくのと同時に、階下から騎士たちの声がワッと上がる。ルカはびっくりしてジェイルの肩から手を離した。ジェイルはその手を強く掴んだ。

「勃たない、って言ったのか。俺が懇切丁寧に世話して、可愛がって、やっと射精までするようになったモノを……あんなぽっと出のクソ女が、怖がらせたせいで……!」

「……そ、その捉え方は女神様の存在を無視しています。おかげで私の清さは守られたのですから……」

 ジェイルは聞く耳を持たなかった。
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