忌み子と騎士のいるところ

春Q

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新章Ⅰ「忌み子と騎士のゆくところ」

35.NO LIFE

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 闇の中、凄まじい風が木々のかたちを歪ませている。吹き付ける風雨を浴びて、オリノコは高台に立っていた。彼のかたわらには、何か大きなものが布を被せてあった。布に、そのものの凹凸の通りに雨水が溜まり、滝のように流れ落ちている。

 オリノコは荒れ狂う海を見下ろしていた。海は防波堤を隔てて、二つに分かれて見える。

「高くついたんだけどなぁ……」

 雷鳴石を通じ、領民の避難完了は続々と知らされていた。彼に仕える青い騎士が、最終報告を行う。

「領民の退避を確認しました。敵に未だ動きなし。いけます」

「うん……」

 気乗りしなさそうなオリノコに対し、青い騎士たちの動きは機敏だった。布の四隅を捧げ持ち、それ・・を雨から庇う。オリノコは砲弾のこもった大筒と向き合った。

「オリノコさん」

「うん……。うん、流されるまま、流れてみよう」

 筒の先は防波堤に向いている。オリノコは嘆息し、撃ち手に合図した。

「撃ち方、はじめ」

◇◇◇

 耳の中で雷鳴石が反響する。ジェイルは歯を食いしばってバミユールの一撃をはじいた。ルカを守りながら槍を振るう。敵は一人ではない。わらわらと沸いてくる緑の民に、ジェイルは怯まなかった。

 いつかのように目くらましの光を浴びせられると、彼は吠えた。

「見えてんだよッ」

 自分を取り囲む血の流れを、雨の雫ごと薙ぎ払う。死地を乗り越えた槍遣いは鬼気迫っていた。

 だがルカは、彼の異変に気がついていた。息は荒く、肌が冷たい。手傷を負ってもいないのに時おり痛みを耐えるように筋肉が緊張する。そのつど黒い首枷が嫌な音を立て、痣が明滅した。

(なにか、強さと引き換えに命をすり減らしているような)

 そう思うのは、ルカだけではないようだった。

緑が淀んでいる。それは長く保つまい邱代′豺?繧薙〒縺?k縲ゅ◎繧後?

 柔軟なバミユールは、地につけていた両手を前に浮かせた。姿勢を正した彼女はジェイルより大きかった。

前にここへ穴を空けたね蜑阪↓縺薙%縺ク遨エ繧堤ゥコ縺ュ

 泥にまみれた手で自分の豊かな胸をさする。
私は同じことをする。遘√?蜷後§縺薙あなたは生まれながらにして罪があるので血が絶える。楽になるよ縺ゅ↑縺溘?逕溘∪繧後↑縺後i縺ォ縺励※鄂ェ縺後≠繧九?縺ァ陦?縺

「…………」

 ふ、とジェイルが息をついた。槍の穂先を下げる彼にルカは驚く。バミユールは歯茎を剥き出しにして笑った。

「オリノコに言われた」

 それを言うジェイルは、天を仰いでいた。

「おまえはやけに頑丈で、繁殖力が強いらしいな。罪がないとかなんとかオリノコは意味不明なことを抜かしていたが、要はしぶといんだろう。だからギリギリまで引きつけておけ、と」

 バミユールの形相が変わる。後ずさり、仲間に何か言おうとしたようだ。びちゃっと音が立つ。水は彼女の足首まで来ていた。

「もう遅い」

 地鳴りが響く。防波堤は崩壊した。大風により潮位は上昇し、海岸線を高波が襲う。吹き寄せられた水は扇形の集落サモンをまたたく間に飲み込んだ。

 ジェイルはルカを抱いて跳んだ。あらかじめ物見台から把握した経路をたどり、高台を目指す。ルカは追いかけてくる水の勢いよりもジェイルの息の弱々しさに怯えた。

「ジェイルさま……ジェイルさま!」

 ルカは申し訳なかった。ただただ彼の荷物でしかない自分が情けなく、恥ずかしい。だが、喉から出かかった謝罪の言葉を飲み込む。彼がルカを助けるたび、何度となく求めてきたことを言った。

「あ……ありがとう、ジェイル様、ありがとう、私、あなたがいてくれて良かった……! ジェイルさまがいなかったら、私、もう」

 ルカは憶えていた。さんざんルカを甘やかしておきながら、ジェイルは『俺がいないと困るだろう』と言った。まるでそれが自分の存在理由かのようにルカの世話を焼いた。騎士として守れなかった時の苦しみようは見ていられなかった。(ちがうのに)とルカは思っていた。(強さより、あなたのその優しさが、いっそう私を守っているのに)と。

 地は濁流にあふれ、天からは豪雨が降り注ぐ。ルカの声はあまりにもか細かった。

「わたし――私は、もう、ジェイル様なしには生きてゆかれませんっ……大好きですっ愛してる!」

「……!」

 雨に打たれて冷たくなるいっぽうだったジェイルの肌が、その時カッと燃え立った。

 彼は怒っていた。

「うるせえ! おまえばっかり好き勝手言うな! バカ!」

「!?」

「ああもうクソ、この非常事態に……! 緊張感のない……ボケ修道士がっ」

 いつになく語気が弱い。高台にたどりつくと同時に、ジェイルは倒れこんだ。力尽きてなお両手だけが器用に動く。ルカを守る指は、肌に施された文様をなぞった。

「なんだこの落書きは……ふざけやがって……」

「……! ジェイル様こそ、この首につけているのはなんですか」

「あぁ……?」

 ジェイルの顔がふと横を向いた。「おいおい」と彼は笑う。ルカを押しのけ、槍を握りなおす。

「しぶといにも程があるだろう……」

 全身に怒気をみなぎらせたバミユールが、そこに立っていた。
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