忌み子と騎士のいるところ

春Q

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新章Ⅰ「忌み子と騎士のゆくところ」

20.矛盾

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「さて、どこから話したものか」

オリノコは手近な椅子に腰を下ろした。年かさの男らしいニヤつきかたに、ジェイルは警戒心をいっそう強める。しかし領主はその態度を明らかに興がっていた。

「君、落下月を使ったんだろ?」

「・・・・・・・・・・・・」

「隠すことないさ。集落で君が大暴れするところを見たよ。いやー人間離れした力技だったね。代償も大きいようだが・・・・・・」

「何が言いたい」

「ベルマインの思惑通り、君は忌み子を殺そうとした」

 押し黙るジェイルに、オリノコは飄々と言った。

「遺物の力ってすごいよね。ベルマインがいったいどんな手を使ったかは知らないが、君はこれから先、忌み子の命を狙い続けるだろう」

「・・・・・・ルカは今も無事だ」

「ああ。ダイバにもそういう寄生虫がいるよ」

「なに・・・・・・?」

「魚に寄生するんだ。宿主が死にかけると活動を一時的に停止する。回復すれば意識を奪い・・・・・・」

 オリノコは広げた片手をグッと握りこんだ。ジェイルが反射的に肩を緊張させると、手をひらひらと振ってみせる。

「ま、仮定の話だけど」

「・・・・・・・・・・・・」

 ジェイルは無言のまま全身に殺気をみなぎらせた。オリノコは笑って言った。

「そう怖い顔しないでよ。おじさんはこれでもいい領主様で通ってるんだよ」

「何が目的なのかと聞いている」

「二人の力を借りたいのさ」

「は?」

「君たちは言うなれば盾と矛だ」

 オリノコは椅子を軋ませて立ち上がった。

「傷ついても傷つかない忌み子と、命の限りそれを殺そうとする騎士。使い方次第で相当の戦力になる。僕はね、君たちを見てピーンと来たんだ。この二人なら、ダイバを苦しめる緑の民を駆逐できる!」

 諸手を挙げたオリノコはぺらぺらとよく喋った。

「いやもう、ほんっと。海岸沿いでウジャウジャ増えて困ってるんだよ。ベルマインの書状を読んだけど、君たちってセイボリーでも大活躍したんだろ? その働きぶりをぜひダイバ領でも・・・・・・」

「無茶を、言うな」

「その無茶をやらない限り船は出せない」

 ジェイルは黙った。オリノコは「イヤ、別に意地悪で言ってるんじゃない」と口をすぼめた。

「昔とは事情が違うからね。女王が即位してから緑の民が活気づいているのさ。連中をどうにかしないことには船を出すなどとてもとても」

「勝手な、ことを・・・・・・」

 ジェイルの声は、言い切れず掠れた。オリノコは目を細め「そのためにも早く調子を取り戻してくれなきゃ」と言った。

「必要なものがあればなんなりと言うといい。元気になったら手勢も貸すし、これも返そう」

 オリノコが懐にちらつかせたのは、槍の穂先だった。ジェイルは目を見開く。緑の民に取り上げられた槍の一部だ。

「焼け跡で拾った。緑の民はこういうものを使わないからね。君のものだろう」

 鋭い輪郭を指でなぞり、オリノコは感慨深げに呟いた。

「これがテイスティスの血を吸った穂先かあ」

「扱いに気をつけろ」

 ジェイルは乾いた声で言った。

「さもなきゃあんたの血も吸うことになる」

「・・・・・・気をつけておくよ」

 オリノコは背中で答えた。足音が遠ざかるのを確かめ、ジェイルは膝を上下させ「おい」と言った。彼の上掛けに顔をうずめていたルカは、すでに起きていた。

「……あいつの顔も見たくなかったのか」

「あなたに何かしたら、飛びかかろうと思っていたのです」

 夜を徹しての看護にルカの瞳は腫れぼったくなり、頬には布の織り痕がついていた。らしくもない勇ましい言葉を吐き、ジェイルに覆い被さる。頭を起こしかけた彼を、体で寝かそうとしていた。

「まだ起きてはいけません。今は薬草が効いて痛みが少なく済んでいるだけ」

「・・・・・・もういい。俺から離れてろ」

「嫌です」

「あぁ?」

「あなたは騎士であって、修道士ではありません」

 ルカは強気に言い切った。ジェイルの顔を胸で完全に覆い、枕に寝かせる。

「本当に、死んでしまうかと思ったのですよ……」

「だから、くっつくなと」

「くっつくなと言うのですか。声も息も、まだこんなに微かなあなたに・・・・・・!」

 ルカはすでに寝台に乗り上げていた。目を潤ませながらも看護の手を緩めることはない。脈を指で、熱を額で測る。無防備に鼻先をすり寄せられて、ジェイルは唸った。

「俺は妙な力に操られて、おまえを殺そうとしたんだぞ!」

 怒鳴るのと同時に、肋骨に鈍い痛みが走る。ジェイルは声もなく寝台に沈んだ。

「あのままあなたが死んでしまうよりずっと良かった」

 ルカは静かに言った。

「これも女神様のお導きです、ジェイル様」

「クソが・・・・・・っ」

 利かない体でもがくジェイルに、ルカは寄り添った。小さな手で肩から胸を撫で下ろし、そこに脈打つ心音を確かめる。「本当によかった」と耳元に囁くと、ジェイルがビクッと肩を震わせた。

 ルカはそのまま手の平を胸から腹に滑らせた。息に合わせて上下するのを感じているだけで、多幸感がこみあげてくる。涙をまばたきで飛ばし、ルカは頭を振った。

「喉が渇いていますね。食欲はありますか? 今、なにか・・・・・・」

 離れようとするルカを、ジェイルは頭突いた。

「え? な、なんですか・・・・・・」

 額で二の腕をぐいぐいと押し、寝台に寝かそうとしてくる。ルカは意図の読めない挙動に困惑した。

(まさかまた落下月の力が働いて・・・・・・)

 ジェイルの表情を見て、ルカはびっくりした。

「欲情しているの・・・・・・?」

 怒っているようにも見えるが、頬は紅潮し、息も荒い。物も言わず這いにじってこようとする彼を、ルカは慌てて止めた。

「いけません。あなたは怪我人です。大人しく寝ていなければ」

「うるさい」

「だめです。今のあなたは熱で錯乱しているのです。余計なことに体力を使ってはいけない」

「うるせえガタガタ言うな! おまえは」

 ジェイルが咳き込んだ。激しい息の合間に唇が動く。声にならない声で『おれのなのに』と叫んでいる。ルカはたまらなかった。ジェイルは自分で自分を焼き尽くさんばかりに怒っていた。

 寝台の敷布に、汗とも涙ともつかない雫がぱたぱたと落ちる。

「自分を責めないで」

 沸き起こる感情を処理しきれないまま、現実は決断を迫ってくる。ベルマインの、オリノコの、緑の民の思惑に絡め取られながら、それでもルカはすべてが女神の手のうちにあると信じたかった。

「あなたが目を覚ましてくれて、私は嬉しい」

 ルカはジェイルの頬に唇をつけた。顔の傷をなぞり「身体の熱を冷まさなくては」と囁く。

「私に手当てさせてください。ジェイル様」
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