忌み子と騎士のいるところ

春Q

文字の大きさ
上 下
105 / 145
新章Ⅰ「忌み子と騎士のゆくところ」

11.がちゃん

しおりを挟む
 ラウムには騎士団の拠点がいくつもあった。アガタが立ち寄るとみな居住まいを正す。町はずれでは馬を借りた。緑の民の痕跡が薄れるにつれ、道は悪くなっていくのだった。

「あなたは一人で馬に乗れないのですか」

 アガタがそう言ったのは、三頭よこされた馬のうち一頭を返した時だった。ルカは恥じ入った。

「一人で乗ったことがありません……」

 アガタはルカよりもジェイルに驚いているようだった。

「教えないんですか」

「何を」

 ジェイルは蹄鉄の具合が気に食わないらしい。馬をなだめながら様子を見ている。彼の出身地、イグナス領は名馬を産する。漆黒の騎士である彼からすれば「ひとに教わるようなことじゃない」らしい。

 身分を隠す旅で、馬はひとの注意を惹きすぎることがある。聖都を出る際に手配した馬のことも、彼はこだわりなく路銀に変えていた。ジェイルは馬の手綱を引きながら言った。

「こっちは女王の命を受けて護衛しているんだ。一人で自由にさせて落馬でもされたらたまったもんじゃない」

「なんと、まあ。過保護な……」

 赤面して顔も上げられないルカを、ジェイルは「ほら」と馬に乗せた。馬のほうも乗りやすいようにと頭を下げてくれるのだからいたたまれない。

(アガタ様の言うとおりだ……私は大人で、旅をしているのだから、自分で馬を駆れたほうがいいに決まっている)

 しかし、荒れた道を行く間、ジェイルはルカに決して手綱を握らせなかった。アガタが前で悠々と馬を駆るのが、ルカは眩しかった。

(私は、もしかしてジェイル様に甘やかされすぎているのでは……?)

 修道院では忌み子として遠ざけられ、自分のことはなんでも自分でしなければならなかった。修道士の技術を身に着け、女神の教えを学び、日々の日課をこなす。すべきことは多く、両親を失った悲しみを薄れさせた。

(……もしもジェイル様がいなくなってしまったら、私は……)

 ルカの思考を読んだように、ジェイルは鼻で笑った。

「また妙なことを考えているな」

「えっ……」

「俺がいないと困るだろう。ルカ」

「…………!」

 言葉に詰まるルカを、ジェイルは「どうなんだよ」と笑った。

「……はい。とても困ってしまう」

「へぇ。だから?」

「……こ、これからも……一緒にいてくれますか……?」

 横ざまに流れていく景色が眩しい。町の中では水路だった流れが、道を行くに連れて川らしくなる。きらきらと光る水の反射がジェイルの手指や腕の輪郭を濃くする。耳に口づけられて、ルカは全身がむずがゆかった。馬が駆けるよりも迅く、心臓が脈打っている。

「おまえの望む通りに」

 ルカは気を失いそうになる。ジェイルの囁きはあまりにも優しかった。

 朝から移動を続け、渡し場に着いたのは昼にかかる頃だった。同地点にある雄黄の騎士団の拠点では、すでに三人が来ることが知らされていた。借りた馬を返して糧食を分けてもらう。船を待つ渡し場ではいさかいの声がよく聞かれた。ベルマインが下した移動制限がここでも行われているためだ。ダイバに向かう商人や職人たちは、ここで騎士に旅券を改められる。旅券には等級があり、低ければ先へ進むことができないのだった。

「まだ少しかかるようです」

 様子を見に行っていたアガタが知らせに来た。騎士団専用の固形の糧食は保存がきくけれど乾燥している。ルカは喉がつかえて、とっさに返事ができなかった。ジェイルが「世話の焼ける……」と水を取りに行くあいだ、アガタはルカの背中をさすっていた。

「あ……ありがとうございます。すみません」

「……いいえ」

 アガタの手が離れる。ルカはハッとした。むせた拍子に頭巾がずれていたのだ。忌み子に喜んで触れるひとはいない。ルカは頭巾をかぶり直し、アガタに感謝した。

「本当にありがとうございます。私のような未熟者がここまで来ることができたのも、アガタ様のおかげです」

「私は何もしていませんが」

「いいえ。私とジェイル様だけでは、この道は開かれなかった」

 その時、アガタの顔にはなんの表情も浮かんでいなかった。いつもの貼り付けたような笑みを失くすと、彼女の一重瞼や、女性にしては痩せた輪郭がよくわかった。

 ルカは言った。

「……ここに来る前、良いことでも悪いことでも女神様の導きとして受け入れるのか、そう尋ねられましたね」

 瞳を隠していても伝わるように、満面の笑みを浮かべてみせる。

「もちろんそうです。女神様のなさることに良いも悪いもないのです。ただ私たちには、女神様の深いお考えがわからないだけ」

「……本当かしら」

「本当です。それに、どんな時でも女神さまは祈れば応えてくださいます」

 ルカは修道士らしくアガタの前に膝をつき、祈り手を組んだ。

「アガタ様、あなたに女神様の祝福があらんことを」

 アガタは何を思ったか、祈るルカを抱擁した。

「!?」

「修道士さま。あなたは気の毒な方です」

「えっ……えっ!?」

 合わせた胸のやわらかさにルカは狼狽した。アガタは女性だった。忌み子として、修道士として、絶対に意識してはならない相手である。

「な、なにをするのですかっ、アガタ様」

「……そうですね。私も、自分が何をしているのかわからない」

 ルカは黙った。顔の見えないアガタが、なぜか泣いているような気がした。

「アガタ様……?」

「穢れた騎士に心を許してはいけません。彼はいつかあなたを害するから」

 アガタの言葉に、ルカは耳を疑った。すっと体を離したアガタはもちろん泣いてなどおらず、いつもの筆で描いたような笑みを浮かべていた。

「あなたが女神の思い通りになるのかと思うと、癪に障るのです。私は……」

「えっ……」

 ルカはそれ以上追及することができなかった。少し離れたところで水入れが落ちたからだ。ジェイルは、アガタがルカを抱くところを目撃していた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...