忌み子と騎士のいるところ

春Q

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新章Ⅰ「忌み子と騎士のゆくところ」

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 事後、ジェイルは一人で浴室に入った。ぬるい水が蓮の花托を模した器具から放射状に吹き出し、盛り上がった背筋をさらさらと滑り落ちていく。猛りを冷ますには温かすぎる水に、ジェイルは苛立った。少し前まで背中に回っていた、ルカの柔らかくて小さな手を思い出さずにはいられなかった。

『ジェイルさま、私はどこにもいきません』

 修道士が女神を差し置いて、懸命にジェイルをなだめようとするのだった。祈るための唇を、ジェイルのために『そんなに欲しがらなくても、ここにいますから』と動かし、頬に触れさせる。

 ジェイルは浴室の壁に額を打ち付けた。

(何を言わせてんだ、俺は……)

 黙らせようと口で口を塞いだ。舌を捻じ込み、喉を犯した。乱暴にすればするほどルカは平たく体を開いた。紙のように薄い胸をジェイルのために開き、優しく包み込もうとしてくる。ジェイルは混乱した。自分が抱こうとしているはずなのに、抱かれようとしている気がする。

 ルカは柔らかくしなやかで、清かった。

(あの眼だ)

 森の大気のような翠眼に見つめられるとジェイルは何もわからなくなる。心が、無力な子供に戻されてしまう。どんなに性の悦びを仕込んでも、力任せに怒りをぶつけても、思い通りにはできず力関係が覆らない。ルカの前で、ジェイルはひたすら駄々をこねる子供だった。同性のルカに無理に性器を受け入れさせ、悦がらせる。

『ん……っ、んっ……! あぁっ!』

『どうだ、女神ごときに頼らずともいいだろうが。ルカ……』

 修道士の自尊心を踏みにじるのは愉しかった。

『気持ちいいって、言え』

『ジェイル、さま……』

『言え』

 強いれば応える。瞳を汗と涙に潤ませて精を放つ。昨夜より薄く、量も少ない。無理をさせているとわかっていてもジェイルは止まれなかった。今ここで、どんな手を使ってでも自分のものにしなければ、取返しのつかないことが起きると思った。

(……あいつはベルマインの協力を取り付けた。このままだと、本当に)

 帝国に渡る。鮮緑の雷筒を取り返す。現実主義者のジェイルはそんな途方もない望みを持ったことなどなかった。聖都からの追手をかわし、緑の民の襲撃を退けて、どこか落ち着けるところを見つけて二人で静かに暮らす。ルカが妙な責任感を捨てて、目の前にある現実を受け入れさえすればそれができる。

「……ッ」

 顔と背中の古傷が、どくんと脈打った。ジェイルは浴室の壁に額を預け、目を閉じる。

(あいつがもっと俺に惚れればいいのに)

 女神より自分を選んでほしかった。

 王子として過ごした期間などごく僅かであるはずのルカが、なぜ女王や民、ルテニア王国に尽くそうと思うのかジェイルには理解できない。

 ルカは忌み子として軽視され続けてきた。冬麗の戦で英雄だと持ち上げられたのも仮死状態にあったほんの一瞬のこと、蘇生した後は政治の道具扱いだ。

 ナタリア女王がすべてのしがらみを断ち、作ってくれた逃げ道をルカは自分の意志で逆走している。

(……俺が言ってやればいい。あの甘ったれた坊ちゃんに、もう危険な旅はやめろと伝えるべきだ)

 いずれ理解するだろうと思っていた。『使命など捨ててしまえ』と何度言ってもルカは諦めない。

 今、『いいから俺と暮らせ』とジェイルが言えば、ルカはどんな顔をするだろう。以前、テントの中で交わした約束は果たせなかった。

 だが、今もう一度言えば。家を用意するから一緒に来てくれと、夫婦のように暮らしてほしいと頼むことができたら。

 しかしジェイルが浴室を出ると、ルカは寝台の上で手を組み、女神に祈りを捧げているのだった。

 日に照らされた肌は傷ひとつなく白かった。ジェイルが噛みつき、強く吸った痕はどこにも残っていない。よほど集中していたのだろう。ジェイルが肩に手を乗せると、驚いたように振り向いた。

「あ、ご、ごめんなさい、ジェイルさま……ジェイルさま?」

 目蓋に口づけを受けると、困ったように首をかしげた。

「あの……し足りないのですか……?」

「うるさい」

 ジェイルは怒りとも悲しみともつかない思いで、ルカの体を抱きしめた。腕に強く力をこめる。

「うるさい、うるさい、うるさい……!」

 黙っているルカに、ジェイルは怒っていた。女神を信じるいたいけさが許せなかった。死地に身をなげうつ潔さが許せなかった。

「おまえは……自分がどこに行こうが俺がホイホイ後をついてくると思っているんだろう」

「えっ? えっと……」

「……俺が、おまえを守り切れると思うのか」

「違うのですか」

 違わなかった。ジェイルはルカを抱きつぶした。ルカが脇に教えの書を庇うと、それも爪を立てるようにして抱いた。

「……守ってやるよ。俺は騎士だからな」

 ルカの瞬きが、 ジェイルの胸をくすぐった。「ありがとうございます」と漏れる声を、ジェイルは締め上げて黙らせた。

 その時、無遠慮に部屋の戸が叩かれた。身を固くする二人に、戸の向こうから秘書が告げた。

「朝食の支度が整いました」
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