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新章Ⅰ「忌み子と騎士のゆくところ」
7.検収(2)★
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「アガタさま」
軒下に立つアガタに、秘書は一礼した。
「ベルマインさまがお呼びです」
「…………」
「どうぞ、奥へ」
再び降り出した雨が、ぽつぽつと庭の石に細い跡を残す。雨脚は次第に強くなった。石を染め上げ草の色を塗り替えていく。庭木の枝葉が雫を蓄え、一斉にしなる。堀の水に打ち付けては無残に弾ける滂沱の雨。
ルカはその時、ジェイルと共にいた。
「う……うぁ、あ……」
寝台に寝かされ、起きようとしても起きられなかった。踵を掴まれているからだ。ジェイルはルカの足の甲を懇ろに愛でていた。くるぶしを甘く噛み、足裏に頬ずりする。
「……ひっ!」
舌が、足の親指を這う。指と指の又まで舐められてルカは総毛だった。反射的に身を起そうとしたが、腹筋に力が入らなかった。弱弱しく腰を浮かせることしかできない。機嫌を損ねることになるとわかっていても、ルカは訴えずにはいられなかった。
「も……やだ、それ、やだぁっ……!」
黙れと言わんばかりに踵を噛まれる。ルカは息も絶え絶えに泣いた。
「ごめんなさい、もうゆるして、ジェイルさま、おゆるしください……!」
「おまえが体を確かめろというから念入りに確かめているんだろうが」
「だ、って、それは……!」
「指は欠けてないな。小指の爪までちゃんとある」
「ふぁあっ」
湯を浴びてなお汚いと感じる部位だ。地面に触れるところを分厚い舌で舐めつくされ、ルカは気が変になりそうだった。「動かしてみろ」と言われる。
「う……、う……っ」
従うしかなかった。ジェイルの顔に向かって、詫びるように足指を折る。そうして彼が「いい子だ」と言って舐めるのは紛れもなくルカの足なのだった。右足も左足も、指の一本一本が自分のものだった。それがジェイルの唾液にたっぷりと濡らされて、彼の顔を蹴ることさえできてしまう。
「もうやらっ、やらぁっ……」
ルカは泣きながら抵抗した。猫の子じゃあるまいし、熱心に足を舐めてもらうために身を任せたのではない。こんなことは絶対に間違っている。なのに彼に足を舐められて体は疼いた。柔らかい舌がくすぐったくて、吐息が熱くて、頭がおかしくなる。
「おねがいですから……もう、変になってしまうから、こんなことは……」
「フーン。ルカの体には変になりそうなところがあるのか」
「……!」
「どこだ。言ってみろ」
ジェイルの唇が、ふくらはぎをキツく吸う。見下ろしてくる彼の瞳は、獣のようにギラついていた。ルカを愛でるばかりで自分の性器には手も触れていない。膝の向こうに垣間見える猛った雄の部分に、ルカは震えた。
(ぜんぶ、確かめようとしている)
不思議と瞳に涙が盛り上がった。それが恐ろしいからなのか、悦こんでいるからなのか、ルカは自分でもわからなかった。肌が火照る。ルカは頬を紅潮させながら自分の尻たぶに両手を添えた。
「ここ……」
「……ここではなく?」
「んっ」
ジェイルの指先が、ルカの性器を撫でた。浴室で射精したばかりなのにもう緩く勃ちあがっている。それを言うなら胸の突起も足を舐められただけで反応しているけれど。ルカは子供のようにかぶりを振った。男として、修道士として情けなくてまた涙が出てくる。
「ジェイルさまに足を舐められて、私のここは、変になりそうです……」
ぎゅっと瞼を閉じても涙が滲むのと同じように、ルカの後穴は溶けかけていた。ジェイルの視線を強く意識して「もう変です、私は変なのです」と泣きながら白状する。性器を勃起させながら不浄の穴を示すなど絶対に修道士がしていいことではない。泣いていっそう重くなる罪の深さに、ルカはしゃくりあげた。
だが、ジェイルがゆっくりと覆いかぶさって来ると、その唇は勝手に綻んでしまう。
「目、開けてろ」
従えばジェイルの額が額にごつと当たった。ルカは目を細めた。しかし彼の指に後穴を探られながら、瞼を伏せることはなかった。そうするとジェイルが悦ぶからだ。
「俺におかしくされたな、ルカ……」
「ん……うん、うんん……」
「俺の指を尻でちゅうちゅう吸って、そんなに気持ちいいのか」
「んふぅっ、うぅっ、ぅんっ」
互いの瞳で犯しあうかのようだった。ジェイルの欲情がルカの緑に映り、ジェイルの黒に塗りつぶされる。暗い森の中に泉があって、雨に打たれて波紋を起こす。
「あああぁっ!」
猛り狂った肉筒をずっぷりと埋め込まれ、揺さぶられる。ルカは壊されているとも守られているともつかなかった。檻のように堅牢な腕に守られている。秘肉を荒々しく裂かれている。ジェイルは言った。
「そうだ。もっと啼いてここの連中に聞かせてやればいい」
ベルマインの邸だ。ビクッと肩をすくませるルカを、ジェイルは全身でかきなでた。
「おまえは誰の目論見にも負けず、まだ生きているんだから。俺と……」
ジェイルの顔には冬麗の戦で負った傷があった。セイボリーでは火を受けて背中に火傷の痕が残った。ルカはふるえた。遠くにある針の孔に糸を通すようにかすかな可能性をたどって、自分が、彼が今ここにいるような気がした。
「俺を呼べよ。ルカ……」
「っ、ジェイルさま……」
「もっと」
「……ジェイル! ジェイル……っジェイル、ジェイル、ジェイルっ」
その声を飲み干そうとするかのように、ジェイルはルカの唇を奪った。ルカは目を閉じた。くさびのように打ち付けられる精を、彼の証を一瞬でも長く体に留めておくために。
(誰も……もう誰も、この方を傷つけませんように)
ルカは願った。
(私にこの方を守れますように。どうか、女神様……)
ただただ自分のためだけのわがままで罰当たりな祈りを捧げながら、ルカは気づいていた。ほかの誰でもない自分こそが、ジェイルを傷つける最大の要因だった。
「問答器を仮定しよう」
車いすに頬杖をつき、ベルマインは水位の増した堀を眺めおろしていた。堀は部屋の灯りを映し、大小の泡をいくつも吐き出している。遠雷がした。
「いかなる問いにおいても豊富な資源をもとに解答を導き出す。それが問答器だ。わかるね? アガタ」
車輪を繰って振り返る。後ろ手を組んだアガタは、主人の言葉に小さく首肯した。
「……仮定としてなら」
「どんな障害が予想できる?」
アガタは少し間をおき「いかに豊富な資源だとしても、使い続ければいずれは底を尽くかと」と返した。
「では都度、資源を継ぎ足すことにしよう。他には?」
「……たとえば、答えのない問いというものもあります。戦でひとを殺しても罪に問われませんが、戦に負ければ悪と見なされ、裁かれることがある」
「そうだ。問答器が必ずしも正確な解答を出すとは限らない。賽のように出目がある」
微動だにせず立ちながら、アガタは正直に「いったいなんの話ですか」と尋ねた。ベルマインは指をひとつ立てて騎士を黙らせた。
「もうひとつ。問答器が複数の人間から同時に使われた場合だ」
「…………?」
「ある者が殺意を持って問答器を用いる。その答えが返ってくるより先に、別の者が生かすために用いる。この矛盾を問答器はどう解決すると思う?」
「……忌み子に何かなさったのですか」
「僕は何もしていない。けれど答えは返ってきたように思うね」
「どう思われるのですか」
「生かそうとした者が殺すことになる」
眉間に皺を寄せたアガタに、ベルマインは教えた。
「穢れた騎士は、いずれ忌み子を殺すだろう」
彼の横顔を稲光が照らした。
「アガタ、君の功績は大きい」
ベルマインは義手で義足を撫でた。
「我が友アドルファスの望みはようやく果たされた。道を踏み外した兄、リカルダスの汚名も晴らせるだろう」
「……ベルマイン様が王家にそれほどの忠誠心をお持ちとは、存じませんでした」
「僕は、王家とはこれからも協力関係を維持したいと思っているよ」
「…………」
「そのためにもアドルファスを王位に戻せたらいいのだが」
アガタは目を細めた。雄黄領の繁栄は聖都の力によるところが大きい。領主である彼が、今や旧勢力であるアドルファスの再起を望むのは自然なことなのかもしれなかった。
だが、とアガタは思う。
若かりし日のベルマインが王家の兄弟と親交を持っていたことは確かに領史に刻まれている。アガタの目には醜く太った男が、財産や肉体のすべてを投げうって思い出を守ろうとしているかに見えた。
滑稽だった。笑えた。しかしその性根の歪んだ男が彼女の主君であり、恩人だった。
ベルマインは言った。
「アガタ、君の失態を赦そう。君を見出した僕の目に狂いはなかった」
「――は。ありがたき幸せ」
アガタは恭しく騎士の礼をとった。
軒下に立つアガタに、秘書は一礼した。
「ベルマインさまがお呼びです」
「…………」
「どうぞ、奥へ」
再び降り出した雨が、ぽつぽつと庭の石に細い跡を残す。雨脚は次第に強くなった。石を染め上げ草の色を塗り替えていく。庭木の枝葉が雫を蓄え、一斉にしなる。堀の水に打ち付けては無残に弾ける滂沱の雨。
ルカはその時、ジェイルと共にいた。
「う……うぁ、あ……」
寝台に寝かされ、起きようとしても起きられなかった。踵を掴まれているからだ。ジェイルはルカの足の甲を懇ろに愛でていた。くるぶしを甘く噛み、足裏に頬ずりする。
「……ひっ!」
舌が、足の親指を這う。指と指の又まで舐められてルカは総毛だった。反射的に身を起そうとしたが、腹筋に力が入らなかった。弱弱しく腰を浮かせることしかできない。機嫌を損ねることになるとわかっていても、ルカは訴えずにはいられなかった。
「も……やだ、それ、やだぁっ……!」
黙れと言わんばかりに踵を噛まれる。ルカは息も絶え絶えに泣いた。
「ごめんなさい、もうゆるして、ジェイルさま、おゆるしください……!」
「おまえが体を確かめろというから念入りに確かめているんだろうが」
「だ、って、それは……!」
「指は欠けてないな。小指の爪までちゃんとある」
「ふぁあっ」
湯を浴びてなお汚いと感じる部位だ。地面に触れるところを分厚い舌で舐めつくされ、ルカは気が変になりそうだった。「動かしてみろ」と言われる。
「う……、う……っ」
従うしかなかった。ジェイルの顔に向かって、詫びるように足指を折る。そうして彼が「いい子だ」と言って舐めるのは紛れもなくルカの足なのだった。右足も左足も、指の一本一本が自分のものだった。それがジェイルの唾液にたっぷりと濡らされて、彼の顔を蹴ることさえできてしまう。
「もうやらっ、やらぁっ……」
ルカは泣きながら抵抗した。猫の子じゃあるまいし、熱心に足を舐めてもらうために身を任せたのではない。こんなことは絶対に間違っている。なのに彼に足を舐められて体は疼いた。柔らかい舌がくすぐったくて、吐息が熱くて、頭がおかしくなる。
「おねがいですから……もう、変になってしまうから、こんなことは……」
「フーン。ルカの体には変になりそうなところがあるのか」
「……!」
「どこだ。言ってみろ」
ジェイルの唇が、ふくらはぎをキツく吸う。見下ろしてくる彼の瞳は、獣のようにギラついていた。ルカを愛でるばかりで自分の性器には手も触れていない。膝の向こうに垣間見える猛った雄の部分に、ルカは震えた。
(ぜんぶ、確かめようとしている)
不思議と瞳に涙が盛り上がった。それが恐ろしいからなのか、悦こんでいるからなのか、ルカは自分でもわからなかった。肌が火照る。ルカは頬を紅潮させながら自分の尻たぶに両手を添えた。
「ここ……」
「……ここではなく?」
「んっ」
ジェイルの指先が、ルカの性器を撫でた。浴室で射精したばかりなのにもう緩く勃ちあがっている。それを言うなら胸の突起も足を舐められただけで反応しているけれど。ルカは子供のようにかぶりを振った。男として、修道士として情けなくてまた涙が出てくる。
「ジェイルさまに足を舐められて、私のここは、変になりそうです……」
ぎゅっと瞼を閉じても涙が滲むのと同じように、ルカの後穴は溶けかけていた。ジェイルの視線を強く意識して「もう変です、私は変なのです」と泣きながら白状する。性器を勃起させながら不浄の穴を示すなど絶対に修道士がしていいことではない。泣いていっそう重くなる罪の深さに、ルカはしゃくりあげた。
だが、ジェイルがゆっくりと覆いかぶさって来ると、その唇は勝手に綻んでしまう。
「目、開けてろ」
従えばジェイルの額が額にごつと当たった。ルカは目を細めた。しかし彼の指に後穴を探られながら、瞼を伏せることはなかった。そうするとジェイルが悦ぶからだ。
「俺におかしくされたな、ルカ……」
「ん……うん、うんん……」
「俺の指を尻でちゅうちゅう吸って、そんなに気持ちいいのか」
「んふぅっ、うぅっ、ぅんっ」
互いの瞳で犯しあうかのようだった。ジェイルの欲情がルカの緑に映り、ジェイルの黒に塗りつぶされる。暗い森の中に泉があって、雨に打たれて波紋を起こす。
「あああぁっ!」
猛り狂った肉筒をずっぷりと埋め込まれ、揺さぶられる。ルカは壊されているとも守られているともつかなかった。檻のように堅牢な腕に守られている。秘肉を荒々しく裂かれている。ジェイルは言った。
「そうだ。もっと啼いてここの連中に聞かせてやればいい」
ベルマインの邸だ。ビクッと肩をすくませるルカを、ジェイルは全身でかきなでた。
「おまえは誰の目論見にも負けず、まだ生きているんだから。俺と……」
ジェイルの顔には冬麗の戦で負った傷があった。セイボリーでは火を受けて背中に火傷の痕が残った。ルカはふるえた。遠くにある針の孔に糸を通すようにかすかな可能性をたどって、自分が、彼が今ここにいるような気がした。
「俺を呼べよ。ルカ……」
「っ、ジェイルさま……」
「もっと」
「……ジェイル! ジェイル……っジェイル、ジェイル、ジェイルっ」
その声を飲み干そうとするかのように、ジェイルはルカの唇を奪った。ルカは目を閉じた。くさびのように打ち付けられる精を、彼の証を一瞬でも長く体に留めておくために。
(誰も……もう誰も、この方を傷つけませんように)
ルカは願った。
(私にこの方を守れますように。どうか、女神様……)
ただただ自分のためだけのわがままで罰当たりな祈りを捧げながら、ルカは気づいていた。ほかの誰でもない自分こそが、ジェイルを傷つける最大の要因だった。
「問答器を仮定しよう」
車いすに頬杖をつき、ベルマインは水位の増した堀を眺めおろしていた。堀は部屋の灯りを映し、大小の泡をいくつも吐き出している。遠雷がした。
「いかなる問いにおいても豊富な資源をもとに解答を導き出す。それが問答器だ。わかるね? アガタ」
車輪を繰って振り返る。後ろ手を組んだアガタは、主人の言葉に小さく首肯した。
「……仮定としてなら」
「どんな障害が予想できる?」
アガタは少し間をおき「いかに豊富な資源だとしても、使い続ければいずれは底を尽くかと」と返した。
「では都度、資源を継ぎ足すことにしよう。他には?」
「……たとえば、答えのない問いというものもあります。戦でひとを殺しても罪に問われませんが、戦に負ければ悪と見なされ、裁かれることがある」
「そうだ。問答器が必ずしも正確な解答を出すとは限らない。賽のように出目がある」
微動だにせず立ちながら、アガタは正直に「いったいなんの話ですか」と尋ねた。ベルマインは指をひとつ立てて騎士を黙らせた。
「もうひとつ。問答器が複数の人間から同時に使われた場合だ」
「…………?」
「ある者が殺意を持って問答器を用いる。その答えが返ってくるより先に、別の者が生かすために用いる。この矛盾を問答器はどう解決すると思う?」
「……忌み子に何かなさったのですか」
「僕は何もしていない。けれど答えは返ってきたように思うね」
「どう思われるのですか」
「生かそうとした者が殺すことになる」
眉間に皺を寄せたアガタに、ベルマインは教えた。
「穢れた騎士は、いずれ忌み子を殺すだろう」
彼の横顔を稲光が照らした。
「アガタ、君の功績は大きい」
ベルマインは義手で義足を撫でた。
「我が友アドルファスの望みはようやく果たされた。道を踏み外した兄、リカルダスの汚名も晴らせるだろう」
「……ベルマイン様が王家にそれほどの忠誠心をお持ちとは、存じませんでした」
「僕は、王家とはこれからも協力関係を維持したいと思っているよ」
「…………」
「そのためにもアドルファスを王位に戻せたらいいのだが」
アガタは目を細めた。雄黄領の繁栄は聖都の力によるところが大きい。領主である彼が、今や旧勢力であるアドルファスの再起を望むのは自然なことなのかもしれなかった。
だが、とアガタは思う。
若かりし日のベルマインが王家の兄弟と親交を持っていたことは確かに領史に刻まれている。アガタの目には醜く太った男が、財産や肉体のすべてを投げうって思い出を守ろうとしているかに見えた。
滑稽だった。笑えた。しかしその性根の歪んだ男が彼女の主君であり、恩人だった。
ベルマインは言った。
「アガタ、君の失態を赦そう。君を見出した僕の目に狂いはなかった」
「――は。ありがたき幸せ」
アガタは恭しく騎士の礼をとった。
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