忌み子と騎士のいるところ

春Q

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間章「ニャンヤンのお祭り」

39.埋火★

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 夢うつつに、ジェイルは髪を梳く女を見た。彼女は床に裸で座り、濡らした櫛を髪にあてている。

 ジェイルは綺麗な川を見ているような気がした。せせらぎは岩目に沿ってゆるく流れ、青草と野花を養う。

 蝋燭の火に照らされたルカの髪は、春の水のようにきらきら光っていた。

「あ……」

 のっそりと起きたジェイルは、ルカの背中を抱いた。櫛が床に落ちる。

「いけません……まだ……」

「いいから来い」

 思った通り、ルカの肌は冷えていた。狭い部屋だ。寝台で休むジェイルに気を遣ったらしい。

 ジェイルはルカを寝台へ引き込んだ。腕の中にとじこめ、こめかみに唇をつけると、ルカの肩から力が抜ける。ぬくもりは、ジェイルの肌からルカの肌へうつった。かえって熱くなりすぎたようで、ルカは頬を赤くしている。

 唇と唇が触れる。互いに誘い合うように舌が蠢く。

「ん……っ」

 埋火が白い灰の中で色づくように、ルカの肌は熱を持つ。ジェイルの唇が触れたところから火が点いて、真っ赤に燃え上がる。耳を噛むジェイルの声には苛立ちがこもっていた。

「外はまだ暗いのに、どうして俺の腕の中から脱け出すんだ、おまえは」

「で、でも……」

「おまえは俺のものだろう」

 ジェイルは早口に命令した。

「俺のものが俺より早く起きるな。勝手に身なりを整えるな」

「そんな」

 有無を言わせず、ルカの胴をぎゅうっと締め上げる。先に起きて身ぎれいにしているところを見ると、どこかに置いて行かれそうな焦りを覚えるのだ。

「……からだはもう清めたか」

「は、はい」

「ケツの中も?」

「……!」

「まだだな」

 容赦なく壁際に追い詰められたルカは「自分でできます!」と主張する。ジェイルは「バカか」と一蹴した。

「俺は自分で汚したものは自分で片づける主義だ。大人しく後ろを向け」

「でも、これは私の体です……!」

「黙れ。おまえは腹を下したいのか。俺が寝てる隙に何をちんたら髪なんか梳いてやがる。順序ってものがまるでなってない。これだからお坊ちゃんは」

 おかげで本当に女みたいに見えた、と言いたくなるのを、ジェイルは詰ることで耐えていた。よこしまな欲望に狂っている時ならともかく、素面でそれを言ったら宗教者のルカがどう反応するか、ジェイルにははっきりとわかっていた。『やはりあなたは女性と結ばれるべきです!』などと抜かすに違いない。

「ごめんなさい」

 何も知らないルカは、悲しそうに謝った。

「あなたが起きた時、お目汚しになると思っただけなのです」

「あぁ?」

「……あなたは私の髪を褒めてくださるから、ちゃんとしておきたかったのです。……お尻のことは……その……お情けをいただいた証と思っていました。ごめんなさい、いつまでも処理せずグズグズとして」



 ジェイルは耳に入ってきた言葉を処理しきれずに繰り返しただけだが、ルカは怒られていると思うらしい。

「ごめんなさい」

 眉尻を下げて謝ったうえ壁に手をついて、ジェイルに尻を差し出した。お願いします、とかすれた声で告げられ、ジェイルは頭がカッと熱くなった。

「……つまり、俺の前で綺麗でいようと、腕の中から脱け出してコソコソ身づくろいしてたってわけか?」

「あんっ……」

「ふうん! 尻を撫でただけでみっともない声を出すのに、今さらなにを取り繕ってんだか……!」

「ごめんなさ、あ、ううっ」

 尻たぶを開かれたルカは、額を壁にこすりつけた。肩や背中が小刻みに震えている。ジェイルが大量に放った精液は、掻き出さずともタラタラと垂れた。くぐもった声を漏らしながら後穴から白い残滓を漏らすさまは、あまりにも卑猥だった。

「何がお情けだ……自分の腹の中に、俺の種を取っておきたいだけのくせに……」

「んっ……ん、んっ」

「おい、なんとか言え。そうなんだろうが。違うのか」

「あぁあ、ごぇんなひゃいい……!」

 謝るばかりのルカにジェイルはいっそう苛立った。腹立ちまぎれに、下腹部を手のひらでグッと押す。

「んぇあああっ」

 ルカは突き出した腰をぶるぶると震わせた。

 後穴から固くこごった精液がボタボタと垂れてくる。ルカはそれを、頭を振って嫌がった。

「あぁっ、あっ、もえう、もれちゃうぅ……! やら、やらぁあ……」

「出したくないんだな、ほら、早く認めろよ……おまえはまだ俺の子種を抱いてたいんだろうがっ」

「んん、うんっ、うんんっ」

 肯定なのか否定なのか、そもそも喘ぎと何が違うのかも不明な声だった。

 それでも、ジェイルは興奮した。ルカが、女神よりも自分の思いを受け入れたような気がした。

 ゆるんだ唇をそのままうなじに触れさせる。甘い香りのする首筋を噛むと、ルカの鼓動が唇に伝わってきた。

 それからジェイルは、ルカのへその下をゆっくりと撫でまわした。優しい刺激に小ぶりな男性器は勃ちあがろうとしては力をなくし、なくしてはまた勃ち上がろうとする。

「……扱いてやろうか」

 その惨めな有様を見下ろし、ジェイルはそう尋ねた。ルカの肩がびくっと震える。

「腹をさすられるのと、性器を扱かれるのと、どっちがいい」

「あぁあん」

 右手は尻に触れている。行き場に迷う左手に、ルカは荒い息を吹きかけていた。

「ああ、お、お腹……っさすってください……」

「へえ、いいのか? 別に俺に気を遣う必要はないんだぞ。おまえだって男なんだから、こっちのほうが気持ちいいんだろう」

「あぁっ! やぁんん……!」

 目の前で扱く真似をしてみると、ルカは目を閉じてブンブンと首を振る。

「あん……っ」

 実際、腹に手を当ててさすると、ルカはとても嬉しそうな声を出した。同時に後穴を掻き出すと、見開いた目の中で無数の星が砕け散り、涙となってあふれる。

「……本当に可愛いな、おまえは」

 ジェイルは、息も忘れてその一挙一動に見入った。後始末を終えると、ルカを壁に縫い留めて口づけの雨を降らせる。ジェイルの影の中に入ったルカは、ふりむいて彼の首に腕を回した。

 何度もジェイルと口づけあいながら、その時、ルカの指先は天上に向いていた。「いつかこの旅が終わったら」と呟き、またすぐに「もしもこの旅が終わっても」と、いっそう切ない声で言い換える。

 その先に続く言葉がなんなのか、神を信じないジェイルはとうとう聞き取ることができなかった。


  ◆◆◆


「おはようございます。昨夜はお楽しみでしたか? ルカ様、ジェイル様」

 翌朝、宿屋の前で二人を待ち受けていたのは、アガタだった。

 顔に張りつけたような笑みを浮かべ、背後にずらりと部下たちを整列させている。彼らのうちにひとりとして無傷の者はない。騎士たちはぎろりと二人を睨み据えていた。

「お迎えにあがりました。さあ、私たちとともにベルマイン様のもとへ参りましょう!」
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