忌み子と騎士のいるところ

春Q

文字の大きさ
上 下
73 / 145
間章「ニャンヤンのお祭り」

20.相貌★

しおりを挟む
 騎士団一行が行くと、ジェイルは小さくため息をついた。

「別棟に行ったな」

「えっ」

 別棟にはサンドラや揉み師たちがいる。男たちも並んでいるはずだ。

 ジェイルは「やめとけ」と首を振って、ルカを個室へ押し込んだ。

「トーチカが戻れば逆に厄介なことになる。ふん、この町の人間はしたたかなようだからな。どうせ祭りの準備をしていたとでも言ってごまかすだろう」

 室内は独房のように狭かった。布のかかった寝台と小さな水瓶、荷物置き用の棚がぎゅうぎゅうに押し込まれている。サンドラが元いた部屋も、汚れる前はこんなふうだったのだろう。

「ああ、面倒なことになった」

 寝台に腰かけたジェイルがうんざりと呟いた。下穿きを下ろしたまま脚を組む座り方が、いかにも場慣れしていて、ルカは赤くなる。こういう場所で揉み師と過ごしたのだろうと思った。

「連中は俺とおまえの動向をとっくに掴んでいるようだったな。アガタとか言ったか、あの女はたぶんしつこいぞ……追い回されたくなきゃ出頭して来いと暗に脅迫してんだ、あれは……」

 ルカは、揉み師とくんずほぐれつするジェイルを思い描いて心ここにあらずだった。ジェイルに「おい、聞いてんのか」と言われて、びくっと肩をすくませる。

「え、あ……」

 肌着から透ける自分の膝が目に入り、ルカは立ちすくむ。この服を当たり前のように着て働くレイラはすごいと思った。この恰好をしているとルカは頭がくらくらとして、ジェイルを見ているだけで、倒れそうになってしまう。

「あ」

 ジェイルの手が伸びてきて、すぽんと頭巾を取った。銀色の髪から湯気がたちのぼる。ずっと隠していたものが、なんの前触れもなく露わになると無性に恥ずかしくなるものだ。両腕で胸と股を隠してうつむくルカを、ジェイルは笑った。

「聞いてないな。人前で尻を打たれて、興奮して」

「……っ」

「まさかこんな服まで着せられているとは」

 ジェイルの手が、服越しにルカの腿を撫で上げた。ルカは思わず内股になる。何をしているのだろう。何をさせられているのだろう。ここが安全かどうかもわからないのに。

 ジェイルの声は、夢の中に響くこだまのように絶対的だった。

「からだを見せろよ。ルカ」

 従うルカは、どうかしている。

 ルカの小さな性器と乳首は勃起して、薄い肌着に小さな小山を作っていた。レイラが譲ってくれた服なのに。下着を穿いていても、股の頂点に浮かぶ丸いシミはごまかせない。

「あぅっ」

 円の中心に、ジェイルの人差し指が触れた。

「ここが濡れて、糸を引いている」

 人差し指の腹が触れて、離れて、焦らすような刺激に体液が滲む。透明な糸はジェイルの指に縋るようにたわんだ。ジェイルの指の動きは優しくゆっくりで、しかし止まってはくれなかった。

「なるほど。ルカは修道士を辞めて、揉み屋で稼ぐことにしたのか」

「ひ、ち、ちが、アッ」

「そんなに金のことが心配だったのか。司祭に聞いたが、いつも聖堂にいるわけじゃなかったんだな。いつからこういうところに来ていた。もう客はとったのか。俺に抱かれるよりよかったのか」

「あぁあ、あ、あっ」

 トン、トンと軽く判を押すようだった動きが、次第に早く、強くなり、ぴたっと止まった。ジェイルの手は、怒りに震えていた。

「よがってねぇで言い訳のひとつもしたらどうなんだ。あぁ!」

 ルカは悲鳴も上げられなかった。ジェイルの手が性器を掴んでいた。彼は語気荒くいっぺんに尋ねてきた。「客にどんなことをしてやったんだ」「あのガキの世話もしたのか」「おまえは女神のためなら体も売るのか」口早にそう尋ねながらルカの性器を乱暴にしごきあげるのだから、答えさせる気があるとは思えなかった。単に怒り任せに責めたいだけであって、むしろ事実から目を逸らそうとしているようでさえある。

「……なんでおまえは、そうやっていつまでも俺のものにならない」

 なすすべもなく射精するルカに、ジェイルはかすれた声で呟いた。ルカは答えたいのに、尋ねたいこともたくさんあるのに、ジェイルは鼻筋を摺り寄せてきて唇で唇をふさいでしまう。ルカは目を開けたまま受け入れて、そうするうちに涙が止まらなくなってしまい、慌ててジェイルの胸を両手で押した。

「わ、私のものにならないのは、あなたのほうでしょう!」

(違う、言い返してどうする)

 意思のある人ひとりをおのが所有物にしようなどと、おこがましい考えである。世のすべての事物は女神の被造物であって、ほかの誰も権利を有していない。だがルカの口は止まらなかった。

「私は、あなたを探しに来た結果、ここにいるのです」

「あ!? 下手な言い訳してんじゃねえ」

「誰が言い訳など」

「ふざけるのも大概にしろよ。俺が昨夜からおまえをどんだけ探し回ったかわかるか。この俺が自ら五度も聖堂に行ったんだぞ! 情報欲しさに手芸までやる羽目になった」

「……えっ」

「だいたい祭りの日まで探すなとはなんだ。俺があのガキを捕まえなかったら今頃どうなっていたと思う」

 ジェイルはルクスから直接伝言を聞いたらしかった。

「トーチカトーチカともてはやされて、その気になったのか、ルカ様は」

「そんな……違う、私は、病の女性を癒すためにここへ留まっていたのです。子供たちが困っていたから」

「あぁお坊ちゃんらしい安い同情だなあ、おい!」

 ジェイルの手は、ルカの施術着の襟にかかっていた。

「おまえは知らないらしいが、揉み屋で死ぬ女なんざごまんといるぜ。ここはそういうドブの上澄みだからな。今日飢え死にしそうな野良猫に餌をくれてやって、次の日はどうする。死ぬまで面倒見てやる気でいるのか。よそ者のおまえが!」

 ルカは、わからなかった。ジェイルの真っ黒な瞳が、サンドラの部屋で見た暗闇に重なった。泣いてルカに縋る子供たちの口の中にも同じ色があった。ルカを拝んだレイラの手の中にも。ここで光が途絶えて塗り潰されて、だから理不尽なほど暗いのだ。

 ルカはその暗闇を見つめて涙をこぼした。「あなたがいると思ったから」と言った。

「は……?」

「……あなたが歓楽街に出入りしていると聞いたのです。お酒を飲んで博打を打って、槍を振り回して……女性と淫欲に耽っていると」

 ジェイルが途端に黙ったので、ルカは(やっぱり本当なんだ)と思った。心はずんと重くなったが、反対に頭は妙にすっきりとしていた。ルカは首を振り、努力して笑顔を作った。他のことはともかく、ジェイルに愛する女性ができたのはめでたいことだった。

「よかったです。女神様はきっとジェイル様をセイボリーまで導いてくださったのですよ。私では埋められなかった心とからだを、揉み師の方は満たしてくださいます」

 諸手を挙げてお祝いして、ルカはびっくりした。ジェイルがルカの口にまた口を付けようとしている。

「だめ、いけません、私にはもう口づけてはいけません。あなたは私との旅などやめて、その方と結婚なさるべきだと思います。だって、もしかしたら女神さまがお子を授けてくださるかもしれません。私と違って」

 そう言い切る前に、ジェイルはルカの唇を奪ってしまった。ルカは息継ぎの合間に「だめです。だめ」と訴えたのだが、ジェイルは聞かなかった。当たり前のように体重をかけて、ルカを寝台に押し倒してしまう。

 それはとても長くて深い口づけだった。ジェイルの舌がルカの口の中を我が物顔で犯している。

「ん、んっ、んぅっ」

 ルカは酸欠で、どうすることもできないんだと諦めて、目を閉じてしまいそうになった。誰のためにも、絶対に拒否しなければならないのに。口が離れても、ルカの伸びきった舌先は戻らなかった。苦しくて息をしているだけなのに、閉じない口から涎が垂れてしまう。

「ふぁ、あ」

 まるで、もっと口づけてほしいひとみたいに。

 ジェイルに誤解されてしまうと思うのに、心ごと唇が痺れて、閉じられない。案の定、ジェイルは目を細めて口づけてきてしまった。

「俺が女といると思って、こんなところまで怒鳴りこみに来たのか。臆病なおまえが」

「怒鳴りこむなんて、そんな……そんなつもりは」

「暗い道に入るなという言いつけを破ったうえ、宿に戻らなかった」

「……来た時は、明るかったのです」

「そんなにするほど俺が恋しかったのか」

「い、いい加減にしてください、私を嘲笑ってそんなに楽しいのですか!」

「嫉妬を覚えたのか、ルカ」

 ゆっくりと聞かれて、ルカは赤くなった。ジェイルは、いたいけな仔猫を見つめるような目をしていた。

「……いい顔だな。もっと見せろ」

「いや、いやです……やめて」

 顔を隠そうとする両手を、ジェイルは掴んでいた。

「あぁ、俺に惚れて惚れて、早く抱いて欲しくてたまんないって顔だ」

「ち、ちがう! ちがいます!」

「何が違う。綺麗ごとばかり抜かしやがって。自分のものだとばかり思っていた俺を、よその女にとられて悔しいんだろう。どうだ、殺意は芽生えたか。その女を引き裂いて俺もろとも焼き殺したくならなかったか」

「違います! そんな酷いことを思うわけが」

「酷いときたか。つまらん信仰を盾にして俺につれないおまえのほうが、よっぽど酷いと思うが」

 ジェイルはルカの手に口づけていた。唇の動きが指に伝わってきて、ルカはどきりとする。

「俺はおまえとこうなってから女神像という女神像を叩き潰したくて仕方ない。目に入るだけで虫唾が走る」

 呆然とするルカに、匂い付けする猫のように頬を擦り付けてくる。ジェイルの唇は、うっとりと笑っていた。

「それをするとおまえが泣くだろうから耐えているんだ。よくよく褒めるがいい、心底おまえにいかれている俺を」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...