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間章「ニャンヤンのお祭り」
1.女神アルカディアと聖なるニャンヤン
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昔々のお話です。
女神アルカディアが悪い緑の民を追い払ったとき、ルテニアの国土は荒れ果てていました。
がれきの中で暮らす民たちを女神は哀れみ、賢い猫たちに号令をかけました。
『猫たちよ、疲れ果てたひとびとに代わり、おまえたちがこの荒れた地を耕すのです』
『ああ尊い女神様、どうしてそんなことができるでしょう。僕たちはこんなにちっぽけな猫なのに』
『いいえ、おまえたちこそ、この仕事にはふさわしい』
女神が長い袖をひと振りすると、無数の美しい鈴の玉が大地に躍り出ました。
猫たちは、玉のおもちゃが大好きです。軽やかな音を立てる玉はもっと大好き。
ひげからシッポからむずむずして、とうとう一匹が飛びつくと、われもわれもと鈴の玉を追いかけまわし、そこらじゅうを転がします。
リンリンコロン コロコロリン
鈴の玉がルテニアの全地を転げまわると、あら不思議。
みるみるうちに痩せた大地に草木が芽吹き、花が咲き乱れたのです。
これを見たひとびとは、大喜び。
躍り上がって女神に感謝を捧げ、賢い猫たちを『聖なるニャンヤン』として褒めたたえました。
この素晴らしい出来事を記念し、私たちは『ニャンヤンのお祭り』をお祝いするのです。
――『ルテニア王国うたものがたり』より
「なんて素敵なお話なのでしょう。そう思いませんか? ジェイル様」
子供向けの歌物語「ニャンヤンのお祭り」をまじえて、ルカは説明を終えた。
だが、宿屋の寝台に座るジェイルは無表情を崩さなかった。
少し子供向けすぎただろうか、とルカは後悔する。だが、ジェイルの性格を考えると、歌物語以上の説明はできそうもない。まず『いくら賢くても、猫が人間の言葉を喋るわけがない』と一蹴されてしまうだろう。
「あの……伝わったでしょうか。どういったお祭りなのかということは」
「あぁ……」
向かいのベッドで歌書を片付けるルカに、ジェイルは生返事を返した。
「なんだったか、あの、鈴が転がるところの歌……」
「……? リンリンコロン、コロコロリン……?」
「いや、猫の鳴き声のほうだ」
「んにゃーん、にゃおーん、大好き大好き鈴の玉」
「うん……」
手真似をつけて歌ってみせると、ジェイルは再び黙り込んだ。ルカは急に恥ずかしくなった。
歌物語とはいえ、もう成人している身の上で幼児のように猫の鳴き真似をしているのだ。
だが、ジェイルは嘲笑うでもない。落ち着かない様子で、細かく首をかしげている。
「妙な歌だ。わかる言語のはずなのに、内容がひとつも頭に入ってこない」
「すみません、それは私の技巧が不足しているからです……」
ルカは赤面しつつ、一言でまとめた。
「つまり、このルテニア王国では猫にちなんだお祭りがあるということです」
「ああ、うん」
ジェイルは上の空に見えた。ルカはちゃんと話を聞いてもらうために、自分の寝台を立ち、ジェイルの隣へ移動した。
「お祭りでは、みんなが猫や鈴の玉の仮装をします」
「玉の、仮装……?」
「鈴を仕込んだ毛糸で小さな玉をつくり、服にたくさん刺しゅうするのです」
「ふぅん……」
ジェイルが目をそらそうとするので、ルカは腰を浮かせてぐいっと顔を近寄せた。
「みんなです。みんなが参加するのですよ」
「……あ?」
「わ、私たちも仮装して参加すべきだと思いませんか……!?」
ジェイルは舌打ちした。ぐいぐいと寄ってくるルカの額を、こんと頭突く。
「あいたっ」
「そんなバカみたいな行事に参加してられるか。おまえが何を言おうが俺の考えは変わらん」
今度はジェイルがルカを押し返す番だった。自分の寝台に片手でルカを押さえつけ、一緒にふとんをかぶってしまう。
「明日の朝には出発する。早く寝ないと食っちまうぞ」
「いやぁっ、やんっ、だめっ」
せまい布団の中で耳に噛みつかれてルカはもがいた。こんなに嫌がっているのに、ジェイルは嬉しそうに「何がダメだ」と、ねっとりと囁いた。
「おまえの考えは読めているぞ修道士。どうせこの町の聖堂に留まりたいんだろう。ガキどもに慕われて、一銭の得にもならんのに病人の世話を焼いてやがる。ふざけやがって」
なんでそんなことを怒るんだろうとルカは半泣きで思った。ルカは修道士だ。司祭という上級職に任じられこそしたが、修道士は修道士。女神の力を受け、ひとびとに仕えるのが天命である。
薬学の心得もある。医師にかかることのできない貧しいひとびとの役に立つことの何がいけないのだろう。
だが、ジェイルは鋭く囁いた。
「タジボルグ帝国に行くんじゃなかったのか。くそったれの政治のために身動きとれない姉のために、センリョクのなんたらを取り返すのは、もうやめか」
「……っ」
「おまえがその気なら、俺はかまわん」
ジェイルは、ルカの首筋に強く吸いついた。そうしないとすぐに消えてしまうので、痛いほどきつく吸うのだ。
「王家の使命だのなんだの面倒なことは忘れて、とっとと俺のものになってしまえ」
ルカのいくらか伸びた後ろ髪をかきあげ、うなじを噛む。
「あぁっ」
両手を頭の上でおさえられたルカは、ジェイルにのしかかられて喘いだ。シャクトリムシのように掲げた腰に、ジェイルの股ぐらをぐりっと押しつけられる。
そこは、ゆるやかに勃起していた。ジェイルは荒い息をつきながら「貧民窟にいたおかげで、俺はおまえより猫の鳴き声に詳しい」と言った。ぐりぐりと腰を擦りつけるのもやめない。
「ほら、鳴いてみろよ……どれくらい似てるか試験してやる……」
「やぁんん……」
「あぁ? 聞こえねえんだよ、妖精みたいな声しやがって! もっと腹から声だせッ」
「いやぁっ、んやぁんん……!」
ジェイルのほうこそ猫のようだ、とルカは思った。ルカに組み付きながら、石臼をひくように喉を鳴らしているのだ。いったい何がきっかけで気高い騎士がこんなに発情してしまったのか、ルカには見当もつかない。
女神アルカディアが悪い緑の民を追い払ったとき、ルテニアの国土は荒れ果てていました。
がれきの中で暮らす民たちを女神は哀れみ、賢い猫たちに号令をかけました。
『猫たちよ、疲れ果てたひとびとに代わり、おまえたちがこの荒れた地を耕すのです』
『ああ尊い女神様、どうしてそんなことができるでしょう。僕たちはこんなにちっぽけな猫なのに』
『いいえ、おまえたちこそ、この仕事にはふさわしい』
女神が長い袖をひと振りすると、無数の美しい鈴の玉が大地に躍り出ました。
猫たちは、玉のおもちゃが大好きです。軽やかな音を立てる玉はもっと大好き。
ひげからシッポからむずむずして、とうとう一匹が飛びつくと、われもわれもと鈴の玉を追いかけまわし、そこらじゅうを転がします。
リンリンコロン コロコロリン
鈴の玉がルテニアの全地を転げまわると、あら不思議。
みるみるうちに痩せた大地に草木が芽吹き、花が咲き乱れたのです。
これを見たひとびとは、大喜び。
躍り上がって女神に感謝を捧げ、賢い猫たちを『聖なるニャンヤン』として褒めたたえました。
この素晴らしい出来事を記念し、私たちは『ニャンヤンのお祭り』をお祝いするのです。
――『ルテニア王国うたものがたり』より
「なんて素敵なお話なのでしょう。そう思いませんか? ジェイル様」
子供向けの歌物語「ニャンヤンのお祭り」をまじえて、ルカは説明を終えた。
だが、宿屋の寝台に座るジェイルは無表情を崩さなかった。
少し子供向けすぎただろうか、とルカは後悔する。だが、ジェイルの性格を考えると、歌物語以上の説明はできそうもない。まず『いくら賢くても、猫が人間の言葉を喋るわけがない』と一蹴されてしまうだろう。
「あの……伝わったでしょうか。どういったお祭りなのかということは」
「あぁ……」
向かいのベッドで歌書を片付けるルカに、ジェイルは生返事を返した。
「なんだったか、あの、鈴が転がるところの歌……」
「……? リンリンコロン、コロコロリン……?」
「いや、猫の鳴き声のほうだ」
「んにゃーん、にゃおーん、大好き大好き鈴の玉」
「うん……」
手真似をつけて歌ってみせると、ジェイルは再び黙り込んだ。ルカは急に恥ずかしくなった。
歌物語とはいえ、もう成人している身の上で幼児のように猫の鳴き真似をしているのだ。
だが、ジェイルは嘲笑うでもない。落ち着かない様子で、細かく首をかしげている。
「妙な歌だ。わかる言語のはずなのに、内容がひとつも頭に入ってこない」
「すみません、それは私の技巧が不足しているからです……」
ルカは赤面しつつ、一言でまとめた。
「つまり、このルテニア王国では猫にちなんだお祭りがあるということです」
「ああ、うん」
ジェイルは上の空に見えた。ルカはちゃんと話を聞いてもらうために、自分の寝台を立ち、ジェイルの隣へ移動した。
「お祭りでは、みんなが猫や鈴の玉の仮装をします」
「玉の、仮装……?」
「鈴を仕込んだ毛糸で小さな玉をつくり、服にたくさん刺しゅうするのです」
「ふぅん……」
ジェイルが目をそらそうとするので、ルカは腰を浮かせてぐいっと顔を近寄せた。
「みんなです。みんなが参加するのですよ」
「……あ?」
「わ、私たちも仮装して参加すべきだと思いませんか……!?」
ジェイルは舌打ちした。ぐいぐいと寄ってくるルカの額を、こんと頭突く。
「あいたっ」
「そんなバカみたいな行事に参加してられるか。おまえが何を言おうが俺の考えは変わらん」
今度はジェイルがルカを押し返す番だった。自分の寝台に片手でルカを押さえつけ、一緒にふとんをかぶってしまう。
「明日の朝には出発する。早く寝ないと食っちまうぞ」
「いやぁっ、やんっ、だめっ」
せまい布団の中で耳に噛みつかれてルカはもがいた。こんなに嫌がっているのに、ジェイルは嬉しそうに「何がダメだ」と、ねっとりと囁いた。
「おまえの考えは読めているぞ修道士。どうせこの町の聖堂に留まりたいんだろう。ガキどもに慕われて、一銭の得にもならんのに病人の世話を焼いてやがる。ふざけやがって」
なんでそんなことを怒るんだろうとルカは半泣きで思った。ルカは修道士だ。司祭という上級職に任じられこそしたが、修道士は修道士。女神の力を受け、ひとびとに仕えるのが天命である。
薬学の心得もある。医師にかかることのできない貧しいひとびとの役に立つことの何がいけないのだろう。
だが、ジェイルは鋭く囁いた。
「タジボルグ帝国に行くんじゃなかったのか。くそったれの政治のために身動きとれない姉のために、センリョクのなんたらを取り返すのは、もうやめか」
「……っ」
「おまえがその気なら、俺はかまわん」
ジェイルは、ルカの首筋に強く吸いついた。そうしないとすぐに消えてしまうので、痛いほどきつく吸うのだ。
「王家の使命だのなんだの面倒なことは忘れて、とっとと俺のものになってしまえ」
ルカのいくらか伸びた後ろ髪をかきあげ、うなじを噛む。
「あぁっ」
両手を頭の上でおさえられたルカは、ジェイルにのしかかられて喘いだ。シャクトリムシのように掲げた腰に、ジェイルの股ぐらをぐりっと押しつけられる。
そこは、ゆるやかに勃起していた。ジェイルは荒い息をつきながら「貧民窟にいたおかげで、俺はおまえより猫の鳴き声に詳しい」と言った。ぐりぐりと腰を擦りつけるのもやめない。
「ほら、鳴いてみろよ……どれくらい似てるか試験してやる……」
「やぁんん……」
「あぁ? 聞こえねえんだよ、妖精みたいな声しやがって! もっと腹から声だせッ」
「いやぁっ、んやぁんん……!」
ジェイルのほうこそ猫のようだ、とルカは思った。ルカに組み付きながら、石臼をひくように喉を鳴らしているのだ。いったい何がきっかけで気高い騎士がこんなに発情してしまったのか、ルカには見当もつかない。
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