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Ⅶ 祈り
11.忌み子と騎士のいるところ
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愛されすぎてくたくたになったルカに、ジェイルは「寝てろ」と言い置いて部屋を出て行った。
どこへ、と尋ねる気力もルカにはなかった。
ジェイルの大きな性器を何度も受け入れて、内腿がまだぷるぷると震えている。だが、ひと眠りすれば、この愛された証もまたすぐに消え失せてしまうだろう。そう思うと、この痛みと疲れが、ルカには愛おしく思える。
夜だった。考えなければならないことは、いくらでもあった。
ルカは寝床を這い、ジェイルが置いていった荷物を確かめた。
布袋を逆さにすると、中身が白いシーツの上に散らばる。ロウソクの灯りに照らされたものを、ルカはひとつひとつ手で確かめた。地図や水筒、衣類などはジェイルが用意してくれたもののようだ。
ルカは小さな身分証に目を留めた。表に女神の横顔が描かれた板で、裏にルカの司祭としての身分と、保証人の名が記されている。ナタリアの筆跡だった。
「寝てろと言っているのに」
「ひゃっ」
帰ってきたジェイルは、手にした紙袋をずどんとルカの頭に落とした。袋の口から、干した果物や携行食がごろごろと落ちてくる。買い出しに行ってきたようだ。
ルカが板を手にしているのを見ると舌打ちした。
「それを持って宣教して回るのが一応の名目らしい。女王の裏書きがあればどこでも行けるからな……」
「タジボルグ帝国へも?」
「道次第だ」
ジェイルは端的に答えた。
「ギルダはおまえを気に入ったようだからイグナス領は通れるだろう、だが、俺の古巣であることをコパは知っているし、何か手を打って来るかもしれん。あの男はルカ様を手下に置きたいようだから」
シーツに広げられた地図を、ルカは見下ろした。定期的に修道院を移動されていたが、移動手段はすべて馬車で、周辺地域の様子をうかがい知ることは難しかった。
「……この海は、渡れるのですか」
ルカのなぞった人差し指の跡を、ジェイルは「渡れるとしたら、こっちだ。秘密裡に貿易をしているとかいう話を聞いたことがある」となぞり直した。
ジェイルは政治や宗教に疎い代わりに、地理に詳しかった。旅慣れているのはテイスティスが生きていた頃、騎士団の使節としてあちこち走り回らされたせいらしい。
「すべての領地へ行ったことがあるのですか?」
「通ったことがあるだけの場所もある。聖堂だの修道院だのはよく知らん」
「ここは?」
「行った」
「こっちは?」
「確か行った……と思う」
「すごい」
北端から南端まで行ったことのあるジェイルに、ルカは感嘆の声を漏らした。立て膝に肘をついたジェイルは、ぼんやりした目でルカを見つめた。
「……おまえはどこか、行きたいところがあるのか」
「えっ」
「行きたいところがあるなら、俺が連れて行ってやってもいい」
それはもちろん鮮緑の雷筒を奪取し、ナタリアの元へ馳せ参じるためにも、タジボルグ帝国の内に入らなければならないのだが、ジェイルの言い方は、どことなく意図が違うように感じた。
ルカの手の下で、地図がくしゃっと音を立てた。
「……ジェイル様」
「なんだよ」
「女神様は死んだ後、私たちにおうちをくださるのですよ」
「はあ?」
女神は生前の仕事の量と出来を考慮して、死者の住処を定める。その話を、ジェイルは「与太話だ」と、決めつけて怒った。
「死者はどんどん増えているし、中にはテイスティスみたいにでかいやつもいる。テントに押し込むにしても土地が足りるわけがない。馬鹿かおまえは」
ルカが笑うと、彼はますます怒った。ルカは地図をわきに避けて、ジェイルに体を寄せた。
食べ物や衣類の散らかったシーツで裸のままジェイルに抱きつくのは、あまりにも贅沢だった。ジェイルは温かくて、優しい匂いがする。ルカはその温もりに、いつか自分にも掴めるかもしれない、果てしなく続く夢を見た
「でも、もし本当なら、この世のすべての仕事が済んだあと……私と一緒に住んでくれますか? ジェイルさま」
ジェイルは押し黙った。ややあって「馬鹿馬鹿しい」と笑う。
「そんな先のことは知らん。死んだら人間はそこで終わりだ」
「なぜわかるのですか。私たちは、まだ死んだことがないはずです」
「うるさい。その口黙らせてやる」
唇をふさがれたルカはやり返した。ジェイルの首に抱き着き、体重をかけてしまう。
あっさりと押し倒されたジェイルは笑っていた、ルカの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて「そこに死んだ連中が全員たむろしてるって言うのか」と、可笑しそうに言う。
「ええ、もちろん」
「ふん。それじゃ俺はテイスティスに堂々と文句が言えるというわけだ。俺にあんな無茶をさせやがって」
「ジェイル様、そんな……」
「妹も、」
その時、ジェイルはルカの肩に顔を埋めていた。ルカは深呼吸して、もう一度ジェイルを強く強く抱きしめた。自分のいるところは、ジェイルのいるところだと思った。
小さな蝋燭の灯りが、優しく揺れながらふたりを包み込んでいた。
(おわり)
どこへ、と尋ねる気力もルカにはなかった。
ジェイルの大きな性器を何度も受け入れて、内腿がまだぷるぷると震えている。だが、ひと眠りすれば、この愛された証もまたすぐに消え失せてしまうだろう。そう思うと、この痛みと疲れが、ルカには愛おしく思える。
夜だった。考えなければならないことは、いくらでもあった。
ルカは寝床を這い、ジェイルが置いていった荷物を確かめた。
布袋を逆さにすると、中身が白いシーツの上に散らばる。ロウソクの灯りに照らされたものを、ルカはひとつひとつ手で確かめた。地図や水筒、衣類などはジェイルが用意してくれたもののようだ。
ルカは小さな身分証に目を留めた。表に女神の横顔が描かれた板で、裏にルカの司祭としての身分と、保証人の名が記されている。ナタリアの筆跡だった。
「寝てろと言っているのに」
「ひゃっ」
帰ってきたジェイルは、手にした紙袋をずどんとルカの頭に落とした。袋の口から、干した果物や携行食がごろごろと落ちてくる。買い出しに行ってきたようだ。
ルカが板を手にしているのを見ると舌打ちした。
「それを持って宣教して回るのが一応の名目らしい。女王の裏書きがあればどこでも行けるからな……」
「タジボルグ帝国へも?」
「道次第だ」
ジェイルは端的に答えた。
「ギルダはおまえを気に入ったようだからイグナス領は通れるだろう、だが、俺の古巣であることをコパは知っているし、何か手を打って来るかもしれん。あの男はルカ様を手下に置きたいようだから」
シーツに広げられた地図を、ルカは見下ろした。定期的に修道院を移動されていたが、移動手段はすべて馬車で、周辺地域の様子をうかがい知ることは難しかった。
「……この海は、渡れるのですか」
ルカのなぞった人差し指の跡を、ジェイルは「渡れるとしたら、こっちだ。秘密裡に貿易をしているとかいう話を聞いたことがある」となぞり直した。
ジェイルは政治や宗教に疎い代わりに、地理に詳しかった。旅慣れているのはテイスティスが生きていた頃、騎士団の使節としてあちこち走り回らされたせいらしい。
「すべての領地へ行ったことがあるのですか?」
「通ったことがあるだけの場所もある。聖堂だの修道院だのはよく知らん」
「ここは?」
「行った」
「こっちは?」
「確か行った……と思う」
「すごい」
北端から南端まで行ったことのあるジェイルに、ルカは感嘆の声を漏らした。立て膝に肘をついたジェイルは、ぼんやりした目でルカを見つめた。
「……おまえはどこか、行きたいところがあるのか」
「えっ」
「行きたいところがあるなら、俺が連れて行ってやってもいい」
それはもちろん鮮緑の雷筒を奪取し、ナタリアの元へ馳せ参じるためにも、タジボルグ帝国の内に入らなければならないのだが、ジェイルの言い方は、どことなく意図が違うように感じた。
ルカの手の下で、地図がくしゃっと音を立てた。
「……ジェイル様」
「なんだよ」
「女神様は死んだ後、私たちにおうちをくださるのですよ」
「はあ?」
女神は生前の仕事の量と出来を考慮して、死者の住処を定める。その話を、ジェイルは「与太話だ」と、決めつけて怒った。
「死者はどんどん増えているし、中にはテイスティスみたいにでかいやつもいる。テントに押し込むにしても土地が足りるわけがない。馬鹿かおまえは」
ルカが笑うと、彼はますます怒った。ルカは地図をわきに避けて、ジェイルに体を寄せた。
食べ物や衣類の散らかったシーツで裸のままジェイルに抱きつくのは、あまりにも贅沢だった。ジェイルは温かくて、優しい匂いがする。ルカはその温もりに、いつか自分にも掴めるかもしれない、果てしなく続く夢を見た
「でも、もし本当なら、この世のすべての仕事が済んだあと……私と一緒に住んでくれますか? ジェイルさま」
ジェイルは押し黙った。ややあって「馬鹿馬鹿しい」と笑う。
「そんな先のことは知らん。死んだら人間はそこで終わりだ」
「なぜわかるのですか。私たちは、まだ死んだことがないはずです」
「うるさい。その口黙らせてやる」
唇をふさがれたルカはやり返した。ジェイルの首に抱き着き、体重をかけてしまう。
あっさりと押し倒されたジェイルは笑っていた、ルカの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて「そこに死んだ連中が全員たむろしてるって言うのか」と、可笑しそうに言う。
「ええ、もちろん」
「ふん。それじゃ俺はテイスティスに堂々と文句が言えるというわけだ。俺にあんな無茶をさせやがって」
「ジェイル様、そんな……」
「妹も、」
その時、ジェイルはルカの肩に顔を埋めていた。ルカは深呼吸して、もう一度ジェイルを強く強く抱きしめた。自分のいるところは、ジェイルのいるところだと思った。
小さな蝋燭の灯りが、優しく揺れながらふたりを包み込んでいた。
(おわり)
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