忌み子と騎士のいるところ

春Q

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Ⅶ 祈り

4.極光

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 それから戴冠式の日まで、ルカはジェイルと会わずに過ごした。

 祭祀の支度に忙しかったからだ。急ごしらえの司祭であるルカには、知識と経験があまりにも不足していた。

 前提となる知識を得るために、ルカはほかの司祭職に教えを乞い、また大聖堂の図書室に引きこもって種々のしきたりを読み解いた。

 司祭に課された仕事は膨大だった。

 ただナタリアの頭に王冠を載せれば済むというものではない。新王にふさわしい国土を清めるため、戴冠式専用の聖なる歌を覚え、聖具を扱い、香の調合までしなければならないのである。

 戴冠式でのルカの立ち居振る舞いに、聖都の威光がかかっているのだ。

 大司祭は厳しくルカの成果を試験し、必要な水準を満たしていなければ容赦なくやり直しを命じた。心折れそうになってもルカは挑戦し続け、ついにやり遂げた。

 聖都全体に満ち溢れる祝祭の活気が、ルカにそれをさせた。

 各領から招かれた来賓の列に、城下の者たちが上げる喜びの声は、大聖堂にも届く。

 行商や旅芸人の姿は日に日に増え、目抜き通りを色とりどりの露店が埋め尽くした。治安維持のために巡回する白い騎士たちの威容は、城下の人々に新しい女王への尊崇の念を芽生えさせた。

 少なくとも、帝国の脅威を、戦を知らない聖都の民は、心からナタリアの即位を寿いでいるかに見えた。

 戴冠式は青空の下、女神アルカディアの巨大な立像の足元で行われる。

 その直前、ルカは、大聖堂の一角でほかの司祭職とともに物品の最終確認にあたっていた。

 複数の聖水に教典、何よりも聖具、すべてを万全に整えておかなければならない。

 成人の儀の時のように、裾に足をとられて転ぶような失態を犯したら、それはナタリア女王の恥となる。

 白い司祭服の袖に予備の聖水を仕込んでいる時、ルカは背後から呼ばれた。

「は、はい! ……えっ」

 ふりむいたルカは、息を呑んだ。女神がそこにいたからだ。

 純白のドレスに身を包んだ、青い瞳の女神――それは、ナタリアだった。

 ルカは挨拶よりも先に跪いてしまった。結い上げた髪も、白い肌も、何もかもが眩しく、とても顔を上げられない。ナタリアは腰に片手を当てて「おや、まあ」と言った。

「ルカ。このわたくしに対して、何か言うべきことがあるのではなくて?」

「あ……えっと、あの、ナタリア王女殿下におかれましては、ご機嫌うるわしゅうございます……」

 ナタリアは無言を返した。頭上から落雷のごとく降る威圧に、ルカは震えた。

 だが、ナタリアは「楽になさい」とルカを許した。

「そして、しっかりと立ち、わたくしの尊顔を拝するのです。どうですか。まだ何も言わないのですか」

 ルカはハッとした。なんということだろう。ナタリアはルカからの賛美を待っているのだ。

「……素敵です、ナタリア様。私は女神さまが目の前におられるのかと思いました」

「それから?」

「ま、まばゆいほどの美しさで、私などがお顔を見るのがもったいないほどです。民もきっとナタリア様の美貌に胸をときめかせることでしょう」

「ふうん、そう。おまえの気持ちはよくわかりました」

 ほっとしたのもつかの間、次の瞬間、周囲の者たちがどよめいた。

「次はわたくしの番」

 ナタリアはそう言って、ルカに抱きついていた。

「!?」

 ルカは驚いて、そして胴を締め付けてくるナタリアの力が思った以上に強くて、声も出せなかった。

 離れなければ。

 そうルカは思ったが、ナタリアはこの国の最高権力者だ。この場にいる誰も彼女を止めることができない。

 ルカの耳元で、ナタリアの唇が動いた。

「……えっ」

 抱きついた時の勢いとは真逆に、ナタリアはゆっくりとルカの体から腕を離した。

 自分の頬に手の甲を当てて高笑いする。

「ルカ、おまえはこのわたくしの祝福を受けたのです。一生の誇りにするがいいわ」

 周囲の聖職者たちはナタリアの言動を、ルカの緊張を解く戯れだと思ったらしかった。

「さすがナタリア様だ」

「生きた女神様だ。あの方は忌み子を恐れずに祝福する」

 驚きの声を漏らす者たちは、両手を打ち鳴らしさえした。

 ありがたきしあわせ、とルカは即座に返すべきだった。だが、舌が凍ってしまって動かない。

 供を引き連れたナタリアはドレスの裾をなびかせて行ってしまう。

 次に会うのは女神像の足元だ。儀式が始まれば、もう話すことはできない。

 引き止めなければならない。冷や汗をかく全身が、そう訴えている。

『これから先、今より男の子らしくならないで』

 ナタリアの囁きは、祝福どころか、不吉な予言のようだった。

『鏡の中に、おまえの面影を探すのが私の数少ない楽しみなのです。奪わないで頂戴』

 なぜ、そんな別れの挨拶じみたことを言うのか。ルカは恐ろしい予感に立ち尽くした。
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