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Ⅵ 決意
1.捕獲
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本当の別れ際、騎士たちはいつかテイスティスがそうしたようにルカの頭を撫でた。
ジェイルは渋い顔をしたが、ルカは受け入れた。彼らの中にテイスティスの志は生きている。そう思うと、口の中に罪の味が広がる気がした。
宿に行く途中、ルカはジェイルに頼んで、聖堂へ連れて行ってもらった。
町の中で白い騎士と修道士の姿は目立ったが、ギルダの客であることは知れているらしい。二人は感情の読めないまなざしを向けられるだけだった。
聖堂に着いたルカは、女神像に手を組んで熱心に祈りを捧げる。
中までついて来たジェイルはうさんくさそうに聖堂の飾り硝子を見ていた。
「アレの何が有難いんだ?」
聖堂を出てから、ジェイルは単刀直入に尋ねた。ルカは頭巾の下から笑みをこぼした。
「女神様はどんな罪びとの言葉にも耳を傾けてくださるのですよ。ジェイル様」
「別に……壁だって話を聞くくらい嫌がらないだろう」
壁に向かって話しかけるのと同じだと言いたいらしい。ルカはどう説明したものかわからなかった。
教えにあるような抽象的な文言は通じないだろう。ジェイルは非常に合理的な考え方をする男なのだ。
「ええと、ジェイル様、つまり……」
「いや、いいんだ。別に責めているわけじゃない。恐らく意味はあるのだろうし」
入れ替わりに聖堂へ入っていく家族連れを、ジェイルは振り向いていた。
かすかに息をつめたのは、そこに幼い兄妹の姿があったからだろうか。
外はすでに暗くなりかかっていた。ジェイルは歩幅を合わせて歩いてくれていた。薄闇のなかで、ルカはギルダに託された四角鞄を両手に握り直した。ジェイルを見上げる。
「ジェイル様」
「うん?」
当たり前に返される相槌と包み込むような眼差しが、ルカは嬉しかった。
もうこれだけで、十分すぎると思うほどに。
「私はもう、あなたと一緒にはいられません」
「……あぁ?」
「大丈夫です。ギルダ様もあなたを憎みたくて憎んでいるのではない。騎士団の皆さんも理解してくれています。誰もあなたにひどいことをしないよう、私も口添えしますから……漆黒の騎士団に戻ってください」
「おい、何を言ってる」
「あっ、いっ今すぐ私の護衛から解放して差し上げられるわけではないのですが……」
ジェイルの声が怖い。ルカは思わず顔を伏せた。
「明日は馬を借りて、隊長の待つ村まで一緒に戻りましょう。そこで別れて、ジェイル様はまた、イグナス領に」
「おい」
肩を掴まれ、ルカはよろめいた。
「ギルダと何を話した」
ジェイルは確信を突いてきた。
「その荷物はなんだ」
四角鞄を胸に抱いたルカに、ジェイルはため息をついた。
「あからさまなんだよ、色々と……俺のことを遠ざけて一人でどうするつもりだ」
「一人ではありません。私には女神様が共にいてくださいます」
「存在しない女の話をするな」
「その言い方は、罰当たりです……」
「そうか、悪いな。知らない女におまえを取られると思うと頭に来て仕方ない」
「あなたは」
ルカは息を吸い込み、勢いよく吐き出した。
「私のような化け物と一緒にいるべきじゃない……」
初めから、わかりきっていたことだ。ルカの存在はジェイルの身を危険に晒す。冬麗の戦は、その答え合わせだ。ルカは無傷でジェイルは嫌というほど傷ついた。彼から騎士団という居場所さえ奪ったのは、ルカだ。
ジェイルは、ハーッとため息をついた。
軽くかがんだかと思うと、ルカの脇に手を入れて肩へ抱え上げてしまう。
「なっ何をするのです。おろしてください。放して……!」
「お断りだ。ルカ様」
ジェイルはわざとらしく敬称を強調した。
「俺をいらんと言うなら、もう騎士らしく振舞わなくていいわけだ。洗いざらい吐かせてやる」
「嫌です、やめてくださいっ」
「ははは、イキがいい修道士だなあ。ふざけやがって」
足をじたばたさせても、ジェイルの腕力には敵わない。ルカは涙ぐんだ。
これも女神が忌み子に課した罰なのだろうか。そう思うと、抵抗することも無意味に思えてくる。
大人しくなったルカを、ジェイルは舌打ちして抱えなおした。
ジェイルは渋い顔をしたが、ルカは受け入れた。彼らの中にテイスティスの志は生きている。そう思うと、口の中に罪の味が広がる気がした。
宿に行く途中、ルカはジェイルに頼んで、聖堂へ連れて行ってもらった。
町の中で白い騎士と修道士の姿は目立ったが、ギルダの客であることは知れているらしい。二人は感情の読めないまなざしを向けられるだけだった。
聖堂に着いたルカは、女神像に手を組んで熱心に祈りを捧げる。
中までついて来たジェイルはうさんくさそうに聖堂の飾り硝子を見ていた。
「アレの何が有難いんだ?」
聖堂を出てから、ジェイルは単刀直入に尋ねた。ルカは頭巾の下から笑みをこぼした。
「女神様はどんな罪びとの言葉にも耳を傾けてくださるのですよ。ジェイル様」
「別に……壁だって話を聞くくらい嫌がらないだろう」
壁に向かって話しかけるのと同じだと言いたいらしい。ルカはどう説明したものかわからなかった。
教えにあるような抽象的な文言は通じないだろう。ジェイルは非常に合理的な考え方をする男なのだ。
「ええと、ジェイル様、つまり……」
「いや、いいんだ。別に責めているわけじゃない。恐らく意味はあるのだろうし」
入れ替わりに聖堂へ入っていく家族連れを、ジェイルは振り向いていた。
かすかに息をつめたのは、そこに幼い兄妹の姿があったからだろうか。
外はすでに暗くなりかかっていた。ジェイルは歩幅を合わせて歩いてくれていた。薄闇のなかで、ルカはギルダに託された四角鞄を両手に握り直した。ジェイルを見上げる。
「ジェイル様」
「うん?」
当たり前に返される相槌と包み込むような眼差しが、ルカは嬉しかった。
もうこれだけで、十分すぎると思うほどに。
「私はもう、あなたと一緒にはいられません」
「……あぁ?」
「大丈夫です。ギルダ様もあなたを憎みたくて憎んでいるのではない。騎士団の皆さんも理解してくれています。誰もあなたにひどいことをしないよう、私も口添えしますから……漆黒の騎士団に戻ってください」
「おい、何を言ってる」
「あっ、いっ今すぐ私の護衛から解放して差し上げられるわけではないのですが……」
ジェイルの声が怖い。ルカは思わず顔を伏せた。
「明日は馬を借りて、隊長の待つ村まで一緒に戻りましょう。そこで別れて、ジェイル様はまた、イグナス領に」
「おい」
肩を掴まれ、ルカはよろめいた。
「ギルダと何を話した」
ジェイルは確信を突いてきた。
「その荷物はなんだ」
四角鞄を胸に抱いたルカに、ジェイルはため息をついた。
「あからさまなんだよ、色々と……俺のことを遠ざけて一人でどうするつもりだ」
「一人ではありません。私には女神様が共にいてくださいます」
「存在しない女の話をするな」
「その言い方は、罰当たりです……」
「そうか、悪いな。知らない女におまえを取られると思うと頭に来て仕方ない」
「あなたは」
ルカは息を吸い込み、勢いよく吐き出した。
「私のような化け物と一緒にいるべきじゃない……」
初めから、わかりきっていたことだ。ルカの存在はジェイルの身を危険に晒す。冬麗の戦は、その答え合わせだ。ルカは無傷でジェイルは嫌というほど傷ついた。彼から騎士団という居場所さえ奪ったのは、ルカだ。
ジェイルは、ハーッとため息をついた。
軽くかがんだかと思うと、ルカの脇に手を入れて肩へ抱え上げてしまう。
「なっ何をするのです。おろしてください。放して……!」
「お断りだ。ルカ様」
ジェイルはわざとらしく敬称を強調した。
「俺をいらんと言うなら、もう騎士らしく振舞わなくていいわけだ。洗いざらい吐かせてやる」
「嫌です、やめてくださいっ」
「ははは、イキがいい修道士だなあ。ふざけやがって」
足をじたばたさせても、ジェイルの腕力には敵わない。ルカは涙ぐんだ。
これも女神が忌み子に課した罰なのだろうか。そう思うと、抵抗することも無意味に思えてくる。
大人しくなったルカを、ジェイルは舌打ちして抱えなおした。
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