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Ⅴ イグナス領
8.毒虫
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耳を疑うような報告は、事実だった。
丘を降りてすぐ、騎士団の練兵場だ。
「ああ、なんて馬鹿なことを」
ギルダは眼前に広がる光景に、秀でた額を押さえていた。
白い大地で、ベアシュとジェイルはすでに打ち合っていた。
「ああっ、修道士ちゃんだ」
果し合いを見守る騎士たちの中に、ルカは懐かしい顔ぶれを見つけた。
冬麗の戦を生き残った者たちだ。ルカは駆け寄った。
「皆さん、よくご無事で……!」
「こっちのセリフだ。戦地を引き揚げる時もずっと目を覚まさなかったから……」
勝負を注視する騎士たちがどよめいた。
ベアシュは剣、ジェイルは槍を使う。鎧なしの、まさに真剣勝負だった。
力量差は歴然としている。
ベアシュはほとんど弄ばれるかのように突きを受け、かわすことしかできていない。
「一言『参った』と言えば終わりだ。だが、テイスティスの仇をとるために勝負を挑んだベアシュが負けを認めるとは思えない」
冬麗の戦帰りの騎士たちは、みな無傷ではなかった。義足を使う者、眼帯を付けた者、みな様々だが、亡き団長の一人息子を、祈るように見守っているのは同じだった。
「ベアシュが負けを認めなければ、ジェイルは止めを刺すしかない。騎士の果し合いとはそういうものだから」
ギルダは眦を吊り上げていた。
「受けるほうも馬鹿です! 子供相手に大人げない真似をして、なぜこれ以上自分の名を貶めようとするのか……」
義足の騎士が、ちらっとルカを見た。
「ベアシュが忌み子を侮辱したのです」
ルカは心臓を握りしめられた心地がした。
「親衛隊から話を聞き出したようです。不幸を招く忌み子のせいで団長は死んだと騒ぎ、他にも汚い言葉で挑発していました」
また自分のせいで人が傷つく。ルカはぞっとした。騎士たちを搔きわけて前へ出る。
「おやめください、二人とも……!」
「修道士は下がってろ」
ジェイルの声は地を這うように低かった。その槍で容赦なくベアシュの剣を薙ぎ払う。吹っ飛んだベアシュは背中から雪へ落ちた。痛そうで、ルカは見ていられなかった。
「ジェイル様、こんなことは誰も望んでいません。ギルダ様も、テイスティス様も」
「ベアシュの気持ちはどうなる」
ジェイルは槍を下げてルカを向いた。槍を振るう熱で顔の傷が赤みを帯びていた。
「あいつの父を殺したのは俺だ。俺がケリをつけなければ、ベアシュは帰って来ないテイスティスの影をいつまでも追うことになる」
「違う、違います! あなたは悪くない」
「あぁ?」
「私のせいです。あの日の犠牲すべてが」
ベアシュは正しい。不幸を招く忌み子が、テイスティスを殺したのだ。
精霊銃は傷つかないルカを殺すための兵器だった。冬麗の戦はそのための舞台で、テイスティスや、多くの死傷者は、ルカのために巻き添えになったに過ぎない。
ルカは大きな思い違いをしていた。
アドルファス王にとって、ルカは放置してよいただの虫ではない。駆除すべき毒虫だった。
唇をかみしめたルカに、ジェイルは眉根を寄せる。ルカは、彼の背にベアシュが迫るのを見た。
身のこなしの軽さは驚くほどだ。ルカが声を上げるのも間に合わない。
「もらった……ッ!!」
腰を落とし、雪を巻き上げて下方から剣先を払ったベアシュを、ジェイルはあっさりと躱した。
「アホが」
その脇腹を槍の柄で鋭く衝く。
ベアシュは白目を剥いて雪を転がった。
ジェイルは嘲った。
「背後から隙を突けば勝てると思ったか? テイスティスの実子が、騎士の礼儀も知らんとは」
ベアシュは怒号を上げて立ち上がった。
剣を捨て、ジェイルに体当たりしてくる。ジェイルは片手で掴んで投げた。
ベアシュは起きて組み付く。ジェイルが投げ飛ばす。
子供の喧嘩じみた、ひどい勝負だった。
泣きじゃくって飛びかかったベアシュは、とうとう小さな拳を振るってポカポカとジェイルを殴り始めた。だが、それさえ投げ飛ばされる。ベアシュはとうとう倒れ伏した。
ジェイルが槍を手に、ゆっくりとベアシュへ向かっていく。ベアシュはつぶやいた。
「こんなに強くても、ダメだったのか?」
ジェイルは「ああ」とうなずいた。
ベアシュはか細い声で言った。
「俺が一緒に戦っても、ダメだったろうか」
「……ああ。たぶんな」
ジェイルは槍を握り締めて言った。
「だから、ベアシュ。おまえ自身が強くならなければ、大事なものは、なにも守れない」
その声は、ルカの耳にも届いていた。
丘を降りてすぐ、騎士団の練兵場だ。
「ああ、なんて馬鹿なことを」
ギルダは眼前に広がる光景に、秀でた額を押さえていた。
白い大地で、ベアシュとジェイルはすでに打ち合っていた。
「ああっ、修道士ちゃんだ」
果し合いを見守る騎士たちの中に、ルカは懐かしい顔ぶれを見つけた。
冬麗の戦を生き残った者たちだ。ルカは駆け寄った。
「皆さん、よくご無事で……!」
「こっちのセリフだ。戦地を引き揚げる時もずっと目を覚まさなかったから……」
勝負を注視する騎士たちがどよめいた。
ベアシュは剣、ジェイルは槍を使う。鎧なしの、まさに真剣勝負だった。
力量差は歴然としている。
ベアシュはほとんど弄ばれるかのように突きを受け、かわすことしかできていない。
「一言『参った』と言えば終わりだ。だが、テイスティスの仇をとるために勝負を挑んだベアシュが負けを認めるとは思えない」
冬麗の戦帰りの騎士たちは、みな無傷ではなかった。義足を使う者、眼帯を付けた者、みな様々だが、亡き団長の一人息子を、祈るように見守っているのは同じだった。
「ベアシュが負けを認めなければ、ジェイルは止めを刺すしかない。騎士の果し合いとはそういうものだから」
ギルダは眦を吊り上げていた。
「受けるほうも馬鹿です! 子供相手に大人げない真似をして、なぜこれ以上自分の名を貶めようとするのか……」
義足の騎士が、ちらっとルカを見た。
「ベアシュが忌み子を侮辱したのです」
ルカは心臓を握りしめられた心地がした。
「親衛隊から話を聞き出したようです。不幸を招く忌み子のせいで団長は死んだと騒ぎ、他にも汚い言葉で挑発していました」
また自分のせいで人が傷つく。ルカはぞっとした。騎士たちを搔きわけて前へ出る。
「おやめください、二人とも……!」
「修道士は下がってろ」
ジェイルの声は地を這うように低かった。その槍で容赦なくベアシュの剣を薙ぎ払う。吹っ飛んだベアシュは背中から雪へ落ちた。痛そうで、ルカは見ていられなかった。
「ジェイル様、こんなことは誰も望んでいません。ギルダ様も、テイスティス様も」
「ベアシュの気持ちはどうなる」
ジェイルは槍を下げてルカを向いた。槍を振るう熱で顔の傷が赤みを帯びていた。
「あいつの父を殺したのは俺だ。俺がケリをつけなければ、ベアシュは帰って来ないテイスティスの影をいつまでも追うことになる」
「違う、違います! あなたは悪くない」
「あぁ?」
「私のせいです。あの日の犠牲すべてが」
ベアシュは正しい。不幸を招く忌み子が、テイスティスを殺したのだ。
精霊銃は傷つかないルカを殺すための兵器だった。冬麗の戦はそのための舞台で、テイスティスや、多くの死傷者は、ルカのために巻き添えになったに過ぎない。
ルカは大きな思い違いをしていた。
アドルファス王にとって、ルカは放置してよいただの虫ではない。駆除すべき毒虫だった。
唇をかみしめたルカに、ジェイルは眉根を寄せる。ルカは、彼の背にベアシュが迫るのを見た。
身のこなしの軽さは驚くほどだ。ルカが声を上げるのも間に合わない。
「もらった……ッ!!」
腰を落とし、雪を巻き上げて下方から剣先を払ったベアシュを、ジェイルはあっさりと躱した。
「アホが」
その脇腹を槍の柄で鋭く衝く。
ベアシュは白目を剥いて雪を転がった。
ジェイルは嘲った。
「背後から隙を突けば勝てると思ったか? テイスティスの実子が、騎士の礼儀も知らんとは」
ベアシュは怒号を上げて立ち上がった。
剣を捨て、ジェイルに体当たりしてくる。ジェイルは片手で掴んで投げた。
ベアシュは起きて組み付く。ジェイルが投げ飛ばす。
子供の喧嘩じみた、ひどい勝負だった。
泣きじゃくって飛びかかったベアシュは、とうとう小さな拳を振るってポカポカとジェイルを殴り始めた。だが、それさえ投げ飛ばされる。ベアシュはとうとう倒れ伏した。
ジェイルが槍を手に、ゆっくりとベアシュへ向かっていく。ベアシュはつぶやいた。
「こんなに強くても、ダメだったのか?」
ジェイルは「ああ」とうなずいた。
ベアシュはか細い声で言った。
「俺が一緒に戦っても、ダメだったろうか」
「……ああ。たぶんな」
ジェイルは槍を握り締めて言った。
「だから、ベアシュ。おまえ自身が強くならなければ、大事なものは、なにも守れない」
その声は、ルカの耳にも届いていた。
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