28 / 138
Ⅴ イグナス領
1.ベアシュ
しおりを挟む
「あ……おはようございます」
差し込む朝日の中で、ルカは裸の胸にジェイルを抱きしめていた。ジェイルは眠そうにルカのうなじを触った。そこにあった髪を惜しむ手つきに、ルカは胸が苦しくなる。
寝起きの彼の声はかすれていた。
「夢かと思った」
「……夢の方が、よかったですか?」
「いや、よかった。現実で。また、生きているおまえを抱ける……」
「あっ。だめ……もう、明るいでしょう?」
首を振ると、まだ夜とでも言いたげに手で視界を覆われて、ルカは笑ってしまった。
少し時間をかけて身支度を整えた二人は、水車小屋を綺麗にした。シーツを洗濯し、藁を風に当てて軽く換気をする。新しいシーツと交換して、ざっと掃除をすると、使う前より綺麗になった。
ルカの体にも、情事の痕跡は残らない。ジェイルが唇の痕をつけた背中や胸や内腿は、白く戻っていた。残るのは記憶と、胸の奥の熱っぽさだけだ。ジェイルと言葉を交わすだけで、その熱の塊が切なくうずくのだった。
水車小屋を出て、見習い騎士の様子を見に行くと礼拝堂の前はなにやら騒がしかった。村人たちのざわめきの中心にいたのは、漆黒の甲冑に身を包んだ数人の騎士たちだった。
「いいから早く聖都の騎士を出せ!」
物々しい騎士たちの中で、その声は幼い少年のようにかん高かった。ルカは村人たちの肩の間に彼の姿を見ようとする。
背丈からしてまだ十歳ほどだろう。周りの騎士たちより一回り小さな黒い甲冑を纏っているのが、かえって子供らしく見える。
「俺はベアシュだ。名前を伝えれば、中にいる騎士はきっと俺に会いたがる」
「だから、なんの話だ」
話しているのはルカ達の知る隊長だった。
「俺は確かに聖都の騎士だが、おまえのような子供は知らない」
漆黒の騎士たちを引き連れた少年、ベアシュは地団太を踏んで怒った。
「あんたじゃ話にならない! いいから俺を中に入れてよ!」
「断る。ここは聖都シュテマに属する村の礼拝堂で、中にいるのは怪我人と修道女だけ。イグナス領が近いからと言って、漆黒の騎士団に大きな顔をされるいわれはない」
そう、彼らは漆黒の騎士団だった。ルカは隣にいるジェイルをそっと見上げた。純白の鎧を身に着けた彼は、行ってくるとでも言うようにルカのお尻をぽんと叩いた。
「テイスティスの子、ベアシュか」
兜を脱ぎ、人々の前へ出ていく。
「穢れた騎士のジェイルなら、ここにいる」
「おお、ジェイル! なんだその白い鎧は」
穢れた騎士の名に、人々はざわめいたが、ベアシュは気にしなかった。飛びつくようにジェイルに突進する。鎧と鎧同士がぶつかると、体の小さいほうが跳ね返される。
「あぁっ、ベアシュ様!」
兜までふっとぶ事態に周りの騎士が慌てて駆け寄るが、ベアシュは元気に飛び起きた。彼の顔を見たルカは、ああ、と息をついた。
焦げ茶色の髪、同じ色の丸い瞳。彼がテイスティスの縁者であることは明らかだった。
「なんで領地に戻って来ない。俺はあんな話に騙されないで、こいつらとおまえを探していたんだ。血の跡を見つけてこの村に来てみたら、聖都から騎士が来てるって言うじゃないか。やっぱりジェイルだった!」
「……ベアシュの親衛隊が雁首揃えて、振り回されているというわけか」
ジェイルのぼやきに、騎士たちは黒い鎧を気まずそうにがちゃつかせた。
ベアシュは満面の笑みで周囲を見回した。
「それで、父上はどこにいるのだ?」
空気が凍るのがわかった。人の輪の真ん中で鼻をふくらませるベアシュは、幼かった。
「とぼけるなよ。俺はちゃんとわかっているんだ。ジェイルがついていながら父上が死ぬわけがない。穢れた騎士なんて、酷い噂だ。ジェイルが、父上の首を切るなんて! ありえないことだ。そうだろう?」
ジェイルは沈黙した。
朝日が、礼拝堂を照らしていた。光り輝く女神像を背に立つベアシュは、迷子の子供のように目を潤ませていた。
「そうだと言ってくれないのか……?」
「ベアシュ、俺は、」
ジェイルの言葉は、ベアシュの金切り声に掻き消された。
「ジェイルをつかまえろ!」
ベアシュは自分の親衛隊に命令した。
「父上の仇だ。ふんじばって領地で吊る!」
差し込む朝日の中で、ルカは裸の胸にジェイルを抱きしめていた。ジェイルは眠そうにルカのうなじを触った。そこにあった髪を惜しむ手つきに、ルカは胸が苦しくなる。
寝起きの彼の声はかすれていた。
「夢かと思った」
「……夢の方が、よかったですか?」
「いや、よかった。現実で。また、生きているおまえを抱ける……」
「あっ。だめ……もう、明るいでしょう?」
首を振ると、まだ夜とでも言いたげに手で視界を覆われて、ルカは笑ってしまった。
少し時間をかけて身支度を整えた二人は、水車小屋を綺麗にした。シーツを洗濯し、藁を風に当てて軽く換気をする。新しいシーツと交換して、ざっと掃除をすると、使う前より綺麗になった。
ルカの体にも、情事の痕跡は残らない。ジェイルが唇の痕をつけた背中や胸や内腿は、白く戻っていた。残るのは記憶と、胸の奥の熱っぽさだけだ。ジェイルと言葉を交わすだけで、その熱の塊が切なくうずくのだった。
水車小屋を出て、見習い騎士の様子を見に行くと礼拝堂の前はなにやら騒がしかった。村人たちのざわめきの中心にいたのは、漆黒の甲冑に身を包んだ数人の騎士たちだった。
「いいから早く聖都の騎士を出せ!」
物々しい騎士たちの中で、その声は幼い少年のようにかん高かった。ルカは村人たちの肩の間に彼の姿を見ようとする。
背丈からしてまだ十歳ほどだろう。周りの騎士たちより一回り小さな黒い甲冑を纏っているのが、かえって子供らしく見える。
「俺はベアシュだ。名前を伝えれば、中にいる騎士はきっと俺に会いたがる」
「だから、なんの話だ」
話しているのはルカ達の知る隊長だった。
「俺は確かに聖都の騎士だが、おまえのような子供は知らない」
漆黒の騎士たちを引き連れた少年、ベアシュは地団太を踏んで怒った。
「あんたじゃ話にならない! いいから俺を中に入れてよ!」
「断る。ここは聖都シュテマに属する村の礼拝堂で、中にいるのは怪我人と修道女だけ。イグナス領が近いからと言って、漆黒の騎士団に大きな顔をされるいわれはない」
そう、彼らは漆黒の騎士団だった。ルカは隣にいるジェイルをそっと見上げた。純白の鎧を身に着けた彼は、行ってくるとでも言うようにルカのお尻をぽんと叩いた。
「テイスティスの子、ベアシュか」
兜を脱ぎ、人々の前へ出ていく。
「穢れた騎士のジェイルなら、ここにいる」
「おお、ジェイル! なんだその白い鎧は」
穢れた騎士の名に、人々はざわめいたが、ベアシュは気にしなかった。飛びつくようにジェイルに突進する。鎧と鎧同士がぶつかると、体の小さいほうが跳ね返される。
「あぁっ、ベアシュ様!」
兜までふっとぶ事態に周りの騎士が慌てて駆け寄るが、ベアシュは元気に飛び起きた。彼の顔を見たルカは、ああ、と息をついた。
焦げ茶色の髪、同じ色の丸い瞳。彼がテイスティスの縁者であることは明らかだった。
「なんで領地に戻って来ない。俺はあんな話に騙されないで、こいつらとおまえを探していたんだ。血の跡を見つけてこの村に来てみたら、聖都から騎士が来てるって言うじゃないか。やっぱりジェイルだった!」
「……ベアシュの親衛隊が雁首揃えて、振り回されているというわけか」
ジェイルのぼやきに、騎士たちは黒い鎧を気まずそうにがちゃつかせた。
ベアシュは満面の笑みで周囲を見回した。
「それで、父上はどこにいるのだ?」
空気が凍るのがわかった。人の輪の真ん中で鼻をふくらませるベアシュは、幼かった。
「とぼけるなよ。俺はちゃんとわかっているんだ。ジェイルがついていながら父上が死ぬわけがない。穢れた騎士なんて、酷い噂だ。ジェイルが、父上の首を切るなんて! ありえないことだ。そうだろう?」
ジェイルは沈黙した。
朝日が、礼拝堂を照らしていた。光り輝く女神像を背に立つベアシュは、迷子の子供のように目を潤ませていた。
「そうだと言ってくれないのか……?」
「ベアシュ、俺は、」
ジェイルの言葉は、ベアシュの金切り声に掻き消された。
「ジェイルをつかまえろ!」
ベアシュは自分の親衛隊に命令した。
「父上の仇だ。ふんじばって領地で吊る!」
26
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる