忌み子と騎士のいるところ

春Q

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Ⅴ イグナス領

1.ベアシュ

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「あ……おはようございます」

 差し込む朝日の中で、ルカは裸の胸にジェイルを抱きしめていた。ジェイルは眠そうにルカのうなじを触った。そこにあった髪を惜しむ手つきに、ルカは胸が苦しくなる。

 寝起きの彼の声はかすれていた。

「夢かと思った」

「……夢の方が、よかったですか?」

「いや、よかった。現実で。また、生きているおまえを抱ける……」

「あっ。だめ……もう、明るいでしょう?」

 首を振ると、まだ夜とでも言いたげに手で視界を覆われて、ルカは笑ってしまった。

 少し時間をかけて身支度を整えた二人は、水車小屋を綺麗にした。シーツを洗濯し、藁を風に当てて軽く換気をする。新しいシーツと交換して、ざっと掃除をすると、使う前より綺麗になった。

 ルカの体にも、情事の痕跡は残らない。ジェイルが唇の痕をつけた背中や胸や内腿は、白く戻っていた。残るのは記憶と、胸の奥の熱っぽさだけだ。ジェイルと言葉を交わすだけで、その熱の塊が切なくうずくのだった。

 水車小屋を出て、見習い騎士の様子を見に行くと礼拝堂の前はなにやら騒がしかった。村人たちのざわめきの中心にいたのは、漆黒の甲冑に身を包んだ数人の騎士たちだった。

「いいから早く聖都の騎士を出せ!」

 物々しい騎士たちの中で、その声は幼い少年のようにかん高かった。ルカは村人たちの肩の間に彼の姿を見ようとする。

 背丈からしてまだ十歳ほどだろう。周りの騎士たちより一回り小さな黒い甲冑を纏っているのが、かえって子供らしく見える。
「俺はベアシュだ。名前を伝えれば、中にいる騎士はきっと俺に会いたがる」

「だから、なんの話だ」

 話しているのはルカ達の知る隊長だった。

「俺は確かに聖都の騎士だが、おまえのような子供は知らない」

 漆黒の騎士たちを引き連れた少年、ベアシュは地団太を踏んで怒った。

「あんたじゃ話にならない! いいから俺を中に入れてよ!」

「断る。ここは聖都シュテマに属する村の礼拝堂で、中にいるのは怪我人と修道女だけ。イグナス領が近いからと言って、漆黒の騎士団に大きな顔をされるいわれはない」

 そう、彼らは漆黒の騎士団だった。ルカは隣にいるジェイルをそっと見上げた。純白の鎧を身に着けた彼は、行ってくるとでも言うようにルカのお尻をぽんと叩いた。

「テイスティスの子、ベアシュか」

 兜を脱ぎ、人々の前へ出ていく。

「穢れた騎士のジェイルなら、ここにいる」

「おお、ジェイル! なんだその白い鎧は」

 穢れた騎士の名に、人々はざわめいたが、ベアシュは気にしなかった。飛びつくようにジェイルに突進する。鎧と鎧同士がぶつかると、体の小さいほうが跳ね返される。

「あぁっ、ベアシュ様!」

 兜までふっとぶ事態に周りの騎士が慌てて駆け寄るが、ベアシュは元気に飛び起きた。彼の顔を見たルカは、ああ、と息をついた。

 焦げ茶色の髪、同じ色の丸い瞳。彼がテイスティスの縁者であることは明らかだった。

「なんで領地に戻って来ない。俺はあんな話に騙されないで、こいつらとおまえを探していたんだ。血の跡を見つけてこの村に来てみたら、聖都から騎士が来てるって言うじゃないか。やっぱりジェイルだった!」

「……ベアシュの親衛隊が雁首揃えて、振り回されているというわけか」

 ジェイルのぼやきに、騎士たちは黒い鎧を気まずそうにがちゃつかせた。

 ベアシュは満面の笑みで周囲を見回した。

「それで、父上はどこにいるのだ?」

 空気が凍るのがわかった。人の輪の真ん中で鼻をふくらませるベアシュは、幼かった。

「とぼけるなよ。俺はちゃんとわかっているんだ。ジェイルがついていながら父上が死ぬわけがない。穢れた騎士なんて、酷い噂だ。ジェイルが、父上の首を切るなんて! ありえないことだ。そうだろう?」

 ジェイルは沈黙した。

 朝日が、礼拝堂を照らしていた。光り輝く女神像を背に立つベアシュは、迷子の子供のように目を潤ませていた。

「そうだと言ってくれないのか……?」

「ベアシュ、俺は、」

 ジェイルの言葉は、ベアシュの金切り声に掻き消された。

「ジェイルをつかまえろ!」

 ベアシュは自分の親衛隊に命令した。

「父上の仇だ。ふんじばって領地で吊る!」
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