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Ⅳ 再会
1.『守ってやる』と言ったのに
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残る敵を追い払った隊長が前方から戻って来た時、見習い騎士は痛みに呻いていた。命に別状はないが、縫合の道具が必要だった。
「近くに村があったはずですが……」
隊長の言葉に、ルカは強くうなずいた。
「急ぎましょう」
兜を被り直したジェイルは、静かだった。顔を隠されると、彼が本当にジェイルなのかルカはもうわからなくなった。願望が見せた幻でないとしたら、彼はルカに探されていると知りながら沈黙を守っていたことになる。
それがなぜかなど、聞きたくはなかった。
駆け込んだ村には、女神像を目印のように掲げた礼拝堂があった。年老いた修道女は血まみれの騎士たちに悲鳴を上げたが、事情を知ると中へ入れてくれた。
家畜小屋の鶏がひどく騒いで、村人たちがなにごとかと集まってくる。修道女の腕は確かだった。薬草液に浸した布でルカに傷を押さえさせ、素早く縫い上げる。
彼女が口ずさむ癒しの聖歌に、ルカは声を合わせた。村人たちも唱和していた。
痛みに泣いていた見習い騎士が落ち着きを取り戻す。脇に立つ隊長は、神秘的な歌の響きに心を打たれたように立ち尽くしていた。
縫合が済み、村人たちが去った後も、ジェイルは一人で外にいた。
「……彼はもう、大丈夫です」
下手に近寄ったら去って行きそうに見えて、ルカはそっと声をかけた。鎧の血も清めていない彼の様子が、ルカは気がかりだった。
「中に入りませんか。ここは、寒いから」
「俺に言いたいことがあるんじゃないのか」
ジェイルの声は突き放すような響きを帯びていた。
寒いのは、ルカの方だ。体の震えがずっと止まらない。
彼に促され、言葉は耐え切れずにこぼれ落ちた。
「ご無事で、よかった……」
ジェイルの肩が大げさなほどびくついた。ルカは縋るように彼に近づいて行った。
何か自分にとって都合のいい夢を見ている気がする。この手で触れて、本当に生きていることを確かめたかった。
「ごめんなさい、一人で眠り込んでしまって。そのせいで、あなただけが騙し討ちのように責められることになってしまって……。わ、私のせいで」
ルカは言い切れなかった。ジェイルに掴みかかられたからだ。
「おまえは……どうして、そんなに……」
撲たれるのかとルカは思った。それで気が晴れるならそうして欲しかった。
だが、目を閉じて受け入れようとするルカに、彼はそうしなかった。修道服の胸から手を離し、鎧を鳴らしてルカに跪く。おとぎ話のようにかしずく騎士は、しかし、血まみれだった。
「やめろ。謝るのは、俺の方だ……」
「え……?」
「申し訳なかった。許してほしい。守ると言ったのに、全然、間に合わなかった。おまえは倒れて目を覚まさないほど傷ついたのに」
何を謝られているのか、わからなかった。
「今さら姿を見せる資格がないことはわかっている。だが、どうしても聖都に留まりたくてコパの誘いを受けた。近衛騎士となってルカを守るようにと、頼まれたから」
コパの名前に、ルカは瞬いた。
「……おまえの近くにいたかった」
暗闇でもなお白い兜は、ところどころ血を浴びて、しゃれこうべにも似て見えた。
「護衛を受けた時も、正体を明かす気はなかった、本当なんだ。ただ、もう一度おまえを守れるならと……浅ましいことを考えた。誰のことも守れない、穢れた騎士のくせに」
ルカは瞬くたび勝手に流れてくる涙を腕で拭った。膝をつき、彼に視線を合わせる。
「ジェイル様は、守ってくれました」
ジェイルは力なく首を振った。
「違う。何も守ってない。おまえの髪も、」
「髪……?」
ルカは頭巾を脱いで彼の前にその顔を表した。風を受ける銀髪は月光によく映えた。
「髪なんて、またすぐに伸びます。私の大切なものはジェイル様、あなたです。あなたは私の居場所で……愛する人だから」
固い篭手に包まれた手に、ルカは触れた。
「私の大切なものを守ってくださって、本当にありがとうございます。ジェイル様、誰がなんと言おうと、あなたは私の騎士様です」
ジェイルが息を吸う音が聞こえた。
カチャ、と手元が鳴る。ジェイルがルカの手を触り返していた。礼拝堂の前で手を重ねる二人を、女神像が静かに見下ろしていた。
「近くに村があったはずですが……」
隊長の言葉に、ルカは強くうなずいた。
「急ぎましょう」
兜を被り直したジェイルは、静かだった。顔を隠されると、彼が本当にジェイルなのかルカはもうわからなくなった。願望が見せた幻でないとしたら、彼はルカに探されていると知りながら沈黙を守っていたことになる。
それがなぜかなど、聞きたくはなかった。
駆け込んだ村には、女神像を目印のように掲げた礼拝堂があった。年老いた修道女は血まみれの騎士たちに悲鳴を上げたが、事情を知ると中へ入れてくれた。
家畜小屋の鶏がひどく騒いで、村人たちがなにごとかと集まってくる。修道女の腕は確かだった。薬草液に浸した布でルカに傷を押さえさせ、素早く縫い上げる。
彼女が口ずさむ癒しの聖歌に、ルカは声を合わせた。村人たちも唱和していた。
痛みに泣いていた見習い騎士が落ち着きを取り戻す。脇に立つ隊長は、神秘的な歌の響きに心を打たれたように立ち尽くしていた。
縫合が済み、村人たちが去った後も、ジェイルは一人で外にいた。
「……彼はもう、大丈夫です」
下手に近寄ったら去って行きそうに見えて、ルカはそっと声をかけた。鎧の血も清めていない彼の様子が、ルカは気がかりだった。
「中に入りませんか。ここは、寒いから」
「俺に言いたいことがあるんじゃないのか」
ジェイルの声は突き放すような響きを帯びていた。
寒いのは、ルカの方だ。体の震えがずっと止まらない。
彼に促され、言葉は耐え切れずにこぼれ落ちた。
「ご無事で、よかった……」
ジェイルの肩が大げさなほどびくついた。ルカは縋るように彼に近づいて行った。
何か自分にとって都合のいい夢を見ている気がする。この手で触れて、本当に生きていることを確かめたかった。
「ごめんなさい、一人で眠り込んでしまって。そのせいで、あなただけが騙し討ちのように責められることになってしまって……。わ、私のせいで」
ルカは言い切れなかった。ジェイルに掴みかかられたからだ。
「おまえは……どうして、そんなに……」
撲たれるのかとルカは思った。それで気が晴れるならそうして欲しかった。
だが、目を閉じて受け入れようとするルカに、彼はそうしなかった。修道服の胸から手を離し、鎧を鳴らしてルカに跪く。おとぎ話のようにかしずく騎士は、しかし、血まみれだった。
「やめろ。謝るのは、俺の方だ……」
「え……?」
「申し訳なかった。許してほしい。守ると言ったのに、全然、間に合わなかった。おまえは倒れて目を覚まさないほど傷ついたのに」
何を謝られているのか、わからなかった。
「今さら姿を見せる資格がないことはわかっている。だが、どうしても聖都に留まりたくてコパの誘いを受けた。近衛騎士となってルカを守るようにと、頼まれたから」
コパの名前に、ルカは瞬いた。
「……おまえの近くにいたかった」
暗闇でもなお白い兜は、ところどころ血を浴びて、しゃれこうべにも似て見えた。
「護衛を受けた時も、正体を明かす気はなかった、本当なんだ。ただ、もう一度おまえを守れるならと……浅ましいことを考えた。誰のことも守れない、穢れた騎士のくせに」
ルカは瞬くたび勝手に流れてくる涙を腕で拭った。膝をつき、彼に視線を合わせる。
「ジェイル様は、守ってくれました」
ジェイルは力なく首を振った。
「違う。何も守ってない。おまえの髪も、」
「髪……?」
ルカは頭巾を脱いで彼の前にその顔を表した。風を受ける銀髪は月光によく映えた。
「髪なんて、またすぐに伸びます。私の大切なものはジェイル様、あなたです。あなたは私の居場所で……愛する人だから」
固い篭手に包まれた手に、ルカは触れた。
「私の大切なものを守ってくださって、本当にありがとうございます。ジェイル様、誰がなんと言おうと、あなたは私の騎士様です」
ジェイルが息を吸う音が聞こえた。
カチャ、と手元が鳴る。ジェイルがルカの手を触り返していた。礼拝堂の前で手を重ねる二人を、女神像が静かに見下ろしていた。
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