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Ⅱ 幸せな夢
1.恩寵
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幸福な夢を見ていた。
テントの中で、ルカはジェイルと横になって話をした。お互いにしか聞こえない小さな声で囁きあっていると、それがどんなにとりとめのないことでも、世界の秘密を解き明かしているような気持ちになる。
今日の良かったこと。驚いたこと。ルカはジェイルの指を握りながら、昔あったことについても少しだけ話した。彼に触れているとなんだか気持ちが強くなって、悲しかったり辛かったりしたことも言葉にできる。
寝床に頬杖をつくジェイルは瞬きが少なかった。黒い瞳にランプの火影が揺れていた。
ルカが言葉に詰まると「うん?」と、促すように手を握り返してくれる。そうされるとルカはほっとした。悲しかったのは昔のことで、今は隣にジェイルがいると思った。
ジェイルも、ぽつぽつと過去の話をした。貧民の彼が騎士団で認められるまでには時間がかかった。指導という名の私刑に遭った時の古傷をルカは見せてもらった。腕の傷は塞がっていても痛そうで、ルカが撫でると、ジェイルはこそばゆそうに目を細めた。
「……戦場で武勲を立てると、褒賞が出る。金品ではなく権利をもらった例もある」
ジェイルはルカの髪に口づけて言った。
「俺が手柄を立てておまえを自由にしてやるから。もし叶ったら俺のところに来るか?」
そんなことできるわけないと、ルカにはすぐわかった。王と元老院が忌み子に自由を与えるわけがない。だが、ジェイルはルカの額に額をつけて「安心しろ」と言った。
「騎士団寮を引き払って、家を用意するから。修道院のように女神像とかを置く気はないが、おまえにとっても別に悪い話じゃないはずだ。どう思う?」
ルカは上手く言葉が出てこなかった。無理な望みだと言うべきなのに、ジェイルにそう言われると、本当にそれができるような気がしてくるのだ。ルカは胸のむずむずする感じを「とってもうれしい……」と言葉にした。
だから戦場でテイスティスに囮役を頼まれた時は咄嗟に「これだ!」と思った。
極度の疲労に脳が麻痺していたのだ。
それまで、噎せ返るような血の臭いの中で他の修道士たちと重傷者の救護にあたっていた。「テイスティスが重傷だ!」という声があった時には、そのせいで止血していた兵士の意識がフッと途絶え、どういう了見で人の生きる希望を削ぐようなことを叫ぶのかと、怒りが頭の中から汗となって噴き出してくるような気がした。
ルカはそれからすぐ呼ばれた。救護用の幕屋の近くには大きな筵が三枚あって、そこに戦士たちが寝かされている。怪我人、重傷者と離れて、幕屋の裏手に死者の筵がある。
少し疲れた笑みを浮かべてルカを手招くテイスティスは、そこに座っていた。
彼の脇腹は、真っ赤だった。
ルカは、血の気が引いた。予想だにしていなかった。血や、嗚咽や、死傷者たちと散々向き合っていたのに、まさかテイスティスが傷を負うとか、ましてや死ぬなんてことがあるとは思ってもみなかったのだ。
だから、敵の的になるよう頼まれてすぐにジェイルの言葉が浮かんだのは、きっとただの現実逃避だったのだろう。武勲を立てれば自由になれるかもしれない。ジェイルのそばにいられる。本物の夫婦のように結ばれることさえ、許してもらえるような気がした。
テントの中で、ルカはジェイルと横になって話をした。お互いにしか聞こえない小さな声で囁きあっていると、それがどんなにとりとめのないことでも、世界の秘密を解き明かしているような気持ちになる。
今日の良かったこと。驚いたこと。ルカはジェイルの指を握りながら、昔あったことについても少しだけ話した。彼に触れているとなんだか気持ちが強くなって、悲しかったり辛かったりしたことも言葉にできる。
寝床に頬杖をつくジェイルは瞬きが少なかった。黒い瞳にランプの火影が揺れていた。
ルカが言葉に詰まると「うん?」と、促すように手を握り返してくれる。そうされるとルカはほっとした。悲しかったのは昔のことで、今は隣にジェイルがいると思った。
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「……戦場で武勲を立てると、褒賞が出る。金品ではなく権利をもらった例もある」
ジェイルはルカの髪に口づけて言った。
「俺が手柄を立てておまえを自由にしてやるから。もし叶ったら俺のところに来るか?」
そんなことできるわけないと、ルカにはすぐわかった。王と元老院が忌み子に自由を与えるわけがない。だが、ジェイルはルカの額に額をつけて「安心しろ」と言った。
「騎士団寮を引き払って、家を用意するから。修道院のように女神像とかを置く気はないが、おまえにとっても別に悪い話じゃないはずだ。どう思う?」
ルカは上手く言葉が出てこなかった。無理な望みだと言うべきなのに、ジェイルにそう言われると、本当にそれができるような気がしてくるのだ。ルカは胸のむずむずする感じを「とってもうれしい……」と言葉にした。
だから戦場でテイスティスに囮役を頼まれた時は咄嗟に「これだ!」と思った。
極度の疲労に脳が麻痺していたのだ。
それまで、噎せ返るような血の臭いの中で他の修道士たちと重傷者の救護にあたっていた。「テイスティスが重傷だ!」という声があった時には、そのせいで止血していた兵士の意識がフッと途絶え、どういう了見で人の生きる希望を削ぐようなことを叫ぶのかと、怒りが頭の中から汗となって噴き出してくるような気がした。
ルカはそれからすぐ呼ばれた。救護用の幕屋の近くには大きな筵が三枚あって、そこに戦士たちが寝かされている。怪我人、重傷者と離れて、幕屋の裏手に死者の筵がある。
少し疲れた笑みを浮かべてルカを手招くテイスティスは、そこに座っていた。
彼の脇腹は、真っ赤だった。
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だから、敵の的になるよう頼まれてすぐにジェイルの言葉が浮かんだのは、きっとただの現実逃避だったのだろう。武勲を立てれば自由になれるかもしれない。ジェイルのそばにいられる。本物の夫婦のように結ばれることさえ、許してもらえるような気がした。
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