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Ⅰ 呪われた忌み子
12.化け物
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かつて高き空より来た緑の民は、神の力でルテニアを支配した。そこに住まう人々を家畜として扱った歴史がある。
神と家畜の血が混ざるはずがない。
混ぜたところで、受胎に至ることのほうが稀だった。それでもなお産まれて来た子供は忌み子と呼ばれた。生きるために必要な器官が欠けていたり、逆に多すぎたりした。
血で血を洗う戦いが幾世代も繰り返され、ルテニアは自由を勝ち取り、緑の民は住みかを追われた。ルカの父と母は、出会うはずのない二人だった。恋に落ちるのもルカが胎に宿るのも、健やかに育つことも奇跡で、両親は喜び、自分たちの罪の深さを嘆いた。
ルカは人より命の多い体を抱えていた。
「……ふうん」
傷が消えたのを見たジェイルは、何も知らないなりにルカの事情を察したようだった。
だが、彼の反応は奇妙だった。怖がるわけでもなく、首をひねってルカを見ている。
「それで? おまえは不死身なのか?」
常緑の木を離れた鳥が、枝に積もった雪を落とす。ルカは混乱した。化け物と罵られ、立ち去られるものとばかり思っていた。
「ふ、不死身か、どうかは……」
「なんだ。違うのか?」
「……わかりません。死んだことがなくて」
「ああ奇遇だな。俺も死んだことはない」
「なっ……何がおかしいのですか」
笑いを噛み殺している様子のジェイルに、ルカは困惑を通り越して、怒りを感じた。
「私が化け物だと信じないのですか。もっと大きな傷を負わないとわかりませんか」
「はあ……?」
「私は不幸を招く忌み子です。居場所など、与えられていいはずがありません」
「……はぁ。なるほどな」
「いっいい加減にしてください! あなたのように立派で将来のある方が私に関わるべきではないんです。無意味でしょう? 傷つかないとわかっている化け物を、守るなんて」
「はははっ」
ついにジェイルは声を上げて笑った。
「俺の前で震えてばかりのおまえが、傷つかない化け物か……ふざけるのも大概にしろ」
笑い交じりの声音が、がらりと低く変わって、ルカはようやくジェイルが怒っていると気がついた。武器も鎧もなしにただ雪を踏み躙るだけで、ルカを後ずさりさせる。
ルカの背中が木の幹にぶつかると「ああ、よくわかったよ」と気炎を吐いた。
「理不尽に傷つけられるたびそうやって、自分は傷つかないと言い聞かせてきたわけだ」
「わ……私は、だって人間じゃ……」
「そうか人間じゃないのか! じゃ、次は羽か尻尾でも見せてくれるのか?」
「つ、ついてない、そんなの……」
ルカは首を横に振ることしかできない。怖い顔で迫られているのに、なぜだろう、自分がとても大切に想われている気がする。
「別になんだっていい」
ジェイルは押し殺した声で言った。
「俺は守りたいものを守るだけだ。おまえの怪我が早く治って良かったし、怪我をしなければもっと良かったのにと思っている。おまえが怖がるならなるべく離れておくし、何も食わずにはぐれているから探しに来た。守る意味がないとか、おまえが勝手に決めるな」
彼は両の拳を握りしめて怒っていた。
「俺がおまえを守るのは、おまえが馬鹿で、お人よしで、いたいけで、見ていられなくて……気づいたら、惚れてしまっていたからだ。いいから黙って守られてくれよ……!」
ルカは大きな炎に炙られている気がした。体が溶けてしまいそうな熱に、視界が滲む。
「本当に……そう思うのですか……?」
「うるさい、二度も言わせるのか!」
「わ、私は修道士です。忌み子だから成人の儀も受けさせてもらえません。お金も持てないし結婚もできません。私を守っても、あなたにはなんの得もないのです」
「あのなあ! 俺は損得の話なんか、」
「私の持ち物は、この呪われた体と心だけ」
ルカは、ジェイルを見上げる自分の吐息が甘くなっていることを自覚した。
罪の意識に震えていた。それでも、女神の導きを信じようと思った。彼といると、女神は本当はすべてを許してくれている気がするのだ。ただ愛と慎みと、互いの合意を強く求めているだけで。
「それでも良ければ、ジェイル様にもらってほしいのです。……だ、だめですか?」
瞬く彼はまるで飢えた子供だった。「くれよ」と言う。「俺はそれが欲しいんだ」
抱きついたのはルカからで、口づけたのはジェイルからだった。淡雪のように優しい唇を、ルカは背伸びをして受け入れた。
その時のルカには、ジェイルと離れ離れになることなどまったく想像できなかった。
彼が結んでくれた長い髪を失うことも。
テイスティス。騎士たち。修道士たち。遠征軍のほとんどが凄惨な死を迎えることも。
ルカは、何も知らなかった。
神と家畜の血が混ざるはずがない。
混ぜたところで、受胎に至ることのほうが稀だった。それでもなお産まれて来た子供は忌み子と呼ばれた。生きるために必要な器官が欠けていたり、逆に多すぎたりした。
血で血を洗う戦いが幾世代も繰り返され、ルテニアは自由を勝ち取り、緑の民は住みかを追われた。ルカの父と母は、出会うはずのない二人だった。恋に落ちるのもルカが胎に宿るのも、健やかに育つことも奇跡で、両親は喜び、自分たちの罪の深さを嘆いた。
ルカは人より命の多い体を抱えていた。
「……ふうん」
傷が消えたのを見たジェイルは、何も知らないなりにルカの事情を察したようだった。
だが、彼の反応は奇妙だった。怖がるわけでもなく、首をひねってルカを見ている。
「それで? おまえは不死身なのか?」
常緑の木を離れた鳥が、枝に積もった雪を落とす。ルカは混乱した。化け物と罵られ、立ち去られるものとばかり思っていた。
「ふ、不死身か、どうかは……」
「なんだ。違うのか?」
「……わかりません。死んだことがなくて」
「ああ奇遇だな。俺も死んだことはない」
「なっ……何がおかしいのですか」
笑いを噛み殺している様子のジェイルに、ルカは困惑を通り越して、怒りを感じた。
「私が化け物だと信じないのですか。もっと大きな傷を負わないとわかりませんか」
「はあ……?」
「私は不幸を招く忌み子です。居場所など、与えられていいはずがありません」
「……はぁ。なるほどな」
「いっいい加減にしてください! あなたのように立派で将来のある方が私に関わるべきではないんです。無意味でしょう? 傷つかないとわかっている化け物を、守るなんて」
「はははっ」
ついにジェイルは声を上げて笑った。
「俺の前で震えてばかりのおまえが、傷つかない化け物か……ふざけるのも大概にしろ」
笑い交じりの声音が、がらりと低く変わって、ルカはようやくジェイルが怒っていると気がついた。武器も鎧もなしにただ雪を踏み躙るだけで、ルカを後ずさりさせる。
ルカの背中が木の幹にぶつかると「ああ、よくわかったよ」と気炎を吐いた。
「理不尽に傷つけられるたびそうやって、自分は傷つかないと言い聞かせてきたわけだ」
「わ……私は、だって人間じゃ……」
「そうか人間じゃないのか! じゃ、次は羽か尻尾でも見せてくれるのか?」
「つ、ついてない、そんなの……」
ルカは首を横に振ることしかできない。怖い顔で迫られているのに、なぜだろう、自分がとても大切に想われている気がする。
「別になんだっていい」
ジェイルは押し殺した声で言った。
「俺は守りたいものを守るだけだ。おまえの怪我が早く治って良かったし、怪我をしなければもっと良かったのにと思っている。おまえが怖がるならなるべく離れておくし、何も食わずにはぐれているから探しに来た。守る意味がないとか、おまえが勝手に決めるな」
彼は両の拳を握りしめて怒っていた。
「俺がおまえを守るのは、おまえが馬鹿で、お人よしで、いたいけで、見ていられなくて……気づいたら、惚れてしまっていたからだ。いいから黙って守られてくれよ……!」
ルカは大きな炎に炙られている気がした。体が溶けてしまいそうな熱に、視界が滲む。
「本当に……そう思うのですか……?」
「うるさい、二度も言わせるのか!」
「わ、私は修道士です。忌み子だから成人の儀も受けさせてもらえません。お金も持てないし結婚もできません。私を守っても、あなたにはなんの得もないのです」
「あのなあ! 俺は損得の話なんか、」
「私の持ち物は、この呪われた体と心だけ」
ルカは、ジェイルを見上げる自分の吐息が甘くなっていることを自覚した。
罪の意識に震えていた。それでも、女神の導きを信じようと思った。彼といると、女神は本当はすべてを許してくれている気がするのだ。ただ愛と慎みと、互いの合意を強く求めているだけで。
「それでも良ければ、ジェイル様にもらってほしいのです。……だ、だめですか?」
瞬く彼はまるで飢えた子供だった。「くれよ」と言う。「俺はそれが欲しいんだ」
抱きついたのはルカからで、口づけたのはジェイルからだった。淡雪のように優しい唇を、ルカは背伸びをして受け入れた。
その時のルカには、ジェイルと離れ離れになることなどまったく想像できなかった。
彼が結んでくれた長い髪を失うことも。
テイスティス。騎士たち。修道士たち。遠征軍のほとんどが凄惨な死を迎えることも。
ルカは、何も知らなかった。
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