忌み子と騎士のいるところ

春Q

文字の大きさ
上 下
9 / 145
Ⅰ 呪われた忌み子

9.妹

しおりを挟む
「医者に診せたくても金がなかった。ガキの俺はなんとかしようと悪事ばかり働いたが、そう上手くはいかないものだ。ある日捕まって鞭打たれ、やっとのことでねぐらに戻ったら、妹はもう息をしていなかった」

 そう話すジェイルの声は、自分で自分を突き放すかのように乾いていた。

「悪いことはするなと兄に向かって説教してくるような、うるさい妹だったよ」

 ジェイルがどんなに妹を想っていたか、その声のかすれ方だけでルカにはわかった。

「足手まといな妹でも、急にいなくなられると調子が狂うものだ。こっちはなんで生きてんだかもよくわからなくなる始末で……馬鹿な話だな。そう思うくらいならずっと傍で守ってやればよかったのに」

 妹の死に絶望するジェイルを、ルカはありありと思い描けた。こうしてルカにかまい、小言を言い、気遣ってくれる彼は、今もその悲しみの続きにいるような気がしたからだ。

「修道士に言うことじゃないだろうが、女神なんていないし、いてもろくでもない」

 ジェイルの言葉は痛々しいほど重かった。

「妹の骸を抱いて死にかけていた時に現れたのが、テイスティスだ。あーだこーだ言って俺から妹を取り上げようとする。まぁ弔おうとしてくれたんだが、俺は不思議だったよ。なんで親切な領主様が、妹が死んでから現れるんだと。まったく、信心深い妹を殺して、生き汚い俺を騎士に仕立てあげる女神なんて、いないほうがマシだ」

 ルカはうつむいていた。腰を下ろした敷布は冷えて、固い雪の存在を感じさせる。

 妹を亡くしたジェイルの心の傷は、あまりにも深い。修道士として妹の死後の平安を祈りたかったが、それはジェイルにはなんの救いにもならないのだろう。自分の無力さを噛みしめる間に、ジェイルの手はルカの髪を離れようとしていた。

「ほら。済んだぞ」

 ルカは感嘆の声を上げた。丁寧に編まれた結び髪は、まるで貴族が身につける上等な飾り紐のようだった。

「あ、ありがとうございます。すごい……」

 感謝する声は、驚きのあまり揺れてしまっていた。先に妹の話を聞いたせいか、涙ぐみそうになる。悲しい最期を迎えた彼の妹は、それでも幸福だっただろうか。心優しい兄に、こんなにも綺麗に髪を結ってもらえていたのなら。

「……とても綺麗です。ジェイル様はすごい。すごい方です……」

「編んでまとめただけだ。大げさに言うな」

「大げさではありません! 私にはできないことです。何か、お礼をしないと……」

 ルカの勢いに、彼は口元を緩めた。

「そんなに嬉しいのか?」

「はい、とても。とても嬉しいです」

「あっ、そう……ふーん。良かったな」

 ジェイルは他人事のような口ぶりだったが眇めた目はどこか照れ臭そうに見えた。

「言い出したのは俺だ。礼なんていい」

「そんな、申し訳ないです。何かお返しを」

「いいんだ、本当に。気にするな」

 自分の仕事の出来を確かめるように、ジェイルはルカの髪を手で掬った。

「こうしておまえに触っていると、俺は気分がいい。またほつれたら結んでやるよ」

 それを聞いて、ルカはとても胸が痛んだ。ジェイルは忌み子に癒しを見出すほど寂しいのだと思った。少し迷って、ルカは彼の膝にそっと手を乗せた。

「……うん? どうした」

 ジェイルはルカに触れられても、少しも嫌そうにしなかった。それだけでルカは、心がはじけそうな喜びを感じる。なんとかしてお礼をしたい、彼の孤独を和らげたい。

 その衝動に駆られたルカは、伸びあがってジェイルの頭を胸に抱きしめた。

「……おい。なんだ、急に。なんの真似だ」

 ジェイルは身じろいだが、拒まなかった。ルカは自分で抱きついておいて震えていた。

 自分の意思で行動するのは怖い。心臓が飛び出してきそうな胸にジェイルを抱き、ルカは子供の時してもらったように彼を撫でた。

「私にも昔、姉のような人がいました。私が寂しかった時にこうしてくれたのです。私は女神様に祈るか薬草を使う以外、人を癒す方法をこれしか知りません」

「は? 馬鹿か。俺は寂しいなんて一つも」

 ルカは信じなかった。ジェイルは妹の影を重ねているから、こんなにも忌み子に優しいのだと思った。ルカはそっと囁いた。

「目を閉じてくださって、かまいません。私も喋らないようにしますから」

「……なぜ」

「私のような忌み子が、妹君の代わりになるとは思いません。でも、少しでもジェイル様の慰めになればと思うのです」

 ジェイルは沈黙した。気を悪くするかもしれないと思って内心ビクビクしていたルカは、ほっとして彼を撫で続けた。

 ジェイルの短い黒髪は手にくすぐったくて気持ちいい。ルカは大きな獣を抱いている気がした。彼の髪からは焚火の匂いがした。薪と土と、甘苦い煙の匂いだ。修道服の胸に感じるジェイルの息は温かかった。

「ルカ。それは違うだろう」

 不意に背中に手を回されて、ルカは瞬く。ジェイルはずっと考えていたらしい。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...