忌み子と騎士のいるところ

春Q

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Ⅰ 呪われた忌み子

1.強襲

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 逃げ込んだテントは一人用だった。小柄なルカでさえ入るのがぎりぎりの大きさで、追って来るわけがないと思っていた。

 だが、入口を閉める前に足を掴まれる。逃れようと暴れるとテントの留め具が外れた。

「ああっ」

 折からの突風に、テントの覆い布が煽られる。

 天高く飛び去り、支え骨の間から夕暮れを仰いだルカは、一瞬、恐怖と寒さを忘れた。

 夕闇のあわいに女神アルカディアの大きな手のひらが見えた気がした。

 修道士のルカは、あの空に行きたいと心底思った。そこには一切の苦痛が存在しない。死は救済だ。女神はルカのような罪深い忌み子をも優しく受け入れてくれるだろう。

 現実はあまりにも過酷だった。

「さあ、穴に潜ったカエルを捕まえたぞ!」

 毛深い手がルカをテントから引きずり出し雪の上に転がす。下卑た笑みを浮かべてルカを見下ろしたのは、傭兵たちだった。

 ルカは伏して懇願した。

「お許しください……!」

「許す? 貴様の両親の罪を?」

 ルカは腰まである長い髪を引っぱられた。

 波打つように広がる髪は、夕映えを受けていっそう銀色に輝いていた。

 月光を写し取ったようにも、川のせせらぎを掬い取ったようにも見える、細く柔らかな髪がここで称賛を受けることはない。

「王家の血を継ぐ、この銀色の髪」

 唇を噛みしめるルカの顔は白く、翡翠の瞳は潤んでいる。男は大仰に顔を背けてみせた。

「そして卑しい緑の民から受け継いだ、この瞳。見れば見るほど気味の悪い姿だ……人糞でできた宝石、とでも言うのかねえ。肥溜め臭いったらありゃしねえ」

 ルカにナイフをちらつかせて言う。

「不吉な忌み子を、戦の役に立ててやろうと言うんだ。大人しく体を差し出せ」

 本当に、何をされたって仕方がないのだとルカは震えながら実感した。

 ルカは、先王と緑の民との間に生まれた忌み子だった。このルテニア王国で、緑の民と交わることは絶対の禁忌だ。

 ルカの父は王でありながら掟を破り、緑の民を妃に迎えた。二つの民の融和を目指した政治は、その双方から喜ばれなかった。

 緑の民に魅入られた王を、その弟アドルファスが討ち、即位したのが十年前のことになる。

 八歳にして両親を失ったルカは、修道院へ入れられた。政治利用を企む緑の民に誘拐されることが三度あった。内乱の火種になるルカをアドルファスは冷遇した。修道院を転々とさせられた挙句、とうとう死んで来いとばかりに戦地へ送られるまでとなったのである。

 西のタジボルグ帝国から国境線を守る遠征軍に放り込まれたルカは、あっという間に悪目立ちした。同じ女神の兄弟であるはずの修道士らには敬遠され、今、傭兵たちから恐ろしい暴力を振るわれようとしている。

「緑の民の血は高く売れるらしいな。うまくやればいい金儲けになるぞ!」

「そうだ、こいつの生意気な性器を切り落としてやろう。穴さえ使えればいいのだから」

 ルカは震えが止まらなかった。修道院では理由をつけて何度も鞭を振るわれたが、ここまでの暴力は知らない。

 せめて痛みを感じませんようにと女神に祈る。

 その時、馬の嘶きがした。
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