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ラブラブハッピー番外編

ロナウジーニョ氏と社長の話05

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 夜が更けた。巨大な半透明の結界が月光を受け、冒険者たちの足元に波紋のような影を落としている。不気味な夜だった。夜も明るくて当たり前だったポップルは薄紫の膜の中で静まり返っている。風にまじってかすかに聞こえてくるのは避難民の泣き声だろうか。それとも、もしかして幽霊?

 怖い想像を膨らませて、見張り役の冒険者はぶるっと背筋を震わせた。

 早く夜が明けてほしい――そう思った時だ。目の前を黒い影がちらついた。魔物バグか、と咄嗟に武器を構える。速い。速すぎる。

「ひいいっ」

「遅い」

「ぎゃひーっ!」

 ズバン、と背中に回し蹴りを食らう。それ以上の悲鳴は上げられなかった。気絶してしまった冒険者を見下ろし、ジーニョは「なんだ、情けない」と吐き捨てた。肉体強化の魔法薬を使ったおかげで腰と手足がシャンと伸び、肩幅も倍になっている。珍妙な髪形はそのまま、なぜか副作用で拳法家じみたナマズ髭まで生えてきたが、この際見てくれなどどうでもいい。

「まったく社員が雁首揃えて結界の中に閉じ込められるとは、なんてていたらくだ。結局、俺がこうして後始末する羽目になる」

 ジーニョはぶつぶつとボヤきながら、電子端末を操作した。ドーム状の結界は地上と地下に真円を描くよう定義するのが普通だが、このゲーム世界で真円を成立させようとすれば当然のごとく腐食が生じる。

「お、よしよし……やはり微弱な魔物バグが発生している。こいつらを手なずければ一人分くらいの隙間は作れるだろう」

 初期設定では『モンスター』、今は『魔物』と呼ばれる彼らがノァズァークを陰ながら支えていることをジーニョは理解していた。彼らは菌に似ている。増えすぎ、過密状態になれば害を及ぼすが、すべてを駆逐すればむしろ異常をきたす。

 ジーニョは魔物バグに指示して虫食いを作らせた。個々の力は小さくとも増殖を手伝ってやれば、綻びはあっという間に大きくなる。小石程度の穴が拳大になり、しゃがめば通れる程度になった。

「――よし」

 あまり干渉しすぎても良くない。ほどほどのところで増殖を打ち止めて、ジーニョは魔物バグを散らした。彼らは意思を持たないので地中に餌をばらまけばワッとそちらに向かう。

(プレイヤーよりよほど素直で扱いやすい)

 気絶したままの冒険者と比較して、ジーニョはため息をついた。念のため回復薬を置いて結界の中へもぐりこむ。外からは薄い膜に穴を開けただけのように見えても、実際には薄紫の靄の中をしばらく這ってゆかなければならない。

(綻びは内側から偽装すれば問題ないだろう。住民の隔離自体は必要なことだ。中で何が起こっているのかはわからないのだから)

 ポップルで起こったことを、この時点でジーニョはいくらか推測していた。純種が暴動を起こしたのは事実だろう。証人がいる。研究所に詰めていた社員が抑え込みにかかったところでが起こった。

(この世界は今も大きなゆがみを抱えている) 

 人工の神・アジリニに、ゴズメルとリリィは願ったという。『すべてのプレイヤーのアカウントを社員と同じ扱いにして』と。しかしこの願いはおかしい。というのも、社員は特権的に死ぬということがない。プレイヤーが総社員化したとすれば、ノァズァーク世界から死の概念が失われたことになる。死んでから休眠期間を経て生まれてくるサイクルが破綻してしまえば、世界は世界として成り立たない。誰も死なず誰も生まれてこない世界で、ゴズメルの妹をリリィが孕むことなどありえない。

 ではこの矛盾をどのように解決するか。球体の表面に円を描くのが手っ取り早い。円の内と外を区切り、ある世界からある世界を切り離す。たとえば町をひとつ飲み込む大きさの結界を構築して。
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