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ラブラブハッピー番外編
ロナウジーニョ氏と社長の話04
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避難民によれば、まず最初にあったのは地響きだったという。次いでネットワークが切断され、セルフォンや電子端末のたぐいが使用不能になった。パニックを起こす間もなく、ポップルは沈黙した。住民は結界の外にはじきだされた。
「……結界、か」
遠目にはわからなかった。中心にそびえたつランドマークを頂点として、薄紫色の巨大なドームが張られている。目を凝らせば結界の紋様が薄く浮かび上がって見えた。
ジーニョは避難キャンプにいた。ポップルには冒険者協会の本部がある。突如として生活の場を失ったひとびとは、冒険者たちの指示に従って一応の住環境を整えたようだ。ずらりと並んだ鉄骨の小屋に、ジーニョはフンと鼻を鳴らした。
地下暮らししか知らないミノタウロス族たちとは、さすがに文化レベルが違う。が、その弊害も当然あるようだ。明日をも知れぬストレスの多い暮らしにひとびとの表情は暗かった。
「……これで全員か」
「はい。身内を頼って出て行った者も大勢いますし、中には、犠牲者も……」
キャンプを仕切っている冒険者は最後まで言い切れずにうつむいた。ジーニョは表情を変えなかった。プレイヤーは簡単に死ぬ。結界の外に押し出された者の中には病人や年寄りも大勢いたはずだ。
「……カトーは何をしている。リーは。マリアは」
ジーニョは倒れたリリィを助けるため、冒険者協会の研究所に捕まっていたことがある。カトーからは『やっと一緒に仕事できるな!』と歓迎され、内部で動きやすいよう名誉技術顧問とかいう不名誉な称号を与えられていた。
おかげでこうして一般の冒険者から情報を得られるわけだが、社員が表立って活動すること自体に反対している立場なので、内心あまり面白くない。不機嫌をあらわにするジーニョに、冒険者は力なく首を振った。社員の内情を知る者たちは全員消息不明、らしい。
「おそらくは中で純種たちと戦闘中なのでしょう。連絡はありませんが、私たちはお呼びがかかればいつでも駆けつける用意があります」
ジーニョはため息をついた。ポップルで暴動が起こった。研究所に囚われていたミノタウロス含む純種と冒険者協会が交戦状態にある。
「出所不明な情報をおまえらが言いふらしているわけだ」
「誤解です! これは確かな情報です。暴動が起こった時、私もその場にいました……」
冒険者は口惜しそうに結界を見上げた。
「会長は非戦闘員に被害が及ばないよう、結界を張って避難させたに違いありません」
「あの攻撃力に極振りの戦闘バカが? こんな大がかりな防御魔法を使ったって?」
「会長以外の誰にこんな巨大で強力な結界を作れると言うのです!」
「……んん」
話が通じない。冒険者協会会長の座に居座って幾星霜、初代会長と同一人物であることはどうごまかしているのかは不明だが、カトーを崇拝する冒険者は多い。神のごとくなんでもできると思っているのだ。
「ともかく、誰も出入りしていない。中の状況もわからない。そういうことでいいんだな」
「はい……」
「よし」
腕まくりして歩いていこうとするジーニョに、冒険者は慌てて追いすがった。
「何を考えているのです、ご老人。結界に近づいてはいけません、はじきかえされてしまいます」
「離せっ、誰が老人だっ」
「いけません! ああ、誰か、誰か」
結界の周りにひとが立ち入らないように見張っているのも冒険者たちらしい。多勢に無勢だ。一般プレイヤーを傷つけるわけにもいかず、ジーニョはあっという間に取り押さえられてしまった。
「カトー会長や研究所のリー所長の安否もわからないのです。このうえ名誉技術顧問まで失うわけにはいきません!」
「なにをふざけたことを」
ぽいっと放り出されたのは、鉄骨小屋の中の一部屋だった。乱暴に戸を閉められてしまうと、文句を言っても詮方ない。
「くそっ。一般プレイヤーは馬鹿ばかりだ」
が、こうなることを予期してはいた。ジーニョはごろんと寝返りを打ち、アイテムボックスから電子端末と錬金用の道具を取り出した。釜も薬剤もアルティカで入手した安物だが、道具は使う人間次第だ。
「どいつもこいつも俺を誰だと思ってる。ふざけやがって」
傲慢な独り言を漏らしつつ暗い部屋で数時間ほど作業した結果、魔法薬が仕上がった。怒り任せに作業したため、肉体強化、筋力増強に強壮作用、要素はてんこ盛りだ。不気味な煙をあげる釜を見下ろし、ジーニョはため息をついた。
「……戦闘は想定していたが、こんなに早く作る羽目になるとは思わなかった」
試しに小指に一滴つけてみる。ピキピキと皺が消え、なんと親指よりも太くなった。会心の出来だ。ジーニョは窯いっぱいの青緑色の液体を見下ろし、不敵に笑った。
「……結界、か」
遠目にはわからなかった。中心にそびえたつランドマークを頂点として、薄紫色の巨大なドームが張られている。目を凝らせば結界の紋様が薄く浮かび上がって見えた。
ジーニョは避難キャンプにいた。ポップルには冒険者協会の本部がある。突如として生活の場を失ったひとびとは、冒険者たちの指示に従って一応の住環境を整えたようだ。ずらりと並んだ鉄骨の小屋に、ジーニョはフンと鼻を鳴らした。
地下暮らししか知らないミノタウロス族たちとは、さすがに文化レベルが違う。が、その弊害も当然あるようだ。明日をも知れぬストレスの多い暮らしにひとびとの表情は暗かった。
「……これで全員か」
「はい。身内を頼って出て行った者も大勢いますし、中には、犠牲者も……」
キャンプを仕切っている冒険者は最後まで言い切れずにうつむいた。ジーニョは表情を変えなかった。プレイヤーは簡単に死ぬ。結界の外に押し出された者の中には病人や年寄りも大勢いたはずだ。
「……カトーは何をしている。リーは。マリアは」
ジーニョは倒れたリリィを助けるため、冒険者協会の研究所に捕まっていたことがある。カトーからは『やっと一緒に仕事できるな!』と歓迎され、内部で動きやすいよう名誉技術顧問とかいう不名誉な称号を与えられていた。
おかげでこうして一般の冒険者から情報を得られるわけだが、社員が表立って活動すること自体に反対している立場なので、内心あまり面白くない。不機嫌をあらわにするジーニョに、冒険者は力なく首を振った。社員の内情を知る者たちは全員消息不明、らしい。
「おそらくは中で純種たちと戦闘中なのでしょう。連絡はありませんが、私たちはお呼びがかかればいつでも駆けつける用意があります」
ジーニョはため息をついた。ポップルで暴動が起こった。研究所に囚われていたミノタウロス含む純種と冒険者協会が交戦状態にある。
「出所不明な情報をおまえらが言いふらしているわけだ」
「誤解です! これは確かな情報です。暴動が起こった時、私もその場にいました……」
冒険者は口惜しそうに結界を見上げた。
「会長は非戦闘員に被害が及ばないよう、結界を張って避難させたに違いありません」
「あの攻撃力に極振りの戦闘バカが? こんな大がかりな防御魔法を使ったって?」
「会長以外の誰にこんな巨大で強力な結界を作れると言うのです!」
「……んん」
話が通じない。冒険者協会会長の座に居座って幾星霜、初代会長と同一人物であることはどうごまかしているのかは不明だが、カトーを崇拝する冒険者は多い。神のごとくなんでもできると思っているのだ。
「ともかく、誰も出入りしていない。中の状況もわからない。そういうことでいいんだな」
「はい……」
「よし」
腕まくりして歩いていこうとするジーニョに、冒険者は慌てて追いすがった。
「何を考えているのです、ご老人。結界に近づいてはいけません、はじきかえされてしまいます」
「離せっ、誰が老人だっ」
「いけません! ああ、誰か、誰か」
結界の周りにひとが立ち入らないように見張っているのも冒険者たちらしい。多勢に無勢だ。一般プレイヤーを傷つけるわけにもいかず、ジーニョはあっという間に取り押さえられてしまった。
「カトー会長や研究所のリー所長の安否もわからないのです。このうえ名誉技術顧問まで失うわけにはいきません!」
「なにをふざけたことを」
ぽいっと放り出されたのは、鉄骨小屋の中の一部屋だった。乱暴に戸を閉められてしまうと、文句を言っても詮方ない。
「くそっ。一般プレイヤーは馬鹿ばかりだ」
が、こうなることを予期してはいた。ジーニョはごろんと寝返りを打ち、アイテムボックスから電子端末と錬金用の道具を取り出した。釜も薬剤もアルティカで入手した安物だが、道具は使う人間次第だ。
「どいつもこいつも俺を誰だと思ってる。ふざけやがって」
傲慢な独り言を漏らしつつ暗い部屋で数時間ほど作業した結果、魔法薬が仕上がった。怒り任せに作業したため、肉体強化、筋力増強に強壮作用、要素はてんこ盛りだ。不気味な煙をあげる釜を見下ろし、ジーニョはため息をついた。
「……戦闘は想定していたが、こんなに早く作る羽目になるとは思わなかった」
試しに小指に一滴つけてみる。ピキピキと皺が消え、なんと親指よりも太くなった。会心の出来だ。ジーニョは窯いっぱいの青緑色の液体を見下ろし、不敵に笑った。
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