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ラブラブハッピー番外編
ロナウジーニョ氏と社長の話03
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「落ち着きましたか」
「は……」
ジーニョはハンカチで目元を押さえたままうなずいた。情けなくて顔をあげられない。自分でも、まさか泣くほど取り乱すとは思わなかった。
公園のベンチは堅かった。鳥がいるらしく、頭上に繁る木の枝ががさがさと騒がしい。社長が長い脚を組み替えた。優雅なしぐさにジーニョは身を縮めた。こんな時間、こんな場所に座らせていい相手ではないのはわかっている。ジーニョは上下の瞼で涙を絞り上げて、「もう、けっこうですから」と言った。
「え?」
「行ってください。俺のことなど気にせず」
「ここに居ては迷惑ですか」
「そういうことじゃなくて……」
「私は、あなたのそばに居たいです」
さらりと言う。言葉で撫で斬りにするだけに飽き足らず、社長は距離を詰めてきた。肩が。膝が当たる。
「……!」
「何がありましたか。仕事が大変ですか」
優しかった。穏やかな声と背中をさする手に感じるべきではない感情が、ジーニョの胸に沸き上がった。
(恐い)
蓮の花托を覗き込んだ気がした。獣とも虫ともつかないイキモノに絡みつかれたような、本能的な恐怖をおぼえる。そうだった。永らく忘れていたけれど、ジーニョは社長を正視するだけで震える。触られるとどうなるか。脂汗が噴き出し、吐き気がこみあげる。
「ヴッ」
嗚咽ともえずきともつかない声が漏れた瞬間(悟られた、)とわかった。社長は枯れ葉が枝を離れるように、距離をとった。「すみません」と申し訳なさそうに謝る。しかし立ち上がることはしなかった。
二人はしばらくそこに座っていた。ジーニョが顔を覆うハンカチは汗と涙と唾液でしとどに濡れている。黙っていてくれるのは有難かった。静かすぎて、もう行ってしまったのかと思うほどだ。ようやく息が整い、横をうかがうと社長はまだそこにいた。襟からネクタイ、膝へ順々に視線を下ろし、ジーニョはまた涙ぐんだ。夢だ、と思った。
社長は言った。
「ロナウジーニョさんは不思議なひとですね」
「……えっ」
「私のことが怖いのでしょうに、嫌がっているふうでもない」
「そんな、嫌がるなんてまさか」
慌てて否定しようとして、ジーニョは身を固くした。すい、と近づいた美しい顔が、マーブル状にゆがむ。額のあたりで息を吸う気配があった。
「遠い未来の香りがする」
「……!」
「驚いた。ずいぶん遠くから来たのですね、ロナウジーニョさん」
社長はしみじみと呟いた。呆気にとられるジーニョを差し置いて、子供のように足を揃えて立ち上がる。
「私についてきてください」
「は……」
ジーニョはハンカチで目元を押さえたままうなずいた。情けなくて顔をあげられない。自分でも、まさか泣くほど取り乱すとは思わなかった。
公園のベンチは堅かった。鳥がいるらしく、頭上に繁る木の枝ががさがさと騒がしい。社長が長い脚を組み替えた。優雅なしぐさにジーニョは身を縮めた。こんな時間、こんな場所に座らせていい相手ではないのはわかっている。ジーニョは上下の瞼で涙を絞り上げて、「もう、けっこうですから」と言った。
「え?」
「行ってください。俺のことなど気にせず」
「ここに居ては迷惑ですか」
「そういうことじゃなくて……」
「私は、あなたのそばに居たいです」
さらりと言う。言葉で撫で斬りにするだけに飽き足らず、社長は距離を詰めてきた。肩が。膝が当たる。
「……!」
「何がありましたか。仕事が大変ですか」
優しかった。穏やかな声と背中をさする手に感じるべきではない感情が、ジーニョの胸に沸き上がった。
(恐い)
蓮の花托を覗き込んだ気がした。獣とも虫ともつかないイキモノに絡みつかれたような、本能的な恐怖をおぼえる。そうだった。永らく忘れていたけれど、ジーニョは社長を正視するだけで震える。触られるとどうなるか。脂汗が噴き出し、吐き気がこみあげる。
「ヴッ」
嗚咽ともえずきともつかない声が漏れた瞬間(悟られた、)とわかった。社長は枯れ葉が枝を離れるように、距離をとった。「すみません」と申し訳なさそうに謝る。しかし立ち上がることはしなかった。
二人はしばらくそこに座っていた。ジーニョが顔を覆うハンカチは汗と涙と唾液でしとどに濡れている。黙っていてくれるのは有難かった。静かすぎて、もう行ってしまったのかと思うほどだ。ようやく息が整い、横をうかがうと社長はまだそこにいた。襟からネクタイ、膝へ順々に視線を下ろし、ジーニョはまた涙ぐんだ。夢だ、と思った。
社長は言った。
「ロナウジーニョさんは不思議なひとですね」
「……えっ」
「私のことが怖いのでしょうに、嫌がっているふうでもない」
「そんな、嫌がるなんてまさか」
慌てて否定しようとして、ジーニョは身を固くした。すい、と近づいた美しい顔が、マーブル状にゆがむ。額のあたりで息を吸う気配があった。
「遠い未来の香りがする」
「……!」
「驚いた。ずいぶん遠くから来たのですね、ロナウジーニョさん」
社長はしみじみと呟いた。呆気にとられるジーニョを差し置いて、子供のように足を揃えて立ち上がる。
「私についてきてください」
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