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ラブラブハッピー番外編
淫語禁止のゴズメル×リリィ②☆
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翌朝早く、二人は旅立った。ゴズメルがジュエルを左手に抱き上げ、右手でリリィをハグする。左右の頬に二人から『行ってきます』のキスをされ、リリィははにかんだ。玄関の外で、遠ざかっていく背中を見送る。知らず知らずのうちに深いため息が口から洩れる。たった二泊三日とわかっていても、涙が出そうなほど寂しかった。
(私、昔はここまで寂しがりやじゃなかったわ)
リリィはつくづくそう思う。なにもかもゴズメルのせいなのだ。家族のいないリリィは、ひとりぼっちに慣れていた。ひとに執着などしない、みんなの輪に溶け込めればそれでいいと思っていたのだ。
それが今はどうだろう。ゴズメルはリリィを身も心も熱烈に愛してくれ、一生の連れ合いとなってくれた。さらにはジュエルという世界で一番の宝物さえも与えてくれたのだ。もう一人きりでいるなんて、リリィには耐えられない。
とはいえ、その日はかすかな希望があった。三日後と言うけれど、きっとジュエルが途中で寂しがって引き返して来るんじゃないかと思ったのだ。--もしかしたらゴズメルも、『忘れ物しちゃった……あんたのことだよ、リリィ!』と言うかもしれない。そわそわしながら一日を過ごしたリリィは夕方、涙をこぼした。二人は帰ってこなかった。
二日目は仕事で、事情を伝えていつもより長めに働かせてもらった。夜は久しぶりに受付嬢たちと外で食事したが、みんなリリィの元気がないのを心配していた。
『あなたはもっと自分のために時間を使ったほうがいいわ』
『亭主元気で留守がいい!、ってやつよ』
そんなふうに励ましてもらったけれど、リリィは家族が元気で一緒にいてくれたほうが百倍いいと思った。
三日目はもう、どうしようもなかった。花壇に水をやれば、庭で蝶を追いかけていたジュエルの姿が脳裏に浮かび、たまにはオシャレでもと爪に色を塗れば、『宝石みたいにきれいだ』と頬ずりしてくれたゴズメルのことが思い出される。
やっとのことでリビングをすみずみまで清めたけれど、とうとう椅子に顔を伏せて泣き出してしまった。
リリィは悔やんだ。どうして二人を旅立たせてしまったのだろう? 仕事なんて放り出してついていけばよかった。いやそれよりも、小さな子供の言うことにムキになるべきではなかったのだ、笑ってやり過ごせば済む話だったのに。
(もう三日目よ。どうして私のお嫁さんと坊やは帰ってきてくれないの)
まだ朝早いとしても、三日目は三日目である。リリィの頭にはさまざまな思いが浮かんだ。
(今すぐ帰って来てくれたら、私はもっといい妻に、母親になるのに)と献身的な衝動に駆られた数秒後には、(ゴズメルの嘘つき。私が悲しむようなことはしないと言ったのに)と、恨みがましい気持ちになる。
夕方になってやっと二人が帰って来た時には、リリィは涙も枯れ果てていた。
「リリィ、どうしたんだい。ボーッとして」
玄関で棒立ちになっているリリィの顔の前で、ゴズメルが手を振る。まばたきひとつしない。しびれを切らしたジュエルが「ママ、ただいま」と言ってエプロンの裾を引っ張った。
その衝撃で、卵の殻が割れるようにリリィは我に返った。もう枯れたと思った涙がはらはらと頬をすべり落ち、ジュエルの顔を濡らす。
「リリィ……」
もう長い付き合いだ。ゴズメルは、リリィをかたく抱きしめた。ジュエルは驚いたようだ。落ち着かない様子で、エプロンを引っ張る。
「な、なんだい。泣いちゃうなんて、ママ赤ちゃんみたいだ!」
「黙りな。そうやって思いやりのないことを言うやつが一番赤ちゃんなんだよ」
ゴズメルは尻尾の先でペシッとジュエルの額をはたいた。壊れた人形のように泣き続けるリリィを横抱きにして、リビングへ連れて行く。ジュエルは不安そうに後をついてきた。
「長いこと一人ぼっちにしてごめんよ、リリィ。あたしは考えなしだった」
ごめん、ごめん、と何度も謝りながらキスをする。温かい口づけにリリィは目を細めた。ずっとひとりぼっちで、とても凍えていたのだ。
「……私こそ、ごめんなさい」
リリィは目元を拭い、やつれた顔で微笑んで見せた。
「もう大丈夫よ。お帰りなさい、二人とも」
「ママ……」
ジュエルの顔が大きくゆがんだ。リリィのエプロンにしがみつき「ごめんなさい、ママ」と謝る。
「ぼく、とっても悪い子だった。リリィママのありがたみもわからないで、ひどいことをしたんだ」
「坊や……」
「森にはトイレなんてなかった。ゴズメルママはぼくに深く穴を掘らせ、うんこもしっこもそこでしろと言ったんだ。お尻を拭く紙もなくて、ぼく、笑うどころじゃなかった」
「……それって……どうしたの?」
「葉っぱを使うんだ。でも虫がついてて、ぼく……」
リリィは絶句した。ゴズメルときたら、こんな小さな子になんてことをさせるのだろう。さすがに何か言わなくてはと思った時、ゴズメルは「あっ、あーっ」と声を張り上げて話題を変えた。
「お土産がたくさんあるんだよね! ジュエル」
「うん、そうだよ」
「さぁ、リリィママにあんたが覚えた技を披露してやるといい」
ゴズメルは森でたくさん魚を獲ってきたのだった。ジュエルは魚のさばきかたを教えてもらったらしい。台所で、小さな手に包丁を握る。リリィは見ていて怖かったが、ジュエルは真剣だった。
「まずおなかを押して……えっと、うんちを出させるんだ」
リリィは気を遣われているのを察して「そう、そうなのね」と、慌ててうなずいた。
「うん。そうなんだ。そして水をかけながら包丁でからだのヌルヌルをこそぐんだ」
手順がわからなくなると、ゴズメルがすかさず後ろから耳打ちする。リリィはびっくりした。リリィといる時は悪ふざけするジュエルが、たった二晩ゴズメルと過ごしただけで、大人みたいに魚を処理しているのだ。
一生懸命に説明しながらさばいたので、一尾だけでもう夕飯の時間になってしまった。腹を空かしたゴズメルが、「もう十分だろう」と、にゅっと横から手を出す。
「あたしと代わっておくれ」
「えっ、でも……」
「ジュエル、あっちで待ちましょう。ママにどんな冒険をしたか聞かせて」
「うん……」
リリィと二人きりになると、ジュエルは急に甘えん坊になった。抱っこで背中をトントンされないとお話ししてくれないのだ。(かわいそうに)とリリィは思った。リリィと違い、ゴズメルは厳しい時はとことん厳しい。泣き言も言わせてもらえなかったのだろう。
「……それでね、ゴズメルママと木に登ったの」
「すごいわ、ジュエル」
「落っこちそうになった時、ママがお尻を押してくれたの……。ものすごい力だった……」
「それはびっくりしたでしょう」
「ぼくね……ドラゴンを……」
とうとうジュエルは眠ってしまった。膝の上がどちゃっと重くなる。確かな体温をリリィは抱きしめた。
(この子、あっという間に大きくなっちゃうんだわ)
ゴズメルくらい大きくなったら、リリィは膝に抱いてやることもできなくなってしまう。そう思うとリリィはいっそうジュエルが愛おしかった。
そのうちに、台所から香ばしい匂いが漂ってきた。
ゴズメルが串に刺した魚を手にやってくる。二人の様子を見ると「ん」と言って、食べかけの魚をリリィに寄越した。引き換えにジュエルを連れて行こうとするのでリリィは慌てた。
「待ってちょうだい、どこへ行くの」
「ベッドに寝かせてくるよ」
「でも、お腹を空かせてるはずだわ。何か食べさせてあげないと」
「腹減ったら起きて勝手に食べるよ。赤ん坊じゃないんだから」
それから腕の中のジュエルをちらっと見て「疲れただろうからね。きっと今夜はぐっすりさ」と言った。その瞳が、蝋燭の火でも見つめるように細まる。
「あたしのちっちゃな宝物なんだ。よく寝てよく食べて、もっとデカくならないと」
「…………」
愛のかたちはさまざまだ。ゴズメルは我が子を見て、リリィとは真逆の感想を持つのだった。
「……リリィ」
「なあに? ゴズメル」
ゴズメルの尻尾は、迷うように左右にゆらゆら揺れていた。
「……どうだろうね。今日は、一緒にお風呂に入るってのは」
リリィは瞬いた。ゴズメルは約束のごほうびがもらえるかどうか気にしているのだ。持って回った言い方をしているのは、リリィを悲しませた自覚があるからだろう。リリィが恥ずかしそうに顔を伏せると、勝機を見出したようで、尻尾がブンッと上を向く。ジュエルの素直さはゴズメル譲りだった。
「……いいわ」
リリィは受け入れた。ゴズメルが足取りも軽く行ってしまうと、急に恥ずかしさがこみあげてくる。寝ている子供のそばで、いったい何を言っているのだろう。
だが、そうと決まればいてもたってもいられなかった。風呂にお湯を張り、とっておきの石鹸を新しくおろした。貝殻のかたちで、敏感なところにも使えるのだ。それから泡の立つ入浴剤と、タンスの奥にしまいこんでいたセクシーなネグリジェと……。
「リリィ」
「きゃっ」
支度に集中していたリリィは、背後から抱きすくめられて声を上げた。ゴズメルが「お湯が溜まったよ」と言いながら耳の後ろを嗅いでくる。こういう時、リリィの緑髪を食む悪癖があった。まるで動物の牛かのように。
「いや、やめて……」
「ふうん、いやなの。どうして?」
リリィはドキドキした。本当はいやじゃないのだが、この駆け引きが好きだ。いやがっているところを強引にされると求められていると思うし、許してもらえると愛を実感できる。どちらにしてもリリィにとっては得だった。
「あ、洗ってからにして」
「うふん、あたしの可愛いレタスちゃん」
リリィの髪は確かに緑色だが、レタスではない。ゴズメルが離れたのはリリィに譲ってくれたからではない。背中に痛いほどの視線を感じた。ゴズメルは脱衣所の壁によりかかって、リリィが服を脱ぐのを待っているのだ。
二人で子育てしているのだから、お互いの裸なんて見慣れている。ジュエルがもっと小さかった時は片方が先に入り、洗ったジュエルを受け取る役をもう片方が引き受ける、なんてチームプレイが当たり前だった。飢えた狼のような目でリリィを見るゴズメルはおかしい。見られただけで肌が火照るリリィも、おかしい。
リリィは服のボタンをゆるめながら震えていた。前をはだけ、襟つきのシャツをぬぎすてて、スカートのファスナーを下ろす。スカートはスルリと足元に落ちた。下着だけになると、急に気が楽になった。リリィがふりむくと、ゴズメルはよだれを垂らさんばかりに前のめりになっていた。
「も、もうっ……」
興奮されているのかと思うと、羞恥心がぶりかえしてくる。リリィは腕を交差して胸を隠した。
「私の裸なんて見飽きているでしょう? ゴズメル……」
「リリィ、宝箱ってのはいくら見ても見飽きることがないんだよ」
「……ばか」
小さく悪口を言うと、ゴスメルはかえって興奮したかのように身震いした。リリィは手を伸ばして、ゴズメルのシャツに手を伸ばした。
「私の宝箱も、見せて……」
(私、昔はここまで寂しがりやじゃなかったわ)
リリィはつくづくそう思う。なにもかもゴズメルのせいなのだ。家族のいないリリィは、ひとりぼっちに慣れていた。ひとに執着などしない、みんなの輪に溶け込めればそれでいいと思っていたのだ。
それが今はどうだろう。ゴズメルはリリィを身も心も熱烈に愛してくれ、一生の連れ合いとなってくれた。さらにはジュエルという世界で一番の宝物さえも与えてくれたのだ。もう一人きりでいるなんて、リリィには耐えられない。
とはいえ、その日はかすかな希望があった。三日後と言うけれど、きっとジュエルが途中で寂しがって引き返して来るんじゃないかと思ったのだ。--もしかしたらゴズメルも、『忘れ物しちゃった……あんたのことだよ、リリィ!』と言うかもしれない。そわそわしながら一日を過ごしたリリィは夕方、涙をこぼした。二人は帰ってこなかった。
二日目は仕事で、事情を伝えていつもより長めに働かせてもらった。夜は久しぶりに受付嬢たちと外で食事したが、みんなリリィの元気がないのを心配していた。
『あなたはもっと自分のために時間を使ったほうがいいわ』
『亭主元気で留守がいい!、ってやつよ』
そんなふうに励ましてもらったけれど、リリィは家族が元気で一緒にいてくれたほうが百倍いいと思った。
三日目はもう、どうしようもなかった。花壇に水をやれば、庭で蝶を追いかけていたジュエルの姿が脳裏に浮かび、たまにはオシャレでもと爪に色を塗れば、『宝石みたいにきれいだ』と頬ずりしてくれたゴズメルのことが思い出される。
やっとのことでリビングをすみずみまで清めたけれど、とうとう椅子に顔を伏せて泣き出してしまった。
リリィは悔やんだ。どうして二人を旅立たせてしまったのだろう? 仕事なんて放り出してついていけばよかった。いやそれよりも、小さな子供の言うことにムキになるべきではなかったのだ、笑ってやり過ごせば済む話だったのに。
(もう三日目よ。どうして私のお嫁さんと坊やは帰ってきてくれないの)
まだ朝早いとしても、三日目は三日目である。リリィの頭にはさまざまな思いが浮かんだ。
(今すぐ帰って来てくれたら、私はもっといい妻に、母親になるのに)と献身的な衝動に駆られた数秒後には、(ゴズメルの嘘つき。私が悲しむようなことはしないと言ったのに)と、恨みがましい気持ちになる。
夕方になってやっと二人が帰って来た時には、リリィは涙も枯れ果てていた。
「リリィ、どうしたんだい。ボーッとして」
玄関で棒立ちになっているリリィの顔の前で、ゴズメルが手を振る。まばたきひとつしない。しびれを切らしたジュエルが「ママ、ただいま」と言ってエプロンの裾を引っ張った。
その衝撃で、卵の殻が割れるようにリリィは我に返った。もう枯れたと思った涙がはらはらと頬をすべり落ち、ジュエルの顔を濡らす。
「リリィ……」
もう長い付き合いだ。ゴズメルは、リリィをかたく抱きしめた。ジュエルは驚いたようだ。落ち着かない様子で、エプロンを引っ張る。
「な、なんだい。泣いちゃうなんて、ママ赤ちゃんみたいだ!」
「黙りな。そうやって思いやりのないことを言うやつが一番赤ちゃんなんだよ」
ゴズメルは尻尾の先でペシッとジュエルの額をはたいた。壊れた人形のように泣き続けるリリィを横抱きにして、リビングへ連れて行く。ジュエルは不安そうに後をついてきた。
「長いこと一人ぼっちにしてごめんよ、リリィ。あたしは考えなしだった」
ごめん、ごめん、と何度も謝りながらキスをする。温かい口づけにリリィは目を細めた。ずっとひとりぼっちで、とても凍えていたのだ。
「……私こそ、ごめんなさい」
リリィは目元を拭い、やつれた顔で微笑んで見せた。
「もう大丈夫よ。お帰りなさい、二人とも」
「ママ……」
ジュエルの顔が大きくゆがんだ。リリィのエプロンにしがみつき「ごめんなさい、ママ」と謝る。
「ぼく、とっても悪い子だった。リリィママのありがたみもわからないで、ひどいことをしたんだ」
「坊や……」
「森にはトイレなんてなかった。ゴズメルママはぼくに深く穴を掘らせ、うんこもしっこもそこでしろと言ったんだ。お尻を拭く紙もなくて、ぼく、笑うどころじゃなかった」
「……それって……どうしたの?」
「葉っぱを使うんだ。でも虫がついてて、ぼく……」
リリィは絶句した。ゴズメルときたら、こんな小さな子になんてことをさせるのだろう。さすがに何か言わなくてはと思った時、ゴズメルは「あっ、あーっ」と声を張り上げて話題を変えた。
「お土産がたくさんあるんだよね! ジュエル」
「うん、そうだよ」
「さぁ、リリィママにあんたが覚えた技を披露してやるといい」
ゴズメルは森でたくさん魚を獲ってきたのだった。ジュエルは魚のさばきかたを教えてもらったらしい。台所で、小さな手に包丁を握る。リリィは見ていて怖かったが、ジュエルは真剣だった。
「まずおなかを押して……えっと、うんちを出させるんだ」
リリィは気を遣われているのを察して「そう、そうなのね」と、慌ててうなずいた。
「うん。そうなんだ。そして水をかけながら包丁でからだのヌルヌルをこそぐんだ」
手順がわからなくなると、ゴズメルがすかさず後ろから耳打ちする。リリィはびっくりした。リリィといる時は悪ふざけするジュエルが、たった二晩ゴズメルと過ごしただけで、大人みたいに魚を処理しているのだ。
一生懸命に説明しながらさばいたので、一尾だけでもう夕飯の時間になってしまった。腹を空かしたゴズメルが、「もう十分だろう」と、にゅっと横から手を出す。
「あたしと代わっておくれ」
「えっ、でも……」
「ジュエル、あっちで待ちましょう。ママにどんな冒険をしたか聞かせて」
「うん……」
リリィと二人きりになると、ジュエルは急に甘えん坊になった。抱っこで背中をトントンされないとお話ししてくれないのだ。(かわいそうに)とリリィは思った。リリィと違い、ゴズメルは厳しい時はとことん厳しい。泣き言も言わせてもらえなかったのだろう。
「……それでね、ゴズメルママと木に登ったの」
「すごいわ、ジュエル」
「落っこちそうになった時、ママがお尻を押してくれたの……。ものすごい力だった……」
「それはびっくりしたでしょう」
「ぼくね……ドラゴンを……」
とうとうジュエルは眠ってしまった。膝の上がどちゃっと重くなる。確かな体温をリリィは抱きしめた。
(この子、あっという間に大きくなっちゃうんだわ)
ゴズメルくらい大きくなったら、リリィは膝に抱いてやることもできなくなってしまう。そう思うとリリィはいっそうジュエルが愛おしかった。
そのうちに、台所から香ばしい匂いが漂ってきた。
ゴズメルが串に刺した魚を手にやってくる。二人の様子を見ると「ん」と言って、食べかけの魚をリリィに寄越した。引き換えにジュエルを連れて行こうとするのでリリィは慌てた。
「待ってちょうだい、どこへ行くの」
「ベッドに寝かせてくるよ」
「でも、お腹を空かせてるはずだわ。何か食べさせてあげないと」
「腹減ったら起きて勝手に食べるよ。赤ん坊じゃないんだから」
それから腕の中のジュエルをちらっと見て「疲れただろうからね。きっと今夜はぐっすりさ」と言った。その瞳が、蝋燭の火でも見つめるように細まる。
「あたしのちっちゃな宝物なんだ。よく寝てよく食べて、もっとデカくならないと」
「…………」
愛のかたちはさまざまだ。ゴズメルは我が子を見て、リリィとは真逆の感想を持つのだった。
「……リリィ」
「なあに? ゴズメル」
ゴズメルの尻尾は、迷うように左右にゆらゆら揺れていた。
「……どうだろうね。今日は、一緒にお風呂に入るってのは」
リリィは瞬いた。ゴズメルは約束のごほうびがもらえるかどうか気にしているのだ。持って回った言い方をしているのは、リリィを悲しませた自覚があるからだろう。リリィが恥ずかしそうに顔を伏せると、勝機を見出したようで、尻尾がブンッと上を向く。ジュエルの素直さはゴズメル譲りだった。
「……いいわ」
リリィは受け入れた。ゴズメルが足取りも軽く行ってしまうと、急に恥ずかしさがこみあげてくる。寝ている子供のそばで、いったい何を言っているのだろう。
だが、そうと決まればいてもたってもいられなかった。風呂にお湯を張り、とっておきの石鹸を新しくおろした。貝殻のかたちで、敏感なところにも使えるのだ。それから泡の立つ入浴剤と、タンスの奥にしまいこんでいたセクシーなネグリジェと……。
「リリィ」
「きゃっ」
支度に集中していたリリィは、背後から抱きすくめられて声を上げた。ゴズメルが「お湯が溜まったよ」と言いながら耳の後ろを嗅いでくる。こういう時、リリィの緑髪を食む悪癖があった。まるで動物の牛かのように。
「いや、やめて……」
「ふうん、いやなの。どうして?」
リリィはドキドキした。本当はいやじゃないのだが、この駆け引きが好きだ。いやがっているところを強引にされると求められていると思うし、許してもらえると愛を実感できる。どちらにしてもリリィにとっては得だった。
「あ、洗ってからにして」
「うふん、あたしの可愛いレタスちゃん」
リリィの髪は確かに緑色だが、レタスではない。ゴズメルが離れたのはリリィに譲ってくれたからではない。背中に痛いほどの視線を感じた。ゴズメルは脱衣所の壁によりかかって、リリィが服を脱ぐのを待っているのだ。
二人で子育てしているのだから、お互いの裸なんて見慣れている。ジュエルがもっと小さかった時は片方が先に入り、洗ったジュエルを受け取る役をもう片方が引き受ける、なんてチームプレイが当たり前だった。飢えた狼のような目でリリィを見るゴズメルはおかしい。見られただけで肌が火照るリリィも、おかしい。
リリィは服のボタンをゆるめながら震えていた。前をはだけ、襟つきのシャツをぬぎすてて、スカートのファスナーを下ろす。スカートはスルリと足元に落ちた。下着だけになると、急に気が楽になった。リリィがふりむくと、ゴズメルはよだれを垂らさんばかりに前のめりになっていた。
「も、もうっ……」
興奮されているのかと思うと、羞恥心がぶりかえしてくる。リリィは腕を交差して胸を隠した。
「私の裸なんて見飽きているでしょう? ゴズメル……」
「リリィ、宝箱ってのはいくら見ても見飽きることがないんだよ」
「……ばか」
小さく悪口を言うと、ゴスメルはかえって興奮したかのように身震いした。リリィは手を伸ばして、ゴズメルのシャツに手を伸ばした。
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