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ラブラブハッピー番外編
淫語禁止のゴズメル×リリィ①
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『バッド・ワード』
「……はぁ」
床を磨く手を止めて、リリィは小さなため息をついた。鏡のようにピカピカになった床に、物憂げな顔が映っている。
リビングはすっかり綺麗になっていた。棚の埃は払ったし、ソファのカバーは洗濯して糊付けもした。なにか見落としはないかと首を巡らすと、テーブルの上がやけにがらんとしているように感じた。テーブルクロスでもかけようか、そして花瓶でも飾れば、もっと――そこまで思い浮かべて、リリィは脱力した。
テーブルクロスをかけなくなったのは、愛する息子、ジュエルが食べこぼしで汚すからだ。花瓶も倒すと危ないので「ないない」した。自分で片づけたことを忘れてしまうほど当たり前にそばにいたのだ。それなのに、今は。
リリィは椅子に顔を伏せ、すすり泣いた。屋敷の中は静まり返っている。もうずっと、三日もだ。体の大きなゴズメルがドタドタ歩き回る音も、ジュエルが「ママ、だっこして!」と可愛らしくねだる声も、今は遠いものとなってしまった。
(私がもっと強ければ、二人が出ていくことなどなかったのに)
気が狂いそうな沈黙に、リリィは耳をふさいだ。目を閉じれば頭の中に潮流が渦巻くかのようだ。時を戻せるのならやり直したい。リリィは数日前の記憶に思いを馳せた。
「うんこ、ちんちん、うんこ、しっこ!」
そうだった。学校から帰ったジュエルにそう言われた時、リリィはとうとうこの日が来てしまったと思ったのだ。
同じパートタイムの受付嬢にも『男の子を育てるって大変よ』と言われていた。上に兄が二人いるゴズメルも『毎日毎日、信じられないくらいバカなことしてたよ!』と語っていた。
それでもリリィは心のどこかで(お利口なジュエルに限って、まさかそんなことは)と思っていた。
そう、ジュエルは利口な子だった。絵本が好きで、物語の世界に没頭していれば、リリィの帰りがちょっと遅くなっても気にしない。
ゴズメルとリリィは『うちの子は王子様かもしれない』とよく言いあったものだ。
頭脳明晰(時計だって読める)、運動神経は抜群で(ハイハイからタッチまであっという間だった)、そのうえとびきりの美少年(ミルク色の角と頬のそばかすがチャームポイントだ)。心優しくて、台所仕事もよく手伝ってくれる。・・・もしかしたら、つまみ食いが目当てだったかもしれないけれど。
だからリリィは、一瞬硬直した後すぐ切り替えて「そんなことを大きな声で言ってはいけないのよ」と指導した。ジュエルがわめきちらすのは、それが下品な言葉だと知らないから。きちんと伝えればわかってくれるだろうと思った。
ところがジュエルは「うんこ!!」と飛び上がって叫んだ。興奮したニワトリのような様子で、リリィはすっかり気圧されてしまった。対照的に、ジュエルは大喜びだった。頭の上で手を叩いてリリィの周りをグルグル回り始める。
「おーっぱい、おーっぱい、ちーんちん」
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい。ジュエル、いったい何があったって言うの?」
「うーんこ、しーっこ、うーんこ、しーっこ」
「落ち着いて」
「まん」
「もうやめてっ」
リリィは真っ赤になって、ジュエルの口を両手でふさいだ。ゴズメル譲りの焦げ茶色の髪も、リリィとお揃いのエメラルドの瞳も、昨日と何ひとつ変わらない。しかし今のジュエルは、かつてのジュエルとは何もかも違っていた。リリィの慌てふためく様子を見るのがたまらないみたいに、口をふさがれても下品な言葉をわめきまくるのだ。
ゴズメルが遠征任務を終えて帰宅した時、リリィのメンタルはもうボロボロだった。
「へぇっ、学校で変な言葉をたくさん覚えてきたのか、ジュエル」
「……」
「なんで黙ってんだ。あたしにも教えとくれよ」
しばらく留守だったゴズメルにつつかれて、ジュエルは照れくさそうに身をよじった。ゴズメルの膝に乗り上げると、ひそひそ声で「ち・ん・こ」と囁く。
苦笑いするゴズメルに、リリィは訴えた。
「さっきまでは、もっとすごかったのよ」
「へぇ? あたしの前でネコをかぶってるのかい、ジュエル」
ジュエルはへれへれと笑っている。そのうちゴズメルの膝の上で縦になったり横になったりしはじめ、猫のようにピャッと抜け出した。ソファの下にしまっている絵本を取り出して読み始める。リリィは心配そうに言った。
「学校でなにかあったんじゃないかしら」
「なにかって、なんだい」
「悪い友達ができたとか……」
「大げさだなあ」
ゴズメルは笑った。ノァズァークの学校では、読み書き計算から専門的な知識まで様々なことを学ぶことができる。もちろん生徒は子供ばかりではない。さまざまな種族が集まるアルティカでは、ゴズメルのように教育を受ける機会のなかったプレイヤーも大勢いるし、必要な知識を身に着けないと、希望の仕事に就けないのだ。
ゴズメルは冒険者志望だったので、一般常識を身に着け、読み書きのプリントを解きまくった。一か月程度で卒業したが、大人も子供も好きな時に来て課題にあたっていた。
難しいところを教えてもらえるように教師もいちおういるが、一定の習熟度に達すると、教える側に回る課題が出る。ゴズメルも二、三人の子供に計算の仕方を教えてやった。
「あの環境で悪い友達なんてできっこないよ。大人がいつも目を光らせているし、そもそも悪さするようなやつは学校になんて来ない。町の外で火遊びとかしてる」
「それは……そうかもしれないけど……」
「下ネタを言えるような友達ができたってことじゃないか。男の子ならそれくらい普通だよ」
「男の子だから許されるなんてことはないと思うわっ」
リリィは頬を真っ赤にして叫んだ。ジュエルが絵本からハッと顔を上げる。リリィは母の威厳を保とうと必死だったが、自分の子供のころを思い出すと平静ではいられなかった。
「お祖母さまは汚い言葉を使うなんて許さなかったもの。それは私が男の子だったとしても変わらなかったはずよ。そして私は、ちゃんと躾けてもらったことに感謝しているの」
「あー……まあ、そういう考え方もあるか」
「ジュエル、いらっしゃい」
ジュエルはばつが悪そうな顔で来た。リリィは息子の肩に手を置いて言った。
「悪ふざけで変なことを言われて、ママはとても嫌な気持ちになったわ。あんなこともうしないって約束してくれる?」
ジュエルは信じがたいことに「やだ!」と言った。
「えっ? ど、どうして」
「だって、『うんこ』『ちんちん』って、もっと言いたい」
キラキラした顔から発される悪魔のような発言に、リリィは耳を疑った。ゴズメルが明後日の方向を向いたのは、吹き出したせいらしい。リリィは足元が大きく崩れていくような気がした。思わずジュエルを揺さぶってしまう。
「どうしてなの? ママは嫌だって言っているじゃない。ジュエルがそんな言葉を使うのを聞きたくないわ」
「でもぼくは言いたいんだ!」
小さいがミノタウロス族の子供だ。ジュエルは母の手を振りほどいて飛び跳ねた。『うんこ』、『うんち』、『ちんちん』、『ちんこ』、『おっぱい』、それに、『まんこ』。わが子のひとつひとつの言葉が破片となってリリィの肌に突き刺さる。リリィは泣き叫んだ。
「やめてっ、やめてったら!」
「ジュエル、こら」
ゴズメルは火のように熱くなったジュエルを捕まえた。ジュエルは「やだやだ!」と身をよじったが、ゴズメルが「ぶんぶんの刑だぞ」と言って振り回してやると、すぐにスイッチが切り替わり、ケタケタ笑い始める。
「……よし、ジュエル」
ゴズメルはジュエルを抱きなおして提案した。
「明日は、ゴズメルママと冒険に行こうか」
「ぼうけん!?」
「そうだよ、広いところへ連れ出してやろう。大空に向かって気が済むまで悪い言葉を使うといい」
呆気にとられるリリィをよそに、ゴズメルはジュエルの気分をどんどん盛り上げた。
「あたしが森の歩き方を教えてやる。恐ろしいドラゴンが出るかもしれないから、いつでも戦えるように準備をしておくんだ」
「わかった! ぼくたちはドラゴンの隠し財宝をゲットするんだ!」
「その通りさ。よくわかってるじゃないか」
ゴズメルはジュエルを床に下ろしてやった。冒険への期待に胸をふくらませる息子の背中をぽんと叩く。
「さあ、出発は明日の朝だよ。ちゃんと準備して、今夜は早く寝なさい」
ジュエルは腕を鳥のように広げて駆けていった。
「好きなことには素直なんだけどなあ」
つぶやいたゴズメルは、リリィがじとっとした目で睨んでいるのに気がついて苦笑した。
「あの様子じゃ怒っても聞かないだろう。リリィママは絶対に自分の言うことを聞くと思ってるしね。たっぷりガス抜きさせた後で、あたしがバシッと言うから」
「……どうしてなにも相談せずに決めてしまうの? ひどいわ」
リリィは後ろ手を組んでそっぽを向いた。なんとかしてほしいとは思ったけれど、こんな展開になるなんて思ってもみなかった。
「あの子はまだ子供なのに、冒険だなんて。どうして危ないことをさせようとするのよ……」
「あたしのお嫁さんにナメた口をきくから」
ゴズメルはリリィを抱き寄せて膝に座らせた。同じ動作でもジュエルにした子供をあやすようなものではない。腕で全身を拘束し、太ももで股を開かせる。首筋にキスされて、リリィはぶるっと震えた。ジュエルが戻ってこないとも限らないのに、母親の顔を剝がされてしまう。
「あぁ、だめ……あなた……」
拒もうとする声が艶を帯びている。ゴズメルはリリィの背中に軽く爪を立てた。こぼれる甘い声を自分の口に引き取り、そっと耳元に囁く。
「相手を見下すのは、ミノタウロス族の悪い習性だよ。あんたの血が混ざっているおかげで、だいぶいい子に育ったけど、早いところ矯正しないと苦労することになる」
「でも、そんな……」
「全部あたしに任せておくれ、リリィ」
吐息交じりの囁きに背筋がしなる。リリィは催眠術にかけられたような気がした。ジュエルのためだ。翅の力を使ってでも抵抗しなければならないと思うのだが、弱い背中を責められると、思考が溶けてゆく。
「あぁ……あなた……」
目を閉じると、長旅でまとった土埃と汗の匂いを感じた。ゴズメルは帰ってきたばかりだというのに、リリィのために問題を解決しようとしているのだ。顔を動かすと望みを察して唇にキスをくれる。リリィはうっすらと目を開いた。「約束して……」漏らす声はかすれていた。
「危ないことをせず、必ず私のもとに帰ってきて……」
「そんなの、あたりまえだ……」
「ケガもしちゃダメよ。それからジュエルのことを……あぁ、あんっ」
ゴズメルはソファに寝そべり、リリィの体を自分に向かって引き倒した。
「約束する。あんたが悲しむようなことは絶対にしない」
意味ありげに腰を撫でさする手は、熱っぽかった。「もういい?」と口では尋ねているが、手は有無を言わさず、リリィの開いた股にかかろうとしている。自分の脚の間に大きな手がある。リリィは官能的な眺めに息を詰めた。もう何秒かあったら、二人の燃え盛る愛を消し止めることは誰にもできなかったはずだ。
「ママー! ぼくのリュックどこー!」
ゴズメルは、がっくりと肩を落とした。寝たまま声を張り上げる。
「明日でいいだろ! 早く寝なっ」
「……だめよ、行ってあげなきゃ。あの子きっと寝ないわ」
ちゃんと準備しろと言ったのはゴズメルだ。ため息をつくと、リリィを軽くハグして解放する。腕を放すせつな、「あたしがこの件を片付けたら、ご褒美をおくれ」と甘ったるく囁いた。
「綺麗で優しいリリィママのことをめちゃくちゃに抱きたいんだ」
「あんっ……」
鎖骨をヂュッと強く吸われて、リリィは身もだえした。言い捨てたゴズメルはサッと立ってジュエルのもとへ向かう。リリィは腰砕けになって立ち上がれなかった。
「……はぁ」
床を磨く手を止めて、リリィは小さなため息をついた。鏡のようにピカピカになった床に、物憂げな顔が映っている。
リビングはすっかり綺麗になっていた。棚の埃は払ったし、ソファのカバーは洗濯して糊付けもした。なにか見落としはないかと首を巡らすと、テーブルの上がやけにがらんとしているように感じた。テーブルクロスでもかけようか、そして花瓶でも飾れば、もっと――そこまで思い浮かべて、リリィは脱力した。
テーブルクロスをかけなくなったのは、愛する息子、ジュエルが食べこぼしで汚すからだ。花瓶も倒すと危ないので「ないない」した。自分で片づけたことを忘れてしまうほど当たり前にそばにいたのだ。それなのに、今は。
リリィは椅子に顔を伏せ、すすり泣いた。屋敷の中は静まり返っている。もうずっと、三日もだ。体の大きなゴズメルがドタドタ歩き回る音も、ジュエルが「ママ、だっこして!」と可愛らしくねだる声も、今は遠いものとなってしまった。
(私がもっと強ければ、二人が出ていくことなどなかったのに)
気が狂いそうな沈黙に、リリィは耳をふさいだ。目を閉じれば頭の中に潮流が渦巻くかのようだ。時を戻せるのならやり直したい。リリィは数日前の記憶に思いを馳せた。
「うんこ、ちんちん、うんこ、しっこ!」
そうだった。学校から帰ったジュエルにそう言われた時、リリィはとうとうこの日が来てしまったと思ったのだ。
同じパートタイムの受付嬢にも『男の子を育てるって大変よ』と言われていた。上に兄が二人いるゴズメルも『毎日毎日、信じられないくらいバカなことしてたよ!』と語っていた。
それでもリリィは心のどこかで(お利口なジュエルに限って、まさかそんなことは)と思っていた。
そう、ジュエルは利口な子だった。絵本が好きで、物語の世界に没頭していれば、リリィの帰りがちょっと遅くなっても気にしない。
ゴズメルとリリィは『うちの子は王子様かもしれない』とよく言いあったものだ。
頭脳明晰(時計だって読める)、運動神経は抜群で(ハイハイからタッチまであっという間だった)、そのうえとびきりの美少年(ミルク色の角と頬のそばかすがチャームポイントだ)。心優しくて、台所仕事もよく手伝ってくれる。・・・もしかしたら、つまみ食いが目当てだったかもしれないけれど。
だからリリィは、一瞬硬直した後すぐ切り替えて「そんなことを大きな声で言ってはいけないのよ」と指導した。ジュエルがわめきちらすのは、それが下品な言葉だと知らないから。きちんと伝えればわかってくれるだろうと思った。
ところがジュエルは「うんこ!!」と飛び上がって叫んだ。興奮したニワトリのような様子で、リリィはすっかり気圧されてしまった。対照的に、ジュエルは大喜びだった。頭の上で手を叩いてリリィの周りをグルグル回り始める。
「おーっぱい、おーっぱい、ちーんちん」
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい。ジュエル、いったい何があったって言うの?」
「うーんこ、しーっこ、うーんこ、しーっこ」
「落ち着いて」
「まん」
「もうやめてっ」
リリィは真っ赤になって、ジュエルの口を両手でふさいだ。ゴズメル譲りの焦げ茶色の髪も、リリィとお揃いのエメラルドの瞳も、昨日と何ひとつ変わらない。しかし今のジュエルは、かつてのジュエルとは何もかも違っていた。リリィの慌てふためく様子を見るのがたまらないみたいに、口をふさがれても下品な言葉をわめきまくるのだ。
ゴズメルが遠征任務を終えて帰宅した時、リリィのメンタルはもうボロボロだった。
「へぇっ、学校で変な言葉をたくさん覚えてきたのか、ジュエル」
「……」
「なんで黙ってんだ。あたしにも教えとくれよ」
しばらく留守だったゴズメルにつつかれて、ジュエルは照れくさそうに身をよじった。ゴズメルの膝に乗り上げると、ひそひそ声で「ち・ん・こ」と囁く。
苦笑いするゴズメルに、リリィは訴えた。
「さっきまでは、もっとすごかったのよ」
「へぇ? あたしの前でネコをかぶってるのかい、ジュエル」
ジュエルはへれへれと笑っている。そのうちゴズメルの膝の上で縦になったり横になったりしはじめ、猫のようにピャッと抜け出した。ソファの下にしまっている絵本を取り出して読み始める。リリィは心配そうに言った。
「学校でなにかあったんじゃないかしら」
「なにかって、なんだい」
「悪い友達ができたとか……」
「大げさだなあ」
ゴズメルは笑った。ノァズァークの学校では、読み書き計算から専門的な知識まで様々なことを学ぶことができる。もちろん生徒は子供ばかりではない。さまざまな種族が集まるアルティカでは、ゴズメルのように教育を受ける機会のなかったプレイヤーも大勢いるし、必要な知識を身に着けないと、希望の仕事に就けないのだ。
ゴズメルは冒険者志望だったので、一般常識を身に着け、読み書きのプリントを解きまくった。一か月程度で卒業したが、大人も子供も好きな時に来て課題にあたっていた。
難しいところを教えてもらえるように教師もいちおういるが、一定の習熟度に達すると、教える側に回る課題が出る。ゴズメルも二、三人の子供に計算の仕方を教えてやった。
「あの環境で悪い友達なんてできっこないよ。大人がいつも目を光らせているし、そもそも悪さするようなやつは学校になんて来ない。町の外で火遊びとかしてる」
「それは……そうかもしれないけど……」
「下ネタを言えるような友達ができたってことじゃないか。男の子ならそれくらい普通だよ」
「男の子だから許されるなんてことはないと思うわっ」
リリィは頬を真っ赤にして叫んだ。ジュエルが絵本からハッと顔を上げる。リリィは母の威厳を保とうと必死だったが、自分の子供のころを思い出すと平静ではいられなかった。
「お祖母さまは汚い言葉を使うなんて許さなかったもの。それは私が男の子だったとしても変わらなかったはずよ。そして私は、ちゃんと躾けてもらったことに感謝しているの」
「あー……まあ、そういう考え方もあるか」
「ジュエル、いらっしゃい」
ジュエルはばつが悪そうな顔で来た。リリィは息子の肩に手を置いて言った。
「悪ふざけで変なことを言われて、ママはとても嫌な気持ちになったわ。あんなこともうしないって約束してくれる?」
ジュエルは信じがたいことに「やだ!」と言った。
「えっ? ど、どうして」
「だって、『うんこ』『ちんちん』って、もっと言いたい」
キラキラした顔から発される悪魔のような発言に、リリィは耳を疑った。ゴズメルが明後日の方向を向いたのは、吹き出したせいらしい。リリィは足元が大きく崩れていくような気がした。思わずジュエルを揺さぶってしまう。
「どうしてなの? ママは嫌だって言っているじゃない。ジュエルがそんな言葉を使うのを聞きたくないわ」
「でもぼくは言いたいんだ!」
小さいがミノタウロス族の子供だ。ジュエルは母の手を振りほどいて飛び跳ねた。『うんこ』、『うんち』、『ちんちん』、『ちんこ』、『おっぱい』、それに、『まんこ』。わが子のひとつひとつの言葉が破片となってリリィの肌に突き刺さる。リリィは泣き叫んだ。
「やめてっ、やめてったら!」
「ジュエル、こら」
ゴズメルは火のように熱くなったジュエルを捕まえた。ジュエルは「やだやだ!」と身をよじったが、ゴズメルが「ぶんぶんの刑だぞ」と言って振り回してやると、すぐにスイッチが切り替わり、ケタケタ笑い始める。
「……よし、ジュエル」
ゴズメルはジュエルを抱きなおして提案した。
「明日は、ゴズメルママと冒険に行こうか」
「ぼうけん!?」
「そうだよ、広いところへ連れ出してやろう。大空に向かって気が済むまで悪い言葉を使うといい」
呆気にとられるリリィをよそに、ゴズメルはジュエルの気分をどんどん盛り上げた。
「あたしが森の歩き方を教えてやる。恐ろしいドラゴンが出るかもしれないから、いつでも戦えるように準備をしておくんだ」
「わかった! ぼくたちはドラゴンの隠し財宝をゲットするんだ!」
「その通りさ。よくわかってるじゃないか」
ゴズメルはジュエルを床に下ろしてやった。冒険への期待に胸をふくらませる息子の背中をぽんと叩く。
「さあ、出発は明日の朝だよ。ちゃんと準備して、今夜は早く寝なさい」
ジュエルは腕を鳥のように広げて駆けていった。
「好きなことには素直なんだけどなあ」
つぶやいたゴズメルは、リリィがじとっとした目で睨んでいるのに気がついて苦笑した。
「あの様子じゃ怒っても聞かないだろう。リリィママは絶対に自分の言うことを聞くと思ってるしね。たっぷりガス抜きさせた後で、あたしがバシッと言うから」
「……どうしてなにも相談せずに決めてしまうの? ひどいわ」
リリィは後ろ手を組んでそっぽを向いた。なんとかしてほしいとは思ったけれど、こんな展開になるなんて思ってもみなかった。
「あの子はまだ子供なのに、冒険だなんて。どうして危ないことをさせようとするのよ……」
「あたしのお嫁さんにナメた口をきくから」
ゴズメルはリリィを抱き寄せて膝に座らせた。同じ動作でもジュエルにした子供をあやすようなものではない。腕で全身を拘束し、太ももで股を開かせる。首筋にキスされて、リリィはぶるっと震えた。ジュエルが戻ってこないとも限らないのに、母親の顔を剝がされてしまう。
「あぁ、だめ……あなた……」
拒もうとする声が艶を帯びている。ゴズメルはリリィの背中に軽く爪を立てた。こぼれる甘い声を自分の口に引き取り、そっと耳元に囁く。
「相手を見下すのは、ミノタウロス族の悪い習性だよ。あんたの血が混ざっているおかげで、だいぶいい子に育ったけど、早いところ矯正しないと苦労することになる」
「でも、そんな……」
「全部あたしに任せておくれ、リリィ」
吐息交じりの囁きに背筋がしなる。リリィは催眠術にかけられたような気がした。ジュエルのためだ。翅の力を使ってでも抵抗しなければならないと思うのだが、弱い背中を責められると、思考が溶けてゆく。
「あぁ……あなた……」
目を閉じると、長旅でまとった土埃と汗の匂いを感じた。ゴズメルは帰ってきたばかりだというのに、リリィのために問題を解決しようとしているのだ。顔を動かすと望みを察して唇にキスをくれる。リリィはうっすらと目を開いた。「約束して……」漏らす声はかすれていた。
「危ないことをせず、必ず私のもとに帰ってきて……」
「そんなの、あたりまえだ……」
「ケガもしちゃダメよ。それからジュエルのことを……あぁ、あんっ」
ゴズメルはソファに寝そべり、リリィの体を自分に向かって引き倒した。
「約束する。あんたが悲しむようなことは絶対にしない」
意味ありげに腰を撫でさする手は、熱っぽかった。「もういい?」と口では尋ねているが、手は有無を言わさず、リリィの開いた股にかかろうとしている。自分の脚の間に大きな手がある。リリィは官能的な眺めに息を詰めた。もう何秒かあったら、二人の燃え盛る愛を消し止めることは誰にもできなかったはずだ。
「ママー! ぼくのリュックどこー!」
ゴズメルは、がっくりと肩を落とした。寝たまま声を張り上げる。
「明日でいいだろ! 早く寝なっ」
「……だめよ、行ってあげなきゃ。あの子きっと寝ないわ」
ちゃんと準備しろと言ったのはゴズメルだ。ため息をつくと、リリィを軽くハグして解放する。腕を放すせつな、「あたしがこの件を片付けたら、ご褒美をおくれ」と甘ったるく囁いた。
「綺麗で優しいリリィママのことをめちゃくちゃに抱きたいんだ」
「あんっ……」
鎖骨をヂュッと強く吸われて、リリィは身もだえした。言い捨てたゴズメルはサッと立ってジュエルのもとへ向かう。リリィは腰砕けになって立ち上がれなかった。
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