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ラブラブハッピー番外編

ゴズメルとリリィとマリアの仁義なき3P ①

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『変な家』


「リリィ、足元に気をつけて」

「ありがとう、ゴズメル」

 階段の最後の段だ。

 ランタンを手にしたゴズメルは先に降りて、リリィが壁伝いに降りてくるのを待ち受けた。

 ふわっと胸に飛び込んできた妻を、ゴズメルは優しく床に下ろす。ランタンの光がかすかに揺れた。

「……まさか、我が家の地下がこんなに広くなっているなんて」

 リリィがため息をつく。

 そこは円形の地下収納庫バントリーだ。食料の在庫や、家庭菜園に使う土やネット、箱に入ったかき氷器まである。ぐるりを囲む棚の中央にはキャスター付きの脚立があった。

 整理の行き届いたとても機能的な場所だが、リリィが祖母から受け継いだこの家の地下は、本来の見取り図とはかけ離れた形に変化していた。

 ゴズメルはランタンで見取り図を照らし、状況を確認した。

「もともとは丸型のバントリーが一つあるきりだったんだね。ところが今は・・・ごらんよ、お団子みたいに奥へ部屋が続いている」

 本来なら壁があるはずの場所に、棚が連なっているのだった。ゴズメルは見取り図を畳んで言った。

「どれ、もう少し奥まで見てみよう。どっか危ないところにつながっていたら、うちのジュエル坊やと隠れんぼもできないからね」

「……」

「リリィ?」

「……ううん、なんでもないのよ」

 首を振るリリィは暗い表情をしていた。

「ただ、申し訳なくて。私がガチャを引く時にあれこれ考えてしまったせいで……今頃、ジュエルは寂しい思いをしているんじゃないかしら」

「ううーん。いったん問題を整理してみようか」

 ゴズメルは脚立にランタンを置いて、リリィの悩みごとを、順番に解きほぐした。

「まず、ガチャを引く時にあれこれ考えたのは、あんただけじゃないよ。よく覚えてないけど、あたしだって『広い家に住みたいなー』くらいのことは思い浮かべてたもの」

 そう、すべてはポップルの研究所でガチャを引いたことに起因していた。

 二人の願いを確定要素としてアジリニが修正パッチを作成、不確定要素はガチャに託されたわけだが、この工程に少々問題があった。

『私たちのいた痕跡を、この世界に戻してください』

 その『痕跡』が、二人の思いや記憶をもとにガチャで再構成されてしまったのである。おかげでゴズメルがねぐらにしていた部屋は蛇口をひねると温泉が出てくるようになってしまったし、リリィの家庭菜園はとても広くなってしまった。

「実際、あの温泉には参ったよ。おかげで引っ越しの時に大家と大揉めになったんだから。蛇口がダメになるとかなんとか言ってさ」

「ミックさんが修理を引き受けてくださらなかったら、私たちはこの家で一緒に暮らせていないでしょうね……」

「だけど、この家にもいろいろと妙なところがあったわけだ」

 もたらされたのは必ずしもいい変化ばかりではない。先ほど調べてきた二階では、なぜか窓から見える景色が広々とした花畑だった。窓を開けると普通に家の屋根が見えるのだが、うっかり落ちたらと思うと怖すぎる。

 転居、出産、手続きとバタバタしっぱなしだったが、ようやく時間にゆとりができた。二人は子供をナナに預け、この家を改めて探検してみることにしたのだった。

「……ナナ、大丈夫かしら」

「もちろん大丈夫さ」

 不安そうなリリィに、ゴズメルは言い聞かせた。

「あんたも知ってるだろう。ナナは子守りに関してはびっくりするくらい手際がいいよ。それにナナの妹のミミは、ジュエルと仲良しだからね。きっと楽しく過ごしてるよ」

「だけど……」

「……坊やと離れているのは不安かい?」

 ゴズメルの言葉に、リリィは寒そうに自分の肘を抱いた。

「ゴズメル、ジュエルは今頃、私を恋しがって泣いてるんじゃないかしら……?」

「リリィ……」

「もしも転んで泣いてたら? 頭を打っていたら? あ、あの子の身に何かあったら、私……」

 不安のあまり震えているリリィを、ゴズメルは抱きしめた。心配しすぎだと責めることはできない。妖精の卵が孵化するまでの道のりは、あまりにも手探りだった。

「……あんたは、どんな時でもジュエルを大事に抱いてたからね。そばにいないと心配なんだろう」

「…………」

「いいよ、一足先にナナの家に行ってても。あたしもここの探検が済んだらすぐ追いかける」

 ゴズメルの提案に、リリィの肩はぴくんと跳ねた。すこし思い悩むような間があったが、大きな胸に顔をうずめたまま「いいえ」と首を横に振る。

「私も一緒に行くわ。この家のことは私のほうがわかるし、ジュエルと同じくらいあなたのことも心配なんですもの……」

「あはは、あたしのこと幼児だと思ってんのかい?」

「ち、違うわ。だって、あなたは私の……」

 顔を上げたリリィと、バチッと視線が合う。ゴズメルは、つい彼女を抱く腕に力をこめてしまった。

 リリィの濡れた瞳が大粒のマスカットみたいに甘そうに見える。

 その時、奥から物音がしなければ二人は口づけあっていただろうか。

 実際にはドギマギしてお互いに距離をとったけれど。

「な、なんだろうねっ。あの物音は……見に行ってみよう!」

「ええ……!」

 二人して声がひっくりかえっている。ゴズメルのランタンを持つ手は、胸の動悸に合わせて震えていた。もちろん物音が怖かったからではない。性的に意識しあうのが本当に久しぶりだったからだ。

 結婚した二人はもちろん深く愛し合っているのだが、その間にはいつもジュエルがいた。卵の時は割れないように大事に温めて、孵ってからはますます大事に慈しんだ。

 家事に子育てに仕事に毎日が目が回るほど忙しくて、幸福だった。ふとした瞬間に、ゴズメルはいつもたまらない気持ちになる。

 仕事を終えて帰ってきた時、リリィがジュエルを寝かしつけながら一緒に眠り込んでしまっているのを見た。いつも綺麗好きできちんとしているリリィが、服も着替えず髪も乱れたままで寝ているのを見ると、ゴズメルは『あたしにもこうやって完璧じゃないところを見せてくれるようになったんだ』と思うのだった。

 そういう時、白いうなじが露わになっているのなんかを見ると、性欲がムラッ・・・とこみあげてくるのだが『リリィは疲れてるんだから』『ジュエルの教育によくないから』と、自分の心に言い聞かせてやり過ごしてきた。

 だいたいゴズメルだって忙しいのだ。アルティカ支部の新会長となったイーユンは執務室にいるだけで何も仕事をしない。おかげでなぜかゴズメルが会長代理みたいな真似をさせられている。

 子育て中なので内勤させてもらえるのは有難いが、組織運営だの業績評価だの知るかってかんじである。幸い家には育休中の敏腕受付嬢がいるので意見を聞くこともできる。夜泣き対応がてら持ち帰りの仕事をやったりなどしているのだから、二人の時間など持てるわけなどないのだった。

(でも、今日とか休みだし、ジュエルもナナに預けてるし……)

 さっきの一瞬、小さな唇が濡れたように赤く見えた。細い首筋をやけに艶めかしく感じたのは、フーディーの少し伸びた襟ぐりから鎖骨が見えていたからだろうか?

 ゴズメルが探検で汚れてもすぐ洗えるようにジャージを着ているのに対し、リリィはいつもより着古した服を着ているのだった。上がビッグサイズだから問題ないと思っているのか、下に穿いているのはなんと、お尻のかたちがくっきりと見えるレギンスだった。腰を屈めるのを後ろから見るだけで、ゴズメルは頭がのぼせてしまいそうだ。ひょっとして、誘っているんだろうか。

(いや違う違う!)

 ゴズメルは頭を振って理性を呼び起こした。

(リリィはいらない服を着てるだけ。しゃれた服は洗濯に時間がかかるし、本当はさっさとジュエルを迎えに行きたいんだ。変な気を起こすんじゃない!)

 物音のしたところでは、棚からバケツが落っこちていた。

「なーんだ、揺れて落ちただけ?」

 最初のバントリーにも置いてあったバケツだ。棚に並んでいるものはどの部屋も同じなので、データを複製する際に異常が起きただけらしい。ゴズメルは頭にバケツをかぶっておどけてみせた。

「奥にはまだまだ同じ部屋が続いてるみたいだ。持ち物が増えたね。ダブりを売ったら儲かるかも!?」

「ダメよ、ジーニョおじさまに相談してみましょう。二階の窓は窓ガラスの交換で済むかもしれないけど、ここはなんだか……キャッ!」

「ほぁあっ」

 リリィが急に抱き着いてきた。柔らかい胸の感触に、ゴズメルはバケツの中でくぐもった声を漏らす。

「なになに、どうした」

「い、いま、奥をひとが走っていったみたい」

「なんだってーっ?」

 ゴズメルはバケツを放り出して、リリィの指さす方向へランタンをかざした。なんと十字路ができている。

「ど、どっち行ったっ?」

「左よ。でも、今のは……」

「マッピングする。とにかく追いかけよう!」

 ゴズメルは有無を言わせず、リリィを担ぎ上げた。転居にあたって大家とさんざん揉めたゴズメルは、所有権について少しうるさくなっていた。リリィ=ゴズメル家のバントリーに侵入した不逞の輩を許しておくわけにはいかない!

「この泥棒! いつから住み着いてやがる! 家賃を払えーっ!」

「ゴズメルったら、もう……」

 リリィがランタンをかざすと、確かに前方に人影がある。顔も背格好もわからない。まるで死神かのように灰色のフードをかぶっているのだ。

「こんにゃろめーっ許さないぞーっ!」

 ゴズメルは伝説のハビブティ・マサカリを振り上げて追いかけた。怒髪天を衝く勢いのゴズメル。対する人影は振り向いて、かすかにビクついたかに見えた。

 スピードを上げて小さくなる人影を、ゴズメルも追い上げる。

「ゴズメル、待って、ここはもうバントリーじゃないわ!」

 コピーされ続けていた景色がいつの間にか途切れ、何やらダンジョンめいた岩穴の中へ入り込んでしまっていた。だがすでに一本道だ。正面には暗闇が広がっている。ゴズメルは泥棒に続いて闇の中に飛び込み、とうとうフードを捕まえた。

「オラーッ」

 ゴズメルがそいつの背中を倒した時だった。カチッ、と暗い石室の中で非常に嫌な音がした。

 ダンジョンのトラップが発動する音である。

「リリィ、離れてっ」

 かついでいたリリィを突き飛ばすのと同時に、周囲の床からブシャーッと黒いスモークが吹き上げてくる。

「にゅやーっ」

「ゴズメル! ゴズメル!」

 攻撃か、あるいはデバフ系のギミックかと思った。特定の床を踏むと、毒、または痺れの効果が付加されるトラップは多い。ところがメニュー画面からステータスを確認しても異常が検知できなかった。いや、異常な感覚はある。確かにあるのだが。

「……どきなさいよ」

 フードの人物の声には聞き覚えがあった。

「あなたの体重で、私のからだは上下に分かれてしまいそうだわ」

「マ、マリア……」

 予想だにしなかった人物との再会に、ゴズメルはただただ驚くほかなかった。
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