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33.VS.リー
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脚立が倒れる。リリィはゴズメルの背筋を滑り降りた。
リーがゴズメルの顔面に飛び蹴りをかましてきたからだ。
白衣の裾がはためく。
「リー、あんた・・・!」
「社員が戦えないわけないだろ」
リーの腿は、ゴズメルの喉をギュウと締め付けていた。ゴズメルは否応なしに上を向かされる。
斧は手にしているが、ここまで懐に入られると苦しい。
「マリアちゃんを鍛えたのは僕だ」
「へぇ……っ、じゃっ大したことなさそうだな! 安心した!」
「五月蠅い」
リーはゴズメルの頬を殴った。子供のような手に不似合いな拳鍔を嵌めている。
「どうしてマリアちゃんを選んであげなかったんだ」
「……あ?」
「言ったよね! 君は悪い魔女に操られているだけだって!」
ゴズメルは左右の頬を交互に打擲された。
「君はただ単に種族的な生存戦略で、魔女にたらしこまれているだけなんだよ! そんな誰からも好かれるような女の子を、なんで君は好きになっちゃうんだよ!」
瞬発力はあるが、見た目通り体力がないのだろう。重そうなマスクの中でリーはぜいぜいと息をしていた。
「マリアちゃんは、君が起きるのをずっと待ってたんだよ! 毎日、見てて恥ずかしいくらいソワソワしちゃってさ! 目が覚めたら、きっと君に好きになってもらえるって思ってたんだ!」
不思議なことに、ゴズメルはそんなマリアの様子を簡単に思い描けるのだった。別に動じてませんという顔で座っているのだが、組んだ脚の先をウサギの耳みたいにピクピクさせている。
ゴズメルが朝食の支度を整える時、よくそんな座り方をしていた。ツンとすましていて、いかにも一人が好きそうなのに、食事は一緒にとりたがる。それはもちろん、召使いのゴズメルに支度から片付けまで全部やらせることに愉悦を感じていたのだろうが・・・自分はこんなに好かれていると、かたちだけでも感じたかったのかもしれない。
バイコーン族のマリアは他者の思いを嗅ぎ取る。さぞイライラしたことだろう。ゴズメルときたら不能なうえ、リリィのことを完璧には忘れていなかった。
「どんなに言い繕ったところで、君はリリィのことを愛してなんかないよ! マリアちゃんのほうがよっぽど君のことを愛してる!」
「……」
「僕はさっきたまたま君たちの気の狂ったセックス音声を聞いたけどね、もしも加虐することで鱗粉に逆らっているとか思っているなら、それは大きな間違いだよ! だってリリィ自身が加虐を望んでいるんだから! 君はただ、鱗粉の言いなりになってるだけ」
ゴズメルは無言で、自分の首からリーをむしりとり、寸胴鍋に向かって投げつけた。体の大きさもそうだが、膂力は桁違いだ。吹っ飛んだリーの背中で、寸胴鍋は倒れた。
「小バエがぶんぶんと耳元でうるさいんだよ」
いいにおいの湯気が立ち上るなか、ゴズメルはゴキッと首を鳴らした。と、首の後ろに違和感がある。掴んで引き抜いたものは、注射器だった。
「なんの対策もなしに君たちを待ち受けると思うの? なんて頭が悪いんだ」
「ゴズメル!」
リリィの声が遠い。目をすがめるゴズメルに、リーは勝ち誇った顔をしていた。
「ただの痺れ薬だ。殺しはしないよ」
「ひどいわ! 話し合うつもりなんて、初めからなかったんじゃない!」
「なんとでも言え。じきにカトーが来るだろう。アジリニにゴズメルを食わせれば事態は収拾がつく」
膝をつくゴズメルを、リーは興味をなくしたとばかりに通り過ぎた。
「さあ、リリィ。君はこっちに来るんだ」
「なんですって……!?」
「そうさ、君の鱗粉は多くの可能性を秘めているからね。きっとお見合いなんかにも活用できると思うんだ! 手始めにマリアちゃんと新しいゴズメルの仲を取り持ってもらおうかな!」
リーは実験の想像が止まらないようだった。両手をわきわきと動かして、リリィへと距離を詰めていく。首を振り、後ずさりながら、リリィは叫んだ。
「ゴズメル! 私を守って!」
「は? あのねえ、状況がわかってないのかな……ゴズメルは、もう」
その時、湯気の中からヌッと現れた大きな手が、リーの肩を掴んだ。顔面蒼白になったリーの喉が、ひゅっと音を立てるのを、リリィは見た。その背後にはゴズメルがそびえたっている。
「汚い手でリリィに触るな」
「なっ、なんでっ、薬は、」
「効かん」
ゴズメルの角がピンク色に光っていた。殴り掛かられながら、リーはこれこそが鱗粉の力だと理解した。妖精族は鱗粉の力で強者を虜にして、自分を守らせるのである!
「そっそんなっ、君はそれでいいのかっ!? ゴズメル、君は妖精族の生存戦略にまんまとひっかかってるだけなんだ、目を覚ませ!」
「リー、あんたはひとつ大きなカン違いをしてるよ」
「はぇっ」
ゴズメルは振り下ろした斧でリーの退路をふさぎ、大きく拳を振りかぶった。
「あたしはムカつくあんたを殴れりゃそれでいいッ!」
なおも喋ろうとしたリーは、顔面にパンチを打ち込まれて前歯が折れてしまった。へたっとその場に崩れ落ちてしまった彼女を、ゴズメルは傲然と見下ろした。
「生存戦略、結構じゃないか。それで惚れた女を守れるならいくらでも操ってほしいもんだね!」
ゴズメルは後ろで震えているリリィに、親指を立ててウィンクした。リリィは「まぁ!」と両手で口を押さえる。
二人は協力して社員に勝った――そのはずだった。リリィがはっと息をのみ、ゴズメルの背後を指さす。
「ゴズメル! 後ろ!」
見ると、倒れた鍋のそばで何かが蠢いている!
「そうだ。やっちゃえ、ゴズメルⅡ!」
リーは立ち上がり、鍋の中からはい出そうとするモノに声をかけた。ゴズメルⅡ――ひどいネーミングに、ゴズメルとリリィは顔を見合わせた。
リーがゴズメルの顔面に飛び蹴りをかましてきたからだ。
白衣の裾がはためく。
「リー、あんた・・・!」
「社員が戦えないわけないだろ」
リーの腿は、ゴズメルの喉をギュウと締め付けていた。ゴズメルは否応なしに上を向かされる。
斧は手にしているが、ここまで懐に入られると苦しい。
「マリアちゃんを鍛えたのは僕だ」
「へぇ……っ、じゃっ大したことなさそうだな! 安心した!」
「五月蠅い」
リーはゴズメルの頬を殴った。子供のような手に不似合いな拳鍔を嵌めている。
「どうしてマリアちゃんを選んであげなかったんだ」
「……あ?」
「言ったよね! 君は悪い魔女に操られているだけだって!」
ゴズメルは左右の頬を交互に打擲された。
「君はただ単に種族的な生存戦略で、魔女にたらしこまれているだけなんだよ! そんな誰からも好かれるような女の子を、なんで君は好きになっちゃうんだよ!」
瞬発力はあるが、見た目通り体力がないのだろう。重そうなマスクの中でリーはぜいぜいと息をしていた。
「マリアちゃんは、君が起きるのをずっと待ってたんだよ! 毎日、見てて恥ずかしいくらいソワソワしちゃってさ! 目が覚めたら、きっと君に好きになってもらえるって思ってたんだ!」
不思議なことに、ゴズメルはそんなマリアの様子を簡単に思い描けるのだった。別に動じてませんという顔で座っているのだが、組んだ脚の先をウサギの耳みたいにピクピクさせている。
ゴズメルが朝食の支度を整える時、よくそんな座り方をしていた。ツンとすましていて、いかにも一人が好きそうなのに、食事は一緒にとりたがる。それはもちろん、召使いのゴズメルに支度から片付けまで全部やらせることに愉悦を感じていたのだろうが・・・自分はこんなに好かれていると、かたちだけでも感じたかったのかもしれない。
バイコーン族のマリアは他者の思いを嗅ぎ取る。さぞイライラしたことだろう。ゴズメルときたら不能なうえ、リリィのことを完璧には忘れていなかった。
「どんなに言い繕ったところで、君はリリィのことを愛してなんかないよ! マリアちゃんのほうがよっぽど君のことを愛してる!」
「……」
「僕はさっきたまたま君たちの気の狂ったセックス音声を聞いたけどね、もしも加虐することで鱗粉に逆らっているとか思っているなら、それは大きな間違いだよ! だってリリィ自身が加虐を望んでいるんだから! 君はただ、鱗粉の言いなりになってるだけ」
ゴズメルは無言で、自分の首からリーをむしりとり、寸胴鍋に向かって投げつけた。体の大きさもそうだが、膂力は桁違いだ。吹っ飛んだリーの背中で、寸胴鍋は倒れた。
「小バエがぶんぶんと耳元でうるさいんだよ」
いいにおいの湯気が立ち上るなか、ゴズメルはゴキッと首を鳴らした。と、首の後ろに違和感がある。掴んで引き抜いたものは、注射器だった。
「なんの対策もなしに君たちを待ち受けると思うの? なんて頭が悪いんだ」
「ゴズメル!」
リリィの声が遠い。目をすがめるゴズメルに、リーは勝ち誇った顔をしていた。
「ただの痺れ薬だ。殺しはしないよ」
「ひどいわ! 話し合うつもりなんて、初めからなかったんじゃない!」
「なんとでも言え。じきにカトーが来るだろう。アジリニにゴズメルを食わせれば事態は収拾がつく」
膝をつくゴズメルを、リーは興味をなくしたとばかりに通り過ぎた。
「さあ、リリィ。君はこっちに来るんだ」
「なんですって……!?」
「そうさ、君の鱗粉は多くの可能性を秘めているからね。きっとお見合いなんかにも活用できると思うんだ! 手始めにマリアちゃんと新しいゴズメルの仲を取り持ってもらおうかな!」
リーは実験の想像が止まらないようだった。両手をわきわきと動かして、リリィへと距離を詰めていく。首を振り、後ずさりながら、リリィは叫んだ。
「ゴズメル! 私を守って!」
「は? あのねえ、状況がわかってないのかな……ゴズメルは、もう」
その時、湯気の中からヌッと現れた大きな手が、リーの肩を掴んだ。顔面蒼白になったリーの喉が、ひゅっと音を立てるのを、リリィは見た。その背後にはゴズメルがそびえたっている。
「汚い手でリリィに触るな」
「なっ、なんでっ、薬は、」
「効かん」
ゴズメルの角がピンク色に光っていた。殴り掛かられながら、リーはこれこそが鱗粉の力だと理解した。妖精族は鱗粉の力で強者を虜にして、自分を守らせるのである!
「そっそんなっ、君はそれでいいのかっ!? ゴズメル、君は妖精族の生存戦略にまんまとひっかかってるだけなんだ、目を覚ませ!」
「リー、あんたはひとつ大きなカン違いをしてるよ」
「はぇっ」
ゴズメルは振り下ろした斧でリーの退路をふさぎ、大きく拳を振りかぶった。
「あたしはムカつくあんたを殴れりゃそれでいいッ!」
なおも喋ろうとしたリーは、顔面にパンチを打ち込まれて前歯が折れてしまった。へたっとその場に崩れ落ちてしまった彼女を、ゴズメルは傲然と見下ろした。
「生存戦略、結構じゃないか。それで惚れた女を守れるならいくらでも操ってほしいもんだね!」
ゴズメルは後ろで震えているリリィに、親指を立ててウィンクした。リリィは「まぁ!」と両手で口を押さえる。
二人は協力して社員に勝った――そのはずだった。リリィがはっと息をのみ、ゴズメルの背後を指さす。
「ゴズメル! 後ろ!」
見ると、倒れた鍋のそばで何かが蠢いている!
「そうだ。やっちゃえ、ゴズメルⅡ!」
リーは立ち上がり、鍋の中からはい出そうとするモノに声をかけた。ゴズメルⅡ――ひどいネーミングに、ゴズメルとリリィは顔を見合わせた。
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