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そこは、うす暗くて温かいところだった。
豊かな土の匂い。炭火のはじける音。火にかけられた釜から、ポワポワと湯気があがるのをゴズメルは横になって見ていた。
「ここ、は……?」
夢うつつにつぶやいた時、枕元がやけに柔らかいことに気がついた。粉のついた甘いお餅みたいにすべすべモチモチしている。
「気がついた?」
「うわあっ」
自分があの女の子に膝枕されていると気づいたゴズメルは、びっくりして飛び起きた。と同時に頭に激痛が走り、ゴズメルは悶絶する。その子は心配そうにゴズメルの背中をさすった。
「急に起きたらいけないわ、ゴズメル。」
「あ……あたし、なんでここに……っていうか、あんたは一体……」
混乱するゴズメルを、女の子は悲しそうに見つめた。
「私はリリィ。記憶を失う前、あなたは私と一緒にいたの」
「……っ」
その名前に聞き覚えはない。ないはずだ。でも、本当だろうか。
(どうしてだろう。この子を見てると、胸が苦しい)
リリィはゆっくりと自己紹介した。
「私はアルティカという町で、冒険者協会の受付嬢をしていたのよ。あなたは冒険者だったから、よく一緒に仕事をしたわ。あなたはいつも私のことを助けてくれたの」
「…………」
ゴズメルは瞬いた。まったく身に覚えがないが、話の通じそうな相手でひとまずホッとする。
改めて(いやマリアってマジで性格が終わってるんだな)と思った。記憶喪失の自分に対して、マリアは『薄情な恩知らず』とさえ言ったのだ。
「そうだ、マリア……あ、あれっ、さっきまであたし、マンションにいたよね? どこだい、ここは」
「……クメミ山の地下エリアよ」
「……?」
そう言われてもわからない。ゴズメルだって地理的な知識はあるが、マイナーな山の名前なんて出されても困ってしまう。というかそんな山、現実に存在するのだろうか。
「……今言ってもわからないだろうけれど、伝えておくわね」
リリィは丁寧に説明した。
「クメミ山は、冒険者協会会長の手で更地にされたエリアなの。だけど、彼らは地下の構造を理解していなかった。山を削っただけで地下深くのエリアはまだ残っている。地上のどこにもつながってはいないけれど……」
「で、出られない穴の中ってことかい!?」
「落ち着いて。出入りする方法はちゃんとあるわ……だけど、その前にあなたを回復させなければ」
「回復って……」
「記憶が戻らないのでしょう」
「あ、」
角を撫でられたゴズメルは首を縮めた。気持ちが良くて、口から熱い息が漏れてしまう。何がどうなっているのだろう。この子が現れてから、何もかもがおかしい。
ゴズメルはぐちゃぐちゃになる頭の中で、必死にキーワードを掻き集めた。
「あんた、もしかして悪い魔女ってやつ……?」
リリィが不思議そうに首をかしげる。ゴズメルは荒い息をつきながら、必死に理性を保とうとした。
「あたしを捕まえて、操って、悪いことをたくさんさせたって……そう言われて……」
「……そうね、ゴズメル」
リリィは哀しそうにほほえんだ。
「ある意味では、そうとも言えるのかもしれないわ」
「……!」
大変なことである。ゴズメルはまた敵の手に落ちてしまったのだ。なんとかしてここから逃げて、仲間を呼ばなくてはならない。リリィに目を奪われている場合ではない。彼女の肌や髪の匂いにうっとりしている場合ではない。
しかし、どうしてもその場を動くことができなかった。リリィのそばから離れたくない。鈴が鳴るようなこの子の声をずっと聴いていたい。
「ゴズメル」
リリィは言った。
「ここに戻ってから、私は仲間たちとともにあなたのからだをスキャンしました。……とてもひどい状態だったわ。冒険者協会は、私の鱗粉を取り除こうとあなたの全身を洗浄したのね」
週に一度コンテナで受ける施術のことだ。うつむいたリリィの膝にぽたぽたと涙が落ちる。
「強い洗浄剤に繰り返しさらされて、あなたはもうボロボロなのよ……。彼らはあなたを自分の操り人形にするつもりだったのね……ひどいことを……」
「そ、そんな、でも……」
自分がそんなひどい目にあっていただなんて、ゴズメルには信じられなかった。しかし、そう言われてみると確かに、妙な施術ではあった。記憶を取り戻すどころか、かえって思い出せなくなってしまうのだから。
(それに、何度も説明を受けたのもおかしかった。あれって危険な施術だから許可をとろうとしていたんじゃ……)
沈黙するゴズメルに、リリィは「今すぐすべてを信じろとは言わないわ」と言った。
「だけど私は、あなたを放ってはおけない。癒す手伝いをさせてほしいのよ、ゴズメル……」
「…………」
リリィは、ゴズメルによっぽどの恩があるらしい。許可もとらずに誘拐してきたのはよくないが、説明する前にマリアが襲いかかってきたのだから、逃げるのは当然だ。
「手伝うって、何をするんだい」
「……私の鱗粉を使うことになるわ」
「リンプン?」
あのキラキラしたピンクの粉のことだろうか。毒なんじゃないの、とゴズメルは思ったが、リリィは「私の鱗粉には……ひとの魔力を活性化させる作用があるの」と説明した。
「あなたの体内に残った鱗粉と共鳴して、傷んだ部位を補修できるはずよ。もしかしたら、その過程で記憶も戻るかもしれない。ただ、この鱗粉には別の作用もあって……」
リリィは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「あなたはたぶん、性的にとても興奮した状態になってしまうと思う」
「は?」
「つまり……さ、催淫というか……」
「あっはっはっ」
急に緊張が解けて、ゴズメルは笑ってしまった。
(なにを言ってんだ、この子は。……どうも、あたしとそこまで仲良くはなかったみたいだな。あたしはチンポ生えたって勃起しないのに)
しかしリリィはいたって真面目な様子で「本当なのよ」と言った。
「でも、約束するわ。私はあなたを傷つけることだけは絶対にしない」
「う、うーん……約束するったって……」
「……もしあなたが、私よりマリアさんを選ぶと言うなら、今、帰してもかまわない」
「えっ?」
「ゴズメル、私はあなたが大切なの」
リリィは涙に濡れた目でゴズメルを見上げた。
「あなたの体を治してあげたい。でも、あなたの体はあなたのものよ。冒険者協会は危険な場所だけれど、私のエゴであなたの自由を奪うことはできないわ……私、そしたらふたりの邪魔にならないように、二度とお目にかからないから……」
「いや別に、そこまでは……」
肩を震わせてしゃくりあげるリリィを、ゴズメルは慰めずにはいられなかった。
(なんだよ、すごくいい子じゃないか……誠実で思いやりがあって……)
こんないたいけな女の子の、どこが魔女なのだろう。何か誤解があるに違いないとゴズメルは思った。
「リリィ、泣かないでおくれ。なんにも心配することないんだよ」
だってあたしがこんな女の子相手にエッチな気分になるわけないし!とゴズメルは思った。
「性悪のマリアなんて放っとくくらいでちょうどいいのさ。あたしはただの居候なんだから、なんの責任もない」
人前でキスなんてひどい悪ふざけしやがって、とだんだん腹も立ってくる。
「召使い生活から解放されたうえ、記憶まで戻るんなら、こんなに有り難いことはないよ。あたしはここにいるから、そのリンプンだかデンプンだかを使ってみるといい」
「本当? ゴズメル、ここにいてくれるの?」
「ウン」
「よかった……!」
「ウン……ンフフ……」
リリィは大喜びで抱きついてきた。いるだけでこれだけ喜んでもらえるのも、なんだかくすぐったい。それに、なんだか体も熱くなってきた。沸きっぱなしの釜のせいだろうか?
「……それじゃ、始めるわね」
リリィはゴズメルの耳元にそっと囁いた。
「ゴズメル、私の背中の留め具を、外してくださる……?」
豊かな土の匂い。炭火のはじける音。火にかけられた釜から、ポワポワと湯気があがるのをゴズメルは横になって見ていた。
「ここ、は……?」
夢うつつにつぶやいた時、枕元がやけに柔らかいことに気がついた。粉のついた甘いお餅みたいにすべすべモチモチしている。
「気がついた?」
「うわあっ」
自分があの女の子に膝枕されていると気づいたゴズメルは、びっくりして飛び起きた。と同時に頭に激痛が走り、ゴズメルは悶絶する。その子は心配そうにゴズメルの背中をさすった。
「急に起きたらいけないわ、ゴズメル。」
「あ……あたし、なんでここに……っていうか、あんたは一体……」
混乱するゴズメルを、女の子は悲しそうに見つめた。
「私はリリィ。記憶を失う前、あなたは私と一緒にいたの」
「……っ」
その名前に聞き覚えはない。ないはずだ。でも、本当だろうか。
(どうしてだろう。この子を見てると、胸が苦しい)
リリィはゆっくりと自己紹介した。
「私はアルティカという町で、冒険者協会の受付嬢をしていたのよ。あなたは冒険者だったから、よく一緒に仕事をしたわ。あなたはいつも私のことを助けてくれたの」
「…………」
ゴズメルは瞬いた。まったく身に覚えがないが、話の通じそうな相手でひとまずホッとする。
改めて(いやマリアってマジで性格が終わってるんだな)と思った。記憶喪失の自分に対して、マリアは『薄情な恩知らず』とさえ言ったのだ。
「そうだ、マリア……あ、あれっ、さっきまであたし、マンションにいたよね? どこだい、ここは」
「……クメミ山の地下エリアよ」
「……?」
そう言われてもわからない。ゴズメルだって地理的な知識はあるが、マイナーな山の名前なんて出されても困ってしまう。というかそんな山、現実に存在するのだろうか。
「……今言ってもわからないだろうけれど、伝えておくわね」
リリィは丁寧に説明した。
「クメミ山は、冒険者協会会長の手で更地にされたエリアなの。だけど、彼らは地下の構造を理解していなかった。山を削っただけで地下深くのエリアはまだ残っている。地上のどこにもつながってはいないけれど……」
「で、出られない穴の中ってことかい!?」
「落ち着いて。出入りする方法はちゃんとあるわ……だけど、その前にあなたを回復させなければ」
「回復って……」
「記憶が戻らないのでしょう」
「あ、」
角を撫でられたゴズメルは首を縮めた。気持ちが良くて、口から熱い息が漏れてしまう。何がどうなっているのだろう。この子が現れてから、何もかもがおかしい。
ゴズメルはぐちゃぐちゃになる頭の中で、必死にキーワードを掻き集めた。
「あんた、もしかして悪い魔女ってやつ……?」
リリィが不思議そうに首をかしげる。ゴズメルは荒い息をつきながら、必死に理性を保とうとした。
「あたしを捕まえて、操って、悪いことをたくさんさせたって……そう言われて……」
「……そうね、ゴズメル」
リリィは哀しそうにほほえんだ。
「ある意味では、そうとも言えるのかもしれないわ」
「……!」
大変なことである。ゴズメルはまた敵の手に落ちてしまったのだ。なんとかしてここから逃げて、仲間を呼ばなくてはならない。リリィに目を奪われている場合ではない。彼女の肌や髪の匂いにうっとりしている場合ではない。
しかし、どうしてもその場を動くことができなかった。リリィのそばから離れたくない。鈴が鳴るようなこの子の声をずっと聴いていたい。
「ゴズメル」
リリィは言った。
「ここに戻ってから、私は仲間たちとともにあなたのからだをスキャンしました。……とてもひどい状態だったわ。冒険者協会は、私の鱗粉を取り除こうとあなたの全身を洗浄したのね」
週に一度コンテナで受ける施術のことだ。うつむいたリリィの膝にぽたぽたと涙が落ちる。
「強い洗浄剤に繰り返しさらされて、あなたはもうボロボロなのよ……。彼らはあなたを自分の操り人形にするつもりだったのね……ひどいことを……」
「そ、そんな、でも……」
自分がそんなひどい目にあっていただなんて、ゴズメルには信じられなかった。しかし、そう言われてみると確かに、妙な施術ではあった。記憶を取り戻すどころか、かえって思い出せなくなってしまうのだから。
(それに、何度も説明を受けたのもおかしかった。あれって危険な施術だから許可をとろうとしていたんじゃ……)
沈黙するゴズメルに、リリィは「今すぐすべてを信じろとは言わないわ」と言った。
「だけど私は、あなたを放ってはおけない。癒す手伝いをさせてほしいのよ、ゴズメル……」
「…………」
リリィは、ゴズメルによっぽどの恩があるらしい。許可もとらずに誘拐してきたのはよくないが、説明する前にマリアが襲いかかってきたのだから、逃げるのは当然だ。
「手伝うって、何をするんだい」
「……私の鱗粉を使うことになるわ」
「リンプン?」
あのキラキラしたピンクの粉のことだろうか。毒なんじゃないの、とゴズメルは思ったが、リリィは「私の鱗粉には……ひとの魔力を活性化させる作用があるの」と説明した。
「あなたの体内に残った鱗粉と共鳴して、傷んだ部位を補修できるはずよ。もしかしたら、その過程で記憶も戻るかもしれない。ただ、この鱗粉には別の作用もあって……」
リリィは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「あなたはたぶん、性的にとても興奮した状態になってしまうと思う」
「は?」
「つまり……さ、催淫というか……」
「あっはっはっ」
急に緊張が解けて、ゴズメルは笑ってしまった。
(なにを言ってんだ、この子は。……どうも、あたしとそこまで仲良くはなかったみたいだな。あたしはチンポ生えたって勃起しないのに)
しかしリリィはいたって真面目な様子で「本当なのよ」と言った。
「でも、約束するわ。私はあなたを傷つけることだけは絶対にしない」
「う、うーん……約束するったって……」
「……もしあなたが、私よりマリアさんを選ぶと言うなら、今、帰してもかまわない」
「えっ?」
「ゴズメル、私はあなたが大切なの」
リリィは涙に濡れた目でゴズメルを見上げた。
「あなたの体を治してあげたい。でも、あなたの体はあなたのものよ。冒険者協会は危険な場所だけれど、私のエゴであなたの自由を奪うことはできないわ……私、そしたらふたりの邪魔にならないように、二度とお目にかからないから……」
「いや別に、そこまでは……」
肩を震わせてしゃくりあげるリリィを、ゴズメルは慰めずにはいられなかった。
(なんだよ、すごくいい子じゃないか……誠実で思いやりがあって……)
こんないたいけな女の子の、どこが魔女なのだろう。何か誤解があるに違いないとゴズメルは思った。
「リリィ、泣かないでおくれ。なんにも心配することないんだよ」
だってあたしがこんな女の子相手にエッチな気分になるわけないし!とゴズメルは思った。
「性悪のマリアなんて放っとくくらいでちょうどいいのさ。あたしはただの居候なんだから、なんの責任もない」
人前でキスなんてひどい悪ふざけしやがって、とだんだん腹も立ってくる。
「召使い生活から解放されたうえ、記憶まで戻るんなら、こんなに有り難いことはないよ。あたしはここにいるから、そのリンプンだかデンプンだかを使ってみるといい」
「本当? ゴズメル、ここにいてくれるの?」
「ウン」
「よかった……!」
「ウン……ンフフ……」
リリィは大喜びで抱きついてきた。いるだけでこれだけ喜んでもらえるのも、なんだかくすぐったい。それに、なんだか体も熱くなってきた。沸きっぱなしの釜のせいだろうか?
「……それじゃ、始めるわね」
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