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10:はっとしてドリーム!
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悪夢は嫌なものだ。真夜中に悪夢を見るのはもっと嫌だ。目を覚ました時はいっそうつらい。
目はぱっちりと冴えているのに、肌にふれる毛布や空気の感じが不確かで、夢の中で夢を見ているような気がするのだ。ゴズメルは恐怖のあまり、しばらく動けなかった。
手足が痺れていて、そのうちわけのわからない呻き声が口から漏れてくる。あれはきっと夢ではないのだとゴズメルは思った。大切なひとの首と胴がわかれて、そこから滝のような血が流れていた。いや、あれはきっと夢だとゴズメルは思い直した。それがいったい誰なのか、思い出そうとしても、はじめから記憶がそこにないみたいに、名前が出てこないのである。
「……うるさいのだけど」
バン、とドアを開けて入ってきたのはマリアだった。明かりが点いてみると、そこはマリアが居候のゴズメルにあてがった部屋だった。
ふたりは神殿から、高層住宅の一室に帰ってきていた。
マリアはイライラと言った。
「ふふっ。召使いの分際で主人の安眠を妨害するだなんていい度胸ね……ゴズメル」
「うー、うー……」
「その壊れたサイレンのように唸るのをやめなさいと言っているのよ。気味の悪い」
どこでセルフォンが鳴っているのかと思った、と言われて、ゴズメルの震えは止んだ。ゴズメルの知っているマリアは、いつもセルフォンの着信を気にしている。仕事関係のトラブルで連絡が絶えないからだ。
「……マリア……あんたは、本物のマリアなのかい?」
「は?」
マリアは眉間に皺を寄せたが「ゴズメル、美しい私をよく見るがいいわ」と、長い髪をかきあげてみせた。
「この輝く銀髪。魅惑的なボディライン。大陸を股にかける美脚……生まれながらの気品と磨き上げた知性にあふれる顔、さらにこの」
「ウォオオオ、これは夢じゃないぞ! 本物のマリアだあ!」
すべて聞き終えるより先に、ゴズメルはマリアの腰にしがみついた。こんな自分大好き女は世界広しといえどもそうはいない!
マリアは喋っているところに割り込まれて不満げだったが、召使いに慕われて悪い気はしないのだろう。ゴズメルの髪をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「体調管理も満足にできないなんて、まったくあなたはとんだクズ召使いね。ゴズメル」
「うんうん、この際あたしはクズ召使いでいいよ。よかったぁ、マリアのことまで夢なのかと……」
「…………」
髪を撫でていたマリアの手がふと止まり、ゴズメルの右の角に触れた。
上を向かされたゴズメルは首をかしげる。てっきり『べろべろばー、クズ召使いなんてうちには必要なくってよ! とっとと出ておいきなさい!』とか言われるのかと思ったのだが、マリアは無表情だった。
「……あなた、どこまで憶えているの」
「? ええと……一緒に神殿に行ったよね。そしたら、あんたが急に怒り出して……」
「それだけ?」
「それだけってなんだよ。あたしは具合が悪いうえに頭まで痛かったんだぞ! 途中で倒れちゃうくらいに!」
「……そう」
マリアはストンとゴズメルのベッドに座った。いつかのように寄りかかられてゴズメルは瞬きした。
「あれっ、それで結局、住所登録ってできたのかい?」
「……いいえ」
「そっか……あたしのせいでごめんよ。今度ちゃんと行ってくるから」
「もういいわ」
「えぇ?」
らしからぬ物言いに、ゴズメルは目を丸くする。いつものマリアなら、自分の要求を必ず押し通すのだ。それこそゴズメルに『這ってでも行くのよ、この役立たず!』くらい言うと思った。
だがマリアは「もういい」とだけ言った。すり、と頭をすりよせてくる。
(……なんだ。このしっとりした雰囲気は)
この時、ゴズメルは、珍しくピーンときた。
(あ、あれ、そういえばマリアって……)
そう、そうだ、住所登録の時に、確かにゴズメルはマリアの気持ちを考えたのだった。詳しく思い出そうとすると頭が痛くなるのだが。ゴズメルは手で口を押さえた。
(マリアってひょっとして、あたしのこと好きなんじゃない・・・!?)
目はぱっちりと冴えているのに、肌にふれる毛布や空気の感じが不確かで、夢の中で夢を見ているような気がするのだ。ゴズメルは恐怖のあまり、しばらく動けなかった。
手足が痺れていて、そのうちわけのわからない呻き声が口から漏れてくる。あれはきっと夢ではないのだとゴズメルは思った。大切なひとの首と胴がわかれて、そこから滝のような血が流れていた。いや、あれはきっと夢だとゴズメルは思い直した。それがいったい誰なのか、思い出そうとしても、はじめから記憶がそこにないみたいに、名前が出てこないのである。
「……うるさいのだけど」
バン、とドアを開けて入ってきたのはマリアだった。明かりが点いてみると、そこはマリアが居候のゴズメルにあてがった部屋だった。
ふたりは神殿から、高層住宅の一室に帰ってきていた。
マリアはイライラと言った。
「ふふっ。召使いの分際で主人の安眠を妨害するだなんていい度胸ね……ゴズメル」
「うー、うー……」
「その壊れたサイレンのように唸るのをやめなさいと言っているのよ。気味の悪い」
どこでセルフォンが鳴っているのかと思った、と言われて、ゴズメルの震えは止んだ。ゴズメルの知っているマリアは、いつもセルフォンの着信を気にしている。仕事関係のトラブルで連絡が絶えないからだ。
「……マリア……あんたは、本物のマリアなのかい?」
「は?」
マリアは眉間に皺を寄せたが「ゴズメル、美しい私をよく見るがいいわ」と、長い髪をかきあげてみせた。
「この輝く銀髪。魅惑的なボディライン。大陸を股にかける美脚……生まれながらの気品と磨き上げた知性にあふれる顔、さらにこの」
「ウォオオオ、これは夢じゃないぞ! 本物のマリアだあ!」
すべて聞き終えるより先に、ゴズメルはマリアの腰にしがみついた。こんな自分大好き女は世界広しといえどもそうはいない!
マリアは喋っているところに割り込まれて不満げだったが、召使いに慕われて悪い気はしないのだろう。ゴズメルの髪をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「体調管理も満足にできないなんて、まったくあなたはとんだクズ召使いね。ゴズメル」
「うんうん、この際あたしはクズ召使いでいいよ。よかったぁ、マリアのことまで夢なのかと……」
「…………」
髪を撫でていたマリアの手がふと止まり、ゴズメルの右の角に触れた。
上を向かされたゴズメルは首をかしげる。てっきり『べろべろばー、クズ召使いなんてうちには必要なくってよ! とっとと出ておいきなさい!』とか言われるのかと思ったのだが、マリアは無表情だった。
「……あなた、どこまで憶えているの」
「? ええと……一緒に神殿に行ったよね。そしたら、あんたが急に怒り出して……」
「それだけ?」
「それだけってなんだよ。あたしは具合が悪いうえに頭まで痛かったんだぞ! 途中で倒れちゃうくらいに!」
「……そう」
マリアはストンとゴズメルのベッドに座った。いつかのように寄りかかられてゴズメルは瞬きした。
「あれっ、それで結局、住所登録ってできたのかい?」
「……いいえ」
「そっか……あたしのせいでごめんよ。今度ちゃんと行ってくるから」
「もういいわ」
「えぇ?」
らしからぬ物言いに、ゴズメルは目を丸くする。いつものマリアなら、自分の要求を必ず押し通すのだ。それこそゴズメルに『這ってでも行くのよ、この役立たず!』くらい言うと思った。
だがマリアは「もういい」とだけ言った。すり、と頭をすりよせてくる。
(……なんだ。このしっとりした雰囲気は)
この時、ゴズメルは、珍しくピーンときた。
(あ、あれ、そういえばマリアって……)
そう、そうだ、住所登録の時に、確かにゴズメルはマリアの気持ちを考えたのだった。詳しく思い出そうとすると頭が痛くなるのだが。ゴズメルは手で口を押さえた。
(マリアってひょっとして、あたしのこと好きなんじゃない・・・!?)
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