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5:ほんかくはスレイヴ!
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(あの高飛車女らしいことだ……なるほどな、だから、あたしにあんなに突っかかってくるんだ……仕事で仕方なく出来の悪い召使いを引き取ったとでも思ってるんだろう)
トボトボと歩きながら、ゴズメルはなんだか落ち込んでしまった。
記憶がないというのはこういう時にとても不便なことだ。
ゴズメルは、自分がこれまでの人生で一度もひとに好かれたことがない気がした。
もしも記憶があれば(今はお腹が空いているから気が滅入っているんだ)とか(マリアみたいな性悪女に好かれたらそっちのほうが大変だ!)とか、冷静に判断できたのだろうが、記憶がないとそれが嘘か本当かもわからない。
(……あたしはきっと、大した冒険者じゃなかったんだろうな。だって、この町にはあたしを知ってる友達や仲間もいないみたいだし。その魔女とかいうやつにあっさり捕まって、みんなに迷惑をかけたんだ……)
しかしゴズメルは、そういつまでも落ち込んではいなかった。友達も仲間も、記憶もなかったとしても、これから新しく作っていけばいいのだ。角もいずれ生えてくる。治るまでの生活も保障されている。
ここはイチから心身を鍛えなおして、みんなの役に立つ良い冒険者を目指すべきだ。さすればたくさんの友達や仲間が増え、マリアのようなクソ女ひとりの顔色をうかがわずに済むではないか!
いきおい通路の真ん中でマッスルポーズをキメたゴズメルは、はたと周囲を見回して「あれぇっ?」と情けない声をあげた。
「ここ一体、どこぉ……?」
もやもや考えながら歩き回っていたおかげで、ゴズメルは研究所の中ですっかり迷子になってしまった。
(お、落ち着け落ち着け。ここは大都会ポップルの研究所なんだから、マップがちゃんと表示されるはず……)
と、メニュー画面を開いたはいいが、マップが広大すぎて出口が見つからない。そのうえ似たような処置室がずらっと並んでいるのだった。
(えーとォ……少なくとも向こうから歩いて来たんだから、戻ればいいんだ)
ところが、引き返そうとしたゴズメルは、ビクッと肩を震わせた。
何か聞こえた気がする。
子どもの声だった。
呼んでいる。
(あたしを)
ゴズメルは声のするほうへ駆け出した。まるで女の子がとびっきりのなかよしを遊びに誘う時のような、無邪気でかわいい声だった。階段を駆け下り、いくつかのドアをこじ開けて進む。行先がわからないので、だばだばと陸を泳ぐような不格好な走り方だった。
ゴズメルは確信していた。この先に自分のことをよく知っているひとがいるんだと。許可を得なければ立ち入ってはいけないエリアに、とっくに入っていた。天井では赤色のランプがけたたましい警戒音を発しながら回っている。しかしゴズメルはもう考えることができなかった。頭痛がひどくて頭が割れてしまいそうだ。
(もう少しだ、あともう少し、きっと、あのドアの先にいる)
最新鋭の研究所に似つかわしくない、古めかしい文様の刻まれた木製の分厚いドア。その真鍮のノブに手を伸ばした時だった。
ゴズメルは脇腹を蹴りつけられた。
「うぎゃあっ」
「残念。ゲームオーバーだ」
ゴズメルの前に立ちはだかったのは、鳥の巣のような金髪の男だった。
「……あ? マリアのお気に入りじゃんか……おいっ、ちょっと、なんだ」
ゴズメルは反射的に、男に向かって殴りかかっていた。この男を見ると、なんだかハラワタがぐつぐつと煮えくり返って仕方ないのだ。感情まかせの直線的な攻撃は、男には少しも通らなかったけれど。
「おいおい、俺の記憶があるのか? なんだよ、修正かかってないのかよ……」
「うっせバカバカバーカ、しね!!」
「……もともとバカなのか、種族語を剥奪された弊害が凄まじいのか、どっちだろうな。語彙力が幼児並みだぜ」
男はゴズメルの襟首を掴み、通路に向かって放り投げた。頭をかきながらブツブツと言っている。
「またアジリニの不具合か……どうもクメミ山エリアを食わせてから様子がおかしいんだよな……あーもう、めんどくせえ。データ化してから詳しく調べよう」
ゴズメルはぎょっとした。男が剣を構えたからだ。こちらのアイテムボックスには武器の類は何も入っていないというのに。
彼はつかつかと距離を詰めてきた。
「まぁこの部屋にたどりついたのは褒めてやるよ。記憶を失くしてもミノタウロスってこったな。そんなにアジリニと話がしたいのか」
「!?」
「動くな。死ね」
彼はゴズメルの腹を蹴り、そのまま床に踏みつけにした。
死を覚悟したゴズメルは、ギュッと目をつぶる。
ダァン、と剣の刃先が貫いたのは、ゴズメルの首ではなかった。ゴズメルは目をパチクリさせる。
「マリア!」
マリアは、盾で受けた剣撃を流すと、馬かのように後ろ足でゴズメルを蹴飛ばした。
「ぎゃーっ」
ごろごろとゴズメルが床を転がると、ハイヒールを床に叩きつけて「何をしているの、カトー」と言う。
「……侵入者の排除?」
「今のあれは私の召使いよ。なぜあなたが思い通りにできると思うの?」
「おいおい……マジになるなよ。わかってるだろ? こういう時のためにスペアを用意したんだろうが。ほら、ワガママ言ってないで、その牛女をこっちに引き渡せ」
「嫌よ」
「おい、ちょっとー。マリア副会長さーん?」
「カトー。この件に関して、あなたは私との約束をことごとく反故にしているわ」
「アァ……?」
ゴズメルは状況が読めないながら、マリアの背中が猛烈に怒っているのを感じ取った。
「そもそも私が頼んだのは、クメミ山エリアの制圧、賠償金の請求、それからあの鈍重で憎たらしいミノタウロスのメスを無傷で捕獲することでした。それが、なんなのですか? 彼女のあの、見苦しい姿は」
「いや……だから、それは状況的に……」
抗弁しようとするカトーに、マリアは「ふふ」と笑った。
「どうやらわかっていないようだから、もう一度言うわ。あれは、私の召使いよ」
冒険者協会本部会長、カトーは、雑務を任せきりの副会長に睨まれて、肩を縮めていた。
「あなたが私に、あの傷ついた役立たずを与えたのでしょう。もらったものは私のもの。生かすも殺すも私の心次第です。あなたが割り込む余地は一切ないわ」
ゴズメルは横倒しになりながら(ひぇえええ)と思った。当人の気持ちをいっさい無視して、命を取引されている。まな板の上の鯉とはまさにこのことだった。
トボトボと歩きながら、ゴズメルはなんだか落ち込んでしまった。
記憶がないというのはこういう時にとても不便なことだ。
ゴズメルは、自分がこれまでの人生で一度もひとに好かれたことがない気がした。
もしも記憶があれば(今はお腹が空いているから気が滅入っているんだ)とか(マリアみたいな性悪女に好かれたらそっちのほうが大変だ!)とか、冷静に判断できたのだろうが、記憶がないとそれが嘘か本当かもわからない。
(……あたしはきっと、大した冒険者じゃなかったんだろうな。だって、この町にはあたしを知ってる友達や仲間もいないみたいだし。その魔女とかいうやつにあっさり捕まって、みんなに迷惑をかけたんだ……)
しかしゴズメルは、そういつまでも落ち込んではいなかった。友達も仲間も、記憶もなかったとしても、これから新しく作っていけばいいのだ。角もいずれ生えてくる。治るまでの生活も保障されている。
ここはイチから心身を鍛えなおして、みんなの役に立つ良い冒険者を目指すべきだ。さすればたくさんの友達や仲間が増え、マリアのようなクソ女ひとりの顔色をうかがわずに済むではないか!
いきおい通路の真ん中でマッスルポーズをキメたゴズメルは、はたと周囲を見回して「あれぇっ?」と情けない声をあげた。
「ここ一体、どこぉ……?」
もやもや考えながら歩き回っていたおかげで、ゴズメルは研究所の中ですっかり迷子になってしまった。
(お、落ち着け落ち着け。ここは大都会ポップルの研究所なんだから、マップがちゃんと表示されるはず……)
と、メニュー画面を開いたはいいが、マップが広大すぎて出口が見つからない。そのうえ似たような処置室がずらっと並んでいるのだった。
(えーとォ……少なくとも向こうから歩いて来たんだから、戻ればいいんだ)
ところが、引き返そうとしたゴズメルは、ビクッと肩を震わせた。
何か聞こえた気がする。
子どもの声だった。
呼んでいる。
(あたしを)
ゴズメルは声のするほうへ駆け出した。まるで女の子がとびっきりのなかよしを遊びに誘う時のような、無邪気でかわいい声だった。階段を駆け下り、いくつかのドアをこじ開けて進む。行先がわからないので、だばだばと陸を泳ぐような不格好な走り方だった。
ゴズメルは確信していた。この先に自分のことをよく知っているひとがいるんだと。許可を得なければ立ち入ってはいけないエリアに、とっくに入っていた。天井では赤色のランプがけたたましい警戒音を発しながら回っている。しかしゴズメルはもう考えることができなかった。頭痛がひどくて頭が割れてしまいそうだ。
(もう少しだ、あともう少し、きっと、あのドアの先にいる)
最新鋭の研究所に似つかわしくない、古めかしい文様の刻まれた木製の分厚いドア。その真鍮のノブに手を伸ばした時だった。
ゴズメルは脇腹を蹴りつけられた。
「うぎゃあっ」
「残念。ゲームオーバーだ」
ゴズメルの前に立ちはだかったのは、鳥の巣のような金髪の男だった。
「……あ? マリアのお気に入りじゃんか……おいっ、ちょっと、なんだ」
ゴズメルは反射的に、男に向かって殴りかかっていた。この男を見ると、なんだかハラワタがぐつぐつと煮えくり返って仕方ないのだ。感情まかせの直線的な攻撃は、男には少しも通らなかったけれど。
「おいおい、俺の記憶があるのか? なんだよ、修正かかってないのかよ……」
「うっせバカバカバーカ、しね!!」
「……もともとバカなのか、種族語を剥奪された弊害が凄まじいのか、どっちだろうな。語彙力が幼児並みだぜ」
男はゴズメルの襟首を掴み、通路に向かって放り投げた。頭をかきながらブツブツと言っている。
「またアジリニの不具合か……どうもクメミ山エリアを食わせてから様子がおかしいんだよな……あーもう、めんどくせえ。データ化してから詳しく調べよう」
ゴズメルはぎょっとした。男が剣を構えたからだ。こちらのアイテムボックスには武器の類は何も入っていないというのに。
彼はつかつかと距離を詰めてきた。
「まぁこの部屋にたどりついたのは褒めてやるよ。記憶を失くしてもミノタウロスってこったな。そんなにアジリニと話がしたいのか」
「!?」
「動くな。死ね」
彼はゴズメルの腹を蹴り、そのまま床に踏みつけにした。
死を覚悟したゴズメルは、ギュッと目をつぶる。
ダァン、と剣の刃先が貫いたのは、ゴズメルの首ではなかった。ゴズメルは目をパチクリさせる。
「マリア!」
マリアは、盾で受けた剣撃を流すと、馬かのように後ろ足でゴズメルを蹴飛ばした。
「ぎゃーっ」
ごろごろとゴズメルが床を転がると、ハイヒールを床に叩きつけて「何をしているの、カトー」と言う。
「……侵入者の排除?」
「今のあれは私の召使いよ。なぜあなたが思い通りにできると思うの?」
「おいおい……マジになるなよ。わかってるだろ? こういう時のためにスペアを用意したんだろうが。ほら、ワガママ言ってないで、その牛女をこっちに引き渡せ」
「嫌よ」
「おい、ちょっとー。マリア副会長さーん?」
「カトー。この件に関して、あなたは私との約束をことごとく反故にしているわ」
「アァ……?」
ゴズメルは状況が読めないながら、マリアの背中が猛烈に怒っているのを感じ取った。
「そもそも私が頼んだのは、クメミ山エリアの制圧、賠償金の請求、それからあの鈍重で憎たらしいミノタウロスのメスを無傷で捕獲することでした。それが、なんなのですか? 彼女のあの、見苦しい姿は」
「いや……だから、それは状況的に……」
抗弁しようとするカトーに、マリアは「ふふ」と笑った。
「どうやらわかっていないようだから、もう一度言うわ。あれは、私の召使いよ」
冒険者協会本部会長、カトーは、雑務を任せきりの副会長に睨まれて、肩を縮めていた。
「あなたが私に、あの傷ついた役立たずを与えたのでしょう。もらったものは私のもの。生かすも殺すも私の心次第です。あなたが割り込む余地は一切ないわ」
ゴズメルは横倒しになりながら(ひぇえええ)と思った。当人の気持ちをいっさい無視して、命を取引されている。まな板の上の鯉とはまさにこのことだった。
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