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2:かなしみクッキング!
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とんとん拍子でマリアの厄介になると決まった時、ゴズメルは異議の申し立てようもなかった。急に放り出されるよりはるかに有難い話だったし、マリアとの共同生活が記憶を取り戻すよすがになればと思ったのである。
ゴズメルはしっかり溶きほぐした卵をフライパンの上に流し入れた。フライパンをがしゃがしゃとゆすりながら、固まってきたふちの部分を内側に巻き込む。
『そうそう、とっても上手よ、ゴズメル』
菜箸を素早く動かすゴズメルのわきで、誰かがそう言ったような気がした。料理をしているとたまに聞こえる幻聴だ。ゴズメルは聞こえないふりをしつつ、フライパンの中にオムレツのかたちを作っていく。
『はい、奥から手前に揺り動かすように、トン・トン・トン』
火から浮かせたフライパンの持ち手を、空いている片手でリズムよく叩く。すると、ふっくらと丸みのある半月ができあがるのだった。
そこに誰もいないとわかっていて、ゴズメルはちらっと横を見た。『すごい。ちょっと教えただけでこんなに上手にできるなんて、あなたは料理の天才だわ!』そう言って大喜びしてくれるひとがいるような気がして。
だが、誰もいなかった。
ちん、と音を立ててトーストが焼き上がる。
「うお、やべっ」
ゴズメルは慌ててもうひとつオムレツを焼き、サラダを作り、食卓へ運んだ。すでにマリアは身支度を整えて席に着いている。ちょっと無理して一度に皿を運ぶゴズメルを見て「ふふ」とこばかにしたように鼻を鳴らした。
皿を並べつつ、ゴズメルはマリアにオムレツの光沢を示してみせた。
「今日のオムレツは、とっても上手にできたと思うよ。見ておくれ、色も綺麗だし焼き加減も最高」
「……あら、なぁに? あなた、もしかして私に褒めてほしいのかしら」
「いや。別に、そういう意味じゃないけど……」
意地悪く切り返されて、ゴズメルは口ごもった。本当は褒めてほしかったのかもしれない。作っている時に聞こえたあれが、幻聴ではなかったと思いたいのだ。
二人で囲む食卓は静かだった。ゴズメルは気づまりで、尋ねてみた。
「……ねえ、マリアってオムレツは作れるのかい?」
音を立てずにフォークを使っていたマリアの手が、止まる。彼女は皿のふちに食器を置いてゴズメルを見つめた。
「ゴズメル」
「はい。なんだい」
「私はすべてにおいて完璧なの」
「はぇっ?」
「ふふ。あなたの前に座る私を、よく見るといいわ。美しいでしょう?」
「うん? うん……それは、まぁ」
確かにマリアは美人だった、いまのゴズメルに角が一本しかないから余計にそう思うのかもしれないが、額から突き出た黒い角は見事というほかない。ごつごつとした強そうな角なので、顔立ちの優美さが余計に引き立って見える。それに月光を織ったような銀髪ときたら、まるで神話の世界から抜け出してきたみたいだ。
マリアは綺麗な顔で高飛車に言った。
「冒険者協会本部の副会長である私は人望厚く、頭脳明晰、仕事そっちのけで遊び惚けている会長に代わって数々の難題を解決してきたスーパースターなのです」
「……おう」
ゴズメルは恐れ入った。実際そうなのかもしれないが、自分で自分のことをそこまで誉めそやせるのは、ある意味大したものだと思う。マリアはまるで物怖じせずに自分を誇った。
「そのうえね、私はあなたのような毒にも薬にもならない愚物に哀れみをかけるほどの人格者なのよ。あぁゴズメル、この私を目の前にして、なぜ卵料理の成功ひとつでそこまで偉そうにできるの?」
「……えっと。気に障ったならごめんよ、それで、マリアってオムレツを作れるの?」
「ええ、作れるわ。やろうと思えば、あなたよりもずっと上手くね!」
力強く断言されて、ゴズメルは嬉しくなった。
「じゃあやっぱり、あたしにオムレツの作り方を教えてくれたのはマリアだったんだ!」
「……は?」
「変だと思った。なんだかコレ作ってるだけで、あたしは胸がふわふわしてさ。あんたの記憶がなくても、あんたに教わった手の動かし方は覚えてるもんなんだねえ、マリア!」
ゴズメルは、きっとマリアが喜んでくれると思ってそう言ったのだが、彼女は全く喜ばなかった。むしろ美しい顔から表情を消して「私、もう出かけるわ」と食卓を立ってしまう。
「えっ……なんでさ。まだ残ってるよ。美味しくなかった?」
「ええ、その通りよ」
「……えっ」
「私、こんなにひどい食事って初めてで驚いたわ。ふふ。あなた、もう卵には触らないほうがいいんじゃない?」
「な、なんで……?」
「これじゃ、ニワトリに気の毒というものよ」
予想だにしていなかった手酷い皮肉に、ゴズメルはショックを受けた。マリアは「これ、捨てておいてちょうだい? ゴズメル」と軽い調子で言った。
「あぁ、私の食べかけをどうしてもかじりたいというなら、止めはしないけれど」
「…………」
ゴズメルは皿を見つめたまま、返事をしなかった。マリアはさっさと出かけてしまう。見送りに立たないとまた後からブーブー言われるとわかっていても、足に入らなくて立ち上がれない。
こんなしょうもないことで傷つきたくないのだが、なんだか目の前で命綱を切られてしまったような気がした。
(きっと、今度こそ喜んでくれると思ったのに)
マリアにとってのゴズメルは、やはりただの召使いなのだろうか。ゴズメルは、マリアが『あなたの恋人よ』と自己紹介したのがずっと引っかかっていた。もしもあれが冗談などではなかったとして、マリアは、やはりゴズメルに忘れられていたのがショックで、召使いだなどと言ったのではないだろうか。
あれこれと辛くあたってくるのも、プライドを傷つけられた彼女なりの復讐というか、なんだか必死に甘えようとしている感じがする。とても綺麗だけれど繊細なお姫様みたいに。
「とかなんとか理屈つけてブン殴ってやりたい気持ちをおさめているけど、あのクソ女との同居はもう精神的に限界だっ! このままじゃあたしは、あいつの腹かっさばいて素揚げにしちまいそうだ!!」
「う、ううーん……」
数刻後、ゴズメルは冒険者協会付属の研究施設にいた。
週に一度、問診を受けにきているのだが、ゴズメルにとってはマリアに対する愚痴を吐き出せる貴重な機会だった。担当ヒーラーのリーは若く見えるが、マリアのことを昔からよく知っているらしい。
「マリアちゃんは、やきもちを焼いてるんだと思うけどね……」
「やきもちィ!? そんな可愛いもんじゃないよ、あれはイジメだっ。パワハラかつ精神的DVだ!」
「そうねえ。まぁ、もしかすると仕事のストレスを全部ぶつけてるのかもしれない……」
「記憶喪失のあたしに八つ当たりするなーッ!」
「いや、ごもっともごもっとも……おっと」
その時、研究室のセルフォンが鳴った。
ゴズメルはしっかり溶きほぐした卵をフライパンの上に流し入れた。フライパンをがしゃがしゃとゆすりながら、固まってきたふちの部分を内側に巻き込む。
『そうそう、とっても上手よ、ゴズメル』
菜箸を素早く動かすゴズメルのわきで、誰かがそう言ったような気がした。料理をしているとたまに聞こえる幻聴だ。ゴズメルは聞こえないふりをしつつ、フライパンの中にオムレツのかたちを作っていく。
『はい、奥から手前に揺り動かすように、トン・トン・トン』
火から浮かせたフライパンの持ち手を、空いている片手でリズムよく叩く。すると、ふっくらと丸みのある半月ができあがるのだった。
そこに誰もいないとわかっていて、ゴズメルはちらっと横を見た。『すごい。ちょっと教えただけでこんなに上手にできるなんて、あなたは料理の天才だわ!』そう言って大喜びしてくれるひとがいるような気がして。
だが、誰もいなかった。
ちん、と音を立ててトーストが焼き上がる。
「うお、やべっ」
ゴズメルは慌ててもうひとつオムレツを焼き、サラダを作り、食卓へ運んだ。すでにマリアは身支度を整えて席に着いている。ちょっと無理して一度に皿を運ぶゴズメルを見て「ふふ」とこばかにしたように鼻を鳴らした。
皿を並べつつ、ゴズメルはマリアにオムレツの光沢を示してみせた。
「今日のオムレツは、とっても上手にできたと思うよ。見ておくれ、色も綺麗だし焼き加減も最高」
「……あら、なぁに? あなた、もしかして私に褒めてほしいのかしら」
「いや。別に、そういう意味じゃないけど……」
意地悪く切り返されて、ゴズメルは口ごもった。本当は褒めてほしかったのかもしれない。作っている時に聞こえたあれが、幻聴ではなかったと思いたいのだ。
二人で囲む食卓は静かだった。ゴズメルは気づまりで、尋ねてみた。
「……ねえ、マリアってオムレツは作れるのかい?」
音を立てずにフォークを使っていたマリアの手が、止まる。彼女は皿のふちに食器を置いてゴズメルを見つめた。
「ゴズメル」
「はい。なんだい」
「私はすべてにおいて完璧なの」
「はぇっ?」
「ふふ。あなたの前に座る私を、よく見るといいわ。美しいでしょう?」
「うん? うん……それは、まぁ」
確かにマリアは美人だった、いまのゴズメルに角が一本しかないから余計にそう思うのかもしれないが、額から突き出た黒い角は見事というほかない。ごつごつとした強そうな角なので、顔立ちの優美さが余計に引き立って見える。それに月光を織ったような銀髪ときたら、まるで神話の世界から抜け出してきたみたいだ。
マリアは綺麗な顔で高飛車に言った。
「冒険者協会本部の副会長である私は人望厚く、頭脳明晰、仕事そっちのけで遊び惚けている会長に代わって数々の難題を解決してきたスーパースターなのです」
「……おう」
ゴズメルは恐れ入った。実際そうなのかもしれないが、自分で自分のことをそこまで誉めそやせるのは、ある意味大したものだと思う。マリアはまるで物怖じせずに自分を誇った。
「そのうえね、私はあなたのような毒にも薬にもならない愚物に哀れみをかけるほどの人格者なのよ。あぁゴズメル、この私を目の前にして、なぜ卵料理の成功ひとつでそこまで偉そうにできるの?」
「……えっと。気に障ったならごめんよ、それで、マリアってオムレツを作れるの?」
「ええ、作れるわ。やろうと思えば、あなたよりもずっと上手くね!」
力強く断言されて、ゴズメルは嬉しくなった。
「じゃあやっぱり、あたしにオムレツの作り方を教えてくれたのはマリアだったんだ!」
「……は?」
「変だと思った。なんだかコレ作ってるだけで、あたしは胸がふわふわしてさ。あんたの記憶がなくても、あんたに教わった手の動かし方は覚えてるもんなんだねえ、マリア!」
ゴズメルは、きっとマリアが喜んでくれると思ってそう言ったのだが、彼女は全く喜ばなかった。むしろ美しい顔から表情を消して「私、もう出かけるわ」と食卓を立ってしまう。
「えっ……なんでさ。まだ残ってるよ。美味しくなかった?」
「ええ、その通りよ」
「……えっ」
「私、こんなにひどい食事って初めてで驚いたわ。ふふ。あなた、もう卵には触らないほうがいいんじゃない?」
「な、なんで……?」
「これじゃ、ニワトリに気の毒というものよ」
予想だにしていなかった手酷い皮肉に、ゴズメルはショックを受けた。マリアは「これ、捨てておいてちょうだい? ゴズメル」と軽い調子で言った。
「あぁ、私の食べかけをどうしてもかじりたいというなら、止めはしないけれど」
「…………」
ゴズメルは皿を見つめたまま、返事をしなかった。マリアはさっさと出かけてしまう。見送りに立たないとまた後からブーブー言われるとわかっていても、足に入らなくて立ち上がれない。
こんなしょうもないことで傷つきたくないのだが、なんだか目の前で命綱を切られてしまったような気がした。
(きっと、今度こそ喜んでくれると思ったのに)
マリアにとってのゴズメルは、やはりただの召使いなのだろうか。ゴズメルは、マリアが『あなたの恋人よ』と自己紹介したのがずっと引っかかっていた。もしもあれが冗談などではなかったとして、マリアは、やはりゴズメルに忘れられていたのがショックで、召使いだなどと言ったのではないだろうか。
あれこれと辛くあたってくるのも、プライドを傷つけられた彼女なりの復讐というか、なんだか必死に甘えようとしている感じがする。とても綺麗だけれど繊細なお姫様みたいに。
「とかなんとか理屈つけてブン殴ってやりたい気持ちをおさめているけど、あのクソ女との同居はもう精神的に限界だっ! このままじゃあたしは、あいつの腹かっさばいて素揚げにしちまいそうだ!!」
「う、ううーん……」
数刻後、ゴズメルは冒険者協会付属の研究施設にいた。
週に一度、問診を受けにきているのだが、ゴズメルにとってはマリアに対する愚痴を吐き出せる貴重な機会だった。担当ヒーラーのリーは若く見えるが、マリアのことを昔からよく知っているらしい。
「マリアちゃんは、やきもちを焼いてるんだと思うけどね……」
「やきもちィ!? そんな可愛いもんじゃないよ、あれはイジメだっ。パワハラかつ精神的DVだ!」
「そうねえ。まぁ、もしかすると仕事のストレスを全部ぶつけてるのかもしれない……」
「記憶喪失のあたしに八つ当たりするなーッ!」
「いや、ごもっともごもっとも……おっと」
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