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急・異種獣人同士で子づくり!?ノァズァークのヒミツ編
97.おてんとさまのごたる
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もう深夜はとっくに回っているはずだ。ゴズメルは床に脱臭の砂を撒き、近くの水場からタライとお湯を持ってきてリリィのからだを清めてやった。各水場には大きな火を操作する弁がついている。細かな温度調整はできないけれど、いつでもお湯が使えるのは冒険者にとって贅沢な話である。
洗い終えたリリィの髪をタオルで拭きながら、ゴズメルは家の事情を話した。
「うちの母親は病気だったんだ。伝染病で、手遅れとわかったから親父が始末したんだけどね」
「始末って……」
「殺したってこと」
ふわふわの白いタオルをかぶったリリィは、まるで神殿に仕えるひとのようだった。ゴズメルは胸のうちに秘めていた思いをそっと打ち明けた。
「病気はね。病気になったのは、仕方ないことだ。もしかするとあたしのせいだったのかもしれないんだから。でもさあ、連れ合いを殺して、焼き捨てるなんてのはさあ……」
ひどいよ、と呟くゴズメルは、喉が渇いていた。頭も痛かった。
もっと水を飲むべきなのだが、なんだかからだが重くて仕方ない。
「ゴズメル……」
「親父は、なんだかいつも里のことで忙しくてさ……。ここの暮らしぶりを見ればわかるだろうけど、ミノタウロス族って、基本的にみんな貧しいんだ。よそを知らないから出ていくって発想もないんだけど」
違う、こんな話をしたいわけではない。
「自分のからだ以外に頼れるものがないから、だから鍛えまくったり殴り合ったりしてるわけ。強いんじゃなくて、強くないと生き残れないだけなのさ。だってあんたも見ただろ、ここじゃ虫を有難がって食うんだから」
ちがう。
「……親父は、家族を愛してなんかなかった」
しかし言葉にしてみると、その事実はひどく呆気なかった。ゴズメルは我ながら呆れる。こんなにも世にありふれたことを、いい年をしてまだ子供みたいに引きずっているのだ。
「ど、どうでもよかったんだよ。いやわかってたけど。あたしが負けに負けて小便かけられても、兄つぁたちからいじめられても、あいつ知らん顔してた。つーかまず家に帰ってこないし。帰ってきたとこで、足も臭いし……」
最下層でオズヌのもとに入り浸っていても、何か声をかけられたことはない。
体面を気にするミギワに『きさんは長の子のくせに』などと説教されるのは鬱陶しかったが、無視されるよりはよかった。まだ気持ちが自分に向いているのだと思えるから。
「しかもこの話には、ヤバいオチがあってさ……!」
ゴズメルは頭を振って、なんとかこの重い話題をダークな笑いに変えようとした。
「うちの母親は妊娠してたんだけど、それが、お腹の中にいるのが女の子だってわかってからなんだよ。殺したの。あいつきっと、メスのミノタウロスのことを産み腹としか思ってない。それが、先に生まれたあたしが雑魚かったせいなのか、ハナからそういう考えを持っていたからなのかは、わかんないけど」
案の定、リリィは笑わなかった。こわばった笑みを浮かべているのは、ゴズメルだけだ。「以上、この話、おわり」と、ゴズメルは雑にまとめた。
「……ゴズメル」
「おわりったらおわり! さぁ、もういい加減に寝よう、リリィ!」
「ね、聞いてちょうだい、ゴズメル」
「やだ、聞かないぞ。あたしの話を信じるか信じないかはあんた次第だ。グレンと仲良くするかどうかも好きにしておくれ! あいつが妖精族のあんたをどう思ってるかは、あたしだって知らないんだから!」
「私、ゴズメルのお母様がどんな方なのか聞いたのよ、あなたのお父様に」
ベッドに逃げ込んだゴズメルは、毛布をかぶって固く目を閉じていた。まるで子供の頃、母の寝床にもぐりこんだ時のように。ゴズメルはもうとっくに角が生え、からだも大きい。毛布をひょいと持ち上げたり、力強い腕枕で添い寝してくれる母はもういない。リリィは毛布に乗り上げて言った。
「彼は『おてんとさまのごたる』って言ったのよ……太陽のようなひとだって言ったのよ。あなたのお母様のことを」
ふと、ゴズメルの目の中で、尻尾がゆらゆらと揺れた。
よくしなる細い尾で、先にはほころんだ穂のような毛束がくっついている。捕まえようとすると手の先へ逃げ、右へ行ったり左へ行ったりするので、ちびのゴズメルはすっかり目を回してしまう。
ドテッと転ぶと、尻尾の持ち主が肩越しに振り向いた。
グレンだった。
目が合って、互いに瞬くと、もう前を向いてしまう。しかし尻尾はもう揺れることなく床についていたので、ゴズメルは思う存分それを握ったり引っ張ったりすることができた。
それがゴズメルに思い出せる、唯一の父との思い出である。
「どうでもいいなんてことないと思うわ、ゴズメル」
リリィの声は、言い聞かすようだった。
「私には家族がいないし、あなたのお父様のことはぼんやりとしかわからない。言葉は不自由だし、ミノタウロス族の考え方が独特だということも知っている。だけど、あなたのお父様にとって、今でもお母様の存在はそうなのよ。この地底にあって、太陽のような」
「……」
ゴズメルは無言でリリィを毛布の中へひっぱりこんだ。「ちょっと、聞いているの」などと言ううるさい口を唇でふさぐ。子供を黙らせるように抱きしめて、頭とベッドの間に腕を差し込んだ。
「ゴズメル……」
「いまさら、もうどっちでもいい」
ゴズメルの投げやりな言葉に、リリィはまだ口を動かそうとした。だが、最強のムキムキ腕枕が気持ちよくて、うまく話せないようだった。
ゴズメルは小さな声でつぶやいた。
「どっちでもいいって、初めてちゃんとそう思った」
「え……?」
「うちの親父が冷酷無慈悲な鬼畜でも、運の悪い気の毒な男未亡人でも、あたし、別にどっちでもかまわないんだ。今までずっとこだわってたんだけどさ、その話聞いて、なんか……」
リリィをさらに抱きしめる。
「あたしはあんたをなくさないように、大事にしなきゃいけないってことだけ、わかった」
洗い終えたリリィの髪をタオルで拭きながら、ゴズメルは家の事情を話した。
「うちの母親は病気だったんだ。伝染病で、手遅れとわかったから親父が始末したんだけどね」
「始末って……」
「殺したってこと」
ふわふわの白いタオルをかぶったリリィは、まるで神殿に仕えるひとのようだった。ゴズメルは胸のうちに秘めていた思いをそっと打ち明けた。
「病気はね。病気になったのは、仕方ないことだ。もしかするとあたしのせいだったのかもしれないんだから。でもさあ、連れ合いを殺して、焼き捨てるなんてのはさあ……」
ひどいよ、と呟くゴズメルは、喉が渇いていた。頭も痛かった。
もっと水を飲むべきなのだが、なんだかからだが重くて仕方ない。
「ゴズメル……」
「親父は、なんだかいつも里のことで忙しくてさ……。ここの暮らしぶりを見ればわかるだろうけど、ミノタウロス族って、基本的にみんな貧しいんだ。よそを知らないから出ていくって発想もないんだけど」
違う、こんな話をしたいわけではない。
「自分のからだ以外に頼れるものがないから、だから鍛えまくったり殴り合ったりしてるわけ。強いんじゃなくて、強くないと生き残れないだけなのさ。だってあんたも見ただろ、ここじゃ虫を有難がって食うんだから」
ちがう。
「……親父は、家族を愛してなんかなかった」
しかし言葉にしてみると、その事実はひどく呆気なかった。ゴズメルは我ながら呆れる。こんなにも世にありふれたことを、いい年をしてまだ子供みたいに引きずっているのだ。
「ど、どうでもよかったんだよ。いやわかってたけど。あたしが負けに負けて小便かけられても、兄つぁたちからいじめられても、あいつ知らん顔してた。つーかまず家に帰ってこないし。帰ってきたとこで、足も臭いし……」
最下層でオズヌのもとに入り浸っていても、何か声をかけられたことはない。
体面を気にするミギワに『きさんは長の子のくせに』などと説教されるのは鬱陶しかったが、無視されるよりはよかった。まだ気持ちが自分に向いているのだと思えるから。
「しかもこの話には、ヤバいオチがあってさ……!」
ゴズメルは頭を振って、なんとかこの重い話題をダークな笑いに変えようとした。
「うちの母親は妊娠してたんだけど、それが、お腹の中にいるのが女の子だってわかってからなんだよ。殺したの。あいつきっと、メスのミノタウロスのことを産み腹としか思ってない。それが、先に生まれたあたしが雑魚かったせいなのか、ハナからそういう考えを持っていたからなのかは、わかんないけど」
案の定、リリィは笑わなかった。こわばった笑みを浮かべているのは、ゴズメルだけだ。「以上、この話、おわり」と、ゴズメルは雑にまとめた。
「……ゴズメル」
「おわりったらおわり! さぁ、もういい加減に寝よう、リリィ!」
「ね、聞いてちょうだい、ゴズメル」
「やだ、聞かないぞ。あたしの話を信じるか信じないかはあんた次第だ。グレンと仲良くするかどうかも好きにしておくれ! あいつが妖精族のあんたをどう思ってるかは、あたしだって知らないんだから!」
「私、ゴズメルのお母様がどんな方なのか聞いたのよ、あなたのお父様に」
ベッドに逃げ込んだゴズメルは、毛布をかぶって固く目を閉じていた。まるで子供の頃、母の寝床にもぐりこんだ時のように。ゴズメルはもうとっくに角が生え、からだも大きい。毛布をひょいと持ち上げたり、力強い腕枕で添い寝してくれる母はもういない。リリィは毛布に乗り上げて言った。
「彼は『おてんとさまのごたる』って言ったのよ……太陽のようなひとだって言ったのよ。あなたのお母様のことを」
ふと、ゴズメルの目の中で、尻尾がゆらゆらと揺れた。
よくしなる細い尾で、先にはほころんだ穂のような毛束がくっついている。捕まえようとすると手の先へ逃げ、右へ行ったり左へ行ったりするので、ちびのゴズメルはすっかり目を回してしまう。
ドテッと転ぶと、尻尾の持ち主が肩越しに振り向いた。
グレンだった。
目が合って、互いに瞬くと、もう前を向いてしまう。しかし尻尾はもう揺れることなく床についていたので、ゴズメルは思う存分それを握ったり引っ張ったりすることができた。
それがゴズメルに思い出せる、唯一の父との思い出である。
「どうでもいいなんてことないと思うわ、ゴズメル」
リリィの声は、言い聞かすようだった。
「私には家族がいないし、あなたのお父様のことはぼんやりとしかわからない。言葉は不自由だし、ミノタウロス族の考え方が独特だということも知っている。だけど、あなたのお父様にとって、今でもお母様の存在はそうなのよ。この地底にあって、太陽のような」
「……」
ゴズメルは無言でリリィを毛布の中へひっぱりこんだ。「ちょっと、聞いているの」などと言ううるさい口を唇でふさぐ。子供を黙らせるように抱きしめて、頭とベッドの間に腕を差し込んだ。
「ゴズメル……」
「いまさら、もうどっちでもいい」
ゴズメルの投げやりな言葉に、リリィはまだ口を動かそうとした。だが、最強のムキムキ腕枕が気持ちよくて、うまく話せないようだった。
ゴズメルは小さな声でつぶやいた。
「どっちでもいいって、初めてちゃんとそう思った」
「え……?」
「うちの親父が冷酷無慈悲な鬼畜でも、運の悪い気の毒な男未亡人でも、あたし、別にどっちでもかまわないんだ。今までずっとこだわってたんだけどさ、その話聞いて、なんか……」
リリィをさらに抱きしめる。
「あたしはあんたをなくさないように、大事にしなきゃいけないってことだけ、わかった」
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