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急・異種獣人同士で子づくり!?ノァズァークのヒミツ編
84.紅蓮
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道場の外が、俄かに騒がしくなった。
「……ミテキマス」
リリィの横についていたダマキが言った。グレンがうなずくと、彼女はスッと立ち上がる。
ダマキが言ってしまうと、道場には沈黙が満ちた。
グレンの威圧感に、リリィは呼吸もままならなかった。
シャインなのか、という問いかけをリリィはもちろん否定したけれど、信じてもらえたかどうかはわからない。特にグレンにとっては、それが最大の関心事であるようだ。
ミノタウロス族は、強さを否定したアジリニ神とその使いを長きにわたり警戒し続けてきた、らしい。
グレンによれば、シャインは雑種と見分けがつかないそうである。ダマキは万物の霊長と訳していたが、要は種族の形質がない。ゴズメルから聞いた話と少し食い違うので、リリィは首をかしげていた。
(だって、シャインというのは、雑種を嫌っているひとたちではないの?)
だが、ジーニョの容姿を思い浮かべてみると、確かに彼は雑種に見えた。・・・特徴的な髪形は別として。
世間一般では、アジリニ神の使いというと、神殿勤務の神官たちのように羽が生えているものと思われている。
ミノタウロス族の祖先の前に現れたアジリニ神の使い――それがジーニョと同じシャインだったとしたら、古くから存在する組織ということになる。そしてその組織と冒険者協会がつながっていて、妖精族の自分を狙っているのだ。リリィは改めて怖くなってしまった。
・・・だが、すべては想像に過ぎない。
事実を何も知らないまま、怖がり続けるなんてリリィはしたくなかった。ミノタウロス族のことも、そうだった。
リリィは、改めてグレンの巨躯を見上げる。
苔の上に胡坐をかいて座る男はミノタウロス族の長であり、リリィの愛するゴズメルの父でもあった。
(……恐ろしい顔をしているけれど、よくよく見ると、目元がゴズメルに似ているような気がするわ)
思い返せば、サゴンもミギワも似通った雰囲気があった。
天涯孤独のリリィには、血のつながりというものが不思議に思える。
(そういえばまだご挨拶していないけれど、ゴズメルのお母さまって、どんな方なのかしら)
サゴンのようにとぼけた性格なのか、それともミギワのように荒々しい気性なのか。両方だとしたら、ゴズメルにもどこかしら似ていることだろう。
たとえ言葉が通じずとも、自分が敵ではないということは態度で伝えられるはずだ。
リリィは「あの、」とひっくり返った声を出した。
ダマキの去ったほうへ向いていたグレンの視線がこちらを向いて、リリィは思わず顔を伏せた。
伏せて、余計に恐ろしくなる。グレンは大きい。手のひらも大きい。
おそらく親指の長さがリリィの頭の直径と同じくらいある。そのうえ、爪ときたらまるで蹄のように尖っていた。
リリィは勇気を振り絞って自己紹介した。
「私の名前は、リリィです。……じ、実は私は、あなたの娘さんと……ゴズメルと、お、お付き合いさせていただいているのです……」
グレンがフンッと鼻息をついたのは、きっとたまたまだ。まさか言葉の意味が通じたからではないだろう。
だが、リリィの前髪がばさっと後ろに行ってしまうほどの風圧だった。リリィは恐ろしくて、失禁してしまうかと思った。
「……っ、馴れ初めは、その……私はこう見えて、冒険者協会で受付の仕事をしておりまして……それで、そしたらお宅のお嬢さまがとても素敵だったものですから……つまり、ひ、一目惚れしてしまったのですわ……!」
言葉が通じないからと言って、何を話してもいいわけではない。それはわかっているが、ここは地下で、天気もわからないし、リリィに提供できる共通の話題といえば、ゴズメルのことだけなのだった。
だいたい、父親というものは離れて暮らしている娘の健康状況や仕事ぶりなどを気にするものではないのだろうか? ・・・・リリィには父親がいないので、わからないけれど。
「お嬢さまの活躍ぶりは、それはそれはすばらしかったのですよ。とてもお強くて、さわやかな性格で、誰とでもすぐ仲良くなれるのです。そうですわ、きっと、ご家族の教育のたまものなのでしょうね……!」
「…………」
「……、……、え、えっと、ええっと……!」
リリィはもう限界だった。グレンの目が怖い。なぜこの瞬きひとつしない不気味な瞳を、ゴズメルに似ているなどと思ったのだろう。蛇に睨まれた蛙のように脂汗をかきながら、リリィは必死に言葉を探す。
まだシャインだと疑われているのだろうか。こうなったら翅を見せるしかないのか。だが義理の父になるだろうひとに鱗粉を浴びせたりなんかしたら、もっと恐ろしいことになってしまう。
そして、そんなことより、リリィは自分には彼に言うべきことがあると、わかっていた。
「…………ですから、私は……お嬢さまのことを、とてもお慕いしているのです!」
胡坐に頬杖をつくグレンの顔は斜めになっていた。その様子が恐ろしくて、リリィは、過呼吸を起こしそうになる。やけに空気が薄く、視界がせばまる。
だが、リリィは道場に手をついて言った。
「お父様、お願いです! お嬢さんを私にください!」
「……■■■」
グレンの大きな掌が、ひと撫でで簡単にリリィの頭を抉りそうな爪が、顔に向かって伸びてきた。
ああ、早まった、とリリィは思った。意味もわからないのに喋り続けて、きっといつの間にかグレンの逆鱗に触れていたのだ。
リリィは死を覚悟した。ゴズメルの無事もわからない。これで断られたら、生きている意味などないとさえ思った。目を閉じて震えているリリィの顎に、グレンの爪が触れる。
横に掻き切られる、そう覚悟したのに、爪の背はふっとリリィの顎を持ち上げていた。
(えっ)
リリィの見張った瞳から、涙がこぼれる。
その涙を、グレンの指は――いや、正確には爪なのだが――静かに拭っていた。
「■■■。■■■■■■」
グレンは、なんと言っていたのだろう。急に喋って、急に頭を下げて、泣き出す異種族をどう思ったのだろう。
リリィはわからないけれど、わかった。
(……このひとはとても恐ろしいけれど、確かに、あの優しいゴズメルのお父様なのだわ)
リリィが泣き止むと、グレンは居住まいを正し、人差し指の腹をリリィのつむじに乗せてきた。
その指の重いことといったら、リリィの肩がガクッと下がるほどだ。おまけに指の先でグリグリと頭蓋を磨り潰そうとしてくる。
だが、それが子供をあやすように自分を撫でているのだと、リリィにはわかっていた。
「……ミテキマス」
リリィの横についていたダマキが言った。グレンがうなずくと、彼女はスッと立ち上がる。
ダマキが言ってしまうと、道場には沈黙が満ちた。
グレンの威圧感に、リリィは呼吸もままならなかった。
シャインなのか、という問いかけをリリィはもちろん否定したけれど、信じてもらえたかどうかはわからない。特にグレンにとっては、それが最大の関心事であるようだ。
ミノタウロス族は、強さを否定したアジリニ神とその使いを長きにわたり警戒し続けてきた、らしい。
グレンによれば、シャインは雑種と見分けがつかないそうである。ダマキは万物の霊長と訳していたが、要は種族の形質がない。ゴズメルから聞いた話と少し食い違うので、リリィは首をかしげていた。
(だって、シャインというのは、雑種を嫌っているひとたちではないの?)
だが、ジーニョの容姿を思い浮かべてみると、確かに彼は雑種に見えた。・・・特徴的な髪形は別として。
世間一般では、アジリニ神の使いというと、神殿勤務の神官たちのように羽が生えているものと思われている。
ミノタウロス族の祖先の前に現れたアジリニ神の使い――それがジーニョと同じシャインだったとしたら、古くから存在する組織ということになる。そしてその組織と冒険者協会がつながっていて、妖精族の自分を狙っているのだ。リリィは改めて怖くなってしまった。
・・・だが、すべては想像に過ぎない。
事実を何も知らないまま、怖がり続けるなんてリリィはしたくなかった。ミノタウロス族のことも、そうだった。
リリィは、改めてグレンの巨躯を見上げる。
苔の上に胡坐をかいて座る男はミノタウロス族の長であり、リリィの愛するゴズメルの父でもあった。
(……恐ろしい顔をしているけれど、よくよく見ると、目元がゴズメルに似ているような気がするわ)
思い返せば、サゴンもミギワも似通った雰囲気があった。
天涯孤独のリリィには、血のつながりというものが不思議に思える。
(そういえばまだご挨拶していないけれど、ゴズメルのお母さまって、どんな方なのかしら)
サゴンのようにとぼけた性格なのか、それともミギワのように荒々しい気性なのか。両方だとしたら、ゴズメルにもどこかしら似ていることだろう。
たとえ言葉が通じずとも、自分が敵ではないということは態度で伝えられるはずだ。
リリィは「あの、」とひっくり返った声を出した。
ダマキの去ったほうへ向いていたグレンの視線がこちらを向いて、リリィは思わず顔を伏せた。
伏せて、余計に恐ろしくなる。グレンは大きい。手のひらも大きい。
おそらく親指の長さがリリィの頭の直径と同じくらいある。そのうえ、爪ときたらまるで蹄のように尖っていた。
リリィは勇気を振り絞って自己紹介した。
「私の名前は、リリィです。……じ、実は私は、あなたの娘さんと……ゴズメルと、お、お付き合いさせていただいているのです……」
グレンがフンッと鼻息をついたのは、きっとたまたまだ。まさか言葉の意味が通じたからではないだろう。
だが、リリィの前髪がばさっと後ろに行ってしまうほどの風圧だった。リリィは恐ろしくて、失禁してしまうかと思った。
「……っ、馴れ初めは、その……私はこう見えて、冒険者協会で受付の仕事をしておりまして……それで、そしたらお宅のお嬢さまがとても素敵だったものですから……つまり、ひ、一目惚れしてしまったのですわ……!」
言葉が通じないからと言って、何を話してもいいわけではない。それはわかっているが、ここは地下で、天気もわからないし、リリィに提供できる共通の話題といえば、ゴズメルのことだけなのだった。
だいたい、父親というものは離れて暮らしている娘の健康状況や仕事ぶりなどを気にするものではないのだろうか? ・・・・リリィには父親がいないので、わからないけれど。
「お嬢さまの活躍ぶりは、それはそれはすばらしかったのですよ。とてもお強くて、さわやかな性格で、誰とでもすぐ仲良くなれるのです。そうですわ、きっと、ご家族の教育のたまものなのでしょうね……!」
「…………」
「……、……、え、えっと、ええっと……!」
リリィはもう限界だった。グレンの目が怖い。なぜこの瞬きひとつしない不気味な瞳を、ゴズメルに似ているなどと思ったのだろう。蛇に睨まれた蛙のように脂汗をかきながら、リリィは必死に言葉を探す。
まだシャインだと疑われているのだろうか。こうなったら翅を見せるしかないのか。だが義理の父になるだろうひとに鱗粉を浴びせたりなんかしたら、もっと恐ろしいことになってしまう。
そして、そんなことより、リリィは自分には彼に言うべきことがあると、わかっていた。
「…………ですから、私は……お嬢さまのことを、とてもお慕いしているのです!」
胡坐に頬杖をつくグレンの顔は斜めになっていた。その様子が恐ろしくて、リリィは、過呼吸を起こしそうになる。やけに空気が薄く、視界がせばまる。
だが、リリィは道場に手をついて言った。
「お父様、お願いです! お嬢さんを私にください!」
「……■■■」
グレンの大きな掌が、ひと撫でで簡単にリリィの頭を抉りそうな爪が、顔に向かって伸びてきた。
ああ、早まった、とリリィは思った。意味もわからないのに喋り続けて、きっといつの間にかグレンの逆鱗に触れていたのだ。
リリィは死を覚悟した。ゴズメルの無事もわからない。これで断られたら、生きている意味などないとさえ思った。目を閉じて震えているリリィの顎に、グレンの爪が触れる。
横に掻き切られる、そう覚悟したのに、爪の背はふっとリリィの顎を持ち上げていた。
(えっ)
リリィの見張った瞳から、涙がこぼれる。
その涙を、グレンの指は――いや、正確には爪なのだが――静かに拭っていた。
「■■■。■■■■■■」
グレンは、なんと言っていたのだろう。急に喋って、急に頭を下げて、泣き出す異種族をどう思ったのだろう。
リリィはわからないけれど、わかった。
(……このひとはとても恐ろしいけれど、確かに、あの優しいゴズメルのお父様なのだわ)
リリィが泣き止むと、グレンは居住まいを正し、人差し指の腹をリリィのつむじに乗せてきた。
その指の重いことといったら、リリィの肩がガクッと下がるほどだ。おまけに指の先でグリグリと頭蓋を磨り潰そうとしてくる。
だが、それが子供をあやすように自分を撫でているのだと、リリィにはわかっていた。
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