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急・異種獣人同士で子づくり!?ノァズァークのヒミツ編
78.『悪いこと』
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マリアは忌々しそうに吐き捨てた。
「あのおぞましい野蛮人たちは、日に一度、あの四角の中で私を嬲りものにするのよ……!」
「妙な言い方するんじゃないよ。勝負しかけてくるってだけだろ」
ゴズメルは呆れてしまった。ミノタウロス族は他種族をか弱いものだと決めてかかっているのだ。性の対象にするわけがないし、するとしたらこの里では変態として軽蔑される。ゴズメルがいいお手本である。
おそらくマリアは気性の荒い仔馬のように扱われているに違いなかった。つまり、暗闇で落ち着かせたあと、力関係をわからせようとしている。
「最初に暴れたのが良くなかったね。恋人特効のこともあるし、あんたは厄介なよそ者と思われちまったのさ。ミノタウロス流の躾をしようってんだろう」
「お話にならない。これは人権問題よ。捕虜を不当に扱ってはいけないことは法で定められている」
マリアは腕組みして不敵に笑った。
「見てらっしゃい。ここから出たら、たっぷりと賠償金を請求してやるわ。冒険者協会本部の威光にかけてね……!」
「…………」
副会長が勝手に威光を賭けていいのだろうか。自分はこんな組織に属していたのかと思うと、ゴズメルは我ながらガッカリしてしまった。いや、ポップルとアルティカで事情が違うが、それにしても、である。
ゴズメルは逡巡した挙句、尋ねた。
「冒険者協会は、いつまであたしたちを追い回すつもりなんだ」
この状況において、それはかなり踏み込んだ質問だった。
ゴズメルはジーニョの受けた処遇を何も知らない。マリア率いる冒険者協会が、リリィを確保しようと動いていることは理解しているが――時間を稼いでくれたジーニョが逃げおおせたのかどうかは、わからなかった。
(……用心しなきゃ。もし、ジーニョが存在をカンづかれずに上手く立ち回ったのだとしたら、あたしの言葉がヤブヘビになっちまうかも)
マリアは瞳を三日月のように細めて笑った。
「あら。それってどういう質問なのかしらね? もしかして、この私と取引しようとしているのかしら」
「……返事次第では、あんたをここに永遠に閉じ込めておかなきゃならない」
「自分にその力があるとでも?」
「どうだろう。逆に、あんたを地上へ連れ出す力はあるかも」
マリアは蛇の眼でゴズメルを見ていた。毒のある牙を誇示するように大きく口を開く。
「甘く見ないで。私は今ここであなたを始末したっていいのよ」
「笑わせんなよ。殺す気があるなら寝てる間にそうしてるはずさ」
上手くすればマリアと共闘したうえで、自分たちを見逃させることもできるかもしれない――そんなゴズメルの考えを読んだかのように、マリアは鼻で笑った。
「ずいぶん自分のことを高く見積もっているようね。あなたを生かしておくのは利用価値があるから。問題の妖精族とつがっているのでしょう? あなたは彼女のオマケにすぎないわ」
「じゃあ、なぜ手配書にリリィの情報を載せなかった」
「……」
「いったい冒険者協会はなにを企んでいるんだ。あんたは人権がどうこう言っていたが、妖精族を無理やり捕まえて保存したり、実験みたいにして強い雑種を生み出すほうが、よっぽど悪いことなんじゃないのか」
『悪いこと』。
ゴズメルがそう言ったとたん、マリアの蛇の目にひときわ強い光が宿り、すぐに薄らいだ。
可笑しそうにマリアは哂った。
「……あなたの言う通りね。本当に、目が覚める前に殺しておくべきだった。私はなぜこんな間の抜けたミノタウロス族を話し相手にしようと思ったのかしら?」
「なんだと?」
「教えてあげる。シラヌイは手配書の発行をずいぶん渋ったわ! リリィ、リリィ、リリィ、アルティカ支部はまったく、鱗粉に侵されてしまっているようね」
「……どういう意味だ」
「言葉通りの意味よ。受付嬢たちまでグルになってめちゃくちゃな手配書を作るのだもの。参ってしまったわ。それに、あの、ジーニョ老人ときたら!」
ゴズメルは背筋が凍ってしまったような気がした。
マリアはとびきりのデザートを前にしたかのように舌なめずりする。
「あの子だけは見逃してくれ、自分はどうなってもいいからと言って……ふふふっ、私はあなたたちにお礼を言うべきなのかしら。社員の業務に消極的で、唯々諾々とタイムカードを切るばかりだった彼が、今は命がけで世界を守っているのよ……!」
世界を守るという言葉にろくでもない意味があることを、ゴズメルはすでに知っていた。マリアは笑ってこそいたが、実際には怒り狂っていた。
「言うに事欠いて、『悪いこと』ですって! とても面白い言葉遣いをするのね……!? 社員はみんな、後先考えず恥知らずに交わったプレイヤーの尻拭いをさせられているのよ。あなたやリリィとかいう妖精も同じことよ。あなたたちはまるで当然の権利かのように雑種を生もうとするのだから!」
マリアの剣幕に、ゴズメルは圧倒されていた。
だが、目の前にいるマリアが、その尻拭いの過程で生まれたのだとすれば、十分に理解できることではあった。ゴズメルの言う『悪いこと』には、すでにマリアという一人の存在が含まれてしまっているのだ。
「あのおぞましい野蛮人たちは、日に一度、あの四角の中で私を嬲りものにするのよ……!」
「妙な言い方するんじゃないよ。勝負しかけてくるってだけだろ」
ゴズメルは呆れてしまった。ミノタウロス族は他種族をか弱いものだと決めてかかっているのだ。性の対象にするわけがないし、するとしたらこの里では変態として軽蔑される。ゴズメルがいいお手本である。
おそらくマリアは気性の荒い仔馬のように扱われているに違いなかった。つまり、暗闇で落ち着かせたあと、力関係をわからせようとしている。
「最初に暴れたのが良くなかったね。恋人特効のこともあるし、あんたは厄介なよそ者と思われちまったのさ。ミノタウロス流の躾をしようってんだろう」
「お話にならない。これは人権問題よ。捕虜を不当に扱ってはいけないことは法で定められている」
マリアは腕組みして不敵に笑った。
「見てらっしゃい。ここから出たら、たっぷりと賠償金を請求してやるわ。冒険者協会本部の威光にかけてね……!」
「…………」
副会長が勝手に威光を賭けていいのだろうか。自分はこんな組織に属していたのかと思うと、ゴズメルは我ながらガッカリしてしまった。いや、ポップルとアルティカで事情が違うが、それにしても、である。
ゴズメルは逡巡した挙句、尋ねた。
「冒険者協会は、いつまであたしたちを追い回すつもりなんだ」
この状況において、それはかなり踏み込んだ質問だった。
ゴズメルはジーニョの受けた処遇を何も知らない。マリア率いる冒険者協会が、リリィを確保しようと動いていることは理解しているが――時間を稼いでくれたジーニョが逃げおおせたのかどうかは、わからなかった。
(……用心しなきゃ。もし、ジーニョが存在をカンづかれずに上手く立ち回ったのだとしたら、あたしの言葉がヤブヘビになっちまうかも)
マリアは瞳を三日月のように細めて笑った。
「あら。それってどういう質問なのかしらね? もしかして、この私と取引しようとしているのかしら」
「……返事次第では、あんたをここに永遠に閉じ込めておかなきゃならない」
「自分にその力があるとでも?」
「どうだろう。逆に、あんたを地上へ連れ出す力はあるかも」
マリアは蛇の眼でゴズメルを見ていた。毒のある牙を誇示するように大きく口を開く。
「甘く見ないで。私は今ここであなたを始末したっていいのよ」
「笑わせんなよ。殺す気があるなら寝てる間にそうしてるはずさ」
上手くすればマリアと共闘したうえで、自分たちを見逃させることもできるかもしれない――そんなゴズメルの考えを読んだかのように、マリアは鼻で笑った。
「ずいぶん自分のことを高く見積もっているようね。あなたを生かしておくのは利用価値があるから。問題の妖精族とつがっているのでしょう? あなたは彼女のオマケにすぎないわ」
「じゃあ、なぜ手配書にリリィの情報を載せなかった」
「……」
「いったい冒険者協会はなにを企んでいるんだ。あんたは人権がどうこう言っていたが、妖精族を無理やり捕まえて保存したり、実験みたいにして強い雑種を生み出すほうが、よっぽど悪いことなんじゃないのか」
『悪いこと』。
ゴズメルがそう言ったとたん、マリアの蛇の目にひときわ強い光が宿り、すぐに薄らいだ。
可笑しそうにマリアは哂った。
「……あなたの言う通りね。本当に、目が覚める前に殺しておくべきだった。私はなぜこんな間の抜けたミノタウロス族を話し相手にしようと思ったのかしら?」
「なんだと?」
「教えてあげる。シラヌイは手配書の発行をずいぶん渋ったわ! リリィ、リリィ、リリィ、アルティカ支部はまったく、鱗粉に侵されてしまっているようね」
「……どういう意味だ」
「言葉通りの意味よ。受付嬢たちまでグルになってめちゃくちゃな手配書を作るのだもの。参ってしまったわ。それに、あの、ジーニョ老人ときたら!」
ゴズメルは背筋が凍ってしまったような気がした。
マリアはとびきりのデザートを前にしたかのように舌なめずりする。
「あの子だけは見逃してくれ、自分はどうなってもいいからと言って……ふふふっ、私はあなたたちにお礼を言うべきなのかしら。社員の業務に消極的で、唯々諾々とタイムカードを切るばかりだった彼が、今は命がけで世界を守っているのよ……!」
世界を守るという言葉にろくでもない意味があることを、ゴズメルはすでに知っていた。マリアは笑ってこそいたが、実際には怒り狂っていた。
「言うに事欠いて、『悪いこと』ですって! とても面白い言葉遣いをするのね……!? 社員はみんな、後先考えず恥知らずに交わったプレイヤーの尻拭いをさせられているのよ。あなたやリリィとかいう妖精も同じことよ。あなたたちはまるで当然の権利かのように雑種を生もうとするのだから!」
マリアの剣幕に、ゴズメルは圧倒されていた。
だが、目の前にいるマリアが、その尻拭いの過程で生まれたのだとすれば、十分に理解できることではあった。ゴズメルの言う『悪いこと』には、すでにマリアという一人の存在が含まれてしまっているのだ。
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