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急・異種獣人同士で子づくり!?ノァズァークのヒミツ編
77.座敷牢の再会
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クメミ山の地下には良い苔と悪い苔がある。
良い苔は一日おきに生まれ変わって地下を明るく照らしてくれるのだが、悪い苔はひとのからだに寄生して、そのひとの血や肉をじわじわと吸う。苔は養分をより多く搾り取るために、宿主を半死半生の状態で保っておく。
恐ろしい苔の病は、しかもひとからひとへ伝染った。
これは女がかかることの多い病で、だからミノタウロス族の女は月に一度、男性器が生えるという突然変異が定着したのだと言われている。
病にかかった時、ゴズメルの母は妊娠していた。
子を宿した女は変異を行うことができず、抵抗力が低下する。予防法があるにはあるのだが、悪い苔はからだの内部に寄生するため、多くの場合、発見された時にはもう手遅れになっていることが多かった。
悪い苔は育ち切れば男にも害を与える。できることはひとつだけだ。
宿主を殺し、死骸は骨も残らぬ大きな火で焼き尽くさなければならない。
ゴズメルは、父のすることを止められなかった。生まれてくるはずの妹もろとも母は殺され、死に顔を見ることもできないまま焼かれてしまったのである。
(……どうしても許せない。絶対に、許せるわけがない……)
目を覚ましたゴズメルは泣いていた。ボコボコにされたからだのあちこちが痛むし、顔は腫れて、目もうまく開けられない有様である。
「ううっ……ここは……。リリィ……」
「あら。お目覚めかしら?」
両手で地面を手探っていたゴズメルは、頭上から降ってきた声に冷や汗をかいた。
聞き覚えがあるのだが、暗くて顔が見えないし、頭が重くて思い出せない。
そこは日光など望むべくもない地下だった。固い地面には苔さえもない。
無限の闇が広がっている。
ゴズメルは死霊にでも話しかけられているのかと、カチカチと歯を鳴らした。
「あ、あんた、誰だ?」
相手はその返事が気に障ったようだ。
「こうすれば思い出すかしら」と言って、ゴズメルの片側の角にゴリッとなにやら硬いものをこすりつけてきた。
ゴズメルは四つん這いのまま飛び上がった。
「マリア!! なぜあんたが!!」
「あんもう。起きたら起きたで、なんてうるさいの……」
「ああチクショウ! 親父とグルになってあたしを捕まえたってわけだな! やられてたまるか、このっ、このっ」
ゴズメルは、やんのかステップを踏みつつ果敢にマリアを攻撃したが、視界が悪いせいでひとつも当たらなかった。マリアが手の甲を顎に当てて高笑いするのだけが見える。
「おほほほほ。なんと惨めな有様なの、ゴズメル。無駄な抵抗はおやめなさいな。私のコートが汚れてしまう」
目の前でふわふわしているのは、マリアのロングコートらしい。
ゴズメルは足蹴にされながら、はてなと思った。
でかい声を出して暴れても、マリアの取り巻き連中が駆けつけてくる気配がない。
クメミ山の登山口では、ぞろぞろと冒険者たちを引き連れていたはずだ。
冒険者協会本部の副会長であるマリアが、なぜ自分と同じところにひとりでいるのか――ゴズメルはピンときた。
「マリア、あんた空気穴から落っこちたの?」
「……いいえ。私は、この地下に単独で潜入したの」
「ものは言いようだな! 要は一人ではぐれて落ちてきちゃったんだろ」
「…………」
「馬鹿だねえ、あたし達を探そうと登山道を離れたのかい? 言葉がわからなくて不便したろう」
図星だったのだろうか。本人いわく潜入捜査中らしいマリアは、無言でゴズメルを蹴転がした。
ゴロゴロと転がされるうち、だんだんと明るいものが見えてくる。
(あっ、苔の光だ!)
這い起きて手を伸ばしたゴズメルは、がっかりした。
地面に半分埋まった鉄格子から、外の様子が見えただけだったのだ。これでは出られない。
と同時に、自分が今どこにいるのかが把握できた。
「なんだ、ここはうちの座敷牢じゃないか」
「……つくづく野蛮な種族ね。一般家庭に座敷牢が?」
「うちは長の家だから特別だよ」
ゴズメルは格子の向こうにリリィの姿が見えないかと目を皿のようにしたが、長屋の中は静まり返っていて、人っ子一人見当たらなかった。
長の家、という言葉にマリアは特別な関心を示したように見えた。
「ふうん? とすると、あなたは長の娘というわけ?」
「……昔はね。今はあんたと同じよそものだ」
ゴズメルは半分しか開かない目で、ちらっとマリアを見た。
「……空気穴から落ちてきたよそものは、発見し次第ツバひっかけて登山道に放り出すことになっている。あんた、どうやってここに居座ってんだ?」
「居座るなんて言い方は勘弁願いたいわ。私は犯罪者を捕らえるためにまっとうに協力を要請したのよ」
マリアは肩をすくめて笑った。
「でも、ダメね。ミノタウロスは話が通じなくて」
ゴズメルは横目でマリアを見た。高級そうなコートの前はぴったりとボタンで閉じているが、光源に近づいたことで顔に擦り傷を負っているのがわかる。
「で、暴れたってわけ?」
「おお、なぜそんな恐ろしいことを思いつくの? 私はただミノタウロス流に自己主張しただけ……」
その挙句に捕まったら意味がないだろうとゴズメルは思ったが、ここでマリアとケンカしても得るものはないので黙っていた。
ゴズメルは試しに鉄格子を押したり引いたりしてみた。当然のごとく、びくともしない。
「無駄よ」とマリアが吐き捨てた。
「ここに閉じ込められて数日の間、あれこれと試したわ。……ふ、やっと話し相手ができて嬉しいわ。聞きたいのだけど、ミノタウロス族というのは狂人の集まりなの?」
「そうじゃないとも言い切れないが、どうしてだい」
「あれを見なさい」
マリアは背後を顎で示した。目を凝らすと、暗闇の中に光の線が浮かび上がる。
光る苔で縁取られた長方形がなんなのか、ゴズメルはよく知っていた。一騎打ちのリングである。
良い苔は一日おきに生まれ変わって地下を明るく照らしてくれるのだが、悪い苔はひとのからだに寄生して、そのひとの血や肉をじわじわと吸う。苔は養分をより多く搾り取るために、宿主を半死半生の状態で保っておく。
恐ろしい苔の病は、しかもひとからひとへ伝染った。
これは女がかかることの多い病で、だからミノタウロス族の女は月に一度、男性器が生えるという突然変異が定着したのだと言われている。
病にかかった時、ゴズメルの母は妊娠していた。
子を宿した女は変異を行うことができず、抵抗力が低下する。予防法があるにはあるのだが、悪い苔はからだの内部に寄生するため、多くの場合、発見された時にはもう手遅れになっていることが多かった。
悪い苔は育ち切れば男にも害を与える。できることはひとつだけだ。
宿主を殺し、死骸は骨も残らぬ大きな火で焼き尽くさなければならない。
ゴズメルは、父のすることを止められなかった。生まれてくるはずの妹もろとも母は殺され、死に顔を見ることもできないまま焼かれてしまったのである。
(……どうしても許せない。絶対に、許せるわけがない……)
目を覚ましたゴズメルは泣いていた。ボコボコにされたからだのあちこちが痛むし、顔は腫れて、目もうまく開けられない有様である。
「ううっ……ここは……。リリィ……」
「あら。お目覚めかしら?」
両手で地面を手探っていたゴズメルは、頭上から降ってきた声に冷や汗をかいた。
聞き覚えがあるのだが、暗くて顔が見えないし、頭が重くて思い出せない。
そこは日光など望むべくもない地下だった。固い地面には苔さえもない。
無限の闇が広がっている。
ゴズメルは死霊にでも話しかけられているのかと、カチカチと歯を鳴らした。
「あ、あんた、誰だ?」
相手はその返事が気に障ったようだ。
「こうすれば思い出すかしら」と言って、ゴズメルの片側の角にゴリッとなにやら硬いものをこすりつけてきた。
ゴズメルは四つん這いのまま飛び上がった。
「マリア!! なぜあんたが!!」
「あんもう。起きたら起きたで、なんてうるさいの……」
「ああチクショウ! 親父とグルになってあたしを捕まえたってわけだな! やられてたまるか、このっ、このっ」
ゴズメルは、やんのかステップを踏みつつ果敢にマリアを攻撃したが、視界が悪いせいでひとつも当たらなかった。マリアが手の甲を顎に当てて高笑いするのだけが見える。
「おほほほほ。なんと惨めな有様なの、ゴズメル。無駄な抵抗はおやめなさいな。私のコートが汚れてしまう」
目の前でふわふわしているのは、マリアのロングコートらしい。
ゴズメルは足蹴にされながら、はてなと思った。
でかい声を出して暴れても、マリアの取り巻き連中が駆けつけてくる気配がない。
クメミ山の登山口では、ぞろぞろと冒険者たちを引き連れていたはずだ。
冒険者協会本部の副会長であるマリアが、なぜ自分と同じところにひとりでいるのか――ゴズメルはピンときた。
「マリア、あんた空気穴から落っこちたの?」
「……いいえ。私は、この地下に単独で潜入したの」
「ものは言いようだな! 要は一人ではぐれて落ちてきちゃったんだろ」
「…………」
「馬鹿だねえ、あたし達を探そうと登山道を離れたのかい? 言葉がわからなくて不便したろう」
図星だったのだろうか。本人いわく潜入捜査中らしいマリアは、無言でゴズメルを蹴転がした。
ゴロゴロと転がされるうち、だんだんと明るいものが見えてくる。
(あっ、苔の光だ!)
這い起きて手を伸ばしたゴズメルは、がっかりした。
地面に半分埋まった鉄格子から、外の様子が見えただけだったのだ。これでは出られない。
と同時に、自分が今どこにいるのかが把握できた。
「なんだ、ここはうちの座敷牢じゃないか」
「……つくづく野蛮な種族ね。一般家庭に座敷牢が?」
「うちは長の家だから特別だよ」
ゴズメルは格子の向こうにリリィの姿が見えないかと目を皿のようにしたが、長屋の中は静まり返っていて、人っ子一人見当たらなかった。
長の家、という言葉にマリアは特別な関心を示したように見えた。
「ふうん? とすると、あなたは長の娘というわけ?」
「……昔はね。今はあんたと同じよそものだ」
ゴズメルは半分しか開かない目で、ちらっとマリアを見た。
「……空気穴から落ちてきたよそものは、発見し次第ツバひっかけて登山道に放り出すことになっている。あんた、どうやってここに居座ってんだ?」
「居座るなんて言い方は勘弁願いたいわ。私は犯罪者を捕らえるためにまっとうに協力を要請したのよ」
マリアは肩をすくめて笑った。
「でも、ダメね。ミノタウロスは話が通じなくて」
ゴズメルは横目でマリアを見た。高級そうなコートの前はぴったりとボタンで閉じているが、光源に近づいたことで顔に擦り傷を負っているのがわかる。
「で、暴れたってわけ?」
「おお、なぜそんな恐ろしいことを思いつくの? 私はただミノタウロス流に自己主張しただけ……」
その挙句に捕まったら意味がないだろうとゴズメルは思ったが、ここでマリアとケンカしても得るものはないので黙っていた。
ゴズメルは試しに鉄格子を押したり引いたりしてみた。当然のごとく、びくともしない。
「無駄よ」とマリアが吐き捨てた。
「ここに閉じ込められて数日の間、あれこれと試したわ。……ふ、やっと話し相手ができて嬉しいわ。聞きたいのだけど、ミノタウロス族というのは狂人の集まりなの?」
「そうじゃないとも言い切れないが、どうしてだい」
「あれを見なさい」
マリアは背後を顎で示した。目を凝らすと、暗闇の中に光の線が浮かび上がる。
光る苔で縁取られた長方形がなんなのか、ゴズメルはよく知っていた。一騎打ちのリングである。
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