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急・異種獣人同士で子づくり!?ノァズァークのヒミツ編
76.ぽかぽか
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髪と肌を濡らす小便は猛烈に臭かった。切り裂かれた頬に染みて、ゴズメルの目には涙が浮かぶ。
呆気なく負かされた衝撃と、汚いものを浴びせかけられている絶望感。
それらに苦痛と臭気が混ざり合い、意識が混濁する。ゴズメルはいっそ気を失ってしまいたかった。
また負けた。
ミギワにも勝てなかった。負ける寸前のところへ横やりを入れられて、また負かされた。
サゴンに勝てたのも不意を打ったからだ。他種族のマリアにも負けた。
もう誰にも正々堂々と勝つことができないかもしれない。リリィが見ている前でこんなに無様に負けたのだから。
ゴズメルのプライドはボロボロだった。
もう現実など見たくない、と意識を手放しかけた時だった。血だまりの中からオズヌの夫がうなり声を上げて立ち上がった。舅が止めるのも聞かず、ミノタウロス族の長ー―グレンに組み付く。
オズヌの夫は上半身が血まみれだった。割れた眼鏡から覗く双眸は血走り、闘気が表情ににじみ出ている。
「■■」
だが、グレンには届かない。長い小便を垂れたばかりの彼は、まるで虫でも見るような目でオズヌの夫を見た。
長い剛腕で、彼の鼻っ柱を正面からパァンと打ち鳴らす。オズヌの夫は鼻血を吹いた。それが骨の折れた音であることが、拳のやりとりになれたミノタウロスにはわかる。オズヌは泣き叫んだ。
「あんた、あんたぁ!」
もし子供たちと両親が飛びついて止めなかったら、オズヌまでもが殴られていたかもしれない。
一家は恐慌状態だった。誰の目から見ても勝負は明らかなのに、グレンはさらに追撃しようとするのだ。
もう一発食らえば、きっと今度こそ彼は立っていられない。その場の誰もがそう思った瞬間、
「やめてください……もう、おやめなさい! なぜこんな酷いことができるのよ!」
リリィがグレンに体当たりをした。
「…………■■■?」
「いったい、みんながあなたに何をしたと言うの! これ以上、誰かに血を流させることは許しません、私は、絶対に、こんな無体を許しません! これ以上みんなのこといじめるなら、私、死んでもあなたを軽蔑するわ!」
怒りまくり、ロッドでぽかぽかとグレンを叩いているのだが、効いていないことは誰の目にも明らかだった。というか、みんな唖然としていた。
リリィは、ゴズメルやミギワ、オズヌの夫がコテンパンにやられるところを見ていなかったのだろうか? ――いや、見ていたからこそ顔を真っ赤にして怒っているのかもしれないが。
「きゃっ」
グレンが後ろに避けると、リリィは呆気なく転んでしまう。それを見たとたん、ゴズメルははじかれたように立ち上がっていた。父が、リリィに手を出そうとしていた。
「その子に触るなぁっ!」
敗者が勝者に逆らうことは掟破りだ。幼児がトイレの仕方を覚えるように、ミノタウロス族は幼少期の徹底的な躾と刷り込みによってその掟を盤石なものにしてきた。
ゴズメルが掟に抗えたのがなぜだったのか――里を出て長かったせいか、あるいはここにきて妖精の翅が効力をあらわしたのかは―ーわからない。
ともかくグレンの手を、ゴズメルは叩いた。
涙目で固まっているリリィを巨尻で押して下がらせて、再び父に向かって臨戦態勢をとる。膝は震えっぱなしで、食いしばった歯もガチガチと鳴りやまない。
「これでわかっただろうクソ親父!」
だが大声で見栄を切ることだけはできる。
「リリィはこんなに小さいのにミノタウロスの何倍も勇気があって、強いんだ! あんたみたいな見てくれだけのバケモノなんて屁でもないね! さぁあたしが代わりに相手してやる、かかってこい!」
我ながら腰の入っていないパンチで挑発しながら、リリィを『下がれ、もっと後ろに下がれ』と後ろに押す。
そんな努力もむなしく、グレンは無表情に距離を詰めてきた。
「わっ、や、やんのか、おい、こら……ウワァーッ!」
上か、下か、どこをガードすればいいやらわからない。下だ、と咄嗟に腹を庇ってみるとフェイントだった。
「へぶぅっ」
雷が落ちたかのような思い拳骨を、ゴズメルは顎に食らった。
急所への攻撃は膝まで響いた。涙がちょちょぎれ、視界が急に暗くなり・・・再び明るくなった。
(……うわ、これは。やばいやつだ)
ゴズメルが見ているのは走馬灯だった。
風呂場でリリィとむつみあった場面から早回しで記憶が過去に遡っていく。
リリィ、リリィ、リリィ。
情をかわした愛しい恋人の姿が続けざまに映し出され、さらに冒険者協会の面々が浮かぶ。なにもかも懐かしかった。やがて冒険者になるよりはるか前、まだ子供のゴズメルとオズヌがいる。
『うち、メスなんてやんた。オスがいがった!』
『なしてよ』
『メスはやんた! いつかサイテーなオスにちんぽ挿されるち思うとうちは胸がギリギリとする!』
どうしてそんな急に、とオズヌも思ったのだろう。長いまつげをパチパチとさせて確信を突いた。
『母ちゃのことで、お父つぁとなんかあったんか』
『ウッ』
図星を突かれたゴズメルは黙りこくり、とうとう泣き出した。
『うちお父つぁ怖い、お父つぁ好かん。きらい、キライ……!』
ゴズメルに勢いよくべたっと抱きつかれて、オズヌは『わぁ!』としりもちをついた。ゴズメルは、友達の耳元でわんわん大きな声で泣いた。
『こげなヒトデナシの里に、うちはもういとうない。やんた、やんたぁ……』
『ゴズメル……』
『お父つぁが母ちゃを殺そうとしよる』
オズヌが総毛だつのをゴズメルは感じた。
『もう体が持たんき殺すち言いよる。母ちゃを弱らせたのはお父つぁなのに!』
呆気なく負かされた衝撃と、汚いものを浴びせかけられている絶望感。
それらに苦痛と臭気が混ざり合い、意識が混濁する。ゴズメルはいっそ気を失ってしまいたかった。
また負けた。
ミギワにも勝てなかった。負ける寸前のところへ横やりを入れられて、また負かされた。
サゴンに勝てたのも不意を打ったからだ。他種族のマリアにも負けた。
もう誰にも正々堂々と勝つことができないかもしれない。リリィが見ている前でこんなに無様に負けたのだから。
ゴズメルのプライドはボロボロだった。
もう現実など見たくない、と意識を手放しかけた時だった。血だまりの中からオズヌの夫がうなり声を上げて立ち上がった。舅が止めるのも聞かず、ミノタウロス族の長ー―グレンに組み付く。
オズヌの夫は上半身が血まみれだった。割れた眼鏡から覗く双眸は血走り、闘気が表情ににじみ出ている。
「■■」
だが、グレンには届かない。長い小便を垂れたばかりの彼は、まるで虫でも見るような目でオズヌの夫を見た。
長い剛腕で、彼の鼻っ柱を正面からパァンと打ち鳴らす。オズヌの夫は鼻血を吹いた。それが骨の折れた音であることが、拳のやりとりになれたミノタウロスにはわかる。オズヌは泣き叫んだ。
「あんた、あんたぁ!」
もし子供たちと両親が飛びついて止めなかったら、オズヌまでもが殴られていたかもしれない。
一家は恐慌状態だった。誰の目から見ても勝負は明らかなのに、グレンはさらに追撃しようとするのだ。
もう一発食らえば、きっと今度こそ彼は立っていられない。その場の誰もがそう思った瞬間、
「やめてください……もう、おやめなさい! なぜこんな酷いことができるのよ!」
リリィがグレンに体当たりをした。
「…………■■■?」
「いったい、みんながあなたに何をしたと言うの! これ以上、誰かに血を流させることは許しません、私は、絶対に、こんな無体を許しません! これ以上みんなのこといじめるなら、私、死んでもあなたを軽蔑するわ!」
怒りまくり、ロッドでぽかぽかとグレンを叩いているのだが、効いていないことは誰の目にも明らかだった。というか、みんな唖然としていた。
リリィは、ゴズメルやミギワ、オズヌの夫がコテンパンにやられるところを見ていなかったのだろうか? ――いや、見ていたからこそ顔を真っ赤にして怒っているのかもしれないが。
「きゃっ」
グレンが後ろに避けると、リリィは呆気なく転んでしまう。それを見たとたん、ゴズメルははじかれたように立ち上がっていた。父が、リリィに手を出そうとしていた。
「その子に触るなぁっ!」
敗者が勝者に逆らうことは掟破りだ。幼児がトイレの仕方を覚えるように、ミノタウロス族は幼少期の徹底的な躾と刷り込みによってその掟を盤石なものにしてきた。
ゴズメルが掟に抗えたのがなぜだったのか――里を出て長かったせいか、あるいはここにきて妖精の翅が効力をあらわしたのかは―ーわからない。
ともかくグレンの手を、ゴズメルは叩いた。
涙目で固まっているリリィを巨尻で押して下がらせて、再び父に向かって臨戦態勢をとる。膝は震えっぱなしで、食いしばった歯もガチガチと鳴りやまない。
「これでわかっただろうクソ親父!」
だが大声で見栄を切ることだけはできる。
「リリィはこんなに小さいのにミノタウロスの何倍も勇気があって、強いんだ! あんたみたいな見てくれだけのバケモノなんて屁でもないね! さぁあたしが代わりに相手してやる、かかってこい!」
我ながら腰の入っていないパンチで挑発しながら、リリィを『下がれ、もっと後ろに下がれ』と後ろに押す。
そんな努力もむなしく、グレンは無表情に距離を詰めてきた。
「わっ、や、やんのか、おい、こら……ウワァーッ!」
上か、下か、どこをガードすればいいやらわからない。下だ、と咄嗟に腹を庇ってみるとフェイントだった。
「へぶぅっ」
雷が落ちたかのような思い拳骨を、ゴズメルは顎に食らった。
急所への攻撃は膝まで響いた。涙がちょちょぎれ、視界が急に暗くなり・・・再び明るくなった。
(……うわ、これは。やばいやつだ)
ゴズメルが見ているのは走馬灯だった。
風呂場でリリィとむつみあった場面から早回しで記憶が過去に遡っていく。
リリィ、リリィ、リリィ。
情をかわした愛しい恋人の姿が続けざまに映し出され、さらに冒険者協会の面々が浮かぶ。なにもかも懐かしかった。やがて冒険者になるよりはるか前、まだ子供のゴズメルとオズヌがいる。
『うち、メスなんてやんた。オスがいがった!』
『なしてよ』
『メスはやんた! いつかサイテーなオスにちんぽ挿されるち思うとうちは胸がギリギリとする!』
どうしてそんな急に、とオズヌも思ったのだろう。長いまつげをパチパチとさせて確信を突いた。
『母ちゃのことで、お父つぁとなんかあったんか』
『ウッ』
図星を突かれたゴズメルは黙りこくり、とうとう泣き出した。
『うちお父つぁ怖い、お父つぁ好かん。きらい、キライ……!』
ゴズメルに勢いよくべたっと抱きつかれて、オズヌは『わぁ!』としりもちをついた。ゴズメルは、友達の耳元でわんわん大きな声で泣いた。
『こげなヒトデナシの里に、うちはもういとうない。やんた、やんたぁ……』
『ゴズメル……』
『お父つぁが母ちゃを殺そうとしよる』
オズヌが総毛だつのをゴズメルは感じた。
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