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急・異種獣人同士で子づくり!?ノァズァークのヒミツ編

44.緑色の猫

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 放出された魔力マナの霧が、まるで桜吹雪だ。

「リリィ!」

 結界をすり抜けたゴズメルは、薄桃色の霧を掻き分けてリリィを探した。

「どこだリリィ! あたしだよ、ゴズメルだ。帰ってきたよ!」

 病室のどこが壁だか、どっちにベッドがあるのか、さっぱりわからない。

 一歩一歩足取りが重くなる。腕がなにかにぶつかった。ぐっと押し返すと、のれんのように潜り抜けることができて――ゴズメルは、大きな枝垂桜しだれざくらの下に立っていた。

 森の中だった。

「あら? 私の名前を呼ぶこのひとは、誰かしら?」

 膝のあたりで、少女がエメラルドの瞳をしばたかせている。リリィだ、とゴズメルは即座に気がついた。白い肌も緑色の髪も間違いなくリリィ、なのだが、どうも様子がおかしい。

 容姿が幼すぎる。なにより頭に緑色の猫耳が、腰に同じ色のしっぽが生えている・・・。

「……リリィ、なのか」

「はぁい?」

 リリィはきょとんとゴズメルを見上げた。リリィのほうも不思議に思っているらしい。ふわふわのしっぽをくねらせながら、ゴズメルのまわりをうろうろ回ったかと思うと、「ふうん……」と正面で立ち止まる。

「とっても不思議だわ。なんだか、あなたを見ていると優しい気持ちになるの」

「……そ、そう?」

「ええ……ねえ、なにかお手伝いできることはない? 私、あなたの役に立ちたいわ。ゴズメル」

 名前を呼ばれて、この子は間違いなくリリィだ、とゴズメルは思った。

 魔力マナを大量に放出したショックで、姿かたちが変わっているけれど、中身はちっとも変っていない。

 ゴズメルはリリィにすがりついた。

「あぁリリィ、あんたを探してたんだ! 元の姿に戻っておくれ。外じゃえらい騒ぎになってんだから」

「???」

 リリィはわからないようだった。まるで後輩のナナのように、しっぽをハテナマークにしている。

「ごめんなさいね、ゴズメル。元の姿に戻るって、なぁに?」

「なぁにって……あんたもっと大きかったじゃないか。それにそんな猫族みたいな耳やしっぽは生えてなかった。綺麗な妖精の翅はどこにしまっちゃったんだ。魔封じのアミュレットは? つけてる?」

「いやぁん、うふふ、もうゴズメル、くすぐったいったら……!」

 背中が弱いのは変わらないらしい。手でなぞられただけで肩を縮めて、キャッキャと笑う。

(……だめだ、まるっきり幼児化しちまってる)

 からだの小ささといい舌足らずなしゃべり方といい、まだ十歳にもなっていないように見える。

「んもうっ。しょうがないひと」

 リリィはゴズメルの利き腕に抱き着いてしまった。甘えん坊の猫そっくりに体中ですりよってくる。

「あなた、ひとを探しているのね。だいじょうぶよ。私が一緒に探してあげる」

 探している相手に言われても・・・とゴズメルは思ったが、とにかくここはリリィに合わせるしかない。ゴズメルの名前がスッと口から出てきたように、そのうち本来の姿を取り戻すかもしれない。

「うん……わかった。ありがとう」

 リリィは、ふと切ない目をして、ゴズメルの首に抱きついた。

「ゴズメル、そんなに落ち込まないで。あなたが悲しいと、私まで悲しい気持ちになるの……」

「……うん」

「森を抜けると町があるわ。ほかのひとにも聞いてみましょうよ」

「森を抜けると町があるだって?」

「そうよ。どうしてそんなに驚いているの?」

 驚くに決まっている。幻覚か何かなのだろうが、本来ここは病室の中だ。

(これじゃまるでリリィの夢の中に迷い込んじまったみたいだ……いや、なのか? 魔力マナを溜め込んだリリィが、自分にとって都合のいい夢を見ているのか……)

 ゴズメルはリリィを抱き上げて森を歩いた。

 気候は穏やかで、時折優しい風が吹く。草陰にはみずみずしい花が咲き、空には鳥がうたっている。

 リリィの見る夢の綺麗さに、ゴズメルは赤面してしまった。

(あ、あたしはバカみたいな淫夢ばっか見てんのに、リリィって……)

 町に着くとすぐ、小犬がいた。リリィはゴズメルの腕からぴょんと飛び降りて「キース!」と呼びかける。

 ゴズメルは耳を疑ったが、灰色の毛並みといいドロンした目つきといい、確かにキースらしい。

「こんにちはだワン。どうしたんだワン?」

「こんにちは、キース……あのね、ひとを探しているのよ。私と同じ、リリィって名前のひとなんですって」

「ワンワン」

 リリィが撫でてやると、キースは喜んで腹を見せてくる。ほほえましい絵面に、ゴズメルは笑いを禁じえなかった。リリィにとってのキースは、つまりそういう存在なのだ。

 だが、犬のキースはゴズメルを視界に入れると、急に牙をむき出しにして唸りだした。

 リリィが慌ててなだめる。

「どうしたの、キース。ゴズメルに失礼なことしないで」

「ごめんなさいだワン。でもこのひとを見ていると、なんだかムシャクシャするんだワン」

「まぁ……!」

 キースとゴズメルの関係を、そう捉えているらしい。

「リリィといえば、町の中でそんな名前を見た気がするワン。行ってみるといいワン」

「ありがとう、キース。調子が悪いのにごめんなさいね」

「ありがとよ、キース!」

「ワワワワンワンワン!」

 ゴズメルが礼を言うと、キースは人語を忘れてけたたましく吠え出した。

「かわいそうなキース! いつもはああじゃないのに……」

 少し離れてから、リリィは気の毒そうに言った。

「知ってるよ」とゴズメルは含み笑いする。

 町の中も、色々と妙だった。掲示板にはシラヌイそっくりのポスターが貼ってあるし(「そのひとは町長さんよ。すごく親切なひと」とリリィは言った)、すれちがうひとも冒険者協会の顔ぶればかりだ。

 だが、広場の銅像だけは誰だかわからなかった。

 年老いた婦人で、杖をついている。雑種だろうか。種族の形質が見られない。

 考えこむゴズメルに、リリィがそっと耳打ちした。

「私のお祖母さまよ。この町の創始者」

「えっ」

 銅像だからだろうか。ゴズメルがイメージしていたよりも何倍も厳しそうだ。

「……じゃ、リリィは創始者の孫なんだ」

「そうよ。お祖母さまのおかげで、みんなは私に良くしてくれるの」

「そ、そうなのかい?」

「ええ! とてもすごい方よ。お祖母様の教えの通りに生きれば、間違いないんだから」

 そう言いながら、リリィがかすかに震えているのはなぜだろう。

 ゴズメルはリリィを抱いたまま、銅像から離れた。

「リリィ、あのさ」

「あっ、ゴズメル」

 二人が声を上げたのは完全に同時だった。黙ったゴズメルの表情をうかがうようにして、リリィが路地を指さす。

 ツタにまみれた館の前に、立て看板がある。

 その館では『リリィの世界』という幻灯が上映しているらしい。

「……なるほどね。キースが言ってたのはこれか」

「ええ……、ね、ゴズメル。何か言いかけなかった?」

 ゴズメルは言いよどんだ。リリィに言わなければならないことがあるのだ。

 妖精のリリィが好きだ、結婚してくれと、そう言えば元の姿を取り戻してくれるかもしれないと思った。

 ためらったのは、リリィが喜ばないような気がしたからだ。

 リリィは卵を生んでくれたけれど、『結婚したい』とは言わなかった。思えば、つきあう時もそうだった。好きだと言ったのはリリィが先だが、恋人になってほしいと言ったのはゴズメルだ。

 そして今、彼女は猫族になっている。妖精族でいることが、それほどまでに嫌なのだろう。ゴズメルはリリィを幸せにしたいけれど、それは、結婚したからといって・・・。

(……だめだ。頭が堂々巡りしちまってる。とにかく大事なのはリリィの気持ちだ。今までずっと我慢させてたから、こんな事態になった)

 不安そうなリリィを、ゴズメルは抱きなおした。

「リリィ。あんた、何かしたいことがあるんじゃないのかい?」

「? 私のしたいことは、ゴズメルの役に立つことだわ」

「そういう世のため人のためじゃなくてさ、もっとこう、晴らせない鬱憤だとか、あんた自身の不満みたいな……」

「どうしたの? 急にそんなこと言うなんて、おかしなゴズメル」

 リリィは熱を確かめるように、ゴズメルの額を撫でた。

 太くて短い角を優しく触られると、ゴズメルはそわそわしてしまう。リリィはこんなに幼いというのに!

「私、不満なんてなにもないのよ。ゴズメルが元気でニコニコしてくれるのが、いちばん嬉しいんだから」

「うぅ……そう、なのかい……?」

「ええ。ねえ、あの幻灯を見に行ってみましょうよ。何か手がかりがあるかも」

 それが今のリリィの望みなら、と、ゴズメルは従った。

 いつのまにか日が西へ落ちかかり、肌寒くなってきた。

 館の扉をノックすると、中からヌッと人影が顔を覗かせる。

「あっ、イーユン」

「お二人さんかい?」

「ええ」

「どれ、チケットを拝見」

 そんなもん持ってるわけあるか!と、ゴズメルは思ったが、苦し紛れにポケットに手を突っ込んでみると・・・なんと、二枚あった。さすがリリィの夢の中だ。

 イーユンがチケットにパチンパチンと鋏を入れてくれて、二人はようやく館の中に入れた。

 円形のホールに、長椅子がずらっと並んでいる。

 窓は黒い幕で塞がれていて、光源は後方に設置してある背の高い燭台だけだ。

 中央の席に着くと、リリィが体をピトッと腕にくっつけてきた。

「……嫌だわ。なんだか怖いみたい」

「大丈夫だよ。あたしがついてるだろ」

 リリィの足から、ゴズメルは靴を脱がせてやった。ほかに客もいない。リラックスさせてやろうと膝に座らせると、リリィは何やらもじもじしだした。

「うん? トイレなら先に行きなよ」

「……違う。なんだか、赤ちゃんみたいで恥ずかしいのよ」

「何を言ってんのさ。今のあんたは赤ちゃんみたいなもんじゃないか」

「ひどい! 私は赤ちゃんじゃないわ!」

 だが、ヨシヨシとあやされるのはまんざらでもないらしい。

 溶けるようにゴズメルの膝へからだを伸ばし、もっともっとと撫でてほしがる。

「にゃん……にゃあん……」

 しっぽの近くが特にいいらしかった。付け根に指を入れてポンポンと尻を叩くと、緑色のしっぽをくねらせて悦ぶ。しっぽを指で挟んで、しゅーっとしごいてやると、もっと凄かった。

「ふにゃぁあん……!」

 耳もしっぽもヘニョヘニョになってしまう。そうだ、猫族だって楽じゃないんだぞ、とゴズメルは鼻息荒く思った。いい機会だ、もっと思い知らせてやる……!

 そう息巻いた時、フッと灯りが消えた。
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